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三話

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着席したままの信徒の一人がガクンと身体を揺らした。
その様子を見て、ようやく司教は自分がハメられた事に気づいた……が、時すでに手遅れだった。
ギデオンはパラディンとしてではなく、彼自身としての価値を証明してしまっている。
司教が、彼の不正を訴えようが司教の発言自体もはや力なきモノにひとしい。

「魔法で、信徒たちを眠らせたな……赦さんぞ!! 皆の衆――――!!」

「止めておいた方が良いですよ。それは、貴方も承知しているはずだ。信徒を眠らせたのは保険にすぎないのですから……どうです? 信じていた者に拒まれる気分は? これで貴方も僕の気持ちが理解できるはず」

「まさか……桜を仕込んでいたとでもいうのか? だとしたら……なんと狡猾な。一体、どこでそのような事を覚えたんだ?」

「そのまさかです。彼らは元から信徒なので桜ではないのですが、以前から貴方について良からぬ噂を吹聴して貰っていたんです」

「何故? そのような事を」

愚問だった。
客観視すれば、ギデオンの言動や思考はある程度は読めてくる。
ここまでする目的はただ一つ。
虎視眈々とその地位を狙っていたという事になる。

そして……今現在。

「貴方を破門します、司教。今までお世話になりました」

「し、正気を疑うぞ。ギデオン、貴様に私を破門する権限などない!」 

「まだ、分からないのですか。教会の信徒たちは貴方を必要としてはいません。此処で否定しても強制的に司教の座を追いやられるというのに」

「何もかもが貴様の思い通りいくと思うな! ラジャータ!」

「得意の精神魔法ですか。その手は食いませんよ」

民衆には、破門を言い渡された司教が突然、魔法を唱え出したように映っただろう。
抵抗ともとれる行動に、どこからともなく非難の声が上がる。
司教の手元からミスト状の魔法が放たれる。
たとえ、どれだけ観衆ギャラリーを敵に回しても大したことではない。
彼が扱う、霧の魔法ラジャータは吸い込んだ者の精神を攻撃し、直前の記憶を消し去る能力がある。
すなわち、この魔法の影響により、ここに居る全員の記憶を奪うことができる。
とんでもない性質を持った魔法である。

その事はギデオンも以前から知っていた。
すぐに司教から距離をおくと、テーブルに置かれていた聖水の瓶に手を伸ばし栓を外すと力一杯投げつけた。
瓶は司教の冠に命中し、パリンと割れた。

「これは聖水か? にしてもやけに酒臭い」

頭から聖水を被った司教は、強烈な酒匂さかびにあてられ鼻をつまんだ。
隙を突いて聖堂を脱出しようとするギデオン。
どうやら、思っていた以上にラジャータの効果範囲が広域だったのと攻撃持続時間が長い事に気づいたようだ。
退路を確保することは正解だ。
ただし、障害がない場合に限る――――


「貴殿は何処に向かわれるつもりかな?」

ギデオンの前に立ち退路を塞いだのは、黒衣の軍用コートに身を包んだ中年の監査官だった。

「退いてくれませんかね? 急いでいるんで」

「悪いが、仕事柄そうもいかない。まだ、儀式が終わっていないのに主役である君が抜け出してしまっては、どうにも恰好がつかないだろう?」

「アンタ、司教様の仲間か? 」

問い詰めると男は口元を緩めた。
咄嗟に腰にぶら下げていた剣を引き抜く。
すると、男は肩を揺らしながら笑い出した。

「何がおかしい?」

「ふっふ、おかしいも何も祭事用の模造刀でどうにか出来るとでも。少々おいたが過ぎたな、目に余るものがあるぞ、ギデオン・グラッセ! 当分は懲罰房にでも入って頭を冷やして貰おう」

ラジャータの霧が、すでに背後まで迫ってきていた。
模造刀を握りしめ、男に飛び掛かる。
その瞬間、ギデオンが持っていた木製の剣は粉々に粉砕してゆく。

「分をわきまえろ、若輩者が!!」

法衣の襟首を掴まれると、ギデオンはそのまま床に叩きつけられた。
男の腕力は凄まじく寝具のシーツでも取り込むように楽々とギデオンを投げ飛ばしてきた。

「ま、まさか……司教の仲間にここまでの強者がいたのは誤算だった。ちゃんと下調べしたはずなのにアンタは何者なんだ? 存在すら確認できなかったぞ」

「貴殿が知る必要はない」

横になった身体を起こそうとするがなかなか上手く身体を動かせない。
背中を強打したことで感覚が一時的にマヒしているようだ。
気丈にも振る舞うも所詮は見かけ倒し、そこにいる男と相対した時から、ギデオンは詰んでいた。
霧がその身を包み込む。
息を止めることすらできずに霧を吸い込むと彼は深い眠りに落ちた――――――


目を覚ますなりギデオンは頭を抱えながら「おえっ!」とえずいた。
自分の身に何が起きたのか? 自分が何をしたのか? 思い出そうと努めるもぼんやりと霧がかっていて何も浮かんでこない。
「にしても酷い有様だと」愚痴りながらも彼は床に横たわり身を丸く縮める。
どうして、懲罰房の中に自分がいるのか? 彼には理解できなかった。
それどころか、現在の日時すら分からないでいる。

「酒でも飲み過ぎて、記憶が飛んだのか? 確か僕は、天啓の儀を行う為に大聖堂に向かっていたはず……駄目だ。そこから先の記憶がない。どうしてしまったというのだ僕は?」
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