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二話
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傍から見れば、司教が理性を保てなくなった若者を諭そうとする光景。
いつものギデオンなら、ちゃんと伝わる。
しかし、今の彼は違う。
あろうことか、司教の手を振りほどき後方へと突き飛ばした。
「司教様……結局、貴方も他の連中と同じだ。自分さえ良ければ他はどうでもいい、僕のことなど最初から使える道具として見ていなかったんだ!」
「落ち着いて話を聞くんだ、ギデオン! 私は、そのように浮ついた考えでお前を主の元へ導いたのではない」
言葉が悪かった。
心が折れてしまった者の前で、教会の尊厳を口にしてしまったのは、司教にとって痛恨のミスだ。
完全に彼を追い詰めてしまった。
疑心暗鬼に囚われてしまったギデオンから、さらに情け容赦のない罵倒が飛び交う。
「そもそも、お前ならパラディンになれるとそそのかしたのは貴方ですよね。たかが石像の言葉を鵜呑みして僕に責任を押し付けるなんて無責任じゃないですか!?」
「お前にパラディンの資質があると本気で思っていた。過度の期待をかけてしまった事は、私に非がある謝罪し、懺悔しよう。しかし、ギデオン。事は既に終えたのだ、拒絶したところで何もくつがえす事はできまい」
「納得出来かねます。女神の啓示が絶対なら、そもそも僕はこの場にいないはずだ。だいたい、学生信徒の奨学金が年、数千二ーゼルぽっちだなんて、どれだけ人の足下を見ているんですか!? そんなの金のない奴は飢えて死ねと言っているのも同然。こっちは育ちざかりだというのに、これでは小麦マンドゥの表面の薄皮しか口にできない」
「愚か者め……どれだけ神を冒涜するつもりだ。教会としても経営が苦しい中、色々とやり繰りして手配しているというのに、どうしてお前にはわからない! それでは、いくら大金を手にしても心が貧しいのは変わらんぞ!」
「説教ですか? 貴方こそ人の痛みが分かっていない。我らが女神は言った、全てのモノが平等であらば嘆きも悲しみも憎しみも争いさえもこの世界から消し去ることができると」
もはや、議論などいう上等なモノではない。
たんなる口喧嘩、意地と意地のぶつけ合い。
上級民こそ呆れて嗤うが、その他の民衆の反応は違う。
ギデオンの発言も、司教の説教もどちらとも間違いではない。
若い信徒の代弁者たるギデオンと古参の信徒たちからなる司教サイド。
悪い意味で双方の対立は激化の一途を辿っている。
大聖堂は未だかつてないほどに、熱を帯びていた。
もし、少しでも刺激を与える加減を誤れば、たちまち暴動に発展するだろう。
「ギデオン、これ以上は議論の余地はない。此度の件については裁判所にて後ほど聞くとしよう」
「折角だ、今ここで決めませんか? 貴方と僕、どちらの意見が教会に求められているのか? 不要なモノは処分、破門という形で宜しいですね!? 皆さん、僕の考えが正しいと思う方は祈りのロウソクを灯して掲げていただけますでしょうか!」
「なんだと……待たぬか!」
司教の制止も聞かず、ギデオンが勝手に採決を取り出した。
本来ならば、それすら不適切な行為として禁止されている。
若人の暴挙に、若干遅れを取る古参。
信じ難い事に、あれだけ暴言を振りまいたというのにギデオンの意見に賛同する者たちは意外と多く、次から次へと輝くロウソクが薄暗い聖堂内を照らしてゆく。
それだけ、このギデオンという若者は普段から清く正しく健やかにあった。
逆に、教会の制度や厳粛な規律に対する不満や不信感はずっと高まり続けていた。
それを、管理者たる者たちが知らぬ存ぜぬを貫き通し、今日までやってきたのだ。
今までのツケを清算する時は今まさに迫っていた。
「では、司教様の意見に賛同する方は起立してください」
ここままだと、双方とも支持者数は大差なく決まる。
いわゆる拮抗状態になる……はずだった。
事態は司教の思惑を逸れ、異なる進展を迎えた。
なんと、誰一人として席を立とうする者がいない。
事の異常さに、目を見開く司教。
それでも、変わらず場は静まり返っている。
「ぎ、ギデオン! 貴様、何をした? こんな事はあるはずがない! どうしたお前たち? 早く起立せぬか!?」
「見苦しいですね、司教様……残念です。お集まり皆さん、これでハッキリとしましたね。教会は司教様よりも私、デギオン・グラッセを必要としています。パラディンとしての啓示を得る事は未だに叶いませんが、いずれ女神さえも私を認める事になるでしょう」
自信に満ちた口上に、参列席に座っていた民衆からぎこちない拍手が送られてくる。
最初は不自然極まりない散らばった音も、次第に確かなモノへと変わってゆく。
まだ、十五になったばかりだというのに、容易に人心を掌握する若者。
たったそれだけ……しかし他者には到底、真似る事はできない鮮やかな手口で今回の窮地を脱してしまった。
いうまでもなく来賓席の四人にとっては脅威であり、面白くない話だ。
なんとかしろと、司教に睨みを利かせ催促してくる。
大人たちの滑稽な立ち振る舞いに、ギデオンは小さく笑った。
いつものギデオンなら、ちゃんと伝わる。
しかし、今の彼は違う。
あろうことか、司教の手を振りほどき後方へと突き飛ばした。
「司教様……結局、貴方も他の連中と同じだ。自分さえ良ければ他はどうでもいい、僕のことなど最初から使える道具として見ていなかったんだ!」
「落ち着いて話を聞くんだ、ギデオン! 私は、そのように浮ついた考えでお前を主の元へ導いたのではない」
言葉が悪かった。
心が折れてしまった者の前で、教会の尊厳を口にしてしまったのは、司教にとって痛恨のミスだ。
完全に彼を追い詰めてしまった。
疑心暗鬼に囚われてしまったギデオンから、さらに情け容赦のない罵倒が飛び交う。
「そもそも、お前ならパラディンになれるとそそのかしたのは貴方ですよね。たかが石像の言葉を鵜呑みして僕に責任を押し付けるなんて無責任じゃないですか!?」
「お前にパラディンの資質があると本気で思っていた。過度の期待をかけてしまった事は、私に非がある謝罪し、懺悔しよう。しかし、ギデオン。事は既に終えたのだ、拒絶したところで何もくつがえす事はできまい」
「納得出来かねます。女神の啓示が絶対なら、そもそも僕はこの場にいないはずだ。だいたい、学生信徒の奨学金が年、数千二ーゼルぽっちだなんて、どれだけ人の足下を見ているんですか!? そんなの金のない奴は飢えて死ねと言っているのも同然。こっちは育ちざかりだというのに、これでは小麦マンドゥの表面の薄皮しか口にできない」
「愚か者め……どれだけ神を冒涜するつもりだ。教会としても経営が苦しい中、色々とやり繰りして手配しているというのに、どうしてお前にはわからない! それでは、いくら大金を手にしても心が貧しいのは変わらんぞ!」
「説教ですか? 貴方こそ人の痛みが分かっていない。我らが女神は言った、全てのモノが平等であらば嘆きも悲しみも憎しみも争いさえもこの世界から消し去ることができると」
もはや、議論などいう上等なモノではない。
たんなる口喧嘩、意地と意地のぶつけ合い。
上級民こそ呆れて嗤うが、その他の民衆の反応は違う。
ギデオンの発言も、司教の説教もどちらとも間違いではない。
若い信徒の代弁者たるギデオンと古参の信徒たちからなる司教サイド。
悪い意味で双方の対立は激化の一途を辿っている。
大聖堂は未だかつてないほどに、熱を帯びていた。
もし、少しでも刺激を与える加減を誤れば、たちまち暴動に発展するだろう。
「ギデオン、これ以上は議論の余地はない。此度の件については裁判所にて後ほど聞くとしよう」
「折角だ、今ここで決めませんか? 貴方と僕、どちらの意見が教会に求められているのか? 不要なモノは処分、破門という形で宜しいですね!? 皆さん、僕の考えが正しいと思う方は祈りのロウソクを灯して掲げていただけますでしょうか!」
「なんだと……待たぬか!」
司教の制止も聞かず、ギデオンが勝手に採決を取り出した。
本来ならば、それすら不適切な行為として禁止されている。
若人の暴挙に、若干遅れを取る古参。
信じ難い事に、あれだけ暴言を振りまいたというのにギデオンの意見に賛同する者たちは意外と多く、次から次へと輝くロウソクが薄暗い聖堂内を照らしてゆく。
それだけ、このギデオンという若者は普段から清く正しく健やかにあった。
逆に、教会の制度や厳粛な規律に対する不満や不信感はずっと高まり続けていた。
それを、管理者たる者たちが知らぬ存ぜぬを貫き通し、今日までやってきたのだ。
今までのツケを清算する時は今まさに迫っていた。
「では、司教様の意見に賛同する方は起立してください」
ここままだと、双方とも支持者数は大差なく決まる。
いわゆる拮抗状態になる……はずだった。
事態は司教の思惑を逸れ、異なる進展を迎えた。
なんと、誰一人として席を立とうする者がいない。
事の異常さに、目を見開く司教。
それでも、変わらず場は静まり返っている。
「ぎ、ギデオン! 貴様、何をした? こんな事はあるはずがない! どうしたお前たち? 早く起立せぬか!?」
「見苦しいですね、司教様……残念です。お集まり皆さん、これでハッキリとしましたね。教会は司教様よりも私、デギオン・グラッセを必要としています。パラディンとしての啓示を得る事は未だに叶いませんが、いずれ女神さえも私を認める事になるでしょう」
自信に満ちた口上に、参列席に座っていた民衆からぎこちない拍手が送られてくる。
最初は不自然極まりない散らばった音も、次第に確かなモノへと変わってゆく。
まだ、十五になったばかりだというのに、容易に人心を掌握する若者。
たったそれだけ……しかし他者には到底、真似る事はできない鮮やかな手口で今回の窮地を脱してしまった。
いうまでもなく来賓席の四人にとっては脅威であり、面白くない話だ。
なんとかしろと、司教に睨みを利かせ催促してくる。
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