「やさしい狂犬~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.1~」

M‐赤井翼

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「焼肉みんなハッピー」

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「焼肉みんなハッピー」

 テレビの大阪府警記者会見は質疑応答に入ったので、太田はテレビのボリュームを落とした。
「府警の会見で稀世ちゃんの活躍を放送してもらわれへんかったんは残念やけど、そこは大人の事情ってやつやからしゃあないな。ここは、俺の方からみんなに稀世ちゃんの大活躍をドキュメンタリー動画を含めて報告させてもらおうか!
 ちょっと、それには「酒」が足らんから、大将、いっちょいい酒の一升瓶を出したってや!純米大吟醸でお祝いや!」
太田が三朗に声をかけると「はい、純米大吟醸ご注文ありがとうございまーす!」ととっておきの逸品をテーブルに持ってきた。
「まずはわが社に1080万円の「お年玉」を稼ぎ出してくれたわが社のヒロイン…、いやこの街のスーパーヒロインの稀世ちゃんに一献!」
と太田はご機嫌で稀世のグラスになみなみと注いだ。

 そこから、事件当日宇都宮が持ち合わせていたボールペン型ウェブカメラで偶然写された動画が存在することが太田から発表された。桑才の倉庫であった3人の半愚連の男と短刀に拳銃を持った共立組若頭補佐の浅川と稀世の格闘戦が店のモニターに繋がれ全員で視聴することになった。
 音声は入ってないので太田による講談師張りの「脚色2000パーセント」の実況で語られ、店内は大いに盛り上がった。
 大いに盛り上がる中、一番の盛り上がりとなったのは稀世と浅川との直接対決のシーンだった。立ち上がり、腰をひねって「カマ」っぽく太田が叫んだ
「「どんな技を持っていようが挑まれたらプロレスラーは逃げたらあかんねや。それに、世界最強の凶器はそんなちゃちな刃物やあれへん!今から私が、ほんまの「最強」で「最凶」で「最恐」の「凶器」っていうのが何なんかを教えたるわ!」
 ってめっちゃかっこええよなー!最初の「さいきょう」は「最も強い」の「最強」!二番目の「さいきょう」は「最もに悪いおみくじの「凶」やな。訓読みやと「わざわい」、「わるい」って読む「凶」やな。そして三番目の「さいきょう」は「最も恐れる」。つまり「恐怖」の「恐」やな。
 うーん、しびれるよなー!凶器を持ったやくざに一歩も引けへんどころか、逆にやくざに脅しかけよる稀世ちゃんには今後「パワハラ」なんか絶対できへんよな。ほんま「ガクブル」やわ。カラカラカラ。
 まあ、「どんな技を持っていようが挑まれたらプロレスラーは逃げたらあかんねや」ってセリフもかっこええけど、稀世ちゃんは「記者」やからな。今度は逃げてや。」

 皆で盛り上がり大爆笑する前で照れる稀世に全員が大きな喝さいを送った。そこに三朗が
「はい、そんな「さいきょう」の安さんに僕からもお祝いのプレゼントです。「鰆の「西京さいきょう」焼きです。」
と焼き魚のお盆を持って来て稀世の席の前から配膳し、最後に言った。
「リングの上の安さんもかっこよかったですけど、凶器を持ったやくざ相手に一歩も引けへん安さんも凄いですね。いやー、今すぐにでも復帰できるんとちゃいますか?地元スーパーディーバ安稀世選手の大ファンの一人としてはそれを希望しますけどね!」
と賛辞を贈った。

 「もう、大将までやめてや。アドレナリン出まくりで、パイプ椅子振り回してしもたから、相手のやくざは20か所以上の骨折やったんやて。まあ、素手の女一人にやられたとは本人もよう言えへんやろうから、みんなも黙っとってくださいね。これがばれたら、この先「鬼女」の噂が立ってしもたら「彼氏」もできへんようになってしまうから…。」
稀世は真っ赤になって答えるので精いっぱいだった。みんなで腹を抱えて笑った。
「じゃあ、次は、記者会見で語られへんかった部分をみんなに話してや。」
と太田がビール瓶をマイクに見立てて稀世に発言を急かした。稀世は太田からビール瓶を受け取り、まずは加藤について話した。

 加藤が「デビルタイガー」を名乗って、「闇バイト」を使って「空き巣狙い」を繰り返していた背景に、共立組内での跡目争いで若頭と争っていた「まむし」との異名を持つ若頭補佐の浅川が、屈強な「ゴンたくれ」と噂されていた加藤に目をつけたのがきっかけだったと稀世の口から語られた。
 生まれ持っての「悪」の噂は、本質的には誤りで、小中学校時代の暴れっぷりもあくまで仲間への「いじめ」や「不当な差別」に対するもので、加藤から喧嘩を売ったことはなかった。しかし、小学生時代に鈴木によって張られた「悪」のレッテルのハンディーは根深く、中学時代に起こった暴力事件の背景は、校内や修学旅行中の盗難事件は全て「ハッピーハウス」のものの責任に仕立てた、他の不良グループや盗難を繰り返していた「見た目の上は普通の生徒たち」によって行われたものであった。

 加藤が小学校に上がったころ、「ハッピーハウス」に来ていた「こども見守りたい」のボランティアで武道家の「長野猛ながの・たけし」と出会い、長野から教わった空手と剣道で加藤は仲間を護り「正義」を貫いた。
 当時の所長だった本田多恵は、学校やPTAからくる幾多のクレームに負けず加藤には「先生は全部わかってるよ。典史は悪くない。悪いのは「差別」することでしか「自己満足」できない心の貧しい人やからね。典史はまっすぐ育ちなさい。」と一切怒ることが無かったエピソードが語られた。
 加藤は中学卒業と同時に「ハッピーハウス」OBの経営する居酒屋に勤め始め、安い給料の中から「先生…、12年間育ててもろたお返しには程遠いけど、俺の気持ちを受け取ってな。」と「ハッピーハウス」に金銭を入れるようになった。
 武道も続ける中、長野猛の事務所の手伝いもしていた。ある日「実は、俺は若い時「反社」の構成員やったんや。今のボランティアは若いころの罪滅ぼしってなもんなんや。」とカミングアウトした長野が語る正義論は「悪い奴は力のない者をだまして儲けよる。同じ騙すんやったら、悪いことしてるやつから騙し取ったったらええのに悪い奴はそれをせえへん。せやからこういう「必要悪」が居るんやろな。」と言っては、お気に入りの「必殺!仕事人」シリーズのDVDをよく加藤に見せたという。他にも身を挺して「悪どい商人たち」から金品を奪い、弱者や庶民に再分配した「村上水軍」や「鼠小僧」を取り扱ったドラマや本を加藤に見せていたという。

 そんな中、加藤が働いていた居酒屋の店主が資金繰りに困り、借りたわずかな闇金融での金利で膨らみ支払い不能になった借金の取り立てにより、心を病み自殺に追い込まれた。その事件で加藤の心は少し歪んだという。「弱者は結局は強者のカモになるしかあれへんのか…。」と加藤は悩んだ。
 まだ現役だった所長の多恵と長野の言葉には従うものの、加藤を利用しようとするものも増えてきて周りの者たちを心配させた。
 そんな中、加藤は長野の誘いで、一緒に「ハッピーハウス」に限らず、他の福祉施設や福祉事業者に対するボランティア業務「こども見守り隊」の業務に参加するようになった。いくつもの福祉事業者を見る中で、「本当に利益度外視で真面目な福祉」を行っている者の大変さを知った。それと同時に福祉を食い物にして、弱者から利益を搾り取る「えせ福祉業者」がいることも知った。
 
 長野の勧めで、自ら収入を得るために18になると免許を取り、焼肉の移動販売を始めた。おりしもその年に上陸した2つの台風で被害を受けた鳥取の梨農園から大量の落下梨を安価で購入することができたのがきっかけだった。長野猛事務所のスタッフのコンサルタントに協力してもらい、梨ベースの焼き肉のたれを完成させた。
 そのたれは、漬け込むことで安物の輸入牛肉の赤身を柔らかくさせ、重い脂身をさっぱりと食べさせられる魔法のたれとして評判になり「漬け焼肉」の売り上げはあがった。
 1年たたずに移動販売は軌道に乗り、ハッピーハウスに寄付を続けつつも貯めた資金で出店を計画した。就職に困っている先輩OBに移動販売車とそれまでの顧客を無償で譲り、長野の協力もあり門真市駅東商店街に焼肉店を構えた。
 
 当時のハッピーハウスの所長だった本田多恵に許可を得て「ハッピー」の文字を店名に入れさせてもらい、「焼肉みんなハッピー」が開店した。「安くて旨い」と店は評判を呼び、利益も上がるようになり、加藤は市内の恵まれない福祉事業利用者の子供たちに還元をするようになった。店に招待したり、時として移動販売車で施設を訪れ焼肉を振舞った。
 さらに長野と一緒に「こども見守り隊」の一員として、クリスマスには翌春の新一年生に「ランドセル」を昭和の名作でプロレスラーが出身孤児院の経済的バックアップを行う「タイガーマスク」になぞらえて、「門真のタイガーマスク」の名で送るようになった。
 夏には、レンタカーでワゴン車を借りて施設の子供たちを海に連れて行き、冬にはクリスマス会を開き、正月前には餅つきをした。その活動は、直近までずっと続いていた。所長の多恵の「義ひ孫」の心亜と馴染んだのもそのそれらの活動がきっかけだとのことだった。

 順調に進んだ「焼肉みんなハッピー」は商店街の仲間に受け入れられ、商店街を「シマ」としていた共立組にすると「無料の用心棒」となった加藤は「厄介な男」であると同時に「欲しい人材」でもあった。
 2020年春、世界的なパンデミックを引き起こした「流行り病」で夜の営業でのアルコール提供ができなくなり客足が遠のき、利益が下がった。昼の営業で最低限の経費は出るものの、「ハッピーハウス」へはそれまでと同額の寄付が難しくなった。
 浅川から命じられた岡山が加藤に近づいたのはその頃だった。岡山が「組」を隠して「もっと儲かる仕事があるんだけど一緒にどうだ?」と声をかけるも、加藤は興味を示さなかった。困難な状況であっても、極力、自力で独立自営を続けることが「ハッピーハウス」の子供たちに元気を与えると判断してのことだったことは、稀世が独自に行った長野への取材で分かった。
 その加藤の気持ちを汲むことなく岡山からの加藤のスカウト失敗の報告を受けた浅川の出した結論は非情なものだった。
 



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