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隣室の住人
しおりを挟むこれは私が学生の時、都内のアパートで体験した話です。
夜、なかなか寝付けずベッドに転がりながらヘッドフォンをつけてCDを聞いていると、所々で男性の話す様な声が聞こえてきました。
私が住んでいたアパートは、壁越しに咳やフライパン返しをカンカン叩く音などが隣室から聞こえてくる程でしたので、またお隣りの方が夜な夜な誰かと喋っているのだろうと思っていました。
そんなある日、私が2週間ぶりにアパートに帰るとアパートの前にパトカーが2台止まっていました。部屋に戻り辛いなとアパートに近づくのを躊躇していると、野次馬らしきおばさんが「変死体が発見されたんですって」と教えてくれました。
亡くなったのは、大家さんの息子さん。私の隣室の住人の方でした。私はアパートを借りる時に、大家さんから隣室には自分の遠い親戚が住んでいると聞かされていました。
大家さんは、このアパートに常駐されている訳でもなく、時折、2、3週間に1度の割合でしょうか。ゴミの分別の確認や蜂の巣の駆除などでアパートを訪れているところをお見かけした事があるくらいでした。今思うと、もしかしたら息子さんの様子を見に来ていたのかもしれません。
真夏なのに暖房をつけていたという事もあり、息子さんの身体は随分と腐敗がすすんでしまっていたそうです。心臓発作か何かだろうかと思いながらも、もし、私が家を空けなければ何か異変に気付いてあげられたかもしれない……と、私は罪悪感と自責の念に囚われていました。
2週間ぶりに開けた部屋は、真夏で密閉されていたからでしょうか、隣りの住人の腐敗臭を色濃く遺していました。
「ぅっ……」
8畳程のフローリングの部屋に充満した他人の腐敗した甘ったるい臭い。また、鼻から目を突き抜ける様なアンモニアのツンとした臭いが喉仏を刺激し、私は亡くなった方に申し訳ないと思いながらも反射的にアパートの外へ踵を翻しました。
どこで寝泊まりしよう……
トボトボと街灯の少ない住宅街を抜けると、コンビニの近くで大家さんとパッタリと会いました。私は大家さんにお悔やみを申し上げると、大家さんは申し訳なさそうにポツリポツリと息子さんの事を話し始めました。
息子さんは40過ぎになる事。小さい頃から興奮すると手がつけられなくなり、暴力が酷くなる事。精神を病んでいた事。施設でも引き取って貰えず、仕方なくあの部屋に住まわせていた事。そしてーーー
「ごめんなさいねぇ。あの子、若い女の子が好きで」
そう言って大家さんから渡された紙袋の中には、私の買ったばかりの下着が入っていました。それは私が介護実習に行く前に新調した物で、箪笥にしまった物でした。
(ーーーえ?なんで?どういうこと?)
人間、あまりにショックを受け過ぎると脳が処理しきれず冷静を保とうとするのは本当かもしれません。私はドキンドキンと大きく跳ね打つ心臓が口から飛び出してしまうのではないかと思いながらも平静を装い、震える声を抑えながらにっこりと笑顔まで作っていました。
「あの子、あなたのことが大好きだったみたい」
ニタァッと笑う大家さんの目は、笑っていませんでした。私は大家さんに紙袋の中身を届けてくれた御礼を伝えると、急いでその場を離れました。
それから私は暫くの間、友達の家に滞在させてもらい、叔父に頼んで引っ越しをさせてもらう事にしました。引っ越し当日、私を待っていたのでしょうか。大家さんが近寄ってきて言いました。
「あなた、このCD好きだったでしょう?」
それは、私がヘッドホンで聞いていた曲でした。発売されたばかりで、私はこの曲をヘッドホンでしか聞いた事がありません。
どうして大家さんが知っているのでしょう……。すると大家さんは私の目を見て言いました。
「あなたがベッドでよく聞いていた曲」
私は今でもあの時の大家さんの声を忘れる事ができません。大好きだったアーティストのCDも全部売ってしまいました。TVでたまに『平成◯年のヒット曲』などで好きだったアーティストの曲が流れるたびに、あのゾッとした真夏の体験を思い出します。でももっと恐ろしかったのは………息子さんが精神を病んでいたわけではなかった事です。
あくまでも憶測ですが、息子さんはなぜ真夏に『大家さんが処方された睡眠薬』を飲んだのでしょうか?また、真夏にわざわざ暖房をつけた理由は?
私の部屋に入る事ができたのはーーー
いえ、これはあくまでも憶測です。
なので、真夏の仄暗い影と同様に私の記憶の淵へ沈めておきたいと思います。
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