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四話
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「何ぃ! もう釈放すると言うのか?」
今だ、意識は覚醒しきらないのか? まどろみながら、天井を眺めるギデオン。
そんな折、外から何やら騒がしい声が響いてきた。
宥める部下をその腕で振り払い、カツカツと荒々しい足音を鳴らして懲罰房へやってきたのは、ギデオンと近しい年齢の長髪の美男子だった。
「おい! 起きているな、ギデオン・グラッセ。だったら、さっさとここから出ろ。私としては不本意だが、貴様を釈放せよと、クロイツ監査官からのお達しが出た……おい! 聞いているのか!?」
マブタを閉じてはいるも、ギデオンはあからさまに狸寝入りをきめこんでいた。
まったくもって反省の態度を示さない、彼の態度が気に食わないのか? 長髪の青年は独房の施錠を解くと彼の横腹を蹴り飛ばした。
「がはっ……」
咳込みながら、脇腹を庇う。
ギデオンは気怠そうに上半身を起こし、重くなったマブタを開く。
「どうだ? 家畜のように蹴り起こされた気分は?」
「はぁ? 腹を蚊に刺された気がするな。で……何か御用でしょうか? どうして自分は、懲房に入れられているのでしょう?」
「はっ! 何たる事だ。あまりにもショックが大きすぎて、記憶が飛んでしまったようだな。私は、哨戒の任にあたっていた為、あの場に居合わせなかったが監査官から事の顛末は聞き及んでいるぞ」
「顛末? そうだ! 天啓の儀はどうなったのです!?」
「可哀そうに、貴様はパラディンに選ばれなかったよ。所詮、貴様はグラッセ子爵の気まぐれで拾われた平民の子だったというわけだ」
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ―――――司教様は、お前なら絶対にパラディンになれると仰っていた。司教様の言葉が間違っていた事なんて一度たりともないんだ。だから僕はその言葉を信じて――――」
両目を見開いたまま、頭を抱え苦悶するギデオンを見下しながら青年は卑しく微笑む。
「だったら、自身のステータスを開くが良い。得意だったろ、異世界人しか使えない固有能力を自分にも使えると、周囲に散々ひけらかしていたんだ。きっと、パラディンの|パの字も記されていないだろうがな」
「そ、そうだ! ステータスオープン!」
目の前に浮かぶ、真四角の手鏡。
その中には、ギデオン・グラッセという男の情報がすべて詰まっている。
彼だけが閲覧を許される魔法の鏡。
ステータス画面を見る彼の顔に暗い影がこもる。
「よ、読めない……文字化けしてしまっている! 何故!? こんな事今まで無かったのに……」
「くははっ、女神様を侮辱した罰だろうな。貴様の行いは問答無用、万死に値するが……喜べ! 宰相様がお偉方に掛け合って下さったおかげで貴様は懲罰だけで済む」
「僕は女神様を敬い慕っている。毎朝毎晩の祈りだって、ここ十年欠かした事はない。これは何かの間違いだ! 信じてくれ!!」
「知っているさ。檻に閉じ込められた者は皆、似通った台詞を口にする。どの口がほざく!? あれほどの醜態をさらした挙句、司教様を失脚させようとした極悪人のお前が女神様を語るなぁ!!」
「貴方は一体、何なんだ……僕を目の敵にしているようだが。すまない、貴方の事は知らない」
その言葉に青年は小さく舌打ちする。
「覚えていないのも無理はないか……まあ、いい。罪人に名乗る名など持ち合わせていない。さっさと外に出ろ、私も貴様を相手してやるほど暇ではないのだよ」
有無を言わさず、懲罰房から叩き出される。
外に出たギデオンは、そこが罪人収容施設ではなく私邸の一角にある施設だったことを知る。
広大な面積を誇る宮殿規模の豪邸。
目を見張る外観に圧倒され誰しも言葉を失うという富の結晶、権力の象徴。
そこの主は一度も姿をみせる事もなく、何を目的として自分を閉じ込めていたのか?
ギデオンにはサッパリだった。
「取り敢えず、屋敷に戻るか……父上も心配しておられるはずだ」
身に着けたままの法衣、その袖を嗅いで顔を曇らせる。
歩き出して間もなく、その場で崩れ落ちた。
「帰るって……どこにだ? ハハッ……自分の家すら忘れてしまったというのか? 僕は」
行き場を見失い、トボトボと街中をうろつくギデオン。
「僕の家を探しているのですが知りませんか?」と誰かに聞くのもはばかられるのだろう。
あてもなく道を進むだけだ。
心なしか彼に向けられる周囲の視線は異様に冷たい。
その事に気づいたのか、法衣のフードを頭に被せようとした。
「み、見つけた! ギデオン」
路地脇から、か細い声が聞こえてくる。
トタトタと駆けながら、彼の元にやってきたのは小柄で華奢な肉づきをした少女だった。
彼女を見るなり、ギデオンを瞳に光が宿った。
「シルクエッタ! シルクエッタじゃないか!? 確か、今は共和国に留学していたはずだ」
その娘の事については記憶していた。
シルクエッタ・クリーン。
彼と同じく貴族家柄でギデオンより一つ年上の娘だ。
昨年、天啓の儀で治癒師としての力を授かった彼女は、そのまますぐに東大陸、北方にある共和国へ行ってしまった。
留学というていで共和国内に滞在している彼女だが、これも治癒師としての役割。
内戦が絶えず常時、治癒師不足に悩まされる共和国民を救う為に教会が派遣した結果だ。
今だ、意識は覚醒しきらないのか? まどろみながら、天井を眺めるギデオン。
そんな折、外から何やら騒がしい声が響いてきた。
宥める部下をその腕で振り払い、カツカツと荒々しい足音を鳴らして懲罰房へやってきたのは、ギデオンと近しい年齢の長髪の美男子だった。
「おい! 起きているな、ギデオン・グラッセ。だったら、さっさとここから出ろ。私としては不本意だが、貴様を釈放せよと、クロイツ監査官からのお達しが出た……おい! 聞いているのか!?」
マブタを閉じてはいるも、ギデオンはあからさまに狸寝入りをきめこんでいた。
まったくもって反省の態度を示さない、彼の態度が気に食わないのか? 長髪の青年は独房の施錠を解くと彼の横腹を蹴り飛ばした。
「がはっ……」
咳込みながら、脇腹を庇う。
ギデオンは気怠そうに上半身を起こし、重くなったマブタを開く。
「どうだ? 家畜のように蹴り起こされた気分は?」
「はぁ? 腹を蚊に刺された気がするな。で……何か御用でしょうか? どうして自分は、懲房に入れられているのでしょう?」
「はっ! 何たる事だ。あまりにもショックが大きすぎて、記憶が飛んでしまったようだな。私は、哨戒の任にあたっていた為、あの場に居合わせなかったが監査官から事の顛末は聞き及んでいるぞ」
「顛末? そうだ! 天啓の儀はどうなったのです!?」
「可哀そうに、貴様はパラディンに選ばれなかったよ。所詮、貴様はグラッセ子爵の気まぐれで拾われた平民の子だったというわけだ」
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ―――――司教様は、お前なら絶対にパラディンになれると仰っていた。司教様の言葉が間違っていた事なんて一度たりともないんだ。だから僕はその言葉を信じて――――」
両目を見開いたまま、頭を抱え苦悶するギデオンを見下しながら青年は卑しく微笑む。
「だったら、自身のステータスを開くが良い。得意だったろ、異世界人しか使えない固有能力を自分にも使えると、周囲に散々ひけらかしていたんだ。きっと、パラディンの|パの字も記されていないだろうがな」
「そ、そうだ! ステータスオープン!」
目の前に浮かぶ、真四角の手鏡。
その中には、ギデオン・グラッセという男の情報がすべて詰まっている。
彼だけが閲覧を許される魔法の鏡。
ステータス画面を見る彼の顔に暗い影がこもる。
「よ、読めない……文字化けしてしまっている! 何故!? こんな事今まで無かったのに……」
「くははっ、女神様を侮辱した罰だろうな。貴様の行いは問答無用、万死に値するが……喜べ! 宰相様がお偉方に掛け合って下さったおかげで貴様は懲罰だけで済む」
「僕は女神様を敬い慕っている。毎朝毎晩の祈りだって、ここ十年欠かした事はない。これは何かの間違いだ! 信じてくれ!!」
「知っているさ。檻に閉じ込められた者は皆、似通った台詞を口にする。どの口がほざく!? あれほどの醜態をさらした挙句、司教様を失脚させようとした極悪人のお前が女神様を語るなぁ!!」
「貴方は一体、何なんだ……僕を目の敵にしているようだが。すまない、貴方の事は知らない」
その言葉に青年は小さく舌打ちする。
「覚えていないのも無理はないか……まあ、いい。罪人に名乗る名など持ち合わせていない。さっさと外に出ろ、私も貴様を相手してやるほど暇ではないのだよ」
有無を言わさず、懲罰房から叩き出される。
外に出たギデオンは、そこが罪人収容施設ではなく私邸の一角にある施設だったことを知る。
広大な面積を誇る宮殿規模の豪邸。
目を見張る外観に圧倒され誰しも言葉を失うという富の結晶、権力の象徴。
そこの主は一度も姿をみせる事もなく、何を目的として自分を閉じ込めていたのか?
ギデオンにはサッパリだった。
「取り敢えず、屋敷に戻るか……父上も心配しておられるはずだ」
身に着けたままの法衣、その袖を嗅いで顔を曇らせる。
歩き出して間もなく、その場で崩れ落ちた。
「帰るって……どこにだ? ハハッ……自分の家すら忘れてしまったというのか? 僕は」
行き場を見失い、トボトボと街中をうろつくギデオン。
「僕の家を探しているのですが知りませんか?」と誰かに聞くのもはばかられるのだろう。
あてもなく道を進むだけだ。
心なしか彼に向けられる周囲の視線は異様に冷たい。
その事に気づいたのか、法衣のフードを頭に被せようとした。
「み、見つけた! ギデオン」
路地脇から、か細い声が聞こえてくる。
トタトタと駆けながら、彼の元にやってきたのは小柄で華奢な肉づきをした少女だった。
彼女を見るなり、ギデオンを瞳に光が宿った。
「シルクエッタ! シルクエッタじゃないか!? 確か、今は共和国に留学していたはずだ」
その娘の事については記憶していた。
シルクエッタ・クリーン。
彼と同じく貴族家柄でギデオンより一つ年上の娘だ。
昨年、天啓の儀で治癒師としての力を授かった彼女は、そのまますぐに東大陸、北方にある共和国へ行ってしまった。
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