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さて、どうしようか。
電話番号の書かれたポストイットと睨めっこを始めて1時間。
「どうすればいいんだよこれ‥‥。」
もうほとんど人がいない職員室で自分の机にうつ伏せになって考える。水津先生はどんな意図があって俺にこれを渡したのだろうか。
机の上に置かれていたテストの答案用紙が頬と擦れて少しクシャッとなったけど、それ以上に今俺の頭の中がクシャクシャだ。
「なにこれ。」
「え、」
ピッと指の間からポストイットが抜かれて、ほぼ反射で顔を上げた。案の定俺の指から抜いていった人は月島でポストイットと俺の顔を交互に見てからニヤリと笑った。
「木元ぉ。お前がモテるのは知ってるけれど、さすがにテストの答案に貼られたポストイットに電話は漫画すぎるだろ。」
「は!?ちげえよ!!」
「誰の答案だ?教えろって。」
「そんなんじゃないから、返せ!」
「ダメダメ。お前がクビになったら寂しいからこれは没収しまーす。」
「なっ‥‥!」
あろうことか月島は近くにあるシュレッダーにポストイットを差し込む。ぎゅいん、と音を立てて削られていく姿を見て、思わず固まってしまった。
「木元、生徒と電話番号交換はまじでやめとけ。」
「‥‥。」
「木元?」
「‥‥‥‥。」
「はあ?そんなにベタ惚れなわけ?」
「‥‥本当に生徒のじゃない。」
ああ、俺の馬鹿。こんなんならいっそのこと電話しておくべきだった。
「え‥‥?まって、結構ガチなやつ?」
「‥‥。」
どうしよう。これどうすればいいんだ?
謝る?いや、謝るのは変だよな?
「ごめん木元!生徒から貰ったものだと勘違いして‥‥!」
「‥‥。」
今日はよりによって金曜日だし月曜日に幼等部に行くとしても、2日も連絡しないって水津先生に嫌われてしまうかもしれない。それに、なにか用があって渡してきてくれたかもしれないのに。
「木元!とりあえずシュレッダーの中身取り出して繋ぎ合わせてみるから!」
「‥‥帰る。」
「え?なんて?」
月島の言葉なんてほとんど頭に入らず、半分フラフラの状態で高等部を後にする。
っていうか、俺どうしてこんなに水津先生に嫌われたくないんだろう?もう全部わかんな___
「いった‥‥!すみませ‥って木元先生!?」
「あ‥‥ゆか先生。自分が前を向いて歩いてなかったので、すみません。」
考え事をしていたせいで前から歩いてきたゆか先生に気がつかずぶつかってしまった。慌てて気を取り直し頭を下げる。
「全然大丈夫ですよ!それより元気ないですね?飲みに‥‥」
「‥‥。」
「と言いたいところなんですけど、そういえば今日からポストイットの返事書かないといけないから無理じゃん!」
「ああ。会議の時お見かけしました。」
「私なんてまだマシな方ですよ。水津先生なんて着替えるのにも一苦労しそうな量ですもん。この後一人で着替えるの本当に大変そう。」
ん‥‥?
いきなり耳に飛び込んできた言葉に顔を上げる。この後一人で着替える?ってことは、
「え、水津先生まだいるんですか?」
「はい、いますよ?水津先生はいつも最初に来て最後に帰るので。」
「ありがとうございます!」
「えっ!?なんで元気になってるんですか!?」
それなら月曜日まで待たなくても今行けばいいじゃん!俺は気持ちを切り替えて急いで幼等部まで走っていく。
少し前までは見慣れていた正面玄関が少し懐かしくて、門の横にあるタイヤに腰掛けた。
____のは、いいものの。
「来ねえ。」
もしかして帰った!?ってツッコミを入れたくなるレベルに来ない。そして雲行きもだんだん怪しくなってきて、ぽつぽつと雨が降り始めた。
幼等部って裏門あったっけ?それとも俺が一瞬寝ててそのうちに帰ったとか?もしくはめっちゃ残業する気?
「あーーー!もう何してんの水津先生!」
前髪から水が滴ってきて、真っ暗な空に思わず叫んでしまった。だから、
「いやそれこっちの台詞なんだけど。」
「あ、」
後ろに人がいることに全然気が付かなかった。声の主に振り返ると、
「水津先生‥‥!」
「なにしてるんですか。」
傘を俺の方に傾けた水津先生が立っていた。先程の会議中とは違い、白のパーカーにGパンというラフな格好だ。
「風邪ひきますよ。なんで傘持ってないんですか?」
「俺、水津先生を待ってたんです。」
「雨の中?忠犬ハチ公‥‥?」
「そうじゃなくて、実はその‥‥。」
立ち上がって水津先生と目を合わせる。水津先生は不思議そうな顔で俺を見ていて、ぽた、ぽた、と雨特有の音があたりを包み込んでいた。
「‥‥あ。」
水津先生の傘の角度があまりにも俺に傾けられていて、思わず持ち手を掴む水津先生の指に手を重ねた。
「水津先生が濡れちゃう。」
もともと低体温の俺の指先に水津先生の子どもみたいな体温が伝わって、重なった温度に熱さを感じながら心の奥がまた音を立てる。
「俺のこと迎えに来たの?」
意外とこの人は恋愛脳だと思う。月島と違って冗談で発言しているのではなく、結構大真面目な顔して俺に尋ねてくる姿にさっきまでの悩みとかがもうどうでも良くなってきた。
「迎えに来るなら電話してくれれば早く出てきたのに。」
「その電話番号なんですけど、同期に生徒から貰ったものだと勘違いされて処分されてしまったんです。すみません。」
「なるほど。」
あれ、もしかして怒った?
水津先生は俺の下からするりと手を抜いて歩き出す。まって、ここで怒る!?びっくりして動けなくなってしまった俺の視線の奥で水津先生が振り返った。
「なにしてるんですか、帰らないなら傘いれませんよ。」
「え、あれ怒ってないんですか?」
俺は小走りで水津先生に追いつく。また傘を傾けてきたので、やんわりと押し返した。
「水津先生が風邪ひきます。」
「なんで俺限定なんですか。それなら木元先生もうちょっと寄ったら?」
寄ったら?なんて選択肢を投げかけるくせに、水津先生は俺に寄ってくる。真ん丸の後頭部からシャンプーの香りが鼻を擽って思わず顔を逸らした。くそ、なんだこれ。半分照れ隠しで適当に言葉を吐き出す。
「あーもう、雨って嫌です!」
「そう?俺は好き、雨。」
好き、と言う言葉に心臓がまた音を立てる。水津先生といると心臓に悪い。
「なんで雨が好きなんですか?」
「なんか拍手されてるみたいじゃん、雨の音。」
「でも俺は晴れの方が好きです。」
「正反対だな。晴れはあんま好きじゃない。」
くるくる、と傘を回して水津先生は答える。最初はずっと敬語だったけれど、最近は敬語とタメ口の割合が逆になった。俺は敬語の水津先生より自然と言葉を話す水津先生の方が似合っていると思う。
「えー?でも雨より晴れの方が太陽も出てるし良くないですか?」
「だから嫌いなんだよ、太陽は沈むから。」
今考えてみるとこの時恋愛脳だったのは俺の方。
“太陽は沈むから。”この言葉の意味を知るのはもう少し先。
電話番号の書かれたポストイットと睨めっこを始めて1時間。
「どうすればいいんだよこれ‥‥。」
もうほとんど人がいない職員室で自分の机にうつ伏せになって考える。水津先生はどんな意図があって俺にこれを渡したのだろうか。
机の上に置かれていたテストの答案用紙が頬と擦れて少しクシャッとなったけど、それ以上に今俺の頭の中がクシャクシャだ。
「なにこれ。」
「え、」
ピッと指の間からポストイットが抜かれて、ほぼ反射で顔を上げた。案の定俺の指から抜いていった人は月島でポストイットと俺の顔を交互に見てからニヤリと笑った。
「木元ぉ。お前がモテるのは知ってるけれど、さすがにテストの答案に貼られたポストイットに電話は漫画すぎるだろ。」
「は!?ちげえよ!!」
「誰の答案だ?教えろって。」
「そんなんじゃないから、返せ!」
「ダメダメ。お前がクビになったら寂しいからこれは没収しまーす。」
「なっ‥‥!」
あろうことか月島は近くにあるシュレッダーにポストイットを差し込む。ぎゅいん、と音を立てて削られていく姿を見て、思わず固まってしまった。
「木元、生徒と電話番号交換はまじでやめとけ。」
「‥‥。」
「木元?」
「‥‥‥‥。」
「はあ?そんなにベタ惚れなわけ?」
「‥‥本当に生徒のじゃない。」
ああ、俺の馬鹿。こんなんならいっそのこと電話しておくべきだった。
「え‥‥?まって、結構ガチなやつ?」
「‥‥。」
どうしよう。これどうすればいいんだ?
謝る?いや、謝るのは変だよな?
「ごめん木元!生徒から貰ったものだと勘違いして‥‥!」
「‥‥。」
今日はよりによって金曜日だし月曜日に幼等部に行くとしても、2日も連絡しないって水津先生に嫌われてしまうかもしれない。それに、なにか用があって渡してきてくれたかもしれないのに。
「木元!とりあえずシュレッダーの中身取り出して繋ぎ合わせてみるから!」
「‥‥帰る。」
「え?なんて?」
月島の言葉なんてほとんど頭に入らず、半分フラフラの状態で高等部を後にする。
っていうか、俺どうしてこんなに水津先生に嫌われたくないんだろう?もう全部わかんな___
「いった‥‥!すみませ‥って木元先生!?」
「あ‥‥ゆか先生。自分が前を向いて歩いてなかったので、すみません。」
考え事をしていたせいで前から歩いてきたゆか先生に気がつかずぶつかってしまった。慌てて気を取り直し頭を下げる。
「全然大丈夫ですよ!それより元気ないですね?飲みに‥‥」
「‥‥。」
「と言いたいところなんですけど、そういえば今日からポストイットの返事書かないといけないから無理じゃん!」
「ああ。会議の時お見かけしました。」
「私なんてまだマシな方ですよ。水津先生なんて着替えるのにも一苦労しそうな量ですもん。この後一人で着替えるの本当に大変そう。」
ん‥‥?
いきなり耳に飛び込んできた言葉に顔を上げる。この後一人で着替える?ってことは、
「え、水津先生まだいるんですか?」
「はい、いますよ?水津先生はいつも最初に来て最後に帰るので。」
「ありがとうございます!」
「えっ!?なんで元気になってるんですか!?」
それなら月曜日まで待たなくても今行けばいいじゃん!俺は気持ちを切り替えて急いで幼等部まで走っていく。
少し前までは見慣れていた正面玄関が少し懐かしくて、門の横にあるタイヤに腰掛けた。
____のは、いいものの。
「来ねえ。」
もしかして帰った!?ってツッコミを入れたくなるレベルに来ない。そして雲行きもだんだん怪しくなってきて、ぽつぽつと雨が降り始めた。
幼等部って裏門あったっけ?それとも俺が一瞬寝ててそのうちに帰ったとか?もしくはめっちゃ残業する気?
「あーーー!もう何してんの水津先生!」
前髪から水が滴ってきて、真っ暗な空に思わず叫んでしまった。だから、
「いやそれこっちの台詞なんだけど。」
「あ、」
後ろに人がいることに全然気が付かなかった。声の主に振り返ると、
「水津先生‥‥!」
「なにしてるんですか。」
傘を俺の方に傾けた水津先生が立っていた。先程の会議中とは違い、白のパーカーにGパンというラフな格好だ。
「風邪ひきますよ。なんで傘持ってないんですか?」
「俺、水津先生を待ってたんです。」
「雨の中?忠犬ハチ公‥‥?」
「そうじゃなくて、実はその‥‥。」
立ち上がって水津先生と目を合わせる。水津先生は不思議そうな顔で俺を見ていて、ぽた、ぽた、と雨特有の音があたりを包み込んでいた。
「‥‥あ。」
水津先生の傘の角度があまりにも俺に傾けられていて、思わず持ち手を掴む水津先生の指に手を重ねた。
「水津先生が濡れちゃう。」
もともと低体温の俺の指先に水津先生の子どもみたいな体温が伝わって、重なった温度に熱さを感じながら心の奥がまた音を立てる。
「俺のこと迎えに来たの?」
意外とこの人は恋愛脳だと思う。月島と違って冗談で発言しているのではなく、結構大真面目な顔して俺に尋ねてくる姿にさっきまでの悩みとかがもうどうでも良くなってきた。
「迎えに来るなら電話してくれれば早く出てきたのに。」
「その電話番号なんですけど、同期に生徒から貰ったものだと勘違いされて処分されてしまったんです。すみません。」
「なるほど。」
あれ、もしかして怒った?
水津先生は俺の下からするりと手を抜いて歩き出す。まって、ここで怒る!?びっくりして動けなくなってしまった俺の視線の奥で水津先生が振り返った。
「なにしてるんですか、帰らないなら傘いれませんよ。」
「え、あれ怒ってないんですか?」
俺は小走りで水津先生に追いつく。また傘を傾けてきたので、やんわりと押し返した。
「水津先生が風邪ひきます。」
「なんで俺限定なんですか。それなら木元先生もうちょっと寄ったら?」
寄ったら?なんて選択肢を投げかけるくせに、水津先生は俺に寄ってくる。真ん丸の後頭部からシャンプーの香りが鼻を擽って思わず顔を逸らした。くそ、なんだこれ。半分照れ隠しで適当に言葉を吐き出す。
「あーもう、雨って嫌です!」
「そう?俺は好き、雨。」
好き、と言う言葉に心臓がまた音を立てる。水津先生といると心臓に悪い。
「なんで雨が好きなんですか?」
「なんか拍手されてるみたいじゃん、雨の音。」
「でも俺は晴れの方が好きです。」
「正反対だな。晴れはあんま好きじゃない。」
くるくる、と傘を回して水津先生は答える。最初はずっと敬語だったけれど、最近は敬語とタメ口の割合が逆になった。俺は敬語の水津先生より自然と言葉を話す水津先生の方が似合っていると思う。
「えー?でも雨より晴れの方が太陽も出てるし良くないですか?」
「だから嫌いなんだよ、太陽は沈むから。」
今考えてみるとこの時恋愛脳だったのは俺の方。
“太陽は沈むから。”この言葉の意味を知るのはもう少し先。
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