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淡路島編
④「2023年お盆の向日葵寿司」
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「淡路島編」
「2023年お盆の向日葵寿司」
2023年8月15日。3年間、世界中を活動自粛の波で覆いつくした流行り病は完全には収束していないものの、政府やマスコミから、毎日のように「お盆休みの海外旅行客が3年前の水準に戻りました。」、「国内観光地も盛況で、新幹線の乗車率は軒並み100%超えです。」、「帰省ラッシュと観光客で今日の高速道路の渋滞情報では、上り線で最高40キロを記録しています。」などと、全国民があたかも行楽に出かけているような報道がなされている。
お盆までの一週間は、大規模な高気圧が日本列島を覆い、沖縄だけでなく、本土でも連日35度を超え、海水浴場やプールではしゃぐ子供たちや家族連れの映像がテレビで流されている。
大阪府門真市の京阪電車の門真市駅東側に位置する門真市駅東商店街「通称ニコニコ商店街」の一番東に位置する向日葵寿司。ランチタイムも終わった午後1時、カウンター席にはいつものように「ランチ常連」の坂川夏子と仲田陽菜が肘をついて壁にかかったテレビの昼のワイドショーを見ている。
「あーあ、今年のお盆休みは、結局どこにも行かれへんかったなぁ…。一回、関空に行っただけで、滞在1時間で飛行機にも乗らんと戻ってきた以外は、すっかりニコニコ商店街の幅250メートル内だけで過ごしてしもたわ…。あぁ、二十代前半最後の24歳の「夏」はなんの「出会い」もなんの「トキメキ」も無く、店番と練習とご飯とDVD鑑賞とスマホでネットしただけで終わってしもたなぁ…。陽菜ちゃん、こうして私は女としてしなびていってしまうんかなぁ…。」
と夏子が愚痴をこぼした。
「そんなん言うたかて、なっちゃんが旅行予約サイトで「8月」で予約せなあかんところを「9月」に間違えて申し込んでたんやからしゃあないやん。関空まで行って受付で「チケットの予約日が9月7日になってますよ。」って言われた時点で、私らの夏休みは終わってんねん。今更、文句言ってもしゃあないやろ。
まあ、このお盆休み中、リサイクルショップニコニコもほぼ開店休業やったし、1日だけあったニコニコプロレスの練習もみんな帰省したり遊びに行っておれへんから、私ら二人とまりあさんと稀世姉さんの四人だけやったから公開練習試合無しの基礎練習とスパーリングだけやったもんな。」
陽菜は諦めた顔で、ランチの寿司下駄に残ったガリを口に放り込んだ。
カウンターの中で、スポーツ刈りにねじり鉢巻きの向日葵寿司の寿司職人で三代目大将の長井三朗が夏子と陽菜にビールのグラスに入れた冷たい緑茶を出した。
「なっちゃんも陽菜ちゃんも残念やったな。まあ、過ぎたことを愚痴ってもしゃあないやん。これでも飲んで気持ちを落ち着けてや。」
と勧められるがままにグラスを口にした。
「えっ?なにこれ?市販のお茶とちゃうやんなぁ?凄く旨味と甘味が口の中で広がるわ。高いお茶なん?陽菜ちゃん、ペットボトルのお茶と全然ちゃうで!」
「うん、凄くすっきりしてて、緑茶独特の渋みが全然ない!なっちゃんが言う通り、市販のペットボトルのお茶と全然違うわ。」
と二人が声をあげた。
するとカウンター奥のバックヤードから、ニコニコプロレスのエースレスラーであり、向日葵寿司三代目の女将で一女の母の長井稀世がガラスのピッチャーを持って顔を出した。
「サブちゃん、洗い物は一通り終わったし。それにしても、「冷茶」好評でよかったやん。今日は、37度まで上がってるからお客さんのウケも良かったで。宇治田原まで行った甲斐があったよな!まあ、なっちゃんも陽菜ちゃんもお替わりしてええよ。」
とカウンター越しに緑茶の入ったピッチャーを置いた。
「稀世姉さん、このお茶ってなんですの?宇治田原って、京都の宇治田原ですか?お茶っていったら「宇治市」とちゃいますの?」
と夏子が尋ねた。
「うん、今のお茶所といえば「宇治」か「静岡」ってイメージやわな。でも、今の「煎茶」…、つまり「緑茶」を「手揉み」で作った人は「宇治田原」出身の人やねん。永谷宗円さんっていって、江戸時代に15年かけて「手揉み」による「煎茶」の製法を編み出して、日本国中に広めた「煎茶」の生みの親やねん。
「煎茶」を作って江戸に持ち込んで広めたんが宗円さんで、そのお茶を気に入ってたくさん購入してくれたんが海苔の「山本山」やねんて。サブちゃんと、お寿司の歴史を勉強してて「海苔」と「お茶」に興味を持ったから、この間、直さんもつれてひまちゃんと四人で宇治田原にある永谷宗円さんの生家の資料館に行ってきたんよ。そこで教えてもらったんが、「煎茶40グラムを2リットルのミネラルウォーターに入れて冷蔵庫で7から10時間入れておくだけでできる冷茶」やねん。
今まで、夏場に出してたんは、お湯で沸かしたお茶を冷やしたもんやってんけど、全然ちゃうやろ?まあ、一つ賢くなったわ。ふたりも気に入ってくれたんやったら、宇治田原まで行った甲斐があったってなもんやな。」
陽菜がスマホで「永谷宗円」をググり三朗と稀世に尋ねた。
「へー、この人って「永谷園」の創始者の十代前の御先祖さんになるんや。凄い歴史があるんやなぁ。永谷宗円さんが「煎茶」の製法を全国に広げるまでは、金持ちは「抹茶」で庶民は「ほうじ茶」しかなかったって書いてあるわ。ちなみに宇治田原にはいつ行かはったんですか?」
三朗が、お茶を注ぎながら
「先週の金曜日の「山の日」や。11日の祝日の昼に行ってきたんやで。直さんから「どこか遊びに行こうや」って言われて、「近場でええとこないかな?」って言うたら、直さんが「ほうじ茶ソフトクリームの旨い店があるから、宇治田原まで車出してくれや!」ってね。」
と答えた。
「えー、出かけるんやったら誘ってやー。私ら、めちゃくちゃ暇してたのにー!直さんだけ連れてくなんてずるーい!私も「ほうじ茶ソフト」食べたかったよー!」
と夏子が大きな声で文句を言った。
「そうやって騒ぐ奴には似合わへん静かな茶畑やから誘わへんかったんや!ただでさえも暑いねんから、ギャーギャー騒ぐな!お前がおるだけで気温が2度上がるわ。地球の温暖化が進むからお前は少し黙っとけ!」
と店の二階から「とんとん」と階段を降りる音が聞こえたと思うと、三朗と稀世の長女で3歳になる「ひまわり」の手を引いて、ニコニコ商店街の女会長で合気道の無敵の達人で74歳にして元気溌剌の菅野直が店に降りてきた。
「地球の温暖化が進むってめちゃくちゃ言わんといて下さいよ!24歳の乙女が一人騒いだくらいじゃ気温が上がるかいな!そうやって、私のイメージを落とさんといてや!」
と夏子が直に文句を言うと、ひまわりが
「でも、少し暑いね。お父さん、クーラーついてるの?」
と可愛く尋ねた。
「あぁ、今日は暑くなるって言ってたから、25度の設定にしてるで。」
三朗は手を洗うと前掛けで手を拭きながら入り口横のタワー型の業務用エアコンの前に来てパネルを確認し、冷気の吹き出し口に手を添え、稀世に尋ねた。
「あれ、風は出てるけど全然冷たくないわ。稀世さん、室温計は何度になってますか?」
「うん、今、32度になってるわ。外とほとんど変わらへんで。エアコン壊れてしもたんやろか?まだまだ暑い日が続くのに、ちょっと困ったことやなぁ。出費もでかいやろうし…。」
稀世が少し困った顔をしていると、直が笑いながら言った。
「夏子が騒いだせいで壊れたんやから、夏子に払わせたらええぞ!カラカラカラ。まあ、この店も先代が大きく改修してもう二十年や。あちこち手を入れたらなあかん時期かもしれへんな。三朗、しっかり稼げよ!まあ、まずはわしが売り上げに貢献したろ。稀世ちゃん、ビールだしてくれや。」
稀世が夏子と陽菜の横に座った直にビールを出すと、最後の一般客が会計を済ませた。そこにニコニコプロレスの代表で今は無き全日本女子プロレスの「伝説のヒール」と呼ばれた岩井まりあがやってきた。
「直さん、こんにちは。夏子と陽菜もおったんか?若いもんがなにダラダラだべってんねん。お前らももう24歳やろ。舩阪君がおる陽菜はともかく、夏子は彼氏のひとりでも作らんと、あっという間に年食ってしまうぞ。稀世かて、25歳の誕生日でサブちゃんと電撃婚したんやぞ。お前は、そんな当てもあれへんやろ?それにしても、この店暑いな…。」
直の隣に座ると、直がまりあにビールを注いだ。ふて腐れる夏子の横で陽菜がまりあに
「まりあさんっていくつで結婚したんですか?全日本女子プロレスにいたんですよね?相手はどんな人やったんですか?私もそろそろ「舩君と結婚なんていいかなぁって考えてるんですよ。この間、初めて「ゼクシィ」買っちゃいましたよ!キャー!」
と夏子と直を挟んで聞いた。夏子はますます不機嫌な顔になる。
「私は、結婚は早かったよ。18歳で全日女子でデビューして、一年半でひざの故障で一度引退したんやけど、妊娠してたことがわかって二十歳で結婚やった。相手も全日の若手レスラーやったけど、私の怪我の後すぐに引退することになってしもたから名前は通ってへんわ。
ところで陽菜、お前舩阪浩三君とそこまで進んでるんか?一方的にお前が引っ付きに行ってるだけやと思ってたけど…。「ゼクシィ」買うとこまで来てるんか?」
直と稀世も興味深げに陽菜の反応を待つ。
「うーん、一緒には暮らしてるけど、まだ舩君から言われたわけやないです。まあ、私が一人で突っ走ってるだけかもしれませんけど、稀世姉さんが25歳で結婚っていうから、私もあと一年やないですか…。だから、ぼちぼちと…。だから、新婚旅行の下見にと思って、このお盆休みになっちゃんと海外旅行に行くつもりやったんですけど、結局、行けなくなっちゃったんで…。」
みんなの期待した状況ではなかったが、順調に同棲生活は進んでいるようだった。
「はいはい、悪うございましたね!私のせいで、陽菜ちゃんの新婚旅行の下見をじゃましてしもてごめんね!」
とキレ気味に言う夏子に対して、陽菜は悪気無しに
「なっちゃんかて、このお盆休みの間、五人のイケメンはべらせて、「ウハウハ」やって言うてたやん。」
と夏子に返答した。
「えっ、あほの夏子が五人もイケメンはべらせてるってほんまか?」
と直が驚いてビールを噴き出した。
「陽菜ちゃん、みんなの前で何ばらしてしまうんよ!もう、あかんやん!」
と夏子が真っ赤になった。
「2023年お盆の向日葵寿司」
2023年8月15日。3年間、世界中を活動自粛の波で覆いつくした流行り病は完全には収束していないものの、政府やマスコミから、毎日のように「お盆休みの海外旅行客が3年前の水準に戻りました。」、「国内観光地も盛況で、新幹線の乗車率は軒並み100%超えです。」、「帰省ラッシュと観光客で今日の高速道路の渋滞情報では、上り線で最高40キロを記録しています。」などと、全国民があたかも行楽に出かけているような報道がなされている。
お盆までの一週間は、大規模な高気圧が日本列島を覆い、沖縄だけでなく、本土でも連日35度を超え、海水浴場やプールではしゃぐ子供たちや家族連れの映像がテレビで流されている。
大阪府門真市の京阪電車の門真市駅東側に位置する門真市駅東商店街「通称ニコニコ商店街」の一番東に位置する向日葵寿司。ランチタイムも終わった午後1時、カウンター席にはいつものように「ランチ常連」の坂川夏子と仲田陽菜が肘をついて壁にかかったテレビの昼のワイドショーを見ている。
「あーあ、今年のお盆休みは、結局どこにも行かれへんかったなぁ…。一回、関空に行っただけで、滞在1時間で飛行機にも乗らんと戻ってきた以外は、すっかりニコニコ商店街の幅250メートル内だけで過ごしてしもたわ…。あぁ、二十代前半最後の24歳の「夏」はなんの「出会い」もなんの「トキメキ」も無く、店番と練習とご飯とDVD鑑賞とスマホでネットしただけで終わってしもたなぁ…。陽菜ちゃん、こうして私は女としてしなびていってしまうんかなぁ…。」
と夏子が愚痴をこぼした。
「そんなん言うたかて、なっちゃんが旅行予約サイトで「8月」で予約せなあかんところを「9月」に間違えて申し込んでたんやからしゃあないやん。関空まで行って受付で「チケットの予約日が9月7日になってますよ。」って言われた時点で、私らの夏休みは終わってんねん。今更、文句言ってもしゃあないやろ。
まあ、このお盆休み中、リサイクルショップニコニコもほぼ開店休業やったし、1日だけあったニコニコプロレスの練習もみんな帰省したり遊びに行っておれへんから、私ら二人とまりあさんと稀世姉さんの四人だけやったから公開練習試合無しの基礎練習とスパーリングだけやったもんな。」
陽菜は諦めた顔で、ランチの寿司下駄に残ったガリを口に放り込んだ。
カウンターの中で、スポーツ刈りにねじり鉢巻きの向日葵寿司の寿司職人で三代目大将の長井三朗が夏子と陽菜にビールのグラスに入れた冷たい緑茶を出した。
「なっちゃんも陽菜ちゃんも残念やったな。まあ、過ぎたことを愚痴ってもしゃあないやん。これでも飲んで気持ちを落ち着けてや。」
と勧められるがままにグラスを口にした。
「えっ?なにこれ?市販のお茶とちゃうやんなぁ?凄く旨味と甘味が口の中で広がるわ。高いお茶なん?陽菜ちゃん、ペットボトルのお茶と全然ちゃうで!」
「うん、凄くすっきりしてて、緑茶独特の渋みが全然ない!なっちゃんが言う通り、市販のペットボトルのお茶と全然違うわ。」
と二人が声をあげた。
するとカウンター奥のバックヤードから、ニコニコプロレスのエースレスラーであり、向日葵寿司三代目の女将で一女の母の長井稀世がガラスのピッチャーを持って顔を出した。
「サブちゃん、洗い物は一通り終わったし。それにしても、「冷茶」好評でよかったやん。今日は、37度まで上がってるからお客さんのウケも良かったで。宇治田原まで行った甲斐があったよな!まあ、なっちゃんも陽菜ちゃんもお替わりしてええよ。」
とカウンター越しに緑茶の入ったピッチャーを置いた。
「稀世姉さん、このお茶ってなんですの?宇治田原って、京都の宇治田原ですか?お茶っていったら「宇治市」とちゃいますの?」
と夏子が尋ねた。
「うん、今のお茶所といえば「宇治」か「静岡」ってイメージやわな。でも、今の「煎茶」…、つまり「緑茶」を「手揉み」で作った人は「宇治田原」出身の人やねん。永谷宗円さんっていって、江戸時代に15年かけて「手揉み」による「煎茶」の製法を編み出して、日本国中に広めた「煎茶」の生みの親やねん。
「煎茶」を作って江戸に持ち込んで広めたんが宗円さんで、そのお茶を気に入ってたくさん購入してくれたんが海苔の「山本山」やねんて。サブちゃんと、お寿司の歴史を勉強してて「海苔」と「お茶」に興味を持ったから、この間、直さんもつれてひまちゃんと四人で宇治田原にある永谷宗円さんの生家の資料館に行ってきたんよ。そこで教えてもらったんが、「煎茶40グラムを2リットルのミネラルウォーターに入れて冷蔵庫で7から10時間入れておくだけでできる冷茶」やねん。
今まで、夏場に出してたんは、お湯で沸かしたお茶を冷やしたもんやってんけど、全然ちゃうやろ?まあ、一つ賢くなったわ。ふたりも気に入ってくれたんやったら、宇治田原まで行った甲斐があったってなもんやな。」
陽菜がスマホで「永谷宗円」をググり三朗と稀世に尋ねた。
「へー、この人って「永谷園」の創始者の十代前の御先祖さんになるんや。凄い歴史があるんやなぁ。永谷宗円さんが「煎茶」の製法を全国に広げるまでは、金持ちは「抹茶」で庶民は「ほうじ茶」しかなかったって書いてあるわ。ちなみに宇治田原にはいつ行かはったんですか?」
三朗が、お茶を注ぎながら
「先週の金曜日の「山の日」や。11日の祝日の昼に行ってきたんやで。直さんから「どこか遊びに行こうや」って言われて、「近場でええとこないかな?」って言うたら、直さんが「ほうじ茶ソフトクリームの旨い店があるから、宇治田原まで車出してくれや!」ってね。」
と答えた。
「えー、出かけるんやったら誘ってやー。私ら、めちゃくちゃ暇してたのにー!直さんだけ連れてくなんてずるーい!私も「ほうじ茶ソフト」食べたかったよー!」
と夏子が大きな声で文句を言った。
「そうやって騒ぐ奴には似合わへん静かな茶畑やから誘わへんかったんや!ただでさえも暑いねんから、ギャーギャー騒ぐな!お前がおるだけで気温が2度上がるわ。地球の温暖化が進むからお前は少し黙っとけ!」
と店の二階から「とんとん」と階段を降りる音が聞こえたと思うと、三朗と稀世の長女で3歳になる「ひまわり」の手を引いて、ニコニコ商店街の女会長で合気道の無敵の達人で74歳にして元気溌剌の菅野直が店に降りてきた。
「地球の温暖化が進むってめちゃくちゃ言わんといて下さいよ!24歳の乙女が一人騒いだくらいじゃ気温が上がるかいな!そうやって、私のイメージを落とさんといてや!」
と夏子が直に文句を言うと、ひまわりが
「でも、少し暑いね。お父さん、クーラーついてるの?」
と可愛く尋ねた。
「あぁ、今日は暑くなるって言ってたから、25度の設定にしてるで。」
三朗は手を洗うと前掛けで手を拭きながら入り口横のタワー型の業務用エアコンの前に来てパネルを確認し、冷気の吹き出し口に手を添え、稀世に尋ねた。
「あれ、風は出てるけど全然冷たくないわ。稀世さん、室温計は何度になってますか?」
「うん、今、32度になってるわ。外とほとんど変わらへんで。エアコン壊れてしもたんやろか?まだまだ暑い日が続くのに、ちょっと困ったことやなぁ。出費もでかいやろうし…。」
稀世が少し困った顔をしていると、直が笑いながら言った。
「夏子が騒いだせいで壊れたんやから、夏子に払わせたらええぞ!カラカラカラ。まあ、この店も先代が大きく改修してもう二十年や。あちこち手を入れたらなあかん時期かもしれへんな。三朗、しっかり稼げよ!まあ、まずはわしが売り上げに貢献したろ。稀世ちゃん、ビールだしてくれや。」
稀世が夏子と陽菜の横に座った直にビールを出すと、最後の一般客が会計を済ませた。そこにニコニコプロレスの代表で今は無き全日本女子プロレスの「伝説のヒール」と呼ばれた岩井まりあがやってきた。
「直さん、こんにちは。夏子と陽菜もおったんか?若いもんがなにダラダラだべってんねん。お前らももう24歳やろ。舩阪君がおる陽菜はともかく、夏子は彼氏のひとりでも作らんと、あっという間に年食ってしまうぞ。稀世かて、25歳の誕生日でサブちゃんと電撃婚したんやぞ。お前は、そんな当てもあれへんやろ?それにしても、この店暑いな…。」
直の隣に座ると、直がまりあにビールを注いだ。ふて腐れる夏子の横で陽菜がまりあに
「まりあさんっていくつで結婚したんですか?全日本女子プロレスにいたんですよね?相手はどんな人やったんですか?私もそろそろ「舩君と結婚なんていいかなぁって考えてるんですよ。この間、初めて「ゼクシィ」買っちゃいましたよ!キャー!」
と夏子と直を挟んで聞いた。夏子はますます不機嫌な顔になる。
「私は、結婚は早かったよ。18歳で全日女子でデビューして、一年半でひざの故障で一度引退したんやけど、妊娠してたことがわかって二十歳で結婚やった。相手も全日の若手レスラーやったけど、私の怪我の後すぐに引退することになってしもたから名前は通ってへんわ。
ところで陽菜、お前舩阪浩三君とそこまで進んでるんか?一方的にお前が引っ付きに行ってるだけやと思ってたけど…。「ゼクシィ」買うとこまで来てるんか?」
直と稀世も興味深げに陽菜の反応を待つ。
「うーん、一緒には暮らしてるけど、まだ舩君から言われたわけやないです。まあ、私が一人で突っ走ってるだけかもしれませんけど、稀世姉さんが25歳で結婚っていうから、私もあと一年やないですか…。だから、ぼちぼちと…。だから、新婚旅行の下見にと思って、このお盆休みになっちゃんと海外旅行に行くつもりやったんですけど、結局、行けなくなっちゃったんで…。」
みんなの期待した状況ではなかったが、順調に同棲生活は進んでいるようだった。
「はいはい、悪うございましたね!私のせいで、陽菜ちゃんの新婚旅行の下見をじゃましてしもてごめんね!」
とキレ気味に言う夏子に対して、陽菜は悪気無しに
「なっちゃんかて、このお盆休みの間、五人のイケメンはべらせて、「ウハウハ」やって言うてたやん。」
と夏子に返答した。
「えっ、あほの夏子が五人もイケメンはべらせてるってほんまか?」
と直が驚いてビールを噴き出した。
「陽菜ちゃん、みんなの前で何ばらしてしまうんよ!もう、あかんやん!」
と夏子が真っ赤になった。
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