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「作戦前夜」
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「作戦前夜」
夏子の「私的成敗」も終わり、すっかり昇天して意識を失った司祭に彩雲が睡眠導入剤とアルコールを流し込むと、良太郎と智と陽菜ですっかり暗くなった中、司祭を車に押し込み、陽菜がベンツを止めた防犯カメラの死角になるホームセンターの地下駐車場に向かった。司祭をベンツの運転席に乗せると、司祭のスマホのGPSをオンに戻した。
「まあ、これですぐに教団の奴が迎えに来よるやろ。最後にこれを車内に残していくで。」
と良太郎は実在する反社の名前の入った架空の人間の名刺に「今日は最高の物をありがとう。お礼は楽しんでもらえたようでよかった。また次回もよろしく」と書き込みダッシュボードの上に残すと、笑いながら3人で四駆に乗り込んだ。
西沢米穀特設リング会場では照れくさそうにトイレから出てきた夏子を予想外の大樹の抱擁が迎えた。頬をすり合わせて喜んでいる大樹の態度に(あれ?引かれてない?なんでなん?)とクエスチョンマークが頭の中に多数浮かぶ夏子に
「いやー、あの女王様プレイはなっちゃんの頭脳プレーやったんやね。司祭のあんな恥ずかしい動画が公開されたら、あいつらはもうここにはおられへんもんな。少なくとも、これから入信して犠牲になる女性は出えへんわな。そこまで考えて、あえて自ら恥ずかしい役にあたるなっちゃんは本当に最高の「天使」、いや「女神様」やで!」
と言葉をかけてくる大樹の背中越しに、ピースサインを送ってくる彩雲と満の笑顔が目に入った。(わー、彩雲と満君がうまいことごまかしてくれたんやな!キャー、彩雲、満君ありがとう!ここはビシッと締めなあかんな!)と気持ちを切り替えて
「大翔さん、まだこれからやで。花音ちゃんを無事に取り返してこそのミッション終了や!じゃあ、今から私の店に戻って、ミッションフェイズ2への移行を検討や!」
と片付けを済ませると、リサイクルショップニコニコに向かった。
午後10時、司祭のクローン携帯が鳴った。「もちもち、誰れすか…」と意識朦朧な司祭の声の向こうは、金切り声の教祖だった。教祖の問いにろれつのもつれた回答しかできない司祭に対し、教祖は「今から迎えを出しますからそこで待っててください。」と一方的に電話を切った。
10分後、司祭のクローンスマホのGPS信号がホームセンターを出て教団本部に向かったことが分かった。完全にジャックした教団施設内の防犯カメラの画像と隠しマイクから、司祭は理事室に連れて行かれソファーに寝かされているのが分かった。
「すみませんが、少し個人的な用事がありますので…」と断りを入れて帰宅した満を除く6人が良太郎を中心に3台並べたパソコンの後ろで耳を立てている。会話の内容からすると、大麻の納品予定であった反社から司祭に約束をすっぽかされた旨の連絡があったとのことで、教祖はダッシュボードに置かれた別の反社の名刺のメモを見て「他の反社に卸さはったんですか?SM蝋燭ようさんつけはって、ずいぶんとご機嫌やったみたいですけど納品先変えはるんやったらきちんと言うてくれんと私らも困りますやん。」と教祖に詰め寄られている様子が伝わってきた。問答は1時間におよび、イラついた教祖としどろもどろの司祭の不毛な会話が続いた。
教祖のスマホが鳴り、理事室を出ていく姿がモニターに映った。マイバッハのGPSが教団施設外に移動する信号が入った。皆が教祖が出かけたと思ったが車内の会話は何も入力が無く、理事室に再び教祖の姿が現れた。
「なんや、おつきの運転手にお使いかなんか頼んだんやろか?」
夏子が何気なしに独り言をつぶやくと、パソコンモニター画面の中の教祖は先程の口調と違い、緩やかで優しく「司祭様もお疲れでしょう。送らせますので、ご自宅でゆっくりとお休みくださいませ。私は司祭様がどんな状況になろうとも司祭様についていきますのでどうかご無理だけはなさらないようにして下さいね。」と囁くのが耳に入った。
「ぎょへー、ほんま、さっきまでの教祖と同一人物とは思われへん!こいつ絶対二重人格やでー!」
と叫ぶ夏子に「なっちゃんかて、二重人格やないかい!」と智が突っ込むとみんなが笑った。
しばらくすると信者が司祭を迎えに来て出ていくと、教祖も部屋を出て照明が落とされた。
「うーん、今日はモニタリングはここまでかな?僕は明日の朝一からの作業があるから日南田さんと泊まらせてもらうとして、後は、智の会社の人に任せて久しぶりに「がんちゃん」で生ビールでも飲んで解散しよか?」
の良太郎の申し出に全員が賛成した。
夏子は店のシャッターを下ろし、「がんちゃん」に向かう道路の向こうに一瞬、満の姿が見えた気がしたが、「なっちゃん、早よ行くで!はよはよ!」との陽菜の言葉に(満君帰るって言ってもう一時間以上たってるんやから商店街に居るはずは無いわな。きっと私の見間違えやね…)夏子は、走って皆の元に向かった。
夏子たちがお好み焼きがんちゃんに着くと、カウンター席で稀世と直がネギ焼きをあてに生ビールを飲んでいた。直が振り返り、声をかけた。
「おっ、あほの夏子やないかい!その後、例の件どないなってんねん。今日はわしが奢ったるさかい、奥の座敷でゆっくり話聞かせてくれや!」
夏子たちの返事を待たずに、直は徹三に「奥に移るで。」と言い、稀世とビアジョッキと箸だけを持って奥の座敷に向かった。
「直さん、ほんまに奢ってくれんの!きゃー、ラッキー!」
と夏子は大樹と腕を組んで陽菜、良太郎、智と彩雲を引き連れて奥の座敷に入っていった。座敷に上がった大樹を見るなり稀世が言った。
「へー、この子が今度のなっちゃんの「仮彼」か?なかなかのイケメンやん!まさになっちゃん好みやな。私はなっちゃんの所属するニコニコプロレスの長井稀世って言います。なっちゃんはええ子やから、よろしくしたってな。」
「初めまして、日南田大樹と言います。なっちゃんみたいに素敵な人に出会えたことに感謝しています。稀世姉さんのこともなっちゃんからよく聞かされてますよ。これからもよろしくお願いします。」
と大樹が返すと、直が眉間に皴を寄せた。
それから約1時間、皆でお好み焼きをつつきながら「魂の解放」教団についての調査の進捗状況が良太郎と智の口から説明された。
「ほー、とことん悪い奴らやねんな。まあ、司祭がM男の変態っていうのは笑けるけどな。なっちゃんにしばかれていってしもたってか!カラカラカラ。」
「いや、稀世ちゃん笑ってる場合とちゃうで。ライフル銃に覚せい剤、大麻、薬物に裏ビデオ配信でおまけに反社や。結構な話になってしもてるやないか。ところでXデイはいつになるねん?」
稀世の後の直の質問に智が、
「今、うちの社で信者名簿と教団口座の鐘の流れのチェックに入ってます。政治家や警察に内通者がいる可能性もありますからね…。もう、1、2日で解析が終わると思いますのでもうちょっと待っててくださいね。」
と答え少し時間稼ぎをした。
一通り話も済み、鉄板の上のお好み焼きも全て食べきりお開きの時間となった。帰りがけに稀世が夏子に
「今回は、篠原君は参加してへんのか?いつも一緒やったやろ?」
と尋ねると夏子は吐き捨てるように言った。
「知らんわあんな奴!「やめとけ」、「やめとけ」ばっかりで「正義」よりも「警察官」としての立場が大事なんやろ。「成敗」するより「警察」で逮捕する方が成績になるしな。5年間一緒に「仲間」としてやってきたけど、もう弘道とはおしまいやわ。」
「なっちゃん、常に自分中心で考えてると大事なことが見えへんようになってしまうで。私はなっちゃんの「正義感」は凄く好きやけど、少し大人にならなあかんで…。」
稀世は少し困った顔をして夏子に一言かけたが「稀世ちゃん、次行くで!」と直に会話を区切られて、直と一緒にBARまりあにむかって歩いて行った。
二日後の月曜日の夜、リサイクルショップニコニコの2階には、弘道を除くやろうぜ会の6人と大樹の顔があった。教団施設の盗聴活動の中で、教団と付き合いのあるとある反社から、「信者さんのSMビデオ見たよ。結構な金額でうちの組でプロデュースしてやるから明後日から一晩貸してくれへんか。」という電話が教祖宛てに入ったのだった。話の流れから「花音」のことを言っていることは明らかだった。
「あかん、あの変態司祭とは花音ちゃんが女王様役で司祭をしばき倒すだけやったやろうけど、反社の奴らは何しよるかわからへん。こうなったら、「奪還作戦」は前倒しで明日の晩に決行や。良太郎、智、満君、準備の方はできてるんか?」
の夏子の問いに、教団施設のセキュリティー解除のハッキングプログラムは完成しており、メディアプロダクトでの名簿と口座の分析も終わり、警察に証拠を持ち込めば即時起訴できるレベルにまで準備は進んでいるとの回答だった。
「今問題になってるユーチューバーの私人逮捕でも言われてるように、俺らのやろうとしてることが「正当」なのかをうちのデスクが刑事事件に強い弁護士に聞いてきたんやけど…」
と智が切り出した。
基本的に軽度な犯罪の場合には犯人の住所氏名が明らかな場合には私人逮捕はできないとのことだった。夏子が「結論から言ってよ」と急かすと「だから、なっちゃんは最後まで人の話を聞けっちゅうねん。」と文句を言いながら話を続けた。
教祖、および司祭については、「武器準備集合罪」まで行かないとしても「銃刀法違反」や「薬物不法所持」という施設内の物証を合わせて軽犯罪ではないことと、花音が薬物を教団から強制的に摂取させられているなら「監禁罪」および「暴行罪」が適用されるだろうとの弁護士の意見が出された。
ややこしいのは一般信者に対する行為だった。信者自身に罪状は無く、それらのものから攻撃を受けた場合、正当防衛を主張できるか否がこの作戦の成否にかかっている。ハッキングで獲得した名簿上、100名近い子供を含む一般信者を巻き込まないように花音を助け出さないといけないとのことだった。
良太郎の立てた作戦では、スピーカー付きの発煙弾をドローンで教団施設複数個所に落とし、正門、勝手口のセキュリティーを解除する。スピーカーから「火事よー!みんな施設外に逃げなさい!」と盗聴により採取した教祖の声紋を分析しAI作成した音声データを再生し子供及び一般信者を施設外に誘導する。その際には彩雲が奪った信者服を着て施設内の信者を外部に導くように作戦参加する。
その騒ぎに紛れて夏子、陽菜、良太郎、智、大樹の「救出本隊」が勝手口から潜入し、花音が監禁されている救護室に向かうというものだった。それら作戦中は各自無線で連絡を取りつつ、満が施設近くの空き地に止めた良太郎の四駆内パソコンで教団側の動きをモニターしつつ臨機応変に指示を出す作戦となっていた。可能な限り「接敵」、「交戦」を避けた良太郎なりに最小限にリスクを抑えた作戦だった。
「うん、彩雲や満君はリスク無く、一般信者も巻き込まへんようにしてくれてるからええんとちゃう?この作戦やったら稀世姉さんと直さんの応援も必要なさそうやしな。さすがは良太郎やな。智は、何やったら単独で地下の武器庫と射撃場と大麻栽培所もスクープしてくるか?そしたら、4度目の社長賞も決定やろ!カラカラカラ。」
陽菜が笑うと智は首をすくめて答えた。
「うーん、十分証拠は掴んだからそこまではやめとくわ。さすがに命は一つしかあれへんからな。まあ、花音ちゃんを救出した時点で今まで取得した教団の悪事のデータは府警に持ち込んで、真っ先にスクープ打つ予定やからな。女子高生信者拉致監禁の映像だけあったら十分や。デスクからは金一封出してもらえるから、作戦終了後は向日葵寿司で腹いっぱい飲み食いして、カラオケパーティーやで!」
7人で顔を見合わせて大きな声で笑った。
「おっしゃ、当初はライフル銃とか覚せい剤って大変な作戦やと思って身構えたけど、良太郎たちのおかげで今までのミッションと比べたら、いくらか楽な作戦に思えてきたな。じゃあ、明日に備えて今日は解散な。」
と夏子が打ち合わせを締めた。
皆を送った後、陽菜は気を利かせて「ちょっと2時間程、まりあさんお店で飲んでくるわな。と出かけると同時に夏子のスマホに「なっちゃん、ガンバ!」と陽菜からラインが来た。
2階のリビングで二人きりになった夏子と大樹は明日の作戦完了に向けて買い置きしていたロゼのスパークリングワインの1本を開けることにした。
「大樹、明日の花音ちゃん救出作戦の成功を祈って乾杯!」
「ありがとう、なっちゃん!いよいよ明日なんやね…。出会ってから今日まで長かったような、短かったような…。なっちゃんはもちろんの事、みんなが協力してくれたおかげで明日の作戦は成功するような気になってきたわ…。」
「「なってきたわ」ってなんやのん。ちゃうねん「なる」んよ。「する」んよ!「運」やなくて私たちの「意思」で成功させるねん。みんな偏った奴ばっかりやけど、みんなの力や人脈をフルに活用して花音ちゃんを取り戻すんや。陽菜ちゃんも、良太郎も、智も、彩雲も満君もみんなを信じて明日は一緒に頑張ろうな。」
「せやな、なっちゃんお仲間は100%信頼してるし、僕も足引っ張らんように頑張るわ。」
「そうそう、大樹が居ってこその「救出」。大樹が居れへんかったらただの「誘拐」になってしまうから頼むで!いざとなったら、「薬」より「兄妹の絆」やろうからな。」
「うん、そうやわな…。なっちゃん、明日、花音の救出が終わったら話があるねんけど…。」
「ん、話って?変に言いかけでやめんとってや。気になるやん。」
「い、いや、やっぱり明日、事が終わってから話するわな。まあ、おかわり入れさせてもらうわ。」
と大樹がスパークリングワインを夏子のグラスに注ぎ足すと、会話は明日の作戦の流れの復習になり、いろんなイレギュラーを二人でシミュレーションを繰り返した。
夏子の「私的成敗」も終わり、すっかり昇天して意識を失った司祭に彩雲が睡眠導入剤とアルコールを流し込むと、良太郎と智と陽菜ですっかり暗くなった中、司祭を車に押し込み、陽菜がベンツを止めた防犯カメラの死角になるホームセンターの地下駐車場に向かった。司祭をベンツの運転席に乗せると、司祭のスマホのGPSをオンに戻した。
「まあ、これですぐに教団の奴が迎えに来よるやろ。最後にこれを車内に残していくで。」
と良太郎は実在する反社の名前の入った架空の人間の名刺に「今日は最高の物をありがとう。お礼は楽しんでもらえたようでよかった。また次回もよろしく」と書き込みダッシュボードの上に残すと、笑いながら3人で四駆に乗り込んだ。
西沢米穀特設リング会場では照れくさそうにトイレから出てきた夏子を予想外の大樹の抱擁が迎えた。頬をすり合わせて喜んでいる大樹の態度に(あれ?引かれてない?なんでなん?)とクエスチョンマークが頭の中に多数浮かぶ夏子に
「いやー、あの女王様プレイはなっちゃんの頭脳プレーやったんやね。司祭のあんな恥ずかしい動画が公開されたら、あいつらはもうここにはおられへんもんな。少なくとも、これから入信して犠牲になる女性は出えへんわな。そこまで考えて、あえて自ら恥ずかしい役にあたるなっちゃんは本当に最高の「天使」、いや「女神様」やで!」
と言葉をかけてくる大樹の背中越しに、ピースサインを送ってくる彩雲と満の笑顔が目に入った。(わー、彩雲と満君がうまいことごまかしてくれたんやな!キャー、彩雲、満君ありがとう!ここはビシッと締めなあかんな!)と気持ちを切り替えて
「大翔さん、まだこれからやで。花音ちゃんを無事に取り返してこそのミッション終了や!じゃあ、今から私の店に戻って、ミッションフェイズ2への移行を検討や!」
と片付けを済ませると、リサイクルショップニコニコに向かった。
午後10時、司祭のクローン携帯が鳴った。「もちもち、誰れすか…」と意識朦朧な司祭の声の向こうは、金切り声の教祖だった。教祖の問いにろれつのもつれた回答しかできない司祭に対し、教祖は「今から迎えを出しますからそこで待っててください。」と一方的に電話を切った。
10分後、司祭のクローンスマホのGPS信号がホームセンターを出て教団本部に向かったことが分かった。完全にジャックした教団施設内の防犯カメラの画像と隠しマイクから、司祭は理事室に連れて行かれソファーに寝かされているのが分かった。
「すみませんが、少し個人的な用事がありますので…」と断りを入れて帰宅した満を除く6人が良太郎を中心に3台並べたパソコンの後ろで耳を立てている。会話の内容からすると、大麻の納品予定であった反社から司祭に約束をすっぽかされた旨の連絡があったとのことで、教祖はダッシュボードに置かれた別の反社の名刺のメモを見て「他の反社に卸さはったんですか?SM蝋燭ようさんつけはって、ずいぶんとご機嫌やったみたいですけど納品先変えはるんやったらきちんと言うてくれんと私らも困りますやん。」と教祖に詰め寄られている様子が伝わってきた。問答は1時間におよび、イラついた教祖としどろもどろの司祭の不毛な会話が続いた。
教祖のスマホが鳴り、理事室を出ていく姿がモニターに映った。マイバッハのGPSが教団施設外に移動する信号が入った。皆が教祖が出かけたと思ったが車内の会話は何も入力が無く、理事室に再び教祖の姿が現れた。
「なんや、おつきの運転手にお使いかなんか頼んだんやろか?」
夏子が何気なしに独り言をつぶやくと、パソコンモニター画面の中の教祖は先程の口調と違い、緩やかで優しく「司祭様もお疲れでしょう。送らせますので、ご自宅でゆっくりとお休みくださいませ。私は司祭様がどんな状況になろうとも司祭様についていきますのでどうかご無理だけはなさらないようにして下さいね。」と囁くのが耳に入った。
「ぎょへー、ほんま、さっきまでの教祖と同一人物とは思われへん!こいつ絶対二重人格やでー!」
と叫ぶ夏子に「なっちゃんかて、二重人格やないかい!」と智が突っ込むとみんなが笑った。
しばらくすると信者が司祭を迎えに来て出ていくと、教祖も部屋を出て照明が落とされた。
「うーん、今日はモニタリングはここまでかな?僕は明日の朝一からの作業があるから日南田さんと泊まらせてもらうとして、後は、智の会社の人に任せて久しぶりに「がんちゃん」で生ビールでも飲んで解散しよか?」
の良太郎の申し出に全員が賛成した。
夏子は店のシャッターを下ろし、「がんちゃん」に向かう道路の向こうに一瞬、満の姿が見えた気がしたが、「なっちゃん、早よ行くで!はよはよ!」との陽菜の言葉に(満君帰るって言ってもう一時間以上たってるんやから商店街に居るはずは無いわな。きっと私の見間違えやね…)夏子は、走って皆の元に向かった。
夏子たちがお好み焼きがんちゃんに着くと、カウンター席で稀世と直がネギ焼きをあてに生ビールを飲んでいた。直が振り返り、声をかけた。
「おっ、あほの夏子やないかい!その後、例の件どないなってんねん。今日はわしが奢ったるさかい、奥の座敷でゆっくり話聞かせてくれや!」
夏子たちの返事を待たずに、直は徹三に「奥に移るで。」と言い、稀世とビアジョッキと箸だけを持って奥の座敷に向かった。
「直さん、ほんまに奢ってくれんの!きゃー、ラッキー!」
と夏子は大樹と腕を組んで陽菜、良太郎、智と彩雲を引き連れて奥の座敷に入っていった。座敷に上がった大樹を見るなり稀世が言った。
「へー、この子が今度のなっちゃんの「仮彼」か?なかなかのイケメンやん!まさになっちゃん好みやな。私はなっちゃんの所属するニコニコプロレスの長井稀世って言います。なっちゃんはええ子やから、よろしくしたってな。」
「初めまして、日南田大樹と言います。なっちゃんみたいに素敵な人に出会えたことに感謝しています。稀世姉さんのこともなっちゃんからよく聞かされてますよ。これからもよろしくお願いします。」
と大樹が返すと、直が眉間に皴を寄せた。
それから約1時間、皆でお好み焼きをつつきながら「魂の解放」教団についての調査の進捗状況が良太郎と智の口から説明された。
「ほー、とことん悪い奴らやねんな。まあ、司祭がM男の変態っていうのは笑けるけどな。なっちゃんにしばかれていってしもたってか!カラカラカラ。」
「いや、稀世ちゃん笑ってる場合とちゃうで。ライフル銃に覚せい剤、大麻、薬物に裏ビデオ配信でおまけに反社や。結構な話になってしもてるやないか。ところでXデイはいつになるねん?」
稀世の後の直の質問に智が、
「今、うちの社で信者名簿と教団口座の鐘の流れのチェックに入ってます。政治家や警察に内通者がいる可能性もありますからね…。もう、1、2日で解析が終わると思いますのでもうちょっと待っててくださいね。」
と答え少し時間稼ぎをした。
一通り話も済み、鉄板の上のお好み焼きも全て食べきりお開きの時間となった。帰りがけに稀世が夏子に
「今回は、篠原君は参加してへんのか?いつも一緒やったやろ?」
と尋ねると夏子は吐き捨てるように言った。
「知らんわあんな奴!「やめとけ」、「やめとけ」ばっかりで「正義」よりも「警察官」としての立場が大事なんやろ。「成敗」するより「警察」で逮捕する方が成績になるしな。5年間一緒に「仲間」としてやってきたけど、もう弘道とはおしまいやわ。」
「なっちゃん、常に自分中心で考えてると大事なことが見えへんようになってしまうで。私はなっちゃんの「正義感」は凄く好きやけど、少し大人にならなあかんで…。」
稀世は少し困った顔をして夏子に一言かけたが「稀世ちゃん、次行くで!」と直に会話を区切られて、直と一緒にBARまりあにむかって歩いて行った。
二日後の月曜日の夜、リサイクルショップニコニコの2階には、弘道を除くやろうぜ会の6人と大樹の顔があった。教団施設の盗聴活動の中で、教団と付き合いのあるとある反社から、「信者さんのSMビデオ見たよ。結構な金額でうちの組でプロデュースしてやるから明後日から一晩貸してくれへんか。」という電話が教祖宛てに入ったのだった。話の流れから「花音」のことを言っていることは明らかだった。
「あかん、あの変態司祭とは花音ちゃんが女王様役で司祭をしばき倒すだけやったやろうけど、反社の奴らは何しよるかわからへん。こうなったら、「奪還作戦」は前倒しで明日の晩に決行や。良太郎、智、満君、準備の方はできてるんか?」
の夏子の問いに、教団施設のセキュリティー解除のハッキングプログラムは完成しており、メディアプロダクトでの名簿と口座の分析も終わり、警察に証拠を持ち込めば即時起訴できるレベルにまで準備は進んでいるとの回答だった。
「今問題になってるユーチューバーの私人逮捕でも言われてるように、俺らのやろうとしてることが「正当」なのかをうちのデスクが刑事事件に強い弁護士に聞いてきたんやけど…」
と智が切り出した。
基本的に軽度な犯罪の場合には犯人の住所氏名が明らかな場合には私人逮捕はできないとのことだった。夏子が「結論から言ってよ」と急かすと「だから、なっちゃんは最後まで人の話を聞けっちゅうねん。」と文句を言いながら話を続けた。
教祖、および司祭については、「武器準備集合罪」まで行かないとしても「銃刀法違反」や「薬物不法所持」という施設内の物証を合わせて軽犯罪ではないことと、花音が薬物を教団から強制的に摂取させられているなら「監禁罪」および「暴行罪」が適用されるだろうとの弁護士の意見が出された。
ややこしいのは一般信者に対する行為だった。信者自身に罪状は無く、それらのものから攻撃を受けた場合、正当防衛を主張できるか否がこの作戦の成否にかかっている。ハッキングで獲得した名簿上、100名近い子供を含む一般信者を巻き込まないように花音を助け出さないといけないとのことだった。
良太郎の立てた作戦では、スピーカー付きの発煙弾をドローンで教団施設複数個所に落とし、正門、勝手口のセキュリティーを解除する。スピーカーから「火事よー!みんな施設外に逃げなさい!」と盗聴により採取した教祖の声紋を分析しAI作成した音声データを再生し子供及び一般信者を施設外に誘導する。その際には彩雲が奪った信者服を着て施設内の信者を外部に導くように作戦参加する。
その騒ぎに紛れて夏子、陽菜、良太郎、智、大樹の「救出本隊」が勝手口から潜入し、花音が監禁されている救護室に向かうというものだった。それら作戦中は各自無線で連絡を取りつつ、満が施設近くの空き地に止めた良太郎の四駆内パソコンで教団側の動きをモニターしつつ臨機応変に指示を出す作戦となっていた。可能な限り「接敵」、「交戦」を避けた良太郎なりに最小限にリスクを抑えた作戦だった。
「うん、彩雲や満君はリスク無く、一般信者も巻き込まへんようにしてくれてるからええんとちゃう?この作戦やったら稀世姉さんと直さんの応援も必要なさそうやしな。さすがは良太郎やな。智は、何やったら単独で地下の武器庫と射撃場と大麻栽培所もスクープしてくるか?そしたら、4度目の社長賞も決定やろ!カラカラカラ。」
陽菜が笑うと智は首をすくめて答えた。
「うーん、十分証拠は掴んだからそこまではやめとくわ。さすがに命は一つしかあれへんからな。まあ、花音ちゃんを救出した時点で今まで取得した教団の悪事のデータは府警に持ち込んで、真っ先にスクープ打つ予定やからな。女子高生信者拉致監禁の映像だけあったら十分や。デスクからは金一封出してもらえるから、作戦終了後は向日葵寿司で腹いっぱい飲み食いして、カラオケパーティーやで!」
7人で顔を見合わせて大きな声で笑った。
「おっしゃ、当初はライフル銃とか覚せい剤って大変な作戦やと思って身構えたけど、良太郎たちのおかげで今までのミッションと比べたら、いくらか楽な作戦に思えてきたな。じゃあ、明日に備えて今日は解散な。」
と夏子が打ち合わせを締めた。
皆を送った後、陽菜は気を利かせて「ちょっと2時間程、まりあさんお店で飲んでくるわな。と出かけると同時に夏子のスマホに「なっちゃん、ガンバ!」と陽菜からラインが来た。
2階のリビングで二人きりになった夏子と大樹は明日の作戦完了に向けて買い置きしていたロゼのスパークリングワインの1本を開けることにした。
「大樹、明日の花音ちゃん救出作戦の成功を祈って乾杯!」
「ありがとう、なっちゃん!いよいよ明日なんやね…。出会ってから今日まで長かったような、短かったような…。なっちゃんはもちろんの事、みんなが協力してくれたおかげで明日の作戦は成功するような気になってきたわ…。」
「「なってきたわ」ってなんやのん。ちゃうねん「なる」んよ。「する」んよ!「運」やなくて私たちの「意思」で成功させるねん。みんな偏った奴ばっかりやけど、みんなの力や人脈をフルに活用して花音ちゃんを取り戻すんや。陽菜ちゃんも、良太郎も、智も、彩雲も満君もみんなを信じて明日は一緒に頑張ろうな。」
「せやな、なっちゃんお仲間は100%信頼してるし、僕も足引っ張らんように頑張るわ。」
「そうそう、大樹が居ってこその「救出」。大樹が居れへんかったらただの「誘拐」になってしまうから頼むで!いざとなったら、「薬」より「兄妹の絆」やろうからな。」
「うん、そうやわな…。なっちゃん、明日、花音の救出が終わったら話があるねんけど…。」
「ん、話って?変に言いかけでやめんとってや。気になるやん。」
「い、いや、やっぱり明日、事が終わってから話するわな。まあ、おかわり入れさせてもらうわ。」
と大樹がスパークリングワインを夏子のグラスに注ぎ足すと、会話は明日の作戦の流れの復習になり、いろんなイレギュラーを二人でシミュレーションを繰り返した。
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変な名前でしょ?「ネクロマンサー」っていうのは「死者や霊をを用いた術(ネクロマンシー)を使う人」で「屍術師」なんて言われ方もしますね。
赤井の大好きな名作アニメ「ゾンビランドサガ」1stシーズンの主題歌「徒花ネクロマンシー」の「ネクロマンシー」ですね。
まあ、万沙ちゃんはゾンビを蘇らせて「佐賀を救う」わけでもないし、降霊術を使って「世直し」するようなキャラじゃない(笑)。
そんな仰々しい物じゃなく、普通の23歳の女の子です。
自らのながらスマホの自転車事故で死ぬ予定だったんだけど、ひょんなことで巻き込まれた無関係の56歳のおっちゃんが代わりに死んじゃいます。その場で万沙ちゃんは「死神」から「現世」での「懲役務」として、死んだおっちゃんと1年半の「肉体一時使用貸借契約」することになっちゃうんですねー!
元「よろずコンサルタント」の「副島大《そえじま・ひろし》」の霊を憑依させての生活が始まります。
まあ、クライアントさんの納品先が「社会派」の監督さんなんで、「ながらスマホ」、「ホストにはまる女子高生」、「ブラック企業の新卒」、「連帯保証人債務」、「賃貸住宅物件の原状回復」、「いろんな金融業者」等々、社会問題について書けるとこまで書いてみたいと思いますので「ゆるーく」お付き合いください。
今回も書き上げ前の連載になりますので「目次」無しでスタートです(笑)。
では、7月19日からよろひこー!(⋈◍>◡<◍)。✧💓
「やさしい狂犬~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.1~」
M‐赤井翼
現代文学
稀世ちゃんファン、お待たせしました。「なつ&陽菜4 THE FINAL」終わって、少し時間をいただきましたが、ようやく「稀世ちゃん」の新作連載開始です。
脇役でなく「主役」の「稀世ちゃん」が帰ってきました。
ただ、「諸事情」ありまして、「アラサー」で「お母さん」になってた稀世ちゃんが、「22歳」に戻っての復活です(笑)。
大人の事情は「予告のようなもの」を読んでやってください(笑)。
クライアントさんの意向で今作は「ミステリー」です。
皆様のお口に合うかわかりませんが一生懸命書きましたので、ちょっとページをめくっていただけると嬉しいです。
「最後で笑えば勝ちなのよ」や「私の神様は〇〇〇〇さん」のような、「普通の小説(笑)」です。
ケガで女子レスラーを引退して「記者」になった「稀世ちゃん」を応援してあげてください。
今作も「メール」は受け付けていますので
「よーろーひーこー」(⋈◍>◡<◍)。✧♡
『「愛した」、「尽くした」、でも「報われなかった」孤独な「ヤングケアラー」と不思議な「交換留学生」の1週間の物語』
M‐赤井翼
現代文学
赤井です!
今回は「クリスマス小説」です!
先に謝っておきますが、前半とことん「暗い」です。
最後は「ハッピーエンド」をお約束しますので我慢してくださいね(。-人-。) ゴメンネ。
主人公は高校3年生の家庭内介護で四苦八苦する「ヤングケアラー」です。
世の中には、「介護保険」が使えず、やむを得ず「家族介護」している人がいることを知ってもらえたらと思います。
その中で「ヤングケアラー」と言われる「学生」が「家庭生活」と「学校生活」に「介護」が加わる大変さも伝えたかったので、あえて「しんどい部分」も書いてます。
後半はサブ主人公の南ドイツからの「交換留学生」が登場します。
ベタですが名前は「クリス・トキント」とさせていただきました。
そう、南ドイツのクリスマスの聖霊「クリストキント」からとってます。
簡単に言うと「南ドイツ版サンタクロース」みたいなものです。
前半重いんで、後半はエンディングに向けて「幸せの種」を撒いていきたいと思い、頑張って書きました。
赤井の話は「フラグ」が多すぎるとよくお叱りを受けますが、「お叱り承知」で今回も「旗立てまくってます(笑)。」
最初から最後手前までいっぱいフラグ立ててますので、楽しんでいただけたらいいなと思ってます。
「くどい」けど、最後にちょっと「ほっ」としてもらえるよう、物語中の「クリストキント」があなたに「ほっこり」を届けに行きますので、拒否しないで受け入れてあげてくださいね!
「物質化されたもの」だけが「プレゼント」じゃないってね!
それではゆるーくお読みください!
よろひこー!
(⋈◍>◡<◍)。✧♡

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