吸血きうちゃんはおうちに帰りたい

小海in

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きうちゃん2 お兄さんのお家 (エロ無)

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「じゃあ、つまり君はお城に住んでいる吸血鬼さんのお使いをするために人間界へやってきたわけだ」

 マンションの一室にきうちゃんを招き入れた彼は、小さなローテーブルの前に座った。きうちゃんもその隣で、クッションの上に小さくなってちょこんと正座している。

 暗がりではわからなかったが、きうちゃんは淡いマスカット色の地に白いお花が散りばめられた可愛らしいワンピース姿をしていた。ふんわりと肩にかかるくらいの長さの髪は、毛先部分がより明るくなったミルクティーブラウンで、少女のほわほわした印象を際立たせている。

「それは大変だねー。あ、コーラは飲める?」
「は、はい、ありがとうございます」

 しゅわしゅわと炭酸のはじけるグラスを受け取るものの、きうちゃんは緊張で口をつけられないでいた。わずかに結露した水滴が、小さな指先を濡らす。

「ご主人様の飢えが限界に達してしまいまして。このままでは死んでしまうので……人間を連れてくるよう言われています……」

 言いながら、きうちゃんの瞳がじわりと熱を持つ。お兄さんも少しばかり同情するように顔を歪めるが、内心のところではどこまで話を合わせるべきかを思案していた。彼はこの女の子を家出少女的なものかと保護したつもりだったが、迂闊だったかもしれないなどと思い始めている。

「お兄さんにはご主人様のお城に来ていただいて、あの、よければ……生き血をご提供いただきたいのですが……」
「いやいや。そりゃ難しいでしょ。いくらなんでもそんなのは聞けない」
「そんな………わたし、いつも失敗ばかりで、もうお兄さんだけが頼りなんですぅ………」

 きうちゃんはきゅっと握り拳をつくると、自分のスカートを握りしめた。ただでさえ短いスカートの裾が引き絞られて、太腿がほとんどあらわになっている。今の彼女はそんなことなんて気にも止めていない。涙目のきうちゃんに、お兄さんは困った様子でもごもごと言葉をこぼした。

「そうはいっても、その話に乗ったところでリスクしかないんじゃねえ」
「わ、わたしが出来ることがあればなんでもやりますからっ。どうかご主人様を助けてください~」

 きうちゃんが涙ながらに詰め寄ると、お兄さんは乾いた声で声で笑い始めた。

「君が何でもやるっていうならそれはすごく魅力的なんだけどなぁ。でも、一応ほら、俺もまだ逮捕されたくないから」

 中二病的な言動もあいまって、きうちゃんの見た目は14歳程度の少女にしか見えなかった。胸元の成長だけはその年頃にしては驚異的に見えるが、それこそが罠だとお兄さんは考える。

「まあでも話だけは聞くよ。そうだな。そのご主人様がどんな奴か教えてくれたら何か協力は出来るかも。あと場所は? どういうところにあるの?」
「場所は……説明出来ないです……」
「それじゃあとても一緒に行くなんて無理だよ」

 きうちゃんはしゅんとしてうなだれる。お城は人間が住んでいる世界と同じようで、それでいて全く異なる場所にあるのだ。普通の人間ではそこに辿り着くことは出来ない。きうちゃん自身も、ご主人様から与えられた羽を使わなければお城に帰ることさえ叶わない。

 また涙が溢れそうになったきうちゃんだが、キュッと唇を噛み締めて顔を上げる。するとお兄さんの背後の薄く開いたカーテンの隙間に何かを認め、目を見開いた。咄嗟に立ち上がったきうちゃんは頼りなげな足取りで窓辺に向かうと、カーテン越しに窓を開ける。

「どうしたの急に」

 お兄さんの問いかけるのが終わるか早いか、開け放たれた窓から一匹の小さなコウモリが飛び込んで来た。

「うわっ、コウモリ!? ちょっとちょっと部屋に入って来てるんだけど!」
「モモちゃん! 心配してついて来てくれたの?」

 室内に飛び込んで来たコウモリは、天井付近を大きな羽音を立てて飛び回る。エアコンの効きはじめていた室内は、あっという間に外からの暖かい風に満たされていった。
 コウモリはしばらくお兄さんを観察するようにその周囲を旋回したのち、おいでと差し出されたきうちゃんの腕に舞い降りて行く。

「平気なんだ、コウモリ……」
「平気も何も、モモちゃんはわたしのお友達です」
「そ、そう。吸血鬼をネタにするだけあるね」

 いくら頑張っても理解を示してくれないお兄さんに、途方に暮れたきうちゃんはどうしようとばかりにモモちゃんと顔を見合わせる。そのうち二人は何か相談を始めたが、モモちゃんが何を言っているのかわからないお兄さんには、きうちゃんが一人で会話をしているようにしか見えない。

 お兄さんが本格的にこの子はやばいのかもしれないと思い始めた頃、いきなりきうちゃんがお兄さんを押し倒すように抱きついてきた。女の子のほのかに甘い匂いに脳の神経をいくつか遮断されて行くような錯覚に陥る。

「お願いします! しのごの言わずにどうか一緒にお城へ来てください!」

 涙目でお兄さんを見上げながら、きうちゃんはその腕にぎゅうっとしがみついた。ぽよぽよとした感触にお兄さんの口が半開きになるのをめざとくを認めて、さらにそれを押し付ける。きうちゃんがご主人様になにかおねだりをするときも、こうやってぱゆんぱゆんしてあげると成功率が上がるのだ。

「お兄さんもおっぱい好きですか? 好きなんですね?」
「くぅああああ!? 罠だ!? これがハニートラップってやつだ!!」

 歯を食いしばって何かに耐えようとするお兄さんに、きうちゃんは半泣きのままぱみゅぱみゅ攻撃を続ける。マシュマロサンド一回ごとに、お兄さんからは理性とか警戒心とかそういう大切なものが崩れ落ちていった。

「うんよしわかった。君童顔なだけでほんとは大丈夫なんでしょ? 俺、今露骨に誘われてんだよねこれ? そのご主人様とかいうのも含めてプレイの一環な訳だ、そうなんだよな?」

 お兄さんはきうちゃんの言動を都合よく解釈すると、自分の願望に勝手なストーリーをつけはじめた。実は新手の客引きでやばい店に連れて行かれるのかもという考えもよぎったが、ほんの一瞬で脳の隅へと追いやってしまう。完全に下半身に思考が支配されていた。

「いいよ行くよ。そのお城ってやつに」
「本当ですか!?」
「そのかわり、俺にも見返りくれるよね?」
「もちろんです。ありがとうございます、お兄さん!」
「じゃあさっそく……」
「はい! さっそく向かいましょう」

 お兄さんはきうちゃんの肩に両手を伸ばすが、喜び勇んで立ち上がる彼女の前に虚しく空振りとなる。

 突然ワンピースの背中のファスナーを下げはじめるきうちゃん。お兄さんはそれを期待とともに眺めていたが、彼女は一瞬目を閉じたかと思うと、そこから大きな黒い翼を出現させた。ご主人様の眷属たる証、コウモリの羽である。

 皮膜はあの小さなコウモリと同じくほのかに紫色を帯びていた。怪しげな翼を纏うように大きく広げた姿は、先ほどまでの中二病の泣き虫な少女の印象を塗り替えていく。
 お兄さんは呆気にとられたようにきうちゃんの背に広がるものを見る。しかしすぐに冷静さを装って言葉を絞り出した。

「び、びっくりした……え? なにそのギミック? コスプレ? 気合い入ってるね?」
「ええ、ええ。気合いは十分ですよお!」

 きうちゃんは元気よく傍らのモモちゃんに声をかける。
「モモちゃん、お願い手伝って!」
 コウモリのモモちゃんはクルンと空中で前転のような動きをすると、翼を大きく伸ばして帯状に変形させた。そしてそのままぴったりとお兄さんの背後に取り付く。

「えっ、ちょっ? 何この、え?」
「えっと、モモちゃんをこうしてぐるっと腰の辺りを支えて……」
「わかった抱っこ紐だこれ!? んむっ」
「お兄さん、ちょっとそのままじっとしてくださいねぇ…………そぉい!」

 きうちゃんは困惑するお兄さんの顔面を自分の胸に埋め、大人しくなったところを勢いよく横抱きに抱き上げた。そしてよろよろとしながら開いたままの窓へと向かっていく。

「うううっ、男の人はやっぱり重いです~。ご主人様と練習したのになあ……。お兄さん、落ちないようにしっかりぎゅーっと掴まっててくださいね」
「待ってちょっと何気に無茶苦茶怖いこと言ってない!?」
「とおっ」

 焦るお兄さんを尻目に、きうちゃんは気の抜ける掛け声とともに窓から飛び出していく。その瞬間、落下の浮遊感を感じたお兄さんは恐怖にかられ、きうちゃんの体に力いっぱいしがみついた。

「あぁ、いいですね、その感じです。ちょっと重さが平気になりました!」

 しばらくして地面に叩きつけられることは無さそうだと理解したお兄さんは、そおっと顔を上げ恐る恐る周囲に視線を泳がせる。眼下には深夜の寝静まった住宅地が広がっていて、マンションの自分の部屋から明かりが漏れているのが遠目にわかった。

「ゆ、夢かな? やっぱ夢っぽいな、お姫様抱っこだし……俺がこんなにおっぱいに縁があるのもおかしいし……」
「お兄さんは空を飛ぶのは初めてですよね? ご主人様のお城まで、空のお散歩楽しんでくださいね」

 少女はにっこりと笑って、大きく欠けた月を目指すように高く高く空を上っていく。先ほどお兄さんを重そうに抱えていたきうちゃんだったが、飛び立ってからは辛そうな様子はない。背中の羽は2人分の体重を持ち上げているとは思えないほど軽やかに羽ばたいている。

 いつのまにか人工の灯りは遠のいて、空が降ってくるような錯覚を覚えるくらいに星あかりが周囲を満たしていた。

 お兄さんは混乱したまま、気持ちいい夜の風ときうちゃんのぷよぷよに身を委ねて、もうどうにでもなれと心の奥で呟いた。
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