吸血きうちゃんはおうちに帰りたい

小海in

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きうちゃん4 お邪魔してます (エロ無)

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 気付いたときには、もうずいぶん日が高く登っていた。お兄さんはしばらくベッドでぼんやり微睡んでいたが、自分が昨日のバイト帰りそのままの格好で寝ていたことに気付いて、一気に目が冴える。

 咄嗟に首に手を当てると、大きな絆創膏がそこには貼られていた。

「なんでこんな目立つ場所にしてくれてんだよ………」

 とりあえず昨晩のことは夢ではないのだと、くらくらする頭で反芻する。バイトに向かう前になんとか誤魔化せないか試行錯誤した結果、どうにもならないことだけがわかった。何より剥がして牙の跡でも見えてしまったらと思うと、傷跡を確かめる気にもなれない。

 ただ、長時間ぐっすり眠れたせいか、体調の方は悪くなかった。


*******


「はあ、疲れた………」

 吸血鬼と出会ってから数日。今日も今日とて夜のシフトを務め上げ、終電間際の時間に帰路に着く。

 夏休みだというのに、何をするでもなく漫然とアルバイトに明け暮れているのもどうかと思う。暇を持て余せる時期なんてあっという間に過ぎ去ってしまうだろうことはわかっていたが、実際何をするべきなのか、考えあぐねている間に時間ばかりが消えていく。

 本当はかわいい彼女を作って充実した生活がしたいという願望があるのだが、その彼女の作り方というものがわからないのだ。

「こんなだから変なのに引っかかるんだよなあ。………バイト代入ったら可愛い子のいる店探しに行こ………」

 独り言を言いながら自宅マンションの玄関を開けて、ちょこんと並んだ靴に思考が止まる。そこには見たことのない女ものの靴が鎮座していた。

「………………」

 何かを考えるのも億劫になり、お兄さん無言のまま狭い通路の先に扉を開けた。

「あっ、おかえりなさいですお兄さん!」

 そこには予想通りきうちゃんがいて、想像以上に寛いでいる様子が目に入る。

「………………………なんでいるの?」
「いやですよぉ。お兄さんてば、わたしのために窓の鍵開けといてくれたんですよね? お招きありがとうございますです!」
「しまった、付け入る隙を」
「お兄さんが優しい人でよかったです。わたし、こっちに来てもいつも泣いて帰るしか出来なかったから………。お兄さんがいてくれれば、人間の街に来るのももう怖くないです」

 すぐにでもきうちゃんを追い返すつもりだったお兄さんは、なぜか彼女が自分に懐いていることに気付いてちょっと絆されてしまう。

「きうちゃんは今日も人間を連れてくの?」
「そのつもりだったんですが………」

 えへへとごまかすような顔になるきうちゃん。今日の服装は襟口が大きく四角に開いた、胸のラインを強調する丈の短いシャーリングブラウスと、同系色の淡いふんわりとしたチュールスカート。相変わらず見た目も中身もふわふわしている。

「ダメだった?」
「………………はい」

 きうちゃんは小さくなってかくんと項垂れる。ちょっとだけ瞳を潤ませて、夜の街で出会った人間のことを説明し始めた。

「だって、すっごく怖かったんですよぉ。………今日は勇気を出してちゃんと自分から声をかけたんです」
「へえ、どんな風に?」
「『そこのお兄さん、お時間ありますか? よろしければわたしとお話ししていきませんか?』っていう感じに…」
「うーーーーん………、それってどう考えても立ちんぼ………」

「おじさんが寄ってきてくれたんですけど、そのとき怖い人が来て、わたし連れて行かれそうになって………」
「えっやばいやつ?」
「『君、何してるの? 中学生? どこの学校? 今何時だと思ってるの、ちょっと交番まで来てくれる?』って、すっごい怖い感じで誘拐されそうになって」
「それお巡りさん。誘拐じゃなくて補導されそうになってんだよ」

「ていうかきうちゃん、女の子連れて来いって言われてなかった?」
「そうなんですが、女の子が一人でこんな夜更に出歩くことなんてあんまりないですよね」
「危険だし補導されるからね!」
「お兄さん! わたしはどうすればいいんですか~」

 ぴえぴえ泣き始めるきうちゃんを見て、どうしようもないなと脱力するお兄さん。

「今日はもう諦めなよ。俺も軽くなんか食べて寝たいし」
「見捨てないでくださいよぉ」
「きうちゃんも食べてく?」
「食べます」

 お兄さんは冷蔵庫にあったお豆腐と鳥ササミにキムチを加え、適当にスープを作る。居酒屋でバイトを始めてからというもの、自分で名前もない食事を作るのがちょっと楽しくなっていた。

「ネギがなかったから胡麻でそれっぽくしてみたんだけど、見た目もそんなに悪くないし、まあまあ旨いと思う」
「ありがとうございます! おいしいですー」
「卵落としてもよかったかもなー」
「お兄さんお料理できるんですね。すごいです」

 きらきらとした目で褒められて悪い気はしない。

「きうちゃんは料理とか……そういえば吸血鬼も食事するんだ?」
「いつもは食べないですね。でもおいしいお食事は好きですよ。ご主人様なんかは、固形物を摂ると内臓にくるとかで飲み物くらいしか口にしませんけど」
「きうちゃんのご主人様はちょっと虚弱すぎない?」
「わたしも薄々そんな気がしていました……」

 なんだかんだ2人で他愛のないお話をして過ごしているうちに、きうちゃんはニコニコ元気になったしお兄さんは眠くなった。

 夜明けまではまだ少し時間があるが、きうちゃんはペコリとお辞儀して、お邪魔しましたとお城へ帰ることにする。

「お兄さんも毎日遅くまでお疲れ様です。ちゃんと栄養とってぐっすり眠って健康な血を作ってくださいね」
「もしかしてあてにされてる?」
「はい!」
 
 曇りない笑顔のきうちゃんにお兄さんは苦笑いを浮かべるが、そう嫌な気はしない。吸血鬼なんたらを抜かして考えれば、きうちゃんはかわいい女の子なので、頼りにされて懐かれるのは普通に嬉しかった。

「あとはお友達とか紹介していただければ言うことなしなんですが。できれば女性の方で」
「それはちょっと友人無くしそうなんで勘弁して」

 お兄さんは元気よく飛び立っていった姿を見送って、彼女ができたらこんな感じなのかなとちょっとだけ思った。そのあとで、でもあの子は妹系を通り越してペットか何かの方がまだ近いし違うなと冷静に思い直した。


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