『刺青のヒーロー~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.2』

M‐赤井翼

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「野江和男」

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「野江和男」

男達の人数に夏子と陽菜は一瞬足がすくんだが、迷うことなく稀世は飛び込んで行った。倉庫の奥では直にTシャツやアロハを着たナイフを持った男達が手を出すたびに、四方投げ、空気投げ、入り身投げで次々と宙を舞い、コンクリートの床に叩きつけられていく。
稀世も男たちに猛ダッシュをかけ、次々と私服の男を豪快なプロレス技で倒していく。見た目に素人の5人を直と稀世で数十秒で無力化した。

そこに黒塗りの大型セダンの後部座席から滝井が降りてきた。
「あー、やっぱり「闇バイト」のボンクラでは何の役にも立てへんな…。それにしても、恐ろしく強い「女」がいたもんやなぁ。「胸の大きな元人気レスラーのスーパーレディー」と「国士無双の合気術のおばさま」ってか?そこだけは少し想定外やったな。
けど、それもここまでや。所詮は「女」は「女」ってことを教えたらなあかんな。あんたらがなんぼ強くても敵わへん相手が居るってな。まあ、知ったところで生駒山か大阪湾の「永遠の住人」になってもらわなあかんから意味あれへんけどな。
じゃあ、やんちゃなレディー達にちょっとお仕置きさせてもらおうか。」
滝井はスーツの襟の裏に付けたマイクで「おい!やれ」と言うと、黒塗りのセダンからサングラスにジャケット姿の7人の屈強な男が降りてきた。

 直は男たちの踵が床に沿う足さばきを見て稀世に言った。「稀世ちゃん、こいつら全員格闘技経験者やぞ。気をつけろよ。」とゆっくりと距離を詰めていく。(確かに…、さっきまでの素人とは違う。)稀世も気を引き締めた。相手のジャケットの左内側に黒い小型拳銃のホルスターが直の視界に入った。
「おうおう、弱々しいレディー2人に対して、大の男が7人ってか!まあ、わしは優しい女やから許したろ!
お前ら刑事には見えへんから、SP、もしくは私設SPってとこやな。大阪の街で物騒なモン持ち込みやがって。お天道てんとさんが許してもわしは許せへんぞ!こういう場の王道は「弱そうな奴」から順に始末やな!」
直が一気に一番端の男に突っ込んだ。最初の男に「小手返し」を決めるも、コンマ1秒で起き上がり、実戦空手独特の正面からの攻撃で直に反撃を加える。直線的な攻撃を直は受け流し、2884あると言われる合気道の技の中で「王道」の「入り身投げ」で男を後頭部から床に叩きつけ意識を刈り取った。

「おっしゃ、私もやるで!」と稀世は一番背の小さい男に挑みかかった。男は柔道経験者の動きを見せたので、不意を突いた蹴り技が効果が高いと考え、組みつく直前で背を沈め左かかとまわし蹴りを男の顎に叩き込み瞬殺した。
「ほっほー、本当にお二人は強おまんなぁ!もうこうなったら、勝ってなんぼやから、「卑怯」と言われても「実」をとって行こか!5人で一斉にかかったれ。息の根止めてもかまへんから遠慮はいらへんぞ!」
滝井が声をかけると5人が稀世と直に同時にかかってきた。強者の5人はまず、稀世と直の分断に動いた。複数人での連続攻撃で二人の距離が離れていく。3人の男が稀世に迫り数にものを言わせて入り口側に、直についた男2人は、直と同じく合気道の覚えがあるようで、「先の後」、「後の先」を読み合う攻防が続き決定打が出ず倉庫の奥へと押し込まれていく。

3対1で不利な状況で稀世が足を取られ転倒したところに男が馬乗りになった。マウントをとった男は遠慮なしに稀世の顔面目掛けて左右の拳を振り下ろす。稀世は常人離れした動態視力で拳をかわすが残り2人が稀世の腕を腕ひしぎ逆十字固めで抑えに入った。
両腕を左右から絡み取られ(もうあかん!)と正面から右の正拳を受けると覚悟して、少し左に首を捻っておでこを突き出した。男の拳がずれ、「ぽきっ」っと小指が折れる音がした。一瞬男がひるんだ隙に
「稀世姉さん、目をぎゅっと閉じて!」
と水中眼鏡をかけた夏子と陽菜の声が倉庫に響くとシャッターの左右から飛び出した2人が右手に持った縦長の缶についたトリガーを引いた。
 稀世の腕を抑える二人の男は稀世が手首を返し逆に男たちの手首を押さえたため、4メートルまで近づいた夏子と陽菜の不意の「ヒグマ撃退スプレーUDAP」攻撃に対し、完全に不用意な体制で顔面に5秒間、タバスコの200倍のカプサイシン噴霧を受けもんどりうった。夏子と陽菜は残り2秒ずつを稀世の上に跨る男の顔面に向け空になるまで噴射した。

両サイドの男の首筋に夏子と陽菜は150万ボルトのスタンガンをあて、「金踏み」でとどめを刺すと男の革靴の紐で両足首を「固結び」にした。稀世は、両目を腕でこする男の気配を心でつかみ、斜め45度の両手掌底をあごの先端に叩きこんだ。男は白目をむいて後ろに倒れた。
「稀世姉さん、もう目を開けても大丈夫ですよ!」
夏子の声に目を開けると稀世の上に乗っかっていた男の「金的」に陽菜がとどめを刺す所だった。
 「がふっ!」っと股間を抑える男の姿を見て「あぁ、ほんま「女」で良かったなぁ!カラカラカラ。」と笑ったが、コンマ1秒後苦戦している直の顔と2人の男の背が目に入った。

 稀世はダッシュ一番、男2人に急接近し背後から横っ飛びのブランチャーをかました。背後からの不意打ちで男は体勢を崩し、1人は直の「3強投げ」で腕を決められ動けなくなった。もう1人は起き上がり際の稀世の旋風脚で後頭部からコンクリートの床に落ちたところに駆けつけた夏子と陽菜のとどめの急所攻撃で完全に沈黙した。
「稀世ちゃんの60キロ爆弾の効き目は最高やな。カラカラカラ。」
と笑う直に稀世は真っ赤になって否定した。
「直さん、失礼なこと言わんとってください。私、59.8キロしかありませんからね!」

最後に残った滝井はワゴン車の中の唯を引きずり出した。左腕で唯の手錠のかかった両手ごと抱え込み、右手には小型拳銃を持ち、唯のこめかみにあてている。
「もう、こうなったらお前ら全員皆殺しや。おい、特殊部隊も出て来い!」
 襟のマイクに叫ぶと稀世たちに
「お前らが素直に「ネタ」を出せば死ぬことはなかったのになぁ。すんなりこちらに話を持ってくれば「金」に換えてやったのに、よりによって「文秋」に持ち込むとはな…。そこで「先生」のご意思は決まったんや。まあ、お前らがまいた「種」っていうこっちゃ!恨むなら自分らの浅はかさを恨むんやで。」
と唯のこめかみにあてた拳銃をぐりぐりと押し込む。

 「やめろーっ!その子は関係ない。「文秋」にネタを流したんは俺や!唯ポンを解放しろ!」
野江和男が倉庫に飛び込んできた。慌てて駆け込んできたので、シャツの裾がはだけ、唯に聞いていた虎の彫り物が見える。(唯ポン?)唯は、野江の顔を見たがBARまりあとシェアハウスの前で見た以外に覚えがない顔である。
「もう一度言う!唯ポンを離せ!ネタを売ったのは俺の12年越しの復讐だ!俺たち家族から「幸せ」を奪った森小路も実質的な「地獄」に送ったるからな!もう忠ちゃんが全ての記録を「文秋」に送る段取りはできてるんやからな!」
と叫び、野江はA4のPPC用紙の束をぶちまけた。

 直が足元に落ちたプリントを拾い上げ、ざっと目を通すと呟いた。
「「極秘」平成24年違法献金処理議事録」って何や?「千林大三」いうたら亡くなった総理やないかい。なになに、総理がパーティー券収入の議員キャッシュバック禁止や献金の帳簿記載を義務づけようとしてたんを今、渦中の副幹事長の森小路が裏で手を回して無効化した議事録や無いかい。
 他にもキャッシュバックと献金帳簿非掲載を裏で進めてた大物議員の名前がめちゃくちゃ並んでるやないか。このアロハのおっさん、いったい何もんや?」

 滝井は野江に拳銃を向け照準を合わした瞬間、「唯ちゃん、「ポン」や!」と稀世が叫んだ!
「ポンッ!」
唯はへその下で手錠をかけられた両手の平を合わせると一気に上に突き上げた。滝井の腕から抜け出た唯は振り向きざまに、滝井の顎に渾身の両手掌底を叩きこんだが「芯」がずれ、期待した効果は出なかった。
 滝井は怒り心頭の表情で銃床を唯の後頭部に叩き込み、みぞおちに膝蹴りを入れた。なすすべもなく床に崩れ落ちた唯に向けて
「お前はもう用無しや。死ね!」
と小型拳銃の引き金を絞った。

 「パンっ!」という乾いた音と「唯ポン!」と野江の叫びが重なり、次の瞬間に唯に覆い被さった野江の背中から紫煙がたなびいた。
 野江は痛みに顔をゆがめながら、体の下の唯に尋ねた。
「ゆ、唯ポン、大丈夫やったか…?」
「えっ、お父さん?お父さんなん?」
唯が野江に尋ねた。野江は何も言わず頷いた。

「国の為、国家存続の為、お前らみんなここで死んでもらう!」
滝井が指を鳴らすと、大型のレーザーマーカーつきの拳銃を持った黒尽くめのコンバットスーツとプロテクタ―の特殊部隊員が4人駆けつけた。






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