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「激励会」

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「激励会」

 11月9日午後8時45分、UCWW決勝進出を決めた稀世の激戦をねぎらい、明日の決勝戦の励ましのために西沢米穀特設リング会場は満員になっていた。リング上に設置された42インチの液晶テレビに今日の稀世とマチルダのファイトが映し出されている。

 今日の稀世はまるで「シュートボクシング」の選手のように、左右に軸足を移しつつ、左右の「ロー」を基本に繰り出し、マチルダの膝が落ちると脇腹への「ミドル」、後頭部、側頭部への「ハイキック」と蹴り技のコンビネーションで柔道出身のマチルダを翻弄し続けた。
 トップロープが極端に緩められ、グランドマットも必要以上にゆるく張られたフロアーの為、圧倒的に「締め技」、「固め技」、「抑え込み技」にけたマチルダに「利」のあるリングセッティングになっていた。
その結果、本来稀世が得意とする「トップロープ」からの「ロケットドロップキック」や「サマーソルトドロップ」、「ムーンサルトドロップ」の大技やジャンボ鶴田ばりの7種の「スープレックス」や「バックドロップ」等のフロアーへの投げ技が繰り出されることが無かったことをニコニコ商店街の仲間や観客は稀世の「余裕」ととらえていたが、実際には「薄氷」を踏む思いでのファイトだった。

 その事実を知るのは、まりあと直と太田だけであり、「捕まれば逃げられない」上、「抑え込まれる」、「締め技にあう」と「負け」と覚悟を決めてのプレッシャーを両肩に約35分続いた「精神戦」を稀世が闘っていたことは知らず、
「稀世ちゃんは無敵や!「反則男」にも「WWE新人王」にも勝ってしまうんやからな!」
「せやせや、今日は明日の対戦者の粋華ちゃんに「手の内」を見せんとすませる余裕がもうたまらんわ。」
「明日の、優勝は間違いなしや!これで「こども食堂」も「市民サロン」も安泰や!」
と気楽に騒ぎまくっている。

 リカーズ武藤が提供してくれている生ビールは早々にタンクが空になり、急遽店から持ってきた焼酎の1升瓶や日本酒を皆が楽しんでいる。
 また、お好み焼きがんちゃんの徹三、さとみ夫婦が振舞うお好み焼きと焼きそばも飛ぶように出ていき、激励会が始まってから二人は全く休憩が取れない状況が続いている。

 午後9時を迎え、子供たちを帰宅させると、入れ替わりで「男物のジャージ」を着たサングラスに顎髭がはみ出たマスクで顔を隠した者が静かに会場に現れ、直の元にこっそり近づいていったことに誰も気がついていなかった。
 リング上の準決勝戦のビデオは3回転目を迎え、1回戦で二人で合わせて賭けた「2万円」ずつが9倍オッズで「18万円」になり、それを元手に「準々決勝」では「90万」に、そして今日の「準決勝」で「119万」になったことを自信満々に話す「プロレス初心者」の夏子と陽菜が、趣味でしているユーチューブの「ゲーム実況」ばりに「オリジナル実況」で稀世とマチルダのファイトにアナウンスをつけているのを皆で笑って聞いている。

 「ふーん、なっちゃんと陽菜ちゃんは「2万円」がたった3日で「119万」か…。高校生にしたらすごい大金が転がり込んできたんやもんな。そりゃ嬉しいやろな。
でも二人を見てたら「賭博」、「博打」にはまる人の気持ちもわかるわな。そこはちょっと心配やな。
まあ、商店街のみんなも儲けてくれてるんやったら、こども食堂やいろんな商店会行事に寄付してくれるかもしれへんし、商店街が活性化してくれたら頑張った甲斐があったってなもんやな。」
と稀世はアルコール「3%」のライト缶チューハイを飲みながら呟くと直が横で大きな声で笑った。
「稀世ちゃん、商店街の皆は「100%稀世ちゃん賭け」の結果やけど、夏子と陽菜はちょっと「こすい」ぞ。カラカラカラ。」

 「えっ、直さんどういう意味?なっちゃんも陽菜ちゃんもお金増えてるってことは私に賭けてくれて応援してくれてたんとちゃうの?」
稀世が首を捻ると、直がメモに数字を書き込みながら説明に入った。
 第1戦は稀世のオッズは「9倍」。これは元金の2万円を全て注ぎ込んで「18万円」と書き込んだ。準々決勝は稀世のオッズは「6倍」。準々決勝後の獲得報酬が90万と言う事は「15万」しか賭けていないことが分かった。

「こいつら、欲が出たのか保険をかけよったんやろな。「反則野郎」のオッズは「1.8」やったから、稀世ちゃんが負けた場合でも「3万円」かける「1.8」倍で「5万4千円」は残す様にしとんねん。
 更に今日は「90万」を稀世ちゃんにつぎ込んでたら「1.7倍」で「153万」になってるはずが「119万」っていうことはオッズ「2.5」のマチルダに「20万」賭けて「50万円」の保険を打ってんねやで。
焼肉弁当喰って「鶴田KO馬場出っ放し」になったんは「稀世ちゃん」を信じ切られへんかった「天罰」や。まあ、明日は「絶対に賭けには参加すんな」ってみんなにも言うたらなあかんから、こんなあほな賭博は今日でおしまいちゅうことやけどな。カラカラカラ。」
と直が笑うと、試合ビデオの実況中継を終えた夏子と陽菜が稀世のところに寄ってきた。
「稀世姉さん、今日も稼がしてもらいました!明日もよろしくお願いしますね!私らお酒飲まれへんし、お好みと焼きそばも食べ飽きたんで今から陽菜ちゃんと京橋に出てホテルのケーキバイキングに行ってきますわ。」
「お昼のお腹「ぎゅるぎゅる」も治まったんでなっちゃんと「甘いもの」食べに行ってきます。明日も応援に行きますんでぱにゃにゃんだーですよ!じゃあ。」
とだけ言うと「ちょっと、「明日は絶対に賭けに参加したらあかん」で!」と言う稀世の言葉に耳を貸さずに二人はスキップで激励会場を出ていった。

 会場に目をやると、今日の試合のフィニッシュシーンの左右連続の「延髄切り」からの顎への「サマーソルトキック」で膝をついたマチルダの背後に素早く回り込み「チキンウイングフェイスロック」で「ギブアップ」を取ったシーンが繰り返し、再生され、その都度「乾杯」の声が上がっていた。
「あぁ、これは「賭け禁止」は明日の朝に通達せんと忘れてしまう奴がいっぱい出てまいますね。とりあえず、ニコニコ商店街のグループラインには「転送不可」のコメントつけてみんなに「明日は賭けないように」って商店会長の直師匠の名前で通知しといてくださいね。
アメリカのWWE仲間に聞いた話やと、明日は俗称「搾り取り・・・・」が日本でも行われるみたいですから、師匠も「賭け」は「厳禁」ですよ。」
と直の後ろにいた男モノのジャージを着ていた粋華がサングラスにマスクのまま囁いた。

 直がお好み焼きを焼いている岩本徹三とさとみ夫婦にすっかり出来上がっていて武藤が何度も溢しては入れ直した差し入れの生ビールを手渡しやさしく言葉をかけた。
「徹三、さとみはん、お疲れさん。後は、ウーバーでオードブルでも取って二人とももう休めや。軍資金で「5万円」渡しておくから適当にって、11時半になったら締めてくれな。
わしは、稀世ちゃんとまりあちゃん、粋華と太田はんと一緒に三朗の店に行ってくるわな。じゃあ、あとは頼んだで。」
と財布から1万円札を5枚出し、徹三に渡すと向日葵寿司に向かった。
 5人が向日葵寿司に着くと、一般客は全く居らず、坂井と載田がカウンター席で三朗と共に「日本茶あがり」の湯呑を前にしてカウンター席で待っていた。
 三朗が表に走り、暖簾を店内に片付けた瞬間、稀世のスマホが鳴った。直や太田の顔を伺ったうえで稀世は電話に出た。
「はい、安です。昨日、今日はすみませんでした。明日は、言われる通りのファイトしますので…。心を入れ替えて、御社の為に頑張ります。ですから…」
 約5分の電話の後、「はい、明日はよろしくお願いします。」と稀世が電話を切ると今度は粋華のスマホが鳴った。粋華の電話はものの1分で話は終わった。
 
 粋華の持つスマホを見て直が質問した。
「粋華、お前、スマホ替えたんか?昨日まで派手なブランド物のスマホケースに入れた最新のアイフォーンやったんが、えらい「地味」なスマホにしたんやな。壊してしもたんか?」
 粋華は、これはここの8人だけのオフレコの話と断って、アメリカのレスラー仲間から収集した情報を簡単に解説した。
「まあ、念には念を入れて、私のスマホは今は「ホテル」でお休み中ですわ。まあ、転送を受けるためだけやから安もんのボロでええんですよ。
 もう、付け髭とりますよ。この、おっさん臭いジャージと髭つけて顔隠してたら、ファンどころか「ナンパ」も寄ってけえへんかったですわ。
 世界のスーパーディーバ「サイキッカーSUIKA」がニコニコ商店街を歩いてるなんて誰も思わへんかったでしょうけどね。ケラケラケラ。」

 無邪気に笑う粋華に稀世が申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんな…。粋華に損な役目を負わせてしもて…。せっかくアメリカで成功してミリオネラレスラーになれたっていうのに…。」
 粋華は三朗の出してくれた瓶ビールを2つのグラスに注ぐと一つを稀世に渡し、笑顔で言った。
「何言うてんねん。私は稀世の「朋友」やろ!まあ、「WWEアメリカ」に居られへんようになったら、また「ニコニコプロレスここ」に戻ってくるがな。その時は、直師匠、まりあさんよろしくお願いしますね。」
 粋華は稀世のグラスに「コツン」と自分のグラスをあてると一気にビールを喉の奥に流し込んでしみじみと呟いた。
「あー、このビールを毎日飲んで、サブちゃんのほんまもんのお寿司がいつでも食べられるんやったら、稀世や直師匠、まりあさんの居るここにこのまま居ついてしまうんも悪くないかもしれへんな…。」


「おまけ」

昨日の「働く稀世ちゃん」イラストで「心霊写真風」だけをアップするという「おふざけ」をしてしまったので、今日は「普通」のイラストです!











今日は時間がないのでここまで!
(。-人-。) ゴメンネ
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