5 / 366
五話
しおりを挟む
お互いの屋敷が近いこともあり、彼らは幼少のころから共に過ごす機会が多かった。
幼馴染との偶然の再会は、ギデオンにとって不幸中の幸いだった。
彼女になら自身の身に降りかかた災難を打ち明けられる。
「あのさ、シルクエッタ――「ギデオン! すぐにお屋敷に戻って! 叔父様が大変なの!!」
「ち、父上が? でも僕は今――――」
「いいから、急いで」
伏し目がちになる彼の手を掴み、引っ張っていくシルクエッタ。
よほど切迫しているらしい。
ギデオンは事情を説明する間も与えられず、彼女についてゆくのに必死だ。
その足取りは傍から見ていても重々しい。
「だ、大丈夫? どこか怪我でもしているのギデオン?」
「いや……変だな。身体が思うように動かない。どうやら酒を飲み過ぎたようだ、ハハッ」
「そう言えば、君からお酒の匂いが漂っているね」
面目ないと額に手をあてがう。
表面的には平静を取り繕うも、すでに彼は理解していた。
こんな事は有り得ないと、体力ばかりか魔力も大幅に消耗してしまっている。
それに身体から酒の匂いが消えない。
不快ではないが甘ったるい香り、ずっと嗅ぎ続けていたら酔いが回ってしまう。
ほどなくして、見覚えのある景色が彼の瞳に映った。
「まぁ――坊ちゃま!! ご無事でしたか? シルクエッタ様も有難う御座いました」
屋敷に戻るなり、給仕長のカーラが彼らを出迎えた。
彼女のことについて、屋敷に住まうギデオンでもあまり詳しくは知らされていない。
ここ最近、屋敷に勤めはじめたと思いきや、いきなり給仕長を任されるという異例の厚遇。
父アラドとの関係もさることながら謎多き人物である。
「シルクエッタに急かされてきたのだが、父上は?」
「はい、旦那様は書斎の方におられます。ただ……」
「いいから申せ、父上に何が起きた?」
「その……坊ちゃまの件について酷く気落ちしておりまして、加えて昨晩、司教様が逝去なされました……ゆえに取り乱してしまいまして」
「なっ、なんだって……そんな莫迦な。冗談だろ、なっ! 冗談と言ってくれ」
声を殺して咽び泣く姿は、天啓の儀にて司教を貶めようとした彼とは、まるきり別人だった。
人とは一日でこうも変われるものかと司教本人が生きていればそう言ったはずだ。
もっとも彼の周りにおいては疑念など浮かばない。
シルクエッタもカーラも、彼が心優しい清らかな心の持ち主だと信じ切っているからだ。
皆を欺いている……。
だとしても今、ギデオンの瞳から溢れ流れる涙が偽物だとは一概には決めつけられないだろう。
ギデオンからすれば悲しむ演技は出来ても、涙する必要はないのだ。
だからこそ、誰も疑わない。
皆、彼に対して愛おしささえ感じ、慈悲の手を差し出してくれる。
「落ち着いてギデオン。グスッ、貴方が悲しむばかりでは司教様だって心配して安らかに眠れないわ。今は祈りを捧げましょう、司教様が無事、ミルティナス様の元に辿り着けるように」
「シルクエッタ様の仰る通りです、坊ちゃま。詳しくは、旦那様からお聞きくださいませ。何より……坊ちゃま、でなければ今の旦那様をお救いする事は叶いません」
「二人とも、すまない。もう大丈夫だ、父上と二人だけで話をしてくる」
そう言うとギデオンは書斎の扉を開き中へと入った。
書斎のデスク、そこに父の姿があった。
早速、声をかけようとするも思わず、ためらってしまう。
目の前にいる父は虚ろな目をしたまま、ふさぎ込んでいた。
その手には空の酒瓶が握られている。
迂闊に励ましの言葉を投げようなら、どうなってしまうのか誰にも想像はできない。
「帰ってきたのか……」力のない声で父が呟く。
「はい、只今。父上……此度はご迷惑をかけてしまいました。何の申し開きもございません」
「よい。お前が、パラディンになれない事を悔い自己喪失してしまったのは、何も手助けできなかった私にも責任がある。お前には期待していたが、同時に不安でもあった。私にとって、お前は過ぎた息子だったが少し安堵している。もし、お前がパラディンに選ばれてしまったら私は自分の存在意義を失っていたやもしれん」
「父上に限ってそんな事は……でしたら、どうしてその様に……やはり、司教様が逝去なされた事が関係しているのですか?」
「関係? ああ、あるとも……司教の死因は聞かされているか?」
「いえ……」ギデオンは首を横に振った。
「何者かに毒殺されたそうだ。天啓の儀が終わった後にな」
「それで犯人は!! 犯人は捕まったのですか!?」
「憲兵が動き出した。そして、調査の結果……私が容疑者として挙げられているそうだ。間もなく、憲兵隊が屋敷にやってくるだろう」
「そんな、証拠はあるんですか!?」
ギデオンの両手がダン! とデスクを打ち鳴らした。
その物音に動じる素振りもなく父は淡々と続けた。
「証拠はなくとも動機は充分にある。ギデオン、お前のせいでグラッセ家は領地の大半を没収される事になる。その中で司教が暗殺されれば、逆恨みした私が犯人だと世間は真っ先に疑う……証拠があってもなくてもだ!」
「父上……」
返す言葉もなかった。
聡明な父が唇を噛みしめ苦悩する姿は今まで一度たりと見た事がない。
幼馴染との偶然の再会は、ギデオンにとって不幸中の幸いだった。
彼女になら自身の身に降りかかた災難を打ち明けられる。
「あのさ、シルクエッタ――「ギデオン! すぐにお屋敷に戻って! 叔父様が大変なの!!」
「ち、父上が? でも僕は今――――」
「いいから、急いで」
伏し目がちになる彼の手を掴み、引っ張っていくシルクエッタ。
よほど切迫しているらしい。
ギデオンは事情を説明する間も与えられず、彼女についてゆくのに必死だ。
その足取りは傍から見ていても重々しい。
「だ、大丈夫? どこか怪我でもしているのギデオン?」
「いや……変だな。身体が思うように動かない。どうやら酒を飲み過ぎたようだ、ハハッ」
「そう言えば、君からお酒の匂いが漂っているね」
面目ないと額に手をあてがう。
表面的には平静を取り繕うも、すでに彼は理解していた。
こんな事は有り得ないと、体力ばかりか魔力も大幅に消耗してしまっている。
それに身体から酒の匂いが消えない。
不快ではないが甘ったるい香り、ずっと嗅ぎ続けていたら酔いが回ってしまう。
ほどなくして、見覚えのある景色が彼の瞳に映った。
「まぁ――坊ちゃま!! ご無事でしたか? シルクエッタ様も有難う御座いました」
屋敷に戻るなり、給仕長のカーラが彼らを出迎えた。
彼女のことについて、屋敷に住まうギデオンでもあまり詳しくは知らされていない。
ここ最近、屋敷に勤めはじめたと思いきや、いきなり給仕長を任されるという異例の厚遇。
父アラドとの関係もさることながら謎多き人物である。
「シルクエッタに急かされてきたのだが、父上は?」
「はい、旦那様は書斎の方におられます。ただ……」
「いいから申せ、父上に何が起きた?」
「その……坊ちゃまの件について酷く気落ちしておりまして、加えて昨晩、司教様が逝去なされました……ゆえに取り乱してしまいまして」
「なっ、なんだって……そんな莫迦な。冗談だろ、なっ! 冗談と言ってくれ」
声を殺して咽び泣く姿は、天啓の儀にて司教を貶めようとした彼とは、まるきり別人だった。
人とは一日でこうも変われるものかと司教本人が生きていればそう言ったはずだ。
もっとも彼の周りにおいては疑念など浮かばない。
シルクエッタもカーラも、彼が心優しい清らかな心の持ち主だと信じ切っているからだ。
皆を欺いている……。
だとしても今、ギデオンの瞳から溢れ流れる涙が偽物だとは一概には決めつけられないだろう。
ギデオンからすれば悲しむ演技は出来ても、涙する必要はないのだ。
だからこそ、誰も疑わない。
皆、彼に対して愛おしささえ感じ、慈悲の手を差し出してくれる。
「落ち着いてギデオン。グスッ、貴方が悲しむばかりでは司教様だって心配して安らかに眠れないわ。今は祈りを捧げましょう、司教様が無事、ミルティナス様の元に辿り着けるように」
「シルクエッタ様の仰る通りです、坊ちゃま。詳しくは、旦那様からお聞きくださいませ。何より……坊ちゃま、でなければ今の旦那様をお救いする事は叶いません」
「二人とも、すまない。もう大丈夫だ、父上と二人だけで話をしてくる」
そう言うとギデオンは書斎の扉を開き中へと入った。
書斎のデスク、そこに父の姿があった。
早速、声をかけようとするも思わず、ためらってしまう。
目の前にいる父は虚ろな目をしたまま、ふさぎ込んでいた。
その手には空の酒瓶が握られている。
迂闊に励ましの言葉を投げようなら、どうなってしまうのか誰にも想像はできない。
「帰ってきたのか……」力のない声で父が呟く。
「はい、只今。父上……此度はご迷惑をかけてしまいました。何の申し開きもございません」
「よい。お前が、パラディンになれない事を悔い自己喪失してしまったのは、何も手助けできなかった私にも責任がある。お前には期待していたが、同時に不安でもあった。私にとって、お前は過ぎた息子だったが少し安堵している。もし、お前がパラディンに選ばれてしまったら私は自分の存在意義を失っていたやもしれん」
「父上に限ってそんな事は……でしたら、どうしてその様に……やはり、司教様が逝去なされた事が関係しているのですか?」
「関係? ああ、あるとも……司教の死因は聞かされているか?」
「いえ……」ギデオンは首を横に振った。
「何者かに毒殺されたそうだ。天啓の儀が終わった後にな」
「それで犯人は!! 犯人は捕まったのですか!?」
「憲兵が動き出した。そして、調査の結果……私が容疑者として挙げられているそうだ。間もなく、憲兵隊が屋敷にやってくるだろう」
「そんな、証拠はあるんですか!?」
ギデオンの両手がダン! とデスクを打ち鳴らした。
その物音に動じる素振りもなく父は淡々と続けた。
「証拠はなくとも動機は充分にある。ギデオン、お前のせいでグラッセ家は領地の大半を没収される事になる。その中で司教が暗殺されれば、逆恨みした私が犯人だと世間は真っ先に疑う……証拠があってもなくてもだ!」
「父上……」
返す言葉もなかった。
聡明な父が唇を噛みしめ苦悩する姿は今まで一度たりと見た事がない。
14
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

アンジェリーヌは一人じゃない
れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。
メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。
そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。
まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。
実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。
それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。
新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。
アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。
果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。
*タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*)
(なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる