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Chapter.2:黄昏の戦乙女と第一回イベント
26話:第一回イベント⑥
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「相手は人型で目標は小さい! 遠距離攻撃持ちはタンクの後ろでアンドラス狙ってくれ! 中衛はアンドラスの動きを制限しつつ、攻撃できそうなら攻撃! 指示に従えないってやつは、もう好きに行動しろ! だが勝ちたいなら、周囲と息を合わせるくらいはしてほしい!」
兄さんの指示に、プレイヤーたちが動き出す。南門のプレイヤーたちも、文句一つ言わずに兄さんの指示に従い始めた。
『ふぅ。何とかあいつを地面に落とすことができたぜ』
『ん。ただいま』
『おかえり、二人とも』
このタイミングで、レンとアイちゃんの二人が帰ってきた。
二人ともそれなりに消耗はしているようで、十全に力を発揮するためには今しばらくの休息が必要そうだ。
アンドラスを地面に叩き落とすという大役を務めた二人には休んでほしいところだけど、本気になったアンドラスを相手に遊ばせておく戦力はない。二人には無理を言って戦闘に参加してもらう。
タンクが後衛アタッカーへの攻撃を受け持ち、後衛アタッカーは安全な位置から魔法や矢をぶっ放す。
近接アタッカーである中衛はヒットアンドアウェイでアンドラスの注意を引いたり、隙があれば攻撃を叩き込む。
私やレンのような既にENやMPを使い過ぎてるプレイヤーは、適度に休みつつ攻撃を加える。
アンドラスのHPはじわじわと削れており、こちら側に被害を出すことなく、そのHPバーを二本分削り切ることに成功した。
その間アンドラスは魔法で反撃を試みるものの、その発生をプレイヤーに潰されたり、後衛アタッカーを狙った魔法がタンクの持つ盾に吸い込まれるなど、効果的な攻撃ができないでいた。
だからだろうか。弛緩した雰囲気というか、「あれ? これ思ったより楽勝じゃね?」という雰囲気が漂った。東門から増援が来たことも、それに拍車をかけていたかもしれない。
ボス相手に油断するとは何事だって話だけど、私たちにそれを止める手立てはなかった。
そしてそれは、最後のHPバーが半分を切った時に起こってしまった。
攻撃を受け続けたアンドラスがグラりと揺れ、地面に膝をついた。その様子に歓喜の声を上げるプレイヤーたち。
私はその時、偶然にもマギアライフルのレティクルをアンドラスに向けていた。そのレティクルの向こうで、口元に笑みを浮かべる。
その笑みを見た瞬間、《直感》スキルが、一瞬にして視界を真っ赤に染めた。
どこを見ても逃げ場がない。それでも、何とかしないと。私以外にも《直感》スキルを持っていたプレイヤーたちが、一斉に顔色を変えるのが見える。
しかしアンドラスは、そんな私たちに向けてもう遅いと言うように凄絶な笑みを浮かべた。
「アハッ!」
アンドラスの笑い声が漏れた瞬間、アンドラスの全身をいくつもの魔法陣が覆っていく。アンドラスを覆った無数の魔法陣が光り輝き、そこから大量の闇の弾丸が放たれた。
【ダークバレット】。《闇魔法》スキルで覚えることのできる、初歩的な魔法。その魔法が何千何万と、魔法陣から周囲に放たれていく。あれだけの数、いくら魔法耐性をも持っていても耐え切れるわけが――
不意に、誰かに肩を引かれて地面に倒れ込む。
見れば目の前には、大剣を構えたレンと両手を広げたアイちゃんがいた。
なんで――
そう思う間もなく、視界の全てが闇に覆われていく。
周囲にはプレイヤーたちの悲鳴が響き渡る。まともに【ダークバレット】の嵐をくらったプレイヤーたちは、その身を粒子へと変えていく。
それは私を守ってくれた二人も例外ではなく、二人は私に向けて親指を立てて粒子と化していった。
分かってる。二人はHPを全損して、死に戻っただけ。少しの時間を置いて、複製された始まりの街で目覚めるはず。
それでも、私の目の前で仲間が倒されるという光景は、思った以上の衝撃を私に与えていた。
分かってる。三人まとめて倒されるよりも、二人で一人を守った方が得策だって。
そうだ。二人は私を生かしてくれた。なら、私のやるべきことは……。
フラフラと立ち上がった私を見て、アンドラスはヒュー、と口笛を吹いた。
「へぇ。よく生き残れたな。どうした? 仲間でも盾にしたか?」
『……似たようなもの、かな』
「なるほどな。まぁ、この俺の奥義をくらって、立ってるだけでもすげぇよ。見ろよ、お前以外は誰一人として――」
「――誰一人として、どうした」
「!?」
アンドラスが声のした方を向く。私も釣られてそちらの方を見ると、そこには見知った顔のプレイヤーがいた。
両手に持った大盾は、その耐久値の全てを使い切り、光の粒子に変わっていく。しかしその大盾に守られていたその人物だけは、無傷ではないにしても無事だった。
『兄さん!』
「ああ。ミオンちゃんも無事で何よりだ」
アンドラスの魔法飽和攻撃をくらい、残ったのは私の兄さんの二人だけ。しかも、お互いにHPもかなり持っていかれている。
しかし、相手のHPも残り少ない。六分の一のHPを削り切れれば、私たちの勝利だ。まだ、戦いは終わっていない。
「アハハッ、アハハハハ!」
しかしアンドラスは、残ったのが私たち二人と見ると、腹を抱えて笑い始めた。
「まさかとは思うがよ、てめぇら二人でこの大悪魔アンドラスを倒そうって言うのか?」
「まさかもまさか、そのまさかだ」
「アハハッ! 本当に笑わせてくれるぜ。切り札は切らされちまったが、虫の息のてめぇら二人を倒すことなんざ、容易すぎてあくびが出るぜ!」
『それなら、私たちの勝ちだね』
「……なんだ? 話聞いてなかったのかよ。てめぇら二人だけじゃ俺には勝てないって――」
「いいや、勝てるさ。そうだろ? ミオンちゃん」
『うん』
確かに、私はアンドラスの言う通りに虫の息、満身創痍だ。
HPだって二桁を切ってるし、全身の装甲はひび割れてボロボロ、左手に至ってはだらんと垂れ下がっていて、ものを掴むことすらできそうにない。
兄さんだって、装備していた鎧はボロボロだし、HPもとっくに危険域だろう。ポーションで回復したくても、アンドラスがその隙を見逃すわけもない。
絶体絶命のピンチ。この状況を端的に表すなら、そんな言葉がぴったりだ。
それでも――!
『一発逆転の切り札は、最後の最後まで取って置いた方が勝つってね!』
私は無事な右手で左肩のジョイントに接続されているマギアソードの柄を握りしめ、抜き放つ。
小さめの両刃斧のような形状のそれを、私は上段に構えた。
「ミオンちゃん!」
『兄さん!』
私は兄さんと視線を交わし、地面を蹴り出すのと同時にスラスターを噴かせ加速する。
その勢いは離れているはずのアンドラスとの距離を急激に縮めさせ、一瞬で近くに寄ってきた私を見たアンドラスは、驚愕の表情を浮かべた。
「まだそんな力を――」
「俺がここにいることも忘れるなよ!」
「っ!」
アンドラスの視線が私を捉え、自身から外れた瞬間、兄さんは両手に持っていた大槍の石突きと大剣の柄頭を繋ぎ合わせる。
両剣を思わせるその巨大な武器を、兄さんは切っ先の大剣をアンドラスへ向けながら突撃した。
両手剣に大槍。どちらも両手武器であり、本来片手では扱えない武器を合体させた、現状ではユージン兄さん以外には使えないであろう専用武装。
それにあえて名を付けるとするならば――
「大剣槍、こいつが俺の切り札だ!」
「ちぃっ! 大道芸人でももうちっとマシな武器を使うぞ!」
『おや? 正面ばっかり見てる暇はあるのかなっ!』
「くっ、この……!」
アンドラスの正面からは大剣槍を持った兄さんが突撃し、背後からはマギアソードを構えた私が接近する。
忙しなく前後に視線を動かしたアンドラスは、ニヤリと笑うと両手にそれぞれ闇の剣を作り出して、私たちの攻撃を受け止めた。
「こいつ……!」
「ハハハ! てめぇらの攻撃なんざ、俺にはもう届かねぇってことだよ!」
『それはどうかな!』
「なにっ……!」
私はマギアソードに限界以上のENを流し込んだ。《魔力収束》の説明文にもあったけど、そんなことをしたらマギアソードは確実に壊れてしまう。それでもここは、絶対に押し込まなきゃいけない盤面だ!
「ぐっ、これは……!」
『マギアソードにありったけのENを注ぎ込む! 《魔力収束》最大出力解放! いっけぇ!』
「ぐぅぅぅぅぅぅ!」
限界以上の輝きを宿したマギアソードが、アンドラスの胴体を両断。物理的に切れたわけじゃないけど、両手に生み出した闇の剣は消え去り、体勢も崩れた。
……まぁ、私のマギアソードも木っ端微塵にぶっ壊れたけどね! イベントが終わったら修理しないと。
そこにいるのは反撃もままならぬボスと、それを討伐せんとする一人のプレイヤーだけだ。
『兄さん!』
「任せろ! この連撃、耐えられるものなら耐えてみせろ!」
「がぁっ……!」
兄さんの握る大剣槍が輝く。これは、アーツの輝き。
目にも止まらぬ速さでアンドラスに一突き加えた兄さんは、全身を躍動させてアンドラスを切り刻んでいく。
「がっ! ごっ! ぐっ!」
様々な角度からの突きに、切り上げ、振り下ろし。大剣槍が振るわれる度に、目に見える範囲でアンドラスのHPバーが削れていく。
その一連の動きが終わったあと、流れるような動きで切っ先を大剣のそれから槍のそれに入れ替えた。そして発動する新たなアーツ。
「ぐぎっ!」
目にも止まらぬ連続突きが、呻き声をあげるだけのアンドラスを穿ち、貫いていく。
その動きが止まったかと思うと、瞬時に持ち手を入れ替え、再び大剣側による攻撃が行われる。
「ぐぁっ!」
《両手剣》スキルのアーツの使用後に《大槍》スキルのアーツを重ね、《大槍》スキルのアーツの使用後に《両手剣》スキルのアーツを重ねる。
本来であれば不可能なはずのそれを、兄さんは両方の武器の特性を持った大剣槍で実現させた。
アーツの消費コストを払える限り攻撃を加えることが可能なアーツコンボ。それにより、一人では到底出せないような火力でアンドラスのHPを削り取っていく。
「こいつでぇっ!」
「――舐めるなゴミが!」
兄さんによる渾身の最後の一撃を、アンドラスはその歯で受け止めた。
それが人間の歯であれば、すぐにでも折れて口内を槍で貫かれていることだろう。
しかしそれは大悪魔の歯であり、兄さんの一撃を受け止めるには十分な硬度を持っていた。
アンドラスは致命の一撃を受けきれたことに、ニヤリと笑いを浮かべる。そのまま目の前の兄さんを殺そうと、空いている両手で闇の剣を作り出した。
しかし、対する兄さんもアンドラスに向けて笑みを浮かべていた。
その笑みの意味を理解した瞬間、私は自動回復したENを全て消費して、一本のマギアサーベルを抜き放ち、全力で投擲のフォームを取った。
「へへぇ、はひを――」
「なに。俺には頼れる最愛の妹がいたと思ってな!」
「――!」
『うぉぉぉぉぉっ!』
全身全霊で投げられたマギアサーベルが、アンドラスの背中を貫通する。その光の一撃は致命のものとなり、アンドラスのHPバーが全て削り切られる。
「がっ……まさか……この、俺が……ゴミ共と、スクラップ……なんぞに……?」
光を失い虚ろな瞳を空へと向けたアンドラスは、他のモンスターと同じように光の粒子へと変わり、消滅していった。
そして、私たちの勝利を告げるアナウンスが聞こえてくる。
〈イベント特殊レイドボス【大悪魔アンドラス】を討伐しました〉
〈《魔機人》スキルのレベルが上がりました〉
〈《武装》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動修復》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動供給》スキルのレベルが上がりました〉
〈《片手剣》スキルのレベルが上がりました〉
〈《直感》スキルのレベルが上がりました〉
〈《敏捷強化》スキルのレベルが上がりました〉
〈アイテム、アンドラスの魂結晶を手に入れました〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスが全て倒されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベント終了前に全ての脅威が排除されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベントが終了します。十分後、イベントに参加した全プレイヤーが通常フィールドに戻ります〉
――こうして、FFOの第一回イベントは終わりを迎えた。
兄さんの指示に、プレイヤーたちが動き出す。南門のプレイヤーたちも、文句一つ言わずに兄さんの指示に従い始めた。
『ふぅ。何とかあいつを地面に落とすことができたぜ』
『ん。ただいま』
『おかえり、二人とも』
このタイミングで、レンとアイちゃんの二人が帰ってきた。
二人ともそれなりに消耗はしているようで、十全に力を発揮するためには今しばらくの休息が必要そうだ。
アンドラスを地面に叩き落とすという大役を務めた二人には休んでほしいところだけど、本気になったアンドラスを相手に遊ばせておく戦力はない。二人には無理を言って戦闘に参加してもらう。
タンクが後衛アタッカーへの攻撃を受け持ち、後衛アタッカーは安全な位置から魔法や矢をぶっ放す。
近接アタッカーである中衛はヒットアンドアウェイでアンドラスの注意を引いたり、隙があれば攻撃を叩き込む。
私やレンのような既にENやMPを使い過ぎてるプレイヤーは、適度に休みつつ攻撃を加える。
アンドラスのHPはじわじわと削れており、こちら側に被害を出すことなく、そのHPバーを二本分削り切ることに成功した。
その間アンドラスは魔法で反撃を試みるものの、その発生をプレイヤーに潰されたり、後衛アタッカーを狙った魔法がタンクの持つ盾に吸い込まれるなど、効果的な攻撃ができないでいた。
だからだろうか。弛緩した雰囲気というか、「あれ? これ思ったより楽勝じゃね?」という雰囲気が漂った。東門から増援が来たことも、それに拍車をかけていたかもしれない。
ボス相手に油断するとは何事だって話だけど、私たちにそれを止める手立てはなかった。
そしてそれは、最後のHPバーが半分を切った時に起こってしまった。
攻撃を受け続けたアンドラスがグラりと揺れ、地面に膝をついた。その様子に歓喜の声を上げるプレイヤーたち。
私はその時、偶然にもマギアライフルのレティクルをアンドラスに向けていた。そのレティクルの向こうで、口元に笑みを浮かべる。
その笑みを見た瞬間、《直感》スキルが、一瞬にして視界を真っ赤に染めた。
どこを見ても逃げ場がない。それでも、何とかしないと。私以外にも《直感》スキルを持っていたプレイヤーたちが、一斉に顔色を変えるのが見える。
しかしアンドラスは、そんな私たちに向けてもう遅いと言うように凄絶な笑みを浮かべた。
「アハッ!」
アンドラスの笑い声が漏れた瞬間、アンドラスの全身をいくつもの魔法陣が覆っていく。アンドラスを覆った無数の魔法陣が光り輝き、そこから大量の闇の弾丸が放たれた。
【ダークバレット】。《闇魔法》スキルで覚えることのできる、初歩的な魔法。その魔法が何千何万と、魔法陣から周囲に放たれていく。あれだけの数、いくら魔法耐性をも持っていても耐え切れるわけが――
不意に、誰かに肩を引かれて地面に倒れ込む。
見れば目の前には、大剣を構えたレンと両手を広げたアイちゃんがいた。
なんで――
そう思う間もなく、視界の全てが闇に覆われていく。
周囲にはプレイヤーたちの悲鳴が響き渡る。まともに【ダークバレット】の嵐をくらったプレイヤーたちは、その身を粒子へと変えていく。
それは私を守ってくれた二人も例外ではなく、二人は私に向けて親指を立てて粒子と化していった。
分かってる。二人はHPを全損して、死に戻っただけ。少しの時間を置いて、複製された始まりの街で目覚めるはず。
それでも、私の目の前で仲間が倒されるという光景は、思った以上の衝撃を私に与えていた。
分かってる。三人まとめて倒されるよりも、二人で一人を守った方が得策だって。
そうだ。二人は私を生かしてくれた。なら、私のやるべきことは……。
フラフラと立ち上がった私を見て、アンドラスはヒュー、と口笛を吹いた。
「へぇ。よく生き残れたな。どうした? 仲間でも盾にしたか?」
『……似たようなもの、かな』
「なるほどな。まぁ、この俺の奥義をくらって、立ってるだけでもすげぇよ。見ろよ、お前以外は誰一人として――」
「――誰一人として、どうした」
「!?」
アンドラスが声のした方を向く。私も釣られてそちらの方を見ると、そこには見知った顔のプレイヤーがいた。
両手に持った大盾は、その耐久値の全てを使い切り、光の粒子に変わっていく。しかしその大盾に守られていたその人物だけは、無傷ではないにしても無事だった。
『兄さん!』
「ああ。ミオンちゃんも無事で何よりだ」
アンドラスの魔法飽和攻撃をくらい、残ったのは私の兄さんの二人だけ。しかも、お互いにHPもかなり持っていかれている。
しかし、相手のHPも残り少ない。六分の一のHPを削り切れれば、私たちの勝利だ。まだ、戦いは終わっていない。
「アハハッ、アハハハハ!」
しかしアンドラスは、残ったのが私たち二人と見ると、腹を抱えて笑い始めた。
「まさかとは思うがよ、てめぇら二人でこの大悪魔アンドラスを倒そうって言うのか?」
「まさかもまさか、そのまさかだ」
「アハハッ! 本当に笑わせてくれるぜ。切り札は切らされちまったが、虫の息のてめぇら二人を倒すことなんざ、容易すぎてあくびが出るぜ!」
『それなら、私たちの勝ちだね』
「……なんだ? 話聞いてなかったのかよ。てめぇら二人だけじゃ俺には勝てないって――」
「いいや、勝てるさ。そうだろ? ミオンちゃん」
『うん』
確かに、私はアンドラスの言う通りに虫の息、満身創痍だ。
HPだって二桁を切ってるし、全身の装甲はひび割れてボロボロ、左手に至ってはだらんと垂れ下がっていて、ものを掴むことすらできそうにない。
兄さんだって、装備していた鎧はボロボロだし、HPもとっくに危険域だろう。ポーションで回復したくても、アンドラスがその隙を見逃すわけもない。
絶体絶命のピンチ。この状況を端的に表すなら、そんな言葉がぴったりだ。
それでも――!
『一発逆転の切り札は、最後の最後まで取って置いた方が勝つってね!』
私は無事な右手で左肩のジョイントに接続されているマギアソードの柄を握りしめ、抜き放つ。
小さめの両刃斧のような形状のそれを、私は上段に構えた。
「ミオンちゃん!」
『兄さん!』
私は兄さんと視線を交わし、地面を蹴り出すのと同時にスラスターを噴かせ加速する。
その勢いは離れているはずのアンドラスとの距離を急激に縮めさせ、一瞬で近くに寄ってきた私を見たアンドラスは、驚愕の表情を浮かべた。
「まだそんな力を――」
「俺がここにいることも忘れるなよ!」
「っ!」
アンドラスの視線が私を捉え、自身から外れた瞬間、兄さんは両手に持っていた大槍の石突きと大剣の柄頭を繋ぎ合わせる。
両剣を思わせるその巨大な武器を、兄さんは切っ先の大剣をアンドラスへ向けながら突撃した。
両手剣に大槍。どちらも両手武器であり、本来片手では扱えない武器を合体させた、現状ではユージン兄さん以外には使えないであろう専用武装。
それにあえて名を付けるとするならば――
「大剣槍、こいつが俺の切り札だ!」
「ちぃっ! 大道芸人でももうちっとマシな武器を使うぞ!」
『おや? 正面ばっかり見てる暇はあるのかなっ!』
「くっ、この……!」
アンドラスの正面からは大剣槍を持った兄さんが突撃し、背後からはマギアソードを構えた私が接近する。
忙しなく前後に視線を動かしたアンドラスは、ニヤリと笑うと両手にそれぞれ闇の剣を作り出して、私たちの攻撃を受け止めた。
「こいつ……!」
「ハハハ! てめぇらの攻撃なんざ、俺にはもう届かねぇってことだよ!」
『それはどうかな!』
「なにっ……!」
私はマギアソードに限界以上のENを流し込んだ。《魔力収束》の説明文にもあったけど、そんなことをしたらマギアソードは確実に壊れてしまう。それでもここは、絶対に押し込まなきゃいけない盤面だ!
「ぐっ、これは……!」
『マギアソードにありったけのENを注ぎ込む! 《魔力収束》最大出力解放! いっけぇ!』
「ぐぅぅぅぅぅぅ!」
限界以上の輝きを宿したマギアソードが、アンドラスの胴体を両断。物理的に切れたわけじゃないけど、両手に生み出した闇の剣は消え去り、体勢も崩れた。
……まぁ、私のマギアソードも木っ端微塵にぶっ壊れたけどね! イベントが終わったら修理しないと。
そこにいるのは反撃もままならぬボスと、それを討伐せんとする一人のプレイヤーだけだ。
『兄さん!』
「任せろ! この連撃、耐えられるものなら耐えてみせろ!」
「がぁっ……!」
兄さんの握る大剣槍が輝く。これは、アーツの輝き。
目にも止まらぬ速さでアンドラスに一突き加えた兄さんは、全身を躍動させてアンドラスを切り刻んでいく。
「がっ! ごっ! ぐっ!」
様々な角度からの突きに、切り上げ、振り下ろし。大剣槍が振るわれる度に、目に見える範囲でアンドラスのHPバーが削れていく。
その一連の動きが終わったあと、流れるような動きで切っ先を大剣のそれから槍のそれに入れ替えた。そして発動する新たなアーツ。
「ぐぎっ!」
目にも止まらぬ連続突きが、呻き声をあげるだけのアンドラスを穿ち、貫いていく。
その動きが止まったかと思うと、瞬時に持ち手を入れ替え、再び大剣側による攻撃が行われる。
「ぐぁっ!」
《両手剣》スキルのアーツの使用後に《大槍》スキルのアーツを重ね、《大槍》スキルのアーツの使用後に《両手剣》スキルのアーツを重ねる。
本来であれば不可能なはずのそれを、兄さんは両方の武器の特性を持った大剣槍で実現させた。
アーツの消費コストを払える限り攻撃を加えることが可能なアーツコンボ。それにより、一人では到底出せないような火力でアンドラスのHPを削り取っていく。
「こいつでぇっ!」
「――舐めるなゴミが!」
兄さんによる渾身の最後の一撃を、アンドラスはその歯で受け止めた。
それが人間の歯であれば、すぐにでも折れて口内を槍で貫かれていることだろう。
しかしそれは大悪魔の歯であり、兄さんの一撃を受け止めるには十分な硬度を持っていた。
アンドラスは致命の一撃を受けきれたことに、ニヤリと笑いを浮かべる。そのまま目の前の兄さんを殺そうと、空いている両手で闇の剣を作り出した。
しかし、対する兄さんもアンドラスに向けて笑みを浮かべていた。
その笑みの意味を理解した瞬間、私は自動回復したENを全て消費して、一本のマギアサーベルを抜き放ち、全力で投擲のフォームを取った。
「へへぇ、はひを――」
「なに。俺には頼れる最愛の妹がいたと思ってな!」
「――!」
『うぉぉぉぉぉっ!』
全身全霊で投げられたマギアサーベルが、アンドラスの背中を貫通する。その光の一撃は致命のものとなり、アンドラスのHPバーが全て削り切られる。
「がっ……まさか……この、俺が……ゴミ共と、スクラップ……なんぞに……?」
光を失い虚ろな瞳を空へと向けたアンドラスは、他のモンスターと同じように光の粒子へと変わり、消滅していった。
そして、私たちの勝利を告げるアナウンスが聞こえてくる。
〈イベント特殊レイドボス【大悪魔アンドラス】を討伐しました〉
〈《魔機人》スキルのレベルが上がりました〉
〈《武装》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動修復》スキルのレベルが上がりました〉
〈《自動供給》スキルのレベルが上がりました〉
〈《片手剣》スキルのレベルが上がりました〉
〈《直感》スキルのレベルが上がりました〉
〈《敏捷強化》スキルのレベルが上がりました〉
〈アイテム、アンドラスの魂結晶を手に入れました〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスの一体が倒されました。これにより、該当プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈特殊レイドボスが全て倒されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベント終了前に全ての脅威が排除されました。これにより、全プレイヤーへの報酬が追加されます〉
〈イベントが終了します。十分後、イベントに参加した全プレイヤーが通常フィールドに戻ります〉
――こうして、FFOの第一回イベントは終わりを迎えた。
応援ありがとうございます!
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