「やさしい狂犬~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.1~」

M‐赤井翼

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「調査」

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「調査」

 12月17日、宇都宮は「空き巣狙いの日時と場所」の連絡があるまで稀世について加藤がやっていたという焼き肉屋跡に行くことになっていた。門真市駅東側の商店街に新しい5階建てのビルが建っていた。2階より上の階は主としてキャバクラやスナックなどの飲み屋で一階には中村不動産という会社が入っていた。ビルの名前が「中村第3ビル」だったのでビルオーナーであることが想像できた。

 「すみませーん。」と二人は店に入ると、中年のいかつい男は稀世と宇都宮を客と思ったのか、精一杯の笑顔で出迎えた。
「はい、いらっしゃい。私はここの社長の中村と言います。賃貸をお探しですか?それとも売買物件をお探しですか?」と話しかけてきた。
 稀世は名刺を渡し、「すみません。メディアクリエイトの安と言います。今日は取材でまわらせていただいたんですけど少しお時間よろしいですか?」の声に、中村の表情は一気に曇った。
 「はいはい、なんでっか?仕事の最中やから手短に頼んまっせ。」とぶっきらぼうに答え、出しかけた麦茶を冷蔵庫にしまった。「あの、このビルができる前に、ここにあったっていう焼き肉屋さんなんですけど…。」と切り出した。

 「中村第3ビル」は開業から2年半。2020年、世界的な流行り病の最中に廃業した焼き肉屋や隣接するスナックや居酒屋を3年前に買い取り、このビルを建てたという。焼き肉屋は若い男がやっていたが、食中毒を出し廃業したというところまでの中村の証言は破門やくざの岡山が言っていたことと同じだったがここでは廃業後の事で加藤の名前は今回も悪意を持って語られた。
 中村が言うには、加藤はただの賃借人にすぎないにもかかわらず、「占有権」をカタに多額の移転立ち退き料を求めたという。交渉はもつれ、この会社のスタッフは「キレた」加藤に殴られ、最終的に加藤の望む金額を支払い退去させたと語られた。
「「他所に移転するから立ち退き料よこせ!」って言うとったくせして、その後はぼったくりバーの黒服やっとったって話やからうちもやられた口やな。今でもそいつの顔見たら「むかつく」わ。はい、俺が話せるのはここまで。ちなみに何を探っとるんや?」
 尋ねられた稀世は12月8日にあった殺人事件について簡単に説明すると「あんな奴は殺されて当然やろ!もう顔を見ることもないと思ったらせいせいするわ。」と中村は吐き捨てた。

 不動産屋を出た稀世に宇都宮が真っ先に「加藤ってやつ、やっぱりろくでなしな奴なんですね。まあ、そんな奴やから、仲間の金に手を出して殺されたっていう坂井刑事の最初の推理があってるんとちゃいますか?」と憤っている。
 稀世は心の中で(あぁ、加藤はこれで4連敗やな…。なんか私の中ではあの紙粘土の花瓶とそこに書かれてたメッセージが引っかかるんやけど、私の「根っからのわるは居れへんでほしい」っていう希望的観測でしかないんかな…。まあ、まだ次があるか…。「固定観念を持たずに取材はせえよ。」ってデスクも言ってたことやし、頭をリセットして次に行かんとね…。)と次の訪問先に向かった。

 中村不動産を出て、次に川崎から紹介をもらった加藤の同級生の山羽拓海を尋ねた。その同窓生も川崎と同様に、加藤の事を決して良くは言わなかったが、川崎や鈴木と比べるといくらか言葉は柔らかく感じた。唯一新たな情報として加藤の焼き肉店の名が「焼肉みんなハッピー」であったことが分かった。
「なんか、凄く柔らかいネーミングなんですけど店名の由来とかご存じですか?」
と稀世が山羽に尋ねると「知りません。」と言われ、面談取材は終わった。

 時間はまだ昼の2時だったので門真市駅の定食屋で少し遅めの昼食を取った。「うーん、このまま調査を進めてもろくなもん出てきそうにないよね。」と宇都宮と話をしていると聞くともなしに、隣の席でビールを飲みながら焼肉定食を食べている「がてん系」の若い二人の男性客の話声が耳に入った。
「あー、焼肉みんなハッピーのタレがまた食べたいよな…。もう、「ハッピー」が潰れて3年か…。あの気さくな若い店長何してるんやろな?よお、俺らにサービスしてくれてたよな。「俺も中卒やからお互い頑張ろうな!」って励ましてくれておかわり無料にしてくれたし、根本的に格安な値段でやってたから、家族連れや子供の客も多かったよな。」
「せやな、台風で梨が落ちて困ってるニュースを見て、落ちた梨を全部引き取ってあの秘伝のたれを作ったっていうてたな。「「義を見て為さざりは勇無きなし」!困った人が居ったら助けたんのは当たり前やろ。」ってな。「梨に含まれてる酵素で安い肉でもやわらかくなんねん。せやから安物のアメリカやオージーの牛の赤身でもめちゃくちゃ柔らかくなるからこの値段で出せんねんで!」ってネタバレしてくれてたよな。若いけどええ人やったから潰れた時はショックやったよな…。」

 二人の言葉に稀世が食いついた。「すみません。焼肉みんなハッピーについて調べてるんですけど、少しお話聞かせてもらえませんか?」と二人の間に割って入ると瓶ビールを一本注文し、二人のグラスに注いだ。
 二人は懐かしそうに、笑顔で加藤の話をした。初めて聞く加藤の良い反応だった。今まで聞いていた「悪童」、「狂犬」といった「悪」のイメージと違い子供や年寄りに優しく、毎月29日は「肉の日」として、高齢者と子供には赤字間違いなしの300円で定食を提供する気のいい兄ちゃんだったらしい。
 
 「まあ、食中毒を出したら食いもん屋は終わりやな。」、「でも、あの中毒が出たんって確か7月29日やったやろ。夏休みで子供らもたくさん来てたし、俺らも食ってたわけやん。それやのに食中毒が出たって今でも信じられへんよな。」、「せやな、腹下したとかゲロ吐いたって保健所に「焼肉みんなハッピー」を「チクった」やつしばいたりたいよな。」
と二人の若い男は加藤の擁護を続けた。

 稀世と宇都宮は話を聞かせてくれた二人に礼を言い連絡先を聞いた。定食屋の店主に門真の所轄保健所が守口保健所であることを聞くと、稀世と宇都宮は守口へ向かった。
 守口保健所の受付で食中毒事故の記録を確認したい旨を伝え、衛生課を訪れ2020年7月29日の「焼肉みんなハッピー」の事故記録を出してもらった。被害者は成人男性8名。20歳から50歳までの男性が病院で嘔吐、下痢の症状を訴え入院していた。吐しゃ物と便から「大腸菌群」と「O―157」が検出され、集団食中毒扱いとなった。立ち入り検査の結果、店舗設備に不備があったことと、違法に生食肉を提供していたことが利用者の証言から発覚し、設備改善命令と30日の営業停止命令が出たという記録だった。
 
 保健所員は稀世の質問に対し、ファイルを繰りながら次々と回答を繰り返していった。被害に遭った8人は、「焼肉ハウスハッピー」で当時、提供が禁止されていた「牛生レバー」と「生牛ユッケ」を食していたことが共通していたが、グループ客ではないとの記録だった。
「じゃあ、不特定の8名が一般メニューでない同じメニューを頼んだがゆえに、起こった食中毒だったという事なんですね。」
と稀世が確認を取ると、保健所員が記録簿のページをめくった。その際、被害者のページで「岡山」、「中村」の文字が見えたような気がし、被害者に取材をしたいので教えてほしいと申し立てたが、個人情報なので教えられないと言われ面談は終わった。(岡山と中村っていうのは偶然なんやろか…?)稀世は思ったがそれ以上聞けることは無いと判断し、稀世と宇都宮は保健所を後にした。

 午後4時、宇都宮が持つ太田のスマホにデビルタイガーグループからの通信アプリに集合時間と集合場所の通知が来たので宇都宮は鶴見署に向かわせた。一人になった稀世は薄暗くなりかけた西の夕焼け空を見ながら(加藤さん、あんたほんまに悪い人なん?それとも…。少なくとも、嫌われてるばかりじゃなかったんやんな…。あんたのファンもおったでなぁ…。それにしても食中毒事故って何かすっきりせえへんもんが残ってるんやけど、この後どう追っかけて行ったらええんやろか…?)と思うと、ふと鶴見緑地の紙粘土の花瓶のことが頭に浮かんだ。
 
 帰社する前に、事件現場を訪れると今日も新しい花に入れ替えられていた。(きっと、誰かが毎日ここに花を供えに来てるんや。いったい誰が…。少なくとも、今も加藤を慕ってる人がいるってことだけは間違いないよな…。)稀世は、事件現場を改めて散策してみた。
 ふと、事件の当日に坂井が言っていた「男の靴跡は4人分」という事を思い出し、坂井に電話をしたが繋がらなかったので、おそらく宇都宮と一緒にデビルタイガーの犯罪実行日に関する打ち合わせ中なのだろうと考え宇都宮のスマホに「坂井さんに、8日の現場に残された靴跡に加藤の靴跡があったか確認しておいて下さい。」とメッセージを入れた。(私の勘が当たってれば、加藤が死んだ場所は…。)一人で考えこむうちに、すっかり日は落ち、寒風にさらされた体はすっかり冷え込んだ。
 
 「あぁ、寒い。とりあえず会社に戻ってデスクに仮説を聞いてもらうのが早いかな…。」と独り言を漏らすと、紙粘土の花瓶に向かい(きっと、真実を突きとめてあげるからもう少し待っててな…。)としゃがんで手を合わせた。
 稀世が立ち上がると、宇都宮から電話がかかってきた。稀世からの問い合わせを坂井に確認したところ、その結果は稀世が思った通りの結果だった。電話は坂井に代わられ、やや興奮気味に稀世に言った。
「安さん、もしかしたら凄い発見かもしれへんで。それやったら、捜査開始当初からの矛盾も解決する。ほんま、解決後には奢らせてもらうわな!」



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