シスコン、異世界へ行く。〜チート能力かと思ったら、七つの大罪を押し付けられた件〜

ゆーしー

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Chapter.1 シスコン、異世界へ。

1-2:シスコン、異世界の地に立つ。

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 緑の匂いが、鼻腔を刺激する。
 鳥のけたたましい鳴き声が、目を覚ませと語りかけている。
 聞いたことも無いそんな鳴き声に、俺はハッと、目を覚ました。

「ここ、は……?」

 薄ぼんやりとする頭に、若干の気持ち悪さを覚えた俺は、とりあえず現在の状況を確認しようと周囲を確認する。
 今俺がいるのは、360度全てを背の高い木々に囲まれた森の中の、広場になっているような場所のようだ。思えば、さっき嗅いだ緑の匂いは、森の匂いだったのだろう。
 息を吸い込んでみれば、日本の都会の空気とは違う、澄んだ空気が肺に入り込んでくる。自然の多い場所は空気が美味しいと聞いたことがあるが、これが美味しい空気というものだろうか。

「周りの木々は、特に変わったものじゃなさそうだが……」

 木の幹に触れてみるが、なんてことは無い、普通の幹だ。触った感触としては、日本に植えられていた街路樹と、余り変わらないように思える。異世界と言えど、植物の性質は変わらないということだろうか、

「って、別に植物のことを調べに来たわけじゃないんだ。えっと、神様から貰った力っていうのはどうやって使えばいいんだ?」

 まずは授けられた力の確認をしようと思ってみたのだが、その力とやらをどう使うのが分からない。
 向こうに着いたら確認してくれとの事だったが、確認の仕方も分からないのではどうしようもないのではないだろうか。
 さて、どうしたものかと右手を顎に当てようとしたところで、右手の甲に見慣れない模様のような、痣のようなものがあることに気付いた。

「……これは、剣とお金か?」

 右手の甲に描かれていたのは、剣と硬貨の紋章のようなものだった。
 地球にいた頃、こんなタトゥーみたいなものはなかったはずなので、これはこの世界に来てから刻まれたものなのだろう。
 つまりこれは、神様が与えてくれた能力に関係するものなのだろうか。

「七つの能力、なんて言っていたか」

 俺は、他にも同じような紋章が刻まれていないかを、服を脱がないまま確認出来る範囲で確認した。
 結果、右手の甲の他に左手の甲と胸に紋章が描かれているようだった。
 左手の甲の紋章は竜が大口を開けているような感じの紋章で、胸の紋章はふんぞり返った悪魔のような感じの紋章だった。
 この紋章が何を表しているのかはよく分からないが、きっとこの紋章がが光るなりなんなりすると、能力が使えるようになるのだろう。

「しかし、これからどうすれば……ん?」

 突然、ドスン、ドスンという音と共に地面が揺れる。
 先ほどまでけたたましい鳴き声を上げていたであろう巨大な鳥が、ドンッ! という音と共に吹き飛ばされていった。
 あれだ。アニメの演出で言えば、星になるような感じの。

「……」

 目の前で起こったあまりの出来事に、言葉も出ない俺。ドスン、ドスンという音の主は、は、徐々にこちらに近付いてきているようだった。
 ……さっきの光、この音がする方向から放たれてた気がするんだが。
 俺は嫌な予感を覚えつつも、その場を動けない。この場を離れようと足を動かそうとしてみるが、微動だにしなかった。

 そして、それは現れた。
 何人もの人間を束ねてもなおその太さには至らないであろうほどの太さの足。
 長い毛の中に、竜の鱗を彷彿とさせる鱗が生えた身体。
 その口から伸びる、鉄板すらも易々と貫けそうなほど強靭で太い牙。
 言葉にするなら、そう、竜と猪を合体させたような、そんな凶悪な存在が、目の前に現れた。

『GRRRRRRR!!!!!!!!!!!』

 その竜猪は、獲物である俺を見つけると、地を震わせるほどの咆哮をあげて前足を掻く。
 ヤバい、と思った時には竜猪は俺目掛けて足を踏み込んでいた。
 ドスンドスンと、地面が揺れる。
 明らかにトンはあるだろうその竜猪は、その太くも強靭な足で地面を踏みしめ、必殺の牙をおみまいしようと突進してくる。さっきの鳥は、あれにぶっ飛ばされたのだろう。あんなもの食らっては、人間のこの身はひとたまりもない。

 ――どうするどうするどうする!? 何かないか!? この状況を打開出来るような何かが!
 そこで俺は、神様が授けてくれたであろう能力の宿った紋章に目が止まる。
 そうだ、これがあった。いや、これしかない!
 今からじゃあの突進は避けられない。このままじゃあの牙に貫かれて死ぬだけだ。
 くそっ、姉さんに会う前に、こんな獣畜生に殺されてたまるか! 俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ! 姉さんに、もう一度会うために! 姉さんを、この手に取り戻すために!

「っ、本当に俺に能力が宿っているというなら、今すぐにその力を貸せッ!」

 俺は紋章のある右手と左手、胸に、意識を集中させる。すると、その三か所の紋章が紅と黒と紫の、禍々しい色の光に包まれた。

『左手を前に出してこう呼んで! 【グラ】って!』

 ふと、そんな声が右手の甲から聞こえてきた。幻聴だろうか……いいや、幻聴だろうが関係ない。そう、呼べばいいんだな!
 俺はものすごい勢いで突進してくる竜猪に視線を向けたまま、左手を前に突き出した。

「来いッ、【グラ】!」

 瞬間、左手を目も開けられないほどの輝きが包み込んだ。
 現れたのは、黒に紅の装飾が施された籠手のようなもの。手の甲と肘の部分には、紫色の宝玉が嵌め込まれている。
 その、竜の手を彷彿とさせる籠手は、紫色の宝玉を明滅させると、巨大な竜猪の牙を受け止めた。
 人間の小さな身体で、勢いに乗った巨大な竜猪の牙を受け止めたら吹っ飛ばされると身構えたが、予想に反して俺の身体は微動だにしなかった。
 まるで、その場に杭で打ち付けられているかのように。
 いやしかし、何の衝撃もないというのは……。

『大丈夫だよマスター! 衝撃は全て!』
「……は?」

 不意に脳内に響く声。言葉の端々から元気っ子を想像させるその声は、確かに俺の頭の中に響いていた。

『あれ? マスター? 大丈夫?』
「あ、ああ。俺は大丈夫だが……マスター?」
『そう! 私たちのマスター! 愛すべきマスターだよ!』
「……えっ」
『ほらマスター! 受け止めてるだけじゃ勝てないよ! 次は右手に意識を集中させてこう呼んで。【アワリティア】って』
「あ、ああ」

 グラにアワリティア……どこかで聞いたことのあるような言葉だが、今はそんなことを考えている場合じゃないか。封印がどうのこうのと、気になる言葉も言っていたようだが。
 俺はグラに言われた通りに右手に意識を集中させる。
 そして、叫ぶ。

「来いッ、【アワリティア】!」

 再び視界を、禍々しい輝きが塞ぐ。
 そして右手に感じる、確かな重み。何か、筒状のものを持っている感触だ。
 光が収まると、そこには全身を黒く染めあげ、刃の部分が紅に染まった直剣があった。
 鍔の部分には、グラと同じく紫色の宝玉が嵌め込まれているようだ。そして、その宝玉が明滅する。

『ふう。おはようございます。マイマスター。今日は、世界最良の日となるでしょう』
「籠手の次は剣! しかもやっぱり喋っている!?」
『さぁマイマスター。あなたを傷つけようとするその不届き者に、裁きを与えてやりましょう』
「裁きって……俺、今まで戦ったこととかないんだが」
『大丈夫ですマイマスター。戦い方など、私たちを宿した時点でその身体に深く刻み込まれています。さぁ、その剣わたしを振るってください!』
「わ、分かった!」

 正直まだ頭がちんぷんかんぷんだが、この竜猪をなんとかしなきゃいけないのは確かだ。こうなったら、やってやるぞ!

「うおおおぉッ!」

 俺は気合を入れて、アワリティアに言われた通りに右手の剣を振るう。
 それは綺麗な弧を描いて、竜猪の牙を易々と、バターのように切り裂いてしまった。
 ……えっ、切った手応えみたいなのが、ほとんど無かった……それに、剣や籠手なんて今まで持ったことがなかったのに、どういう風にアワリティアを振るえばいいのか、グラを使えばいいのか、感覚的に分かる!?
 切り取った竜猪の牙をグラの中に収納し、俺は大地を蹴った。
 牙を切り取られて動揺している竜猪に向かって、俺は再びアワリティアを振るう。

「そこだッ!」

 もう一本の牙も根元から切り落とし、瞬時にグラの中へと収納する。ああもう、なんで籠手にこんなアイテムボックスみたいな能力があるのかは分からないが、まずはこいつを何とかしてからだ!
 二本の牙を失ってもなお、竜猪の闘志は消え去ることがないらしい。むしろ、よくもやってくれたなと、先ほど以上に殺意を漲らせているみたいだ。

『そんなにやつの突進が心配なら、この僕を纏うといい。こう呼べばいいさ、【スペルビア】と』

 グラともアワリティアとも違う、第三の声。どこか中性的で、ハスキーな感じの声だ。
 俺はもう聞こえる声を疑問に思わずに、その声に従う。

「来いッ、【スペルビア】!」

 二度あることは三度ある。俺の胸元で禍々しい光が輝いたと思ったら、ずしりと、確かな重みのある何かが俺の胴を覆った。
 それは鎧だった。これまた黒に紅の装飾の施された鎧。みぞおちの辺りに、紫色の宝玉が嵌め込まれている。
 兜はなく、その代わりに胴体と腰、足を全て覆っているようだ。右腕はそのまま学生服のブレザーが見えているが。

『やぁマスター。封印を解いてくれてありがとう。古の契約に従って、僕は君を主と仰ごうじゃないか』
「あ、ああ。よろしく頼む」
『僕を纏ったからにはもう安心だ。この場でふんぞり返っていても、やつの攻撃は届かないさ』
『GRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

 鼻息を荒く、前足で地面を掻いた竜猪は、一際大きい咆哮をあげて突進してくる。

『いいかいマスター? これから僕が、強者の戦い方というのを教えてあげよう』
「強者の戦い方?」
『あぁそうさ。まず、相手の攻撃を受け止める』

 全身全霊を込めた竜猪の突進が、俺の身体にぶち当たる。
 ……が、俺の身体には何の衝撃も来ず、痛みも何も無かった。
 さすがの竜猪もこれには驚いたらしく、困惑したような声を上げている。

『GRR……?』
『相手の攻撃を受け切った後は、力の差ってやつを見せつけてやればいい。ほら、アワリティアでその首を落とすんだ』
「……ああ」

 俺は軽く息を吸い、未だに困惑の表情を浮かべる竜猪に向かって、アワリティアを構える。
 悪いとは思わない。お前だって俺を殺そうとした。なら、俺がお前を殺しちゃいけない理由はないだろう?
 そうだ。お前は俺に手を出した。だから、その報いを――

「……?」

 報いを、何だ? 俺は、今何を考えた?
 一瞬、自分の思考が自分のものでは無くなったような気がしたが、気のせいだろうか。
 っと……今はそんなことを考えてる場合じゃないか。まずは、自分の安全を確保しないと。

「悪く、思うなッ!」

 俺はアワリティアを上段に構え、その首に向けて振り下ろした。
 抵抗無くスッ、と入った刃はそのまま竜猪の肉を切り裂いていき、その巨大な首を一撃の元に切り落とした。
 断面からは溢れんばかりの血飛沫が溢れ、血溜まりを作っていく。
 ここに、異世界初の戦闘は幕を閉じたのだった。
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