竹束(1575年、長篠の戦い)

銅大

文字の大きさ
上 下
1 / 1

竹束(1575年、長篠の戦い)

しおりを挟む
 天正三年(1575年)五月二十〇日(7月8日)。奥三河の山中。
 平三郎へいさぶろうは、竹を見、手にしたなたを握りなおす。
 高さからみて二才ほど。若い竹だ。目分量する。四回。いや、五回か。
 鉈を大きく振り上げ、鋭く振り下ろす。五回目に、竹を裂く感触が拳に届いた。
 平三郎へいさぶろうは内心で、よし、とつぶやき、顔にはださず作業を続けた。
 足元に竹が並ぶ。主人の四郎二郎しろうじろうに目で問う。

「あと一本」
「うっす」

 平三郎へいさぶろうは、数えで十五才。
 四郎二郎しろうじろうも、数えで十五才だ。
 牧野まきの家の鉄砲足軽である四郎二郎しろうじろうは、ふだんは猟師をして生活している。平三郎へいさぶろうは、牧野まきの家の家人けにんだ。いつもは四郎二郎しろうじろうについて、勢子せこを鳴らし、獲物を担いで運ぶ。身分差はあるが、幼馴染でもある。ふたりきりでの、互いのやり取りは気安い。

「鉄砲一丁につき、竹束たけたばひとつ。頼むぞ、平三郎へいさぶろう
「うっす」

 平三郎へいさぶろうは切った竹束を縛り、肩に担ぐ。
 長い竹束は、痩身そうしん平三郎へいさぶろうにとっては邪魔っけだが、猪を担いで歩くのに比べれば、どうということはない。
 山を降りたところで、四郎二郎しろうじろうが後ろを振り返り、顔をしかめた。平三郎へいさぶろうも後ろを振り返った。竹林は、さんざんに荒らされ、ひどいことになっていた。

丸坊主まるぼうずじゃないか」
「やべえっす」

 山と竹林は寺社が管理している。平時であれば、禁制きんせいが出ているので荒らされることはない。だが、その禁制きんせい大戦おおいくさでまとめて刈り取るためのものでもある。

南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と四郎二郎しろうじろう
「なんまんだ」と平三郎へいさぶろう

 ふたりは、手を合わせて念仏を唱える。
 牧野まきの家は、伊勢の出だ。鉄砲と玉薬たまぐすりを求められたので、織田軍に鉄砲足軽を出している。鉄砲足軽は、三十人で備えをひとつ作る。三十人の鉄砲足軽には、供人ともびとがそれぞれひとりつく。

「いよいよ、戦が近いな」
「あっちにも鉄砲、あるんすか」
「竹束を用意しろってことは、あるだろうなぁ」
「うっす」

 鉄砲足軽は、戦場におけるかなめだ。
 鉄砲は威力が大きく。音も大きい。馬が怯えて逃げるほどだ。それゆえ敵の鉄砲は、味方の鉄砲の優先目標となる。
 鉄砲足軽とて人間である。鉄砲の音が聞こえ、自分が狙われてると思えば、動きがぎこちなくなる。鉄砲は弾込めから何から作業が多い。
 だから竹束は、安心をもたらすためのものでもある。鉄砲足軽が弾込めをしている間、竹束を前に出して身を隠し、狙われないようにするのだ。
 鉄砲足軽の陣は、斜面の中腹にある。堀の代わりに小川が流れており、さらに向こう側に武田の旗が見え隠れしている。
 陣に上がると、奥にはむしろを敷いた寝床があり、手前には大きな鍋があった。
 火にくべられた鍋が、ぐつぐつと煮立っている。

「おう、牧野んところの四郎二郎しろうじろう平三郎へいさぶろうも戻ってきたか。これで全員だな」

 足軽小頭が、鍋を注視したまま、ふたりに声をかけた。
 たいしたもので、足軽小頭は備えにいる六十人、全員の名前を覚えている。

「もうすぐ飯が炊きあがる。準備しろ」

 平三郎へいさぶろうは竹束を地面に置いた。炊きたての飯は、二日か三日に一回だけ。その合間は、冷えたき米を握り飯にして食べる。

「やったな、平三郎へいさぶろう。炊きたてが食えるぞ」

 あるじ四郎二郎しろうじろうは、にこにこ顔だ。炊きたての握り飯を素直に喜んでいる。

「そっすね」

 平三郎へいさぶろうは、ますます戦が近いのだと思う。本当なら、冷えた搗き米の握り飯がもう一日分、あったはずだ。それを後にまわし、炊きたてを食わせる理由は、合戦の準備とみて、間違いない。うまい飯を食わせて士気をあげるのだ。
 うまいうまいと、ボリボリと搗き米の握り飯をかじる四郎二郎しろうじろう平三郎へいさぶろうは、自分も握り飯をかじりながら、竹束の位置を目で確認した。



 五月二十一日(7月9日)。黎明れいめい
 平三郎へいさぶろうは、薄暗がりの中で目覚めると、這うようにして進み、竹束を掴んだ。

平三郎へいさぶろうか。早いな」

 背中に聞こえる足軽小頭の声に、平三郎へいさぶろうは、ぞっ、とした。
 輪郭も曖昧な暗闇で、平三郎へいさぶろうが見分けられた理由は、ひとつだけ。足軽小頭は、三十人の鉄砲足軽と、三十人の中間ちゅうげんがどこで寝ているかを記憶しているのだ。

「……うす」

 平三郎へいさぶろうは小声でいい、頭をわずかに下げた。

「その竹束。お前が昨日、取ってきたやつか。同じやつを選んだな」
「うす」
「竹束に違いはあるまい。まじないでもかけてあるのか?」
「竹じゃないっす。縄っす」
「縄?」

 隠す必要もないので、平三郎へいさぶろうは素直に答えた。
 一ヶ月前のこと。陣触れがあり、四郎二郎しろうじろうについて出征しゅっせいすることになった平三郎へいさぶろうは、出発直前に幼馴染のひらに呼び止められた。ひらは、数えで十一才になる。
 ひらが腰をくねくねしながら平三郎へいさぶろうに渡したのが、縄だった。

「無事に戻ってこられるよう、やしろで願をかけてくれたそうで」
「ほほう。願かけしてくれたのか。かあちゃんじゃなくて、幼馴染が。ほうほう」

 足軽小頭の声が、笑みを含んでゆらぐ。

「そりゃあ、しょうがないわな。お前らもそう思うだろ?」

 足軽小頭が声をかけたのは、三人の従者じゅうしゃだった。
 「うす」「へい」馬の口取りが二人。
 「……」荷物持ちが一人。
 三人とも、警戒を隠そうとしていない。
 平三郎へいさぶろうは内心で、むぅ、と唸る。牧野まきの家が急ぎの陣触れを受け、熱田神宮で合流してから半月。あちこちをうろつく間に、少しずつ三人の警戒は下がっていった。ところが、今は出会ったばかりに近い警戒ぶりだ。

「今日ってことっすか」
「そうだ」

 平三郎へいさぶろうはひとりごとのつもりだったが、足軽小頭はまじめな声で同意した。
 従者の三人と違い、足軽小頭の態度はこの半月で、まったく変わっていない。表面上は親しみやすい兄貴分の顔をしている。つまり、嘘の顔だ。三人の手下をのぞく全員を信用しておらず、それを表情に出すこともない。

「わかるんすか」
「炊事の煙でな」

 足軽小頭は鍋を叩いた。臨時の備えだからか、日々の飯は足軽小頭が配る。

「昨日は武田の陣からも、炊事の煙があがってた」
「まじっすか」

 平三郎へいさぶろうは東をみた。山の端が白くなりつつある。旗が動いている様子はない。

「お前は、主をしっかり守れよ」
「そりゃ、守りますが……こっちから、いくんすか。武田から、くるんすか」
「おれに、わかるものかよ」

 足軽小頭はケラケラと笑った。

「どっちでもやれるよう、心構えだけはしとけ、ってことだ」
「うっす」

 太陽の下が、地平線から離れる。
 登る日を背に武田の旗をつけた徒歩かち武者むしゃが走る。物見ものみだ。
 走りながら、武士は周囲に目を配る。起伏があれば、すぐに駆け込む。西の様子をうかがい、また走り出す。
 伏兵ふくへいはいない。矢も鉄砲も飛んでこない。
 地に伏せたまま、徒歩かち武者むしゃは背負った旗を地面に立てた。少し前までなら、堂々と立ったまま背の旗をみせる剛の者もいた。だが、鉄砲が普及するようになると、物見ものみの死傷率が跳ね上がった。動いている間は狙われない距離であっても、動きを止めたとたん、集中砲火をくらうのだ。
 後方から、隊列を整えた武田軍が動きだす。旗の位置まで安全が確保されているから、集団であっても動きは早い。

「まだだ。まだだぞ」

 足軽小頭は、鉄砲隊の後ろをゆっくり歩きながら、繰り返す。
 ここにいるのは、各地から集められた臨時編成の鉄砲はなちだ。鉄砲を狩猟に使うことは巧みでも、戦争のやり方は素人だ。

「お前ら、こんないくさ、さっさと終わらせて帰りたいだろ。なら、最初の一発は全員でだ。まとめて撃つんだ。山猿たけだ度肝どぎもを抜いてやれ」

 何度も口にした言葉だ。抑揚のきいたふしで、歌うように繰り返す。
 実際には、足軽小頭は隊の誰が怯えているか、ということだけ注意を払っている。ひとり逃げだせば、残りの皆が動揺する。自分の隊が崩れれば、他の隊も逃げ支度だ。
 全員に一斉に撃たせるのは、待ってる間の怯えをなくすためだ。

 じゃーん、じゃん、じゃん。

 銅鑼どらの音が聞こえてきた。武田の足軽隊からだ。前の兵が背負った銅鑼を、後ろの兵が鳴らす。士気を鼓舞させ、音の節に合わせて前に進ませようというのだ。
 織田も武田も、足軽小頭スコードリーダーは兵を前に歩ませるため全力を尽くす。ぶつかった後のことなど、しったことではない。ひとたび衝突すれば、兵は勝手に食い合う。

「まだだー、まだだぞー。まだ早いぞー」

 足軽小頭は、陣の後ろから全員の様子をみる。
 三十人の鉄砲放ち。三十人の竹束もち。
 男たちは、陣の中にまちまちに散っている。
 全員が、足軽小頭の号令を待っている。
 武田軍の先頭が、渡河のため、川岸をこえて降りはじめた。足場が悪い。隊列が乱れ、動きがよどむ。頃合いはよし。

火蓋ひぶた、切れぇっ!」

 大音声だいおんじょうの号令を聞き、四郎二郎しろうじろうが火蓋を開く。
 流れるように滑らかな動きで、鉄砲を構える。狙う。

南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

 念仏を唱える。引き金を引く。衝撃。轟音。熱い滓が顔に散る。
 竹束をかまえた平三郎へいさぶろうが前に出る。
 四郎二郎しろうじろうは背中合わせになって、鉄砲を装填する。

「当たったか?」
「倒れたっす。でも四郎二郎しろうじろう様の玉かまでは、わかんねえっす」
「みんな、同時に撃ったからなあ」

 四郎二郎しろうじろうは火縄をはずして腰に挟む。銃口から上薬うわぐすりを入れ、玉を詰め、朔杖カルカで突き固める。
 背中を預けた平三郎へいさぶろうに問いかける。

「どんな塩梅あんばいだ?」
「混乱して、後ろに引いてます」
「そうか」

 火皿ひざら口薬くちぐすりを入れ、火蓋を閉める。
 火縄を振って色と匂いを確認し、火挟ひばさみに差し込む。
 何度が鋭く破裂する音が聞こえてくるのは、武田側の鉄砲か。このあたりに織田の鉄砲がいると警戒し、牽制けんせいしているのだ。
 四郎二郎しろうじろうは、懐をおさえた。鉛玉は残り八発。
 四郎二郎しろうじろうは、ふう、と大きく息を吐いた。後ろを見ずとも、平三郎へいさぶろうと竹束が自分を守ってくれていると、信じられる。
 まぶたを閉じ、つむりを巡らせる。伊勢を出て、尾張で合流し、三河に入った。この山中に陣を敷いて二日は何もなく、四郎二郎しろうじろう平三郎へいさぶろうと一緒にあちらこちらをみて回った。物見遊山ものみゆさんではなく、地形を読むためだ。
 味方の鉄砲の音が、聞こえてくる。二発。三発。四発。ばらついた音の具合から、どこを狙っているか想像できる。武田勢は、まだ混乱状態だ。混乱している獲物は、動きが読めないし、撃っても当たらない。意識を研ぎ澄まし、しばし待つ。
 再び、味方の鉄砲の音。発射音が重なってくる。武田勢が、近づいている。
 音が。
 調和した。
 四郎二郎しろうじろうまぶたを開いた。

平三郎へいさぶろう
「っす」

 平三郎へいさぶろうが竹束を持ったまま姿勢を低くし、邪魔にならぬようにする。
 鉄砲を構えて立ち上がる。そこに来る、と考えていた場所に、銃口を向ける。
 いた。
 引き金を引く。衝撃と轟音。火皿ひざらから飛び散る口薬くちぐすりかすほほにつく。

南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

 念仏を唱え、しゃがむ。竹束を構えた平三郎へいさぶろうが身体を起こす。

「どうだ?」
「当たったっす。ひっくり返って……あ、這って逃げてるっす」
「念仏が遅れたか」

 竹束をもつ平三郎へいさぶろうは、背中で次の玉を装填する四郎二郎しろうじろうにかわって、戦場全体の様子をうかがう。設楽原したらがはらの北からも南からも、鉄砲の音が木霊こだまする。
 どちらが優勢か、平三郎へいさぶろうにわかるはずもない。平三郎へいさぶろうが気にしてるのは、もし逃げることになったら、どこをどう逃げるかだけだ。
 武田に恨みはなく、織田にも徳川にも恩はない。同じ陣にいる鉄砲足軽には、それなりのきずなを感じているが、それでも自分と四郎二郎しろうじろうの命が最優先だ。足軽小頭と三人の手下が警戒してるのも、当然のことだ。
 四郎二郎しろうじろうがさらに一発を撃ったところで、武田勢の動きが止まった。波が退いていくように、足軽の姿が消える。入れ替わりに、武田の鉄砲の音が大きくなる。こちらの射撃で、陣の位置がばれたのだ。

「武田の鉄砲、どんな感じだ?」
「位置はわかりましたが、竹束が多いっす」
「当たらんか」
「っす」

 足軽小頭もまた、戦場の様子をうかがっている。
 平三郎へいさぶろうと同じく、どちらが優勢かは足軽小頭にもわからない。だが、足軽小頭には味方が劣勢になった時のために、握り飯という武器があった。
 昨日、まとめて炊いた飯の残りは、握りにしてある。これをいつ配るかは、足軽小頭の裁量だ。予備の玉薬たまぐすりより、予備の握り飯こそが兵の脱走を防ぐ切り札となる。
 足軽小頭のみたところ、戦況は膠着状態だ。武田は仕寄しよりつつも、手強いとみれば即座に退いた。
 決着がつくのは、まだ数日は先かと足軽小頭が踏んだところで、異変が起きた。
 東の方角に、煙があがったのだ。

 ──長篠ながしの城が落ちたか?

 なれば、武田は引く。織田と徳川は、兵を送って長篠城を奪い返す。
 足軽小頭が率いる鉄砲隊は、長篠城まで出向いて城攻めだ。一ヶ月はみておく必要がある。鉛と硝石は足りるが、米が足りない。どこかで調達する必要があった。
 足軽小頭の頭の中に、他の諸隊との貸し借り表が出てくる。すべてを持ち運べる牛馬ぎゅうばを用意できない以上、事前に貸し借りの形で恩を売ったり買ったりしておかねば、こういう時にむのだ。

 ──今日の戦で、被害が大きかった足軽隊は後方に下がるはず。そいつらに声をかけ、余った米俵を借り受けるしかあるまい。

 足軽小頭が考えているうちに、武田に動きがあった。いよいよ撤退するかと思っていたら、向かってきた。
 理由はわからないまま、足軽小頭は迎撃を指示する。こちらから攻めるのではなく、待って戦うだけなら、面倒は少ない。寄せ集めの鉄砲隊を率い、竹束を構えて戦場を右往左往するとか、想像するだけで胃が痛くなる。
 武田軍の攻撃は散発的ながら、執拗なものだった。
 足軽小頭は、昼過ぎには今日の前進はもうあるまいと踏み、握り飯を配った。
 その頃になると、長篠城が落ちたのではなく、武田が残した鳶ヶ巣とびがす山の砦が奇襲され、火付けにあったのだとわかった。長篠城を支援する目的で、数日前から山中に伏せていた二十人ほどの徳川方の忍者かまりが、手薄になった武田側の警戒線を突破したのだ。
 前日まで長篠城は武田軍の重囲じゅうい下にあった。潜り込んで警備の隙をうかがおうとした忍者かまりのひとりが捕まって磔刑たつけいにあったほどである。何日も現地に伏せていた忍者かまりたちは織田の援軍も、設楽原の戦いのことも知るよしもなかったが、武田勢が薄くなった気配は敏感に察し、奇襲を成功させたのだ。

 磔刑たつけいにあった忍者かまりの名を、鳥居とりい強右衛門すねえもんという。

 幾度目かの武田の仕寄しよりが終わった。
 鉄砲の音が遠ざかり、聞こえなくなる。
 夏の日が傾いて影が伸びていく。空はまだ白い。

「どうやら、勝ったらしいぞ」
「ほんとっすか」
「たぶん、な」

 諸手抜もろてぬきで集められた臨時編成の鉄砲足軽に、味方の伝令が来るのはよほどの場合だ。
 日が落ちる頃合いになっても、伝令も敵もこないのだから、これは勝ったとみなしていいだろう。
 四郎二郎しろうじろうも、平三郎へいさぶろうも、安堵あんどの息をつく。

「残った玉は、一発だけだ」
「じゃあ、暗くなる前に作っとくっす」
「頼む。わたしは銃の掃除をして、火薬を調合しておく」

 今日が無事に終わったとしても、何もかもが終わったわけではない。
 武器の手入れ。玉と火薬の調合。明日もまた、今日と同じくらいの戦があるかもしれないのだ。
 平三郎へいさぶろうは、一日でぼろぼろになった竹束を結んだ縄を、ほどいた。竹束に命中した玉のうち、残っているのは二発。どちらも竹を割り、中まで食い込んでいる。

「うわっ……よく耐えてくれたなあ」
「ひらの願掛けのおかげっす」
「自分の髪の毛を縄に織り込んだと聞いたぞ」
「ありがたいっす」

 平三郎へいさぶろうは、縄を拝む。
 願掛けというよりのろいに近いだろ、と四郎二郎しろうじろうは思ったが、口には出さないでおく。ひらが時おり自分に向けるどろのような目玉が怖かったせいもあるが、ひらが家人の平三郎へいさぶろうと仲良くなってくれるのは、よいことだからだ。
 平三郎へいさぶろうは、割れた竹をより分け、残った竹で少し小さな竹束を作る。

「ちょっと細くなったな」
「体を斜めにすりゃ、大丈夫っす」

 竹束をどう運び、どう構え、どう体を隠すか。あれこれと試行錯誤する。
 四郎二郎しろうじろうは、狙う側の視点で、竹束をもつ平三郎へいさぶろうに、あれこれと口出しする。
 ふたりの顔に浮かぶのは、笑顔だ。負け戦なら、最初に捨てる心の余裕が、ふたりを笑顔にしていた。

 奥三河に、夜のとばりが、おりてくる。




しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。

短編歴史小説集

永瀬 史乃
歴史・時代
 徒然なるままに日暮らしスマホに向かひて書いた歴史物をまとめました。  一作品2000〜4000字程度。日本史・東洋史混ざっています。  以前、投稿済みの作品もまとめて短編集とすることにしました。  準中華風、遊郭、大奥ものが多くなるかと思います。  表紙は「かんたん表紙メーカー」様HP にて作成しました。

御懐妊

戸沢一平
歴史・時代
 戦国時代の末期、出羽の国における白鳥氏と最上氏によるこの地方の覇権をめぐる物語である。  白鳥十郎長久は、最上義光の娘布姫を正室に迎えており最上氏とは表面上は良好な関係であったが、最上氏に先んじて出羽国の領主となるべく虎視淡々と準備を進めていた。そして、天下の情勢は織田信長に勢いがあると見るや、名馬白雲雀を献上して、信長に出羽国領主と認めてもらおうとする。  信長からは更に鷹を献上するよう要望されたことから、出羽一の鷹と評判の逸物を手に入れようとするが持ち主は白鳥氏に恨みを持つ者だった。鷹は譲れないという。  そんな中、布姫が懐妊する。めでたい事ではあるが、生まれてくる子は最上義光の孫でもあり、白鳥にとっては相応の対応が必要となった。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

平安山岳冒険譚――平将門の死闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品) とある権力者が死に瀕し、富士の山に眠っているという不死の薬を求める。巡り巡って、薬の探索の役目が主人の藤原忠平を通して将門へと下される。そんな彼のもとに朝廷は、朝廷との共存の道を選んだ山の民の一派から人材を派遣する。冬山に挑む将門たち。麓で狼に襲われ、さらに山を登っていると吹雪が行く手を阻む――

蘭癖高家

八島唯
歴史・時代
 一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。  遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。  時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。  大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを―― ※挿絵はAI作成です。

信乃介捕物帳✨💕 平家伝説殺人捕物帳✨✨鳴かぬなら 裁いてくれよう ホトトギス❗ 織田信長の末裔❗ 信乃介が天に代わって悪を討つ✨✨

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
歴史・時代
信長の末裔、信乃介が江戸に蔓延る悪を成敗していく。 信乃介は平家ゆかりの清雅とお蝶を助けたことから平家の隠し財宝を巡る争いに巻き込まれた。 母親の遺品の羽子板と千羽鶴から隠し財宝の在り処を掴んだ清雅は信乃介と平賀源内等とともに平家の郷へ乗り込んだ。

処理中です...