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「カラシニコフAK―47」

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「カラシニコフAK―47」

 「なっちゃんおはよう。大樹さん、徹夜したみたいやな。夜明けにトイレに起きた時もリビング電気つきっぱなしやったから…。ところで、GPSはどうなん?動いてへんの?」
陽菜が部屋から出て来て尋ねた。
「うん、地下駐車場やから出てきたらすぐに反応が出るはずやねんけどそれがないってことはまだあのホテルの地下に止まってるんやと思うわ。良太郎が用意してくれた携帯からの車内の音声も記録されてへんしな。
 今日は智に教団の司祭については調べてもらうとして、それでなんもでてけえへんかったら満君と良太郎に教団のホームページからハッキングしてもらう手もあるもんな。まあ、昨日の今日では動きようがないわ。」
 陽菜が夏子の分とあわせて2杯の紅茶を入れた時、パソコンのビープ音が鳴った。時計の針は6時半を指していた。車内の音声を拾って立ち上がる通信システムが起動し、パソコンの画面が切り替わった。スライドドアが開く音がして中年の女の声で「よっこらしょっと!花音さん、一晩お疲れ様やったね。よう薬が効いてるんかよお寝てるわ。こんなかわいい顔したにあんなことするんは気が引けるけど、教団の為やからね…。さて、シートベルトはしっかりしめて…。車いすを片付けたら帰ろうか。」の独り言のあとガチャガチャと何かを積みこむ音の後、スライドドアが閉まる音の後、「バタン」と運転席の開閉音がしてエンジン音が入ってきた。

 車内で「おはようございます。先ほど、終わりました。司祭様もご満足いただいたようです。では、今から戻りますので。失礼します。」と女がどこかに電話をしている様子がわかる。エンジン音が高鳴ると、二分後にパソコン上のGPS信号の輝点ブリップがホテルから出て来て路地をまわり国道2号線を東に向かって進みだした。
「陽菜ちゃん、大樹に変に心配かけたないから、さっきの「司祭は満足した」とか「薬が効いてる」とか「あんなことする」ってところは黙っといたってな。悪いように想像したらあかんから、ずっと寝てたってことにしといたって。」
と言う夏子に陽菜は黙って頷いた。
 GPSの信号は蒲生4丁目の交差点を直進し、電話の通信内容どおり門真にまっすぐ進み「魂の解放」教団の場所に戻った。仕込んだ携帯から、大樹と知り会った日に聞いた「格の違う女」の声で「お疲れさん。花音さんは夕方まで寝かせてあげたってんか。金の卵を産む鶏なんやからくれぐれも丁寧に扱うんやで。」との声の後「わかりました、教祖様。」との返事であの女がホームページで見た教祖の天宮城伊織あまみやぎ・いおりであることが分かった。
「なっちゃん、今の聞いたか?「金の卵を産む鶏」って言いやがったで。こりゃ、「ろくでもない教団」に決定やな。」
の言葉に夏子は黙って頷き、(花音ちゃん、絶対に助けたるからな…。)両拳に力が入った。

 バンは花音を下ろした後、建屋裏の駐車場に移動し、エンジンが切れると同時に音声受信もスリープモードに入った。そこに髪をタオルで拭きながら大翔がシャワーから出てきた。
「陽菜ちゃんおはよう。ところでなっちゃん、えらい難しい顔してるやん?なんか動きがあったん?」
の問いに、冷静を装い「いやー、車は教団本部に移動したんやけど完全無言や。何もつかまれへんでまたスタートラインやな。モニターは陽菜ちゃんに任せて私はジャーナリスト目指してるさとるっていうやろうぜ会メンバーのところいって調べてもらってくるわ。大樹はとりあえず昼まで体を休めときや。コーヒー飲んだら目がさえてしまうからカモミールティーでも入れたるわな。」と軽く流した。

 夏子は大樹を和室に押し込み、寝させると智のスマホに「おはようさん。新興宗教の魂の解放ってとこ知ってたら情報ちょうだい。」とラインを入れた。速攻、「今、潜航取材中。なんかあんの?」と返事が来た。「ちょっと相談事あり。時間あったら電話ちょうだい。」と送信すると「出社後すぐに電話する。午前9時過ぎ予定。」と返事が来た。
 陽菜は陽菜で良太郎に、今朝の経緯を大樹に聞こえないところで電話を入れた。良太郎は「ちょっと調べてみとくわ。」との返事だった。そこに、宿直勤務明けの弘道がやってきた。
「なっちゃん、ちょっとモーニングでも食べにいけへんか?この間の日南田さんの事でいろいろと話もあるし。」
との誘いにのって、早朝からやっているニコニコ商店街のなじみの喫茶店に二人で向かった。

 二人でモーニングを頼み、弘道は宿直での着替えの入った大きなカバンを隣の席に置いた。弘道はコーヒー、夏子はオレンジジュースを頼んだ。コーヒーを一口飲むと弘道は開口一番、いつになく強い口調で夏子に言った。
「なっちゃん、この間の日南田さんの件は手を引くんや。ちょっと気になって本部の坂井警部に聞いたんやけど、相当ヤバイ所らしいねん。全国でようさん訴訟起こされてるように、前に本部があった東大阪でも揉め事だらけや。それにようわからん謎の資金の流れがあるみたいやねん…。
 それだけやなくて関係者家族が行方不明になってたりしてるんや。せやから、なっちゃんはこの案件に絡むのはもうやめた方がええ…」
 話の途中で夏子のスマホが鳴った。画面を見ると智からの電話だった。
「もしもし、なっちゃん?デスクの許可とって直行で寄らせてもらおうと思うんやけど店に居るんか?」

 十分後、智が原付で喫茶店に到着した。智が着くまで弘道はひたすら「辞めとけ」の連呼でいささか夏子はうんざりしていた。
「なんや、弘道も一緒やったんかいな。まさかデートって訳でもあれへんやろうな?ってそれはありえへんか。そんなことやったらとおの昔につきあってるわな。」
の智の軽口に夏子はムッとして「そんなことあるかい!」と一言発すると、席を詰め智は夏子の横に座った。コーヒーだけを頼むと、昔ながらの大学ノートをカバンから取り出しながら言った。
「ところでなっちゃん、聞きたいことって何や?まさか、合同結婚式に憧れて入信したいっていうんとちゃうやろな?まあ、あそこやったらなっちゃんでも確実に結婚できるからええとは思うけどな。カラカラカラ。」
「あほー、智、何言うねん。なっちゃんをあんな訳の分からん宗教に入れられるかい!言うてええ冗談とあかん冗談があるぞ!」
と夏子の前に弘道が憤慨したので夏子は何も言えなかった。

 「智、この間にあの教団が門真に移って来たやろ?なんかやばいところなんか?女の信者しか見たことあれへんねんけど、ここの教団はそうなんか?もしそうやったら、合同結婚式ってどないすんねん。男が居れへんのにどないして結婚すんねん?」
と連続して質問を浴びせた。その勢いに智は少し引きながら、お冷を一口喉に流し込むと一気に解説を加えて説明をした。
「順番に答えるわな。まず、本家って言うか本部って言うのがええんかわからへんけど、あの団体の中核は隣の国やねん。ホームページでは、天宮城伊織って言う女が教祖ってなってるけど、実際にはお隣の国の某新興宗教団体が本家であり本部や。
 結論から言うと、結構ヤバイ噂を聞いてる。日本では、DVにあった妻や、虐待を受けた女の子の駆け込み寺みたいなうたい文句で言われてるから、ほとんどが女の信者やけど、少なからず男もおる。
 で、テレビでもぼちぼち取りあげるようになった合同結婚式やけどお隣の国は凄い格差社会で財閥系企業に勤めてへん男は「カス扱い」で結婚なんかできへんねんな。そこで、信者になりさえすれば、日本人の女と結婚できるってなもんや。大きい声では言われへんけど、まあ儒教の元の教えはどうか知らんけどお隣の国は基本的に男尊女卑やな。政治家は普通にセクハラ発言するし、女の子のタレントへのセクハラや低賃金契約なんかでタレントが自殺したり問題になってたやろ。
 そんなんやから、向こう・・・に嫁いだ日本人妻が離婚や帰国を申し出ても認められへん問題も水面下ではある。なっちゃんの質問はそんなところで答えになってるかな?
 ところで入信するんやなかったら、なんかあったんか?うちの事務所でも取材予定やから何かネタがあるんやったら情報とバーターでかまへんで。俺も、スクープネタやったら欲しいから協力するで。」

 (うーん、智に正直に話すんはもう少し後やな。スクープ狙いで暴走しよるかわからへんからな…。ここは大樹と花音ちゃんの事は黙って、直さんの名前でも出しとくか…。)と思い「いやー、直さんの知り合いやねんけどな…」と向日葵寿司で聞いた直の知り合いの話をしてお茶を濁した。すると「勘」はそれほど良くない智は夏子の誘導にのって、ノートを開いて声のトーンを落として夏子と弘道の間に顔をはさんで言った。
「へー、さすがの直さんもぶん投げて終わりやないから困ってはるんやな…。まあ、なっちゃんと弘道やから絶対オフレコ条件で凄い話を教えといたるわ。これは、その教団の本国での話やねんけどな、日本ではまだニュースになってへんねんけど「解散命令」が出た場合、徹底抗戦する準備を進めとるねん。」
「それは、日本でも一緒とちゃうんか?資金を向こうに送ったり、訴訟してる信者家族と裁判や状況によっては和解したりで絶対に解散命令を出せへんように政治家を抱きこんでるって話やろ?智の情報も底が浅いな。弘道も笑ったれ!」
夏子が智を小ばかにして笑うと、智がぽそっと呟いた。
「慌てんなや。話はここからが本番や…。」

 智の話をまとめると、本国でも「脱税」、「人権蹂躙」、「政治家との癒着」が問題となり、当局が動き出しているという。そんな中、「北」出身の脱北信者が「北」の軍用ライフルや手りゅう弾に加えて対戦車ロケット砲を自宅に隠し持っていて摘発されたという事だった。
「まるで、1990年代のオウム真理教みたいやん。ライフルから戦闘ヘリまで当時のソ連から密輸する計画があったっていう話みたいやな。戦争でもおっぱじめるつもりかいな。」
と弘道がうなると、智は首を振り逆質問した。
「ちゃうちゃう、さすがに国と戦争したって敵わへんわな。ところで二人は1993年2月にアメリカのテキサス州で起こった「ブランチ・ダビディアン事件」って知ってるか?」 
 夏子も弘道も首を振った。

 1993年2月28日にテキサス州にあった33歳のデビット・コレシュを教祖とするプロテスタント系カルト宗教団体ダビディアン教団が、内密に武装化を進め、ライフル銃や手りゅう弾を装備していた。その情報をつかんだ警官隊に急襲されるも、28万平方メートルの敷地に40名の子供を含む135名の信者が立てこもり、51日間に渡り銃撃戦を繰り返し、最終的には原因は明確に公表されていないが、ダビディアン信者が自ら教団施設に火を放ち82人の死亡者を出した事件があったとのことだった。
 おそらく「魂の解放」教団の本家も広大な施設で立てこもりを計画し、解散するくらいなら、信者を巻き込んで殉教するのではないかと言われてるとの話だった。
「ふーん、そりゃ怖い話やな。でも、言うても隣の国の話やろ?さすがに門真で立てこもりはあれへんやろ。まあ、よう燃えそうな木造の安普請ではあるけどな。」
と夏子が話を途切らせると、智が
「ここからがスクープや。この間、大阪でアサルトライフルのカラシニコフAK47を持った日本人の女が捕まったやろ。本人は「銃としての発射機能を全て削除した合法観賞用の無可動実銃」やって言うて起訴はされへんかったけどな。」
と言いかけると夏子が
「ごめん、カラシなんとかとか無可動実銃って言うのがよくわからへんねんけど、無可動っていう事は使われへんっていう事なん?でも実銃ってことは本物の銃ってことなん?」
と質問をした。

 智が言うには「合法観賞用無可動実銃」というのは、たとえ本物の軍用ライフルであっても、撃鉄や給弾装置や銃身等の機能を廃止させたものであれば、本物の銃を持つことができるという事であり、大阪市の瓦町や東京の上野にその専門ショップがあるとのことだった。
 1947年に旧ソ連の正式なアサルトライフル(※軍用ライフル。「突撃銃」とも訳す連射できる殺傷能力の高い銃)として採用されたソ連の軍事技師ミハエル・カラシニコフ氏の設計したAK47は共産圏国から貧しい東南アジア、アフリカ諸国、中近東の国々にライセンス生産権が安価で販売され、そのコピー銃を扱う国はゲリラやレジスタンスを含めると100か国以上で、世界で一番使われている軍用ライフルとのことだった。カラシニコフは隣の国の北の国やその奥の大きな国でも正式採用されている。
 それだけ流通しているはずのカラシニコフの「無可動実銃」が上野と瓦町の専門店で売り切れになっているという。智の所属するメディアクリエイト社でも瓦町の専門店に取材をかけたが、不特定多数のものからの発注でまとめ買いではないという事だが、大阪店と東京店で合わせて20丁以上のAK47が短期間の間に販売されたとのことだった。

 「ふーん、まあ簡単に言うたら弾の出えへん本物の銃ってことやな?それが何でスクープなん?良太郎みたいなミリオタが映画の主人公かなんかがその銃を使ってて人気が出ただけちゃうの?」
と興味のない夏子がつまらなそうに言うと、智がどや顔で
「人の話は最後まで聞けや。俺もモデルガン屋でそれがなんぼ売れようとかまへんねん。問題は、先週対馬で捕まった「覚せい剤の不法所持」の奴やねん。まあ、日本人が対馬で隣の国の売人から買ったんやと思ったら、どうやら「北」の奴みたいやねんな。
 対馬はプサンから直線距離でわずか50キロ。極端な話、港に税関や入国管理局があるわけやないから「北」の船でも中型漁船やったら対馬は来られるし、お隣の国の旗をあげとったら全然普通に島に入れる状況やねんな。」
と言い、コーヒーをすすった。
「いきなり銃から覚せい剤に話飛んでるやん。今シャブ中の話はええねん!」
夏子がキレかかると、「せやから、最後まで聞けや。そんなんやからなっちゃんは「彼氏」できへんねん!」と強く言うと、それまで黙っていた弘道が「智、続けてくれ…。」と智に先を求めた。

 智の語る続きは衝撃的なものだった。対馬で覚せい剤所持で逮捕された女が多数の金属部品を所持しており、その部品が何なのかわからなかった長崎県警が警視庁に鑑識に出したところ、そのすべてがカラシニコフAK47の発射装置に関わる部品だったという。
 更に調べを進めると逮捕された女は「魂の解放」教団の信者であることが分かったとのことだった。
「ここまで言うたら、カワセミの脳みそのなっちゃんでも繋がりが見えて来たやろ。俺らは「魂の解放」教団が日本の「ブランチ・ダビディアン事件」に繋がらへんかを調べてんねや。」

 夏子は、頭の中をフル稼働させた。(教団のマイクロバスの行き先は東大阪の鉄工所…。バンの中での会話で出てきた「薬」…。あっ、これあかんやつちゃうん!)夏子は立ち上がり智にむかって叫んだ。
「智、教団の司祭ってわかるか?ホームページには出てけえへんねんけど、知ってたら教えてくれ!」
「おいおい、何大きい声出してんねん。周りのお客さんがびっくりするやないか。俺らが調べてる中では、本家から来てる男の上級幹部とちゃうかってとこまでやな。元信者の話やと日本語ペラペラのイケメンのおっさんらしいで。何か知ってるんやったら教えてくれや!
 あとおまけの情報を投げとくと、教祖の天宮城伊織は二重人格とちゃうかって話もあるねん。ジギル博士とハイド氏みたいに、性格がコロッと変わるなんて証言もあったな。
 まあ、俺が知ってるんはここまでや。直さんの知り合いには、大事おおごとに巻き込まれへんうちに早よやめるように言うといたって。」
と言うと、真っ青になった夏子は「智、ありがとう。弘道、ごめん。私先に帰らせてもらうわ。」と言い、飲みかけのオレンジジュースを残し店を出て行った。

 「あん?なっちゃんどないしたんや?えらい慌てて出ていったけど、顔色悪かったで。ほんまは入信して結婚するつもりやったんが、とんでもない教団やって分かって慌ててんのとちゃうやろな?」
智が呟くと、
「智、もうちょっとさっきの対馬とモデルガン屋の話を聞かせてもらえるか…。」
と真剣な顔をして、カバンから警察手帳とペンを取り出した。



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