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一話
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「貴方を破門します! 司教様」
そこにいる誰にも彼の言動は理解できなかった。
ここ聖王国ゼレスティアは光星ユナテリオンを信仰とす東大陸きっての宗教国家。
事件は首都、グラダートにある大聖堂で起きた。
その日、大聖堂ではとある儀式が執り行われていた。
その儀式とは、天啓の儀と呼ばれるもの。
十五歳になった若き信徒たちは、女神ミルティナスが啓示するとされる適性職を授ける事になる。
毎年、行われる通例の儀。
とりわけ今年は、信徒たちの関心は高った。
かねてから神童と評させていた貴族、グラッセ子爵の嫡男、デギオンが儀式に参加する。
ここ一週間は、その話題で持ち切りだった。
ギデオンは幼少の頃から、剣術と魔術の才に秀でていた。
剣を教えればすぐに上達し、魔術を教えれば完璧なまでに使いこなす。
当然、同年代の子供たちの中で彼に肩を並べる者などいない。
司教は早くからその才能に目をかけ、ギデオンこそ聖騎士たる資格を得る為に神がもたらした奇跡だと民衆に説いていた。
儀式は司教、立会いのもと開始された。
王族、貴族問わず数多の著名人が参席し、ここぞとばかりギデオンの雄姿を見守る。
何せ、将来が約束された有望株だ。
自己権益を目的とする彼らが注目しないはずがない。
多くのシスターが胸元で手と手を合わせ粛々と祈りを捧げる。
洗礼を受けたギデオンたち信徒が、女神の像が設置されている祭壇までやって来ると、よいよ天啓が行われる。
名前を呼ばれた者は像の前に立ち像を介して、女神の言葉を受け取る。
ある者は僧侶、ある者はエクソシスト、一人また一人と啓示をうけるが、さすがにパラディンに選ばれる者はそうそう出てこない。
やがて、ギデオンの番が回ってきた。
彼には、自分こそがパラディンに相応しい人間だという自負があった。
幼い頃から、聖騎士の英雄譚を読み聞かされていた彼にとって聖騎士とは憧れであり崇拝の対象になっていた。
生来、正義感の強い性格をしていた彼は、来るべき日の為に剣の技術を磨きあげ、勉学を疎かにせず研鑽を積んできた。
十年、決して短くはない、その瞬間を待ちわびて準備してきた。
そして、その時がついに巡ってきた。
祭壇の前で司祭と眼を合わせるとギデオンは力強く頷く。
これまで、自身の為に尽力してきてくれた恩人に対する感謝の現れなのだろう。
「我が愛しき女神、ミルティナスよ。我らの子たる、デギオン・グラッセの適性職を天啓にて授けたまえ」
司教の祝詞が終わり、しばし沈黙が訪れる。
誰もが、その瞬間を待ちわび固唾を飲む。
女神像は静かに求めに応じた。
『ギデオン・グラッセ……彼の者の適性は――――マタギです』
その瞬間、式場全体が音を失った。
目を見開き、他者と向き合う信徒たち。来賓の者たちは、言葉を失いながら今のお告げが何かの間違いではないかと、疑っている。
当事者たるギデオン・グラッセに至っては、状況すら受け入れられていない状態だった。
「えっ? えっ? マタギだって!? マタギってえ何だ――! パラディンになる僕が、パラディンじゃない……ふざけるな、ふざけるな、ふざけんなぁ―――嘘だぁ! この女神像は偽物だ! 誰かが、僕を貶める為に仕掛けた罠だ!!」
やっとのことでデギオンが絞り出した言葉。
まさしく、事実の否定だった。
女神像を荒んだ形相で睨みつけ、騒ぎ立てる姿は普段の彼からは想像もできないほど醜悪なモノであった。
ここに来て、ようやく式場がどよめき立った。
身廊の参列席にいた父、アラドが誰よりも早く起立し周囲に深々と頭を下げている。
司教の方を覗くと握った拳を震わせながら顔面蒼白、悲壮感を漂わせる表情をしている。
尚も取り乱したままのギデオンの動向、ついに失望の声が上がり始める。
「やれやれ、あれだけの期待を背負っておきながら蓋を開けてみれば、とんだ食わせ者でしたな」
稀代の豪商が自身のちょび髭を弄りながらため息をつく。
「まったく持って、品性の欠片もない。なんと悍ましい輩だ。やはり、民衆の噂は噂にすぎないという事だ」
モノクルの位置を正す枢機卿が天を仰ぎながら呟く。
「ふがふふふfがががあ――――」
ショックのあまり、入れ歯を落とした老宰相は何を言っているのか分からない。
「いかがいたしましょう? 神御前を穢した罪は重い。彼奴を捕えるべきでは?」
険しい人相の軍事監査官が他の三人に問う。
枢機卿は言った。
「まあ、逸るでない。奴への賞罰は折りを見て行うとしよう。それよりも、今から面白いモノが見れそうだぞ」
高貴なる者たちの会話はすべてギデオンに筒抜けだった。
というよりも、祭壇の近くに席を置く彼らは、わざと彼の耳に届くように仕向けている。
それが、どのような得策をもたらすのか、ギデオンには知る由もない。
彼にしてみれば、すべてどうでも良い話だ。
今はただ、自分がパラディンである証を立てなければならない。
その一念で頭が一杯な感じだ。
「ギデオン……これは一体、どういう事だ? お前は私の……いや、教会の顔に泥を塗ったのだぞ。事の大きさが分かっているのか!?」
耐え兼ねた司教が肩をがっしりと掴み迫ってきた。
そこにいる誰にも彼の言動は理解できなかった。
ここ聖王国ゼレスティアは光星ユナテリオンを信仰とす東大陸きっての宗教国家。
事件は首都、グラダートにある大聖堂で起きた。
その日、大聖堂ではとある儀式が執り行われていた。
その儀式とは、天啓の儀と呼ばれるもの。
十五歳になった若き信徒たちは、女神ミルティナスが啓示するとされる適性職を授ける事になる。
毎年、行われる通例の儀。
とりわけ今年は、信徒たちの関心は高った。
かねてから神童と評させていた貴族、グラッセ子爵の嫡男、デギオンが儀式に参加する。
ここ一週間は、その話題で持ち切りだった。
ギデオンは幼少の頃から、剣術と魔術の才に秀でていた。
剣を教えればすぐに上達し、魔術を教えれば完璧なまでに使いこなす。
当然、同年代の子供たちの中で彼に肩を並べる者などいない。
司教は早くからその才能に目をかけ、ギデオンこそ聖騎士たる資格を得る為に神がもたらした奇跡だと民衆に説いていた。
儀式は司教、立会いのもと開始された。
王族、貴族問わず数多の著名人が参席し、ここぞとばかりギデオンの雄姿を見守る。
何せ、将来が約束された有望株だ。
自己権益を目的とする彼らが注目しないはずがない。
多くのシスターが胸元で手と手を合わせ粛々と祈りを捧げる。
洗礼を受けたギデオンたち信徒が、女神の像が設置されている祭壇までやって来ると、よいよ天啓が行われる。
名前を呼ばれた者は像の前に立ち像を介して、女神の言葉を受け取る。
ある者は僧侶、ある者はエクソシスト、一人また一人と啓示をうけるが、さすがにパラディンに選ばれる者はそうそう出てこない。
やがて、ギデオンの番が回ってきた。
彼には、自分こそがパラディンに相応しい人間だという自負があった。
幼い頃から、聖騎士の英雄譚を読み聞かされていた彼にとって聖騎士とは憧れであり崇拝の対象になっていた。
生来、正義感の強い性格をしていた彼は、来るべき日の為に剣の技術を磨きあげ、勉学を疎かにせず研鑽を積んできた。
十年、決して短くはない、その瞬間を待ちわびて準備してきた。
そして、その時がついに巡ってきた。
祭壇の前で司祭と眼を合わせるとギデオンは力強く頷く。
これまで、自身の為に尽力してきてくれた恩人に対する感謝の現れなのだろう。
「我が愛しき女神、ミルティナスよ。我らの子たる、デギオン・グラッセの適性職を天啓にて授けたまえ」
司教の祝詞が終わり、しばし沈黙が訪れる。
誰もが、その瞬間を待ちわび固唾を飲む。
女神像は静かに求めに応じた。
『ギデオン・グラッセ……彼の者の適性は――――マタギです』
その瞬間、式場全体が音を失った。
目を見開き、他者と向き合う信徒たち。来賓の者たちは、言葉を失いながら今のお告げが何かの間違いではないかと、疑っている。
当事者たるギデオン・グラッセに至っては、状況すら受け入れられていない状態だった。
「えっ? えっ? マタギだって!? マタギってえ何だ――! パラディンになる僕が、パラディンじゃない……ふざけるな、ふざけるな、ふざけんなぁ―――嘘だぁ! この女神像は偽物だ! 誰かが、僕を貶める為に仕掛けた罠だ!!」
やっとのことでデギオンが絞り出した言葉。
まさしく、事実の否定だった。
女神像を荒んだ形相で睨みつけ、騒ぎ立てる姿は普段の彼からは想像もできないほど醜悪なモノであった。
ここに来て、ようやく式場がどよめき立った。
身廊の参列席にいた父、アラドが誰よりも早く起立し周囲に深々と頭を下げている。
司教の方を覗くと握った拳を震わせながら顔面蒼白、悲壮感を漂わせる表情をしている。
尚も取り乱したままのギデオンの動向、ついに失望の声が上がり始める。
「やれやれ、あれだけの期待を背負っておきながら蓋を開けてみれば、とんだ食わせ者でしたな」
稀代の豪商が自身のちょび髭を弄りながらため息をつく。
「まったく持って、品性の欠片もない。なんと悍ましい輩だ。やはり、民衆の噂は噂にすぎないという事だ」
モノクルの位置を正す枢機卿が天を仰ぎながら呟く。
「ふがふふふfがががあ――――」
ショックのあまり、入れ歯を落とした老宰相は何を言っているのか分からない。
「いかがいたしましょう? 神御前を穢した罪は重い。彼奴を捕えるべきでは?」
険しい人相の軍事監査官が他の三人に問う。
枢機卿は言った。
「まあ、逸るでない。奴への賞罰は折りを見て行うとしよう。それよりも、今から面白いモノが見れそうだぞ」
高貴なる者たちの会話はすべてギデオンに筒抜けだった。
というよりも、祭壇の近くに席を置く彼らは、わざと彼の耳に届くように仕向けている。
それが、どのような得策をもたらすのか、ギデオンには知る由もない。
彼にしてみれば、すべてどうでも良い話だ。
今はただ、自分がパラディンである証を立てなければならない。
その一念で頭が一杯な感じだ。
「ギデオン……これは一体、どういう事だ? お前は私の……いや、教会の顔に泥を塗ったのだぞ。事の大きさが分かっているのか!?」
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