異世界アウトレンジ ーワイルドハンター、ギデ世界を狩るー

心絵マシテ

文字の大きさ
上 下
5 / 362

五話

しおりを挟む
お互いの屋敷が近いこともあり、彼らは幼少のころから共に過ごす機会が多かった。
幼馴染との偶然の再会は、ギデオンにとって不幸中の幸いだった。
彼女になら自身の身に降りかかた災難を打ち明けられる。

「あのさ、シルクエッタ――「ギデオン! すぐにお屋敷に戻って! 叔父様が大変なの!!」

「ち、父上が? でも僕は今――――」

「いいから、急いで」

伏し目がちになる彼の手を掴み、引っ張っていくシルクエッタ。
よほど切迫しているらしい。
ギデオンは事情を説明する間も与えられず、彼女についてゆくのに必死だ。
その足取りは傍から見ていても重々しい。

「だ、大丈夫? どこか怪我でもしているのギデオン?」

「いや……変だな。身体が思うように動かない。どうやら酒を飲み過ぎたようだ、ハハッ」

「そう言えば、君からお酒の匂いが漂っているね」

面目ないと額に手をあてがう。
表面的には平静を取り繕うも、すでに彼は理解していた。
こんな事は有り得ないと、体力ばかりか魔力も大幅に消耗してしまっている。
それに身体から酒の匂いが消えない。
不快ではないが甘ったるい香り、ずっと嗅ぎ続けていたら酔いが回ってしまう。
ほどなくして、見覚えのある景色が彼の瞳に映った。

「まぁ――坊ちゃま!! ご無事でしたか? シルクエッタ様も有難う御座いました」

屋敷に戻るなり、給仕長のカーラが彼らを出迎えた。
彼女のことについて、屋敷に住まうギデオンでもあまり詳しくは知らされていない。
ここ最近、屋敷に勤めはじめたと思いきや、いきなり給仕長を任されるという異例の厚遇。
父アラドとの関係もさることながら謎多き人物である。

「シルクエッタに急かされてきたのだが、父上は?」

「はい、旦那様は書斎の方におられます。ただ……」

「いいから申せ、父上に何が起きた?」

「その……坊ちゃまの件について酷く気落ちしておりまして、加えて昨晩、司教様が逝去なされました……ゆえに取り乱してしまいまして」

「なっ、なんだって……そんな莫迦な。冗談だろ、なっ! 冗談と言ってくれ」

声を殺して咽び泣く姿は、天啓の儀にて司教をおとしめようとした彼とは、まるきり別人だった。
人とは一日でこうも変われるものかと司教本人が生きていればそう言ったはずだ。
もっとも彼の周りにおいては疑念など浮かばない。
シルクエッタもカーラも、彼が心優しい清らかな心の持ち主だと信じ切っているからだ。
皆を欺いている……。
だとしても今、ギデオンの瞳から溢れ流れる涙が偽物だとは一概には決めつけられないだろう。
ギデオンからすれば悲しむ演技は出来ても、涙する必要はないのだ。
だからこそ、誰も疑わない。
皆、彼に対して愛おしささえ感じ、慈悲の手を差し出してくれる。

「落ち着いてギデオン。グスッ、貴方が悲しむばかりでは司教様だって心配して安らかに眠れないわ。今は祈りを捧げましょう、司教様が無事、ミルティナス様の元に辿り着けるように」

「シルクエッタ様の仰る通りです、坊ちゃま。詳しくは、旦那様からお聞きくださいませ。何より……坊ちゃま、でなければ今の旦那様をお救いする事は叶いません」

「二人とも、すまない。もう大丈夫だ、父上と二人だけで話をしてくる」

そう言うとギデオンは書斎の扉を開き中へと入った。
書斎のデスク、そこに父の姿があった。
早速、声をかけようとするも思わず、ためらってしまう。
目の前にいる父は虚ろな目をしたまま、ふさぎ込んでいた。
その手には空の酒瓶が握られている。
迂闊に励ましの言葉を投げようなら、どうなってしまうのか誰にも想像はできない。

「帰ってきたのか……」力のない声で父が呟く。

「はい、只今。父上……此度はご迷惑をかけてしまいました。何の申し開きもございません」

「よい。お前が、パラディンになれない事を悔い自己喪失してしまったのは、何も手助けできなかった私にも責任がある。お前には期待していたが、同時に不安でもあった。私にとって、お前は過ぎた息子だったが少し安堵している。もし、お前がパラディンに選ばれてしまったら私は自分の存在意義を失っていたやもしれん」

「父上に限ってそんな事は……でしたら、どうしてその様に……やはり、司教様が逝去なされた事が関係しているのですか?」

「関係? ああ、あるとも……司教の死因は聞かされているか?」

「いえ……」ギデオンは首を横に振った。

「何者かに毒殺されたそうだ。天啓の儀が終わった後にな」

「それで犯人は!! 犯人は捕まったのですか!?」

「憲兵が動き出した。そして、調査の結果……私が容疑者として挙げられているそうだ。間もなく、憲兵隊が屋敷にやってくるだろう」

「そんな、証拠はあるんですか!?」

ギデオンの両手がダン! とデスクを打ち鳴らした。
その物音に動じる素振りもなく父は淡々と続けた。

「証拠はなくとも動機は充分にある。ギデオン、お前のせいでグラッセ家は領地の大半を没収される事になる。その中で司教が暗殺されれば、逆恨みした私が犯人だと世間は真っ先に疑う……証拠があってもなくてもだ!」

「父上……」

返す言葉もなかった。
聡明な父が唇を噛みしめ苦悩する姿は今まで一度たりと見た事がない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました

言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。 貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。 「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」 それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。 だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。 それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。 それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。 気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。 「これは……一体どういうことだ?」 「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」 いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。 ――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

処理中です...