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「元プロレスラー安稀世」

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「元プロレスラー安稀世」

 午前10時48分、稀世がママチャリでメディアクリエイトを出たところ、太田から電話が入った。ブルートゥースのイヤホンマイクで話しながら桑才に向けて必死でペダルをこぎながら話をした。連絡がつかなかったのは、「特ダネ」を狙って孫の家に出かけた男の家を納めるカメラポジションのキープに準備がかかっていたとのことだった。稀世からのメール内容は確認しており、男性スタッフを現場に向かわせたとのことだった。
 稀世は改めて太田に宇都宮が監禁された旨と、監禁場所について説明を加え、更に「今朝」からの稀世の推察も全て伝えた。
 「デビルタイガー」と思われる男の口から「共立」の言葉が出たことで、その推察に稀世は確信を持っていることを伝えると、
「稀世ちゃん、わかった。それだけ状況証拠が揃ったんやから稀世ちゃんの推察でほぼあたってるんやろ。くれぐれも一人で危ないことはすんなよ。
 いつでも110番かけられる状態で大翔の様子を見に行ってくれ。監禁されてることが確認出来たらすぐ110番や。くれぐれも自分で何とかしようとは思うんやないで!」
と太田にくぎを刺された。

 午前11時8分。宇都宮の監禁現場に到着した。近くに宇都宮のバイクが放置されていることから、監禁現場に間違いはないと思ったが、今もこの中にいる保証はなかった。周辺から内部を探ろうとするが遮蔽物がないうえに、宇都宮が捕らえられたであろう、監視カメラが複数台建物の周辺に配置されている。
 (うーん、これは直接覗くしかないよな…。とりあえず…、)宇都宮が拉致されているであろう倉庫の正面に自転車を止め、稀世は猫の写真をスマホに映し出すとインターホンを鳴らした。反応はない。2度、3度繰り返すが反応がないので、ドアを叩き大きな声を出した。
「すみませーん、うちの猫ちゃんがオタクの建屋の壁の隙間から入り込んでしもたんですけど!ちょっと、開けてもらえませんかー!」

 30秒ほど、声をかけ続けるとキーチェーンのかかった状態でドアが5センチほど開き「猫なんか入ってきてへんよ!」と見るからに「ヤンキー」っぽい男がめんどくさそうに言った。スマホで猫の写真を男に突きつけ稀世は言った。
「いや、この猫ちゃんやねん。そこの壁の隙間から入ってしもてん。中に入ってへんねやったら、どこかに挟まれてるんかも知れへん。ちょっと、探させてください。私が行けばすぐに出てくるはずですから。お願いします!お願いします!」
と懇願する稀世に困った顔をしながら
「しゃあないですね。ちょっと待ってもらえますか?」と男が言った瞬間、稀世のスマホに着信が入った。運悪く、着信画面には「坂井刑事」と出ていた。(こんな時に何で!)稀世は思うよりも先に身体が動いていた。

 「警察ポリの出入りや!すぐに必要なもの持って逃げろ!」
男は叫んで稀世のスマホを右手で弾き飛ばしドアを閉めようとした。落ちたスマホはショックで電源が落ち、画面は真っ暗になった。(あかん、110番かけられへんかも!ここは実力行使で宇都宮君を助け出すしかあれへん!)ドアの隙間に差し込んだ稀世の左足に阻まれてドアが締められずにいるところを稀世は両手でドアノブを握ると背筋力220キロオーバーの渾身の力でドアを引いた。
 ドアのチェーンロックははじけ飛び、男は握ったドアノブにより屋外に引っ張り出され、稀世の足元で仰向けに転倒した。開いたドアの向こうにパイプ椅子に縛られた宇都宮の姿が見えた。
 
 稀世は、足元に仰向けに倒れた男の腹に「エルボードロップ」を落とした。男のへそにピンポイントでヒットしたエルボーにより男は反吐へどを吐き、もんどりうった。その頭部に、右足の「サッカーボールキック」を叩き込むと、男は2メートル吹っ飛び動かなくなった。稀世がドアから中に飛び込み「宇都宮君、大丈夫か?」と叫ぶと宇都宮は顔を上げ、目だけで笑った。
 「何じゃお前!婦警一人のカチコミか?なめんなよ!」一人の男が叫びポケットからバタフライナイフを取り出すと、稀世に襲いかかってきた。
 まっすぐ稀世の正面に突き出した男のナイフを左にかわすと男の手首を左足で蹴り上げるとナイフは宙を舞い、蹴り上げたその左足は180度真上を指すと、一瞬の停止時間も置かず、稀世の踵落としが男の脳天に食い込んだ。男は白目をむくと、膝から床に崩れ落ちた。一気に二人の男を瞬殺した稀世を見た残った男は、テーブルの上のノートパソコンを脇に抱えると、慌てて裏口へと駆け出した。
 
 「逃がすかい!」
稀世は男に向けダッシュすると、非常口のドアノブに手をかけた男の後頭部にハイアングルのドロップキックを叩き込んだ。背後から頭部を蹴られた男はドアにしこたま顔面を叩きつけられ、鼻血を吹き出した。ノートパソコンは床に落ち、男は拳をあげてふらふらと振り向こうとした瞬間、稀世は男の背後に回りこみ、瞬時に垂直落下式のバックドロップで男の両肩をコンクリートの床に叩きつけた。
 突入からわずか30秒の出来事にパイプ椅子に縛られた宇都宮は5重に巻きつけられたガムテープの下で声にならない歓声を上げた。

 「宇都宮君、大丈夫やった?えらい、痣できてしもてるやん。結構どつかれたんやな?」
と五重に巻かれたガムテープをほどきながら、稀世は声をかけた。顔のガムテープが取りはらわれると、
「凄い!凄いですよ!さすがは元ニコニコプロレスのスーパーディーバの安稀世選手や!まさに、完璧!スーパーパーフェクトですよ!」
と興奮が先に立ち一人騒いでいる。

 後ろ手に縛られた手錠のカギはどこにあるのかわからないので、特殊警棒を鎖に差し込むとクルクルとまわし、手錠の鎖を切った。床に落ちたバタフライナイフを拾い上げると腰回りと両足首を縛ったロープを切り裂いた。
 身体の自由を取り戻した宇都宮は、床に転がる二つのむくろの脈を確認すると、二人を中央に引きずり寄せ、ジーンズの腰側のベルト穴にロープを通すと堅結びにして、更に両足を縛り、ポケットからスマホを取り出すと110番にダイヤルした。
「あっ、そういえば、表にも一人倒れたままでしたね。そいつも縛っておかなきゃね。」
と宇都宮が表に出ようとドアに向かったが、ドアの前で立ち止まると、後ずさりして戻ってきた。

 「宇都宮君、どないしたん?」
稀世が尋ねると、いかついサングラスの男が白鞘の短刀を宇都宮に突きつけて入ってきた。
「おいおい、お前ら若い男女二人だけってか?これやから、半人前の奴には仕事は任されへんねんのう…。まあ、何処まで知ってるんかはわからんが、お前らには消えてもらうしかあれへんわな。」
と凄みを利かせる男に、宇都宮が渾身のまわし蹴りを見舞ったが、あっさりとかわされ裾払いでその場に倒された。男は、宇都宮のみぞおちに上から踵を踏み下した。空手で鍛え上げられた宇都宮の腹筋を貫いた衝撃は、「プロ」の技であることを宇都宮に認識させた。
「稀世さん、こいつはプロや。プロが凶器を持ってるんやから敵う訳あれへん。逃げてください。」
と男の足に絡みつこうとするが、瞬間的にかわされ、肩の関節に落とされた二度目の踵で、宇都宮の肩は鈍い音と共に脱臼させられた。

 「がうっ!ほんまにあかん。稀世さん、お願いやから逃げてください。」
と力なく呟くのが精一杯だった宇都宮に稀世は力強く言った。
「どんな技を持っていようが挑まれたらプロレスラーは逃げたらあかんねや。それに、世界最強の凶器はそんなちゃちな刃物やあれへん!今から私が、ほんまの「最強」で「最凶」で「最恐」の「凶器」っていうのが何なんかを教えたるわ!」
すっかり現役レスラー時代戻ったアスリートの目をした稀世にむかって、男は笑った。
「ギャハハハ!おい、姉ちゃん、強がんのもええ加減にせえよ。「さいきょう」って3回も言ってるやないか!ほんまはションベンチちびりそうにビビってんねやろ!」
と凄みを利かせる男に、稀世は一歩も引くことなく言い返した。
「22(歳)の乙女に吐くセリフとちゃうな。おっちゃんが「刃物」出した以上は、こっちも「ブツ」は使わせてもらうで。それとも女相手に「ステゴロ(※素手での喧嘩の意)」もようせえへんってか?」

 男は睨みつける稀世に視線を合わせ、淡々と呟いた。
「俺は、「現実派」なんや。要領よく仕事する為やったら、「卑怯」とか思えへんもんなんでな。お姉ちゃんが言う「さいきょう」に付き合ったるわ。」
と短刀を稀世に突き出した。稀世は「ふっ」と笑うと先ほどまで宇都宮が縛られていたパイプ椅子を両手でつかむとその座面を男の刃先に向け突っ込んだ。
 短刀の刃先は、べニアの座板と薄いウレタンとビニールの座面を突き抜け稀世の顔10センチ前で止まった。
「どりゃあぁぁ!」
稀世はパイプ椅子を正面向きに180度回転させると、男の手は逆に捻られ、短刀が手から離れた。男があっけにとられた刹那に稀世がふり上げたパイプ椅子の脚部接地側のパイプが男の脳天を襲うが、男は左腕一本でパイプ椅子攻撃を防ぎ、右手を上着の内に入れた。男は瞬時に小型のリボルバー式の拳銃を取り出した。

 稀世はその動きを見逃さず、パイプ椅子を90度横向けに回転させるとパイプ椅子脚部の側面で男の拳銃を打ち据えた。男の手首は良からぬ方向に曲がり「バンっ」と暴発した銃声が倉庫の中に響くと同時に、床のコンクリートで銃弾ははじけ、コンクリートの破片が稀世の頬をかすった。
「ゴルア!女の顔に向けて銃撃ちやがって、もう許せへんぞ!」
と銃弾とコンクリートの破片を勘違いした稀世が「キレ」て、パイプ椅子が変形するほどに男に女子プロレスラートップクラスの腕力で叩き込んだ。数度の「ボキッ」、「ボグッ」っという骨折音が響き男の両腕は両肩からぶら下がるだけの物体となった。

 男は捨て身の体当たりに出たが、稀世は冷静にアームホイップで男を270度横回転させ、折れた左腕を下にして堅いコンクリートの床にたたきつけた。更に、上にある右腕に「無慈悲」なギロチンドロップを落とすと男の悲鳴が倉庫にこだました。痛みに耐えきれずうつぶせの「亀」の体勢になろうとした男の背後に回り込むと、とどめの「裸締め」の一種とされる「チョーク・スリーパー・ホールド」で男の頸動脈を締めつけ10秒で男の意識を刈り取った。

 「宇都宮君、今度こそほんまに大丈夫か!」
稀世が宇都宮に駆け寄り、外された肩関節を入れた瞬間、パトカーがサイレンと共に到着した。稀世は、慌てて表に残した自分のスマホを拾いに行ったが電源が入ることはなかった。最後に入ってきた男を確保し、拳銃と短刀を回収する警官と、意識を失ったままの3人の見張りに別の警察官が手錠をかけている間に、宇都宮に太田宛で「無事」を伝えてもらった後、坂井に電話させ「さっきの電話はなんやったんですか?」と尋ねた。この場での「捕り物」を知らない坂井は、
「共立組の幹部がそっちに行くかもしれないんで、警察に任せるようしてください。くれぐれも宇都宮君を安さんが助けに行くなんてことはしないでくださいね。」
という指示するつもりだったと返事をした。(あー、もう今更遅いけど…)思いながら「わかりました。」とだけ返事をした。



今日のおまけはリクエストの多かった「闘うファイター稀世ちゃん」!

レスラー稀世ちゃん!&倉庫で戦う稀世ちゃんイメージ!
怒った顔も描いてみました(笑)。














ここからは「倉庫対決」編!








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