「やさしい狂犬~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.1~」

M‐赤井翼

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「新人記者 安稀世」

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「新人記者 安稀世」

 12月8日午前8時、「あー、もう遅刻ギリギリやー!」と鶴見緑地を早駆け足で抜けていく女の姿があった。メディアクリエイトというメディア向けの情報データ収集や動画作成を行う制作会社の新人社員の安稀世やす・きよだった。広い肩幅に大きく前に飛び出た胸をゆっさゆっさと上下させながら、おにぎりをほお張り、競歩選手並みの早足で公園内の遊歩道を急いでいる。
 秋の稲刈り痕の残る体験学習用の田んぼを北に上がり、いつもの抜け道を通ろうとすると「KEEP OUT」と赤字で書かれた大阪府警の黄色いフィルムテープで道が塞がれている。覗き込むと鑑識が地面に這いつくばり遺留品を捜索している。
「すみません。ここ抜けたいんですけど。何か事件ですか?」
胸の大きな稀世が警察官に尋ねた。
「あぁ、夜半に男が殺されたんや。いや、死んでたんや。今しばらくは通られへんから迂回してや。」
と答えた警察官に稀世は食いついた。
「えっ、こんなところで殺人ですか?それに今の言い直しはどういう意味ですか?ここで殺人事件があったんですか?それとも死体遺棄事件ですか?」
「お姉ちゃんには関係あれへん。はいはい捜査の邪魔や。とっとと向こう回りや。」
と追い払われた。

 鶴見緑地公園内で、暫しの警察官とのやり取りがあったため、会社の始業時間には間に合わず遅刻した。「デスク 太田敏夫おおた・としお」と書かれた札が置かれた机の前で遅刻の責を咎められた稀世は言い訳をした。
「デスク、今朝、鶴見緑地で殺人事件があったんですよ。いや、殺人やないかもしれへんのですけど…。」
「なんやそれ?」
と叱責を止め、興味を持った男に、「いやー、かくかくしかじかで…」と今朝知りえたことを一通り太田に説明をした。
「ふーん、何か探ってみる「臭い」はするなぁ…。よし、ちょっと一緒に行ってみるか?なんやったら稀世ちゃんの単独取材の初仕事にしてもええしな。」

 朝の取材部のミーティングを終えると稀世は太田と共に鶴見緑地公園に向かった。午前11時になっても警察による現場検証は続いていた。検証現場を太田の指示に従って、稀世はムービーカメラを向けた。そこに坂井がやってきた。それに気づいた太田が声をかけた。
「おっ、エースの坂井刑事殿が出てくるってことはややこしい「事件ヤマ」なんか?ちょっと話聞かせてくれや。」
と馴れ馴れしく話しかける太田に、坂井は
「おー、太田、久しぶりやのぉ!相変わらずええ「鼻」しとんな。まだ何も発表してへんのになぁ。お前の嗅覚は野良犬並みやのぉ。」
と笑顔で近づいてきた。

 「ところで太田、「デビルタイガー」って聞いたことあるか?」
と尋ねる坂井に太田は間髪入れずに答えた。
「ん、俺らが子供の頃の特撮のアイアンキングの敵ロボの事か?それとも門真の半愚連はんぐれの方か?」
坂井は「ヒット」したという顔をして、再度太田に尋ね直した。
「門真の半愚連って何や?ちょっと聞かせてくれや。もちろん情報はバーターでええぞ。まあ、今の時点では、教えてやれる情報はほとんどあれへんけどな。」
 立ち話で情報交換をする太田と坂井の横で稀世は必死にメモを取っている。現在の時点では複数の男による「傷害致死事件」が今朝午前3時にあり、20代半ばと思われる男の「遺体」が発見されたが、身元を示すものは何一つないという事だった。坂井の口から「足跡の数」が合わないことも語られた。
 
 「太田、今一生懸命メモとってるこのお姉ちゃんは、お前んとこの子なんか?記者か?それともレポーター役なんか?えらい可愛らしい子やないか?」
 尋ねる坂井に、太田はどや顔で返した。
「せや。うちの期待の新人で元女子インディーズの人気プロレスラー「安稀世やす・きよ」ちゃんや。地元のニコニコプロレスの「Gカップ女子レスラー」ってことで超人気者で、国内メジャーに行こか、それともWWEに行こかって言われとったんやけど、膝壊してしもてな…。全盛期っちゅうか引退直前にはWWEのタイトルマッチにも出たことがあるんやで!
 「強くて」、「「かわいくて」、「おっぱいがでかい」って地元大阪だけやなくて、WWEでテレビ放映されたこともあってアメリカにも稀世ちゃんのファンがようさんおったんやけど、残念ながらの引退やってん。
 そんで稀世ちゃんの大ファンやったうちのスポンサーから頼まれて半年前から預かってんねやわ。この件、稀世ちゃんを担当につけるつもりやからよろしく面倒見たってくれや。余談やけど目下「独身恋人募集中」や!若くて男前の刑事居ったら紹介したってくれな。カラカラカラ。」
 太田は冗談も交えながら坂井に稀世を紹介した。稀世は「新人で至らないところがたくさんありますがよろしくお願いします。」と坂井に頭を下げた。次に太田は稀世に坂井を紹介した。
「こいつは俺の幼馴染で腐れ縁の府警の敏腕刑事「鬼の坂井三郎さかい・さぶろう刑事殿」や。まあ、「親友」であり「悪友」やからお互い持ちつ持たれつの関係やな。府警でできへん調査をメディアクリエイトうちがやることもあるし、情報ソースを提供してもらうこともある。
 大手メディアに売り込むスクープはメディアクリエイトうちの大きな財源やからな。制作代行のしょぼい仕事の中に、新聞や地上波テレビ局や各種メディアに売れるスクープに協力してもろてる間柄や。
 坂井は、大阪府警のスーパーエースやからしっかり勉強させてもらうんやで。今、聞いた話だけでもなんか「おもろい話」になる気がするわな。あと、彼氏も紹介してもらえよ。稀世ちゃんの「Gぱい」やったら、すぐ彼氏の10人や20人できるやろ!カラカラカラ。」
 
 稀世は「太田デスク、さっきからセクハラばっかしやないですか!」と言いつつも、初の担当案件という事と、坂井の言う事件の「謎」の部分には非常に興味を持った。
「じゃあ、検証現場の取材させてください。初めてのことなんで「バカ」な質問もするかもしれませんけどよろしくお願いします。」
と坂井に再度頭を下げると関係者以外立ち入れない、フィルムテープの中に入れてもらった。
 それまでテレビのドラマでしか見たことの無かった鑑識や捜査官がピンセットとビニール袋を手に、地面に這いつくばって僅かな遺留品や証拠を見逃さないように頑張る「生の現場検証」にカメラを向け(あぁ、ドラマではこういうシーンは2、3分やけど、実際には朝から何時間もかけて調べてはるんやな…。お巡りさん、ご苦労様です。)と心の中で思った。被害者が倒れていた場所を示す人型にかたどられた白いテープに黒字に白で書かれたL字型の文字盤が死亡事故現場を生々しくイメージさせた。

 坂井の気遣いで稀世は鑑識担当にインタビューすることもできた。先ほど坂井から聞いた話も含めて、複数の男たちに一人の男が暴行されてここで死んだことが予想されていると聞かされた。
「「予想される」ってどういう意味ですか?目撃者が2人もいて、この場で殺されたのは確実じゃないですか?」
と尋ねる稀世に、
「鑑識の仕事は、事実を積み上げるだけなんよ。そこに、「予想」や「思い込み」は入ったらあかんねん。刑事課が捜査に必要な材料を一つでも見つけて、客観性を持って報告し、物的証拠を提供するのが俺らの仕事やからな。テレビドラマみたいにかっこええもんやないんやで。今日は、雨やないからまだましや。土砂降りや雪の日の現場検証やと「ドロドロ」の「べしゃべしゃ」になるし、遺留品も流されたり埋もれたりしてしまうからな。まあ、「仏」さんの為にも「犯人ほし」を一日も早く上げれるようにする大切な業務なんやで。」
と語る鑑識係の警察官のズボンの膝は泥だらけだった。

 続いて、坂井のペアとなる若手刑事にも話を聞くことができた。
「僕も、安さんと同じように新人なんですよ。載田龍二さいだ・りゅうじと言います。23歳の新人刑事です。大阪府警伝説の刑事「鬼の坂井」のペアなんで緊張してます。坂井さんは本来、今日は非番なんですけど、昨日から30時間以上連続勤務ですし、きっとこの後も署で事件の目鼻がつくまで家には帰らないでしょうから普通の人からすると凄い世界ですよね…。下手すると1週間以上帰らないこともあるんですよ。
 僕は刑事ドラマに憧れて「刑事課」を志望しましたけど、「交番勤務の方がよかったかな」なんて思っちゃう新人なんで一緒に頑張りましょう。」
 気さくに話してくれる若手刑事の載田の話で(刑事の仕事ってほんまに大変やねんなぁ…。ほんま、ドラマでは描かれへん部分もしっかりと勉強させてもらわなあかんな。)と稀世は思い、昼過ぎまで取材をさせてもらった。
「どうでした?被害者の身元や加害者の手掛かりは見つかりましたか?」
と最後に稀世が坂井に尋ねると、間にも言わず首を横に振った。
「安さん、もしかしたら長丁場になるかもしれへんで…。よろしくな。」
と言い残し、駐車場に坂井と載田は歩いて行った。


今日のおまけは新人記者の稀世ちゃんです!
初々しいでしょ(笑)。







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