『偽りのチャンピオン~元女子プロレスラー新人記者「安稀世」のスクープ日誌VOL.3』

M‐赤井翼

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「プロローグ 下剤入り弁当の挑戦状」

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「プロローグ 下剤入り弁当の挑戦状」

 「CUWW(※「Championnship of Ultimate Women Wrestrers」の略称。「究極の女子レスラー選手権」の意。)」大会3日目、「エディオンアリーナ大阪」は3階、4階の固定席も満席で、試合開始2時間前にもかかわらず、プロレス興行としては当会場での最大人員の8000人の観客を集め、準決勝の2試合が始まるのを今か今かと待っていた。
 中央に設置された4面の大型モニターに1回戦、準々決勝の2回戦、全12試合のダイジェストが流され、そのフォールシーンやKOシーンがリプレイされるたびに、大きな歓声が上がっている。

 大阪の繁華街「なんば」にある「エディオンアリーナ大阪」は2015年9月1日よりネーミングライツ(※命名権取得)によりつけられた「新愛称」であり、古くからのプロレスファンや大相撲のテレビ放映で命名権取得に伴う名称変更後も一貫して使われている「旧名称」の「大阪府立体育会館」の方がピンと来る人が多いかもしれない。
 会場のキャパシティーは、プロレスやボクシングなどでは固定席の3、4階の3131席に加え、中央に設置されたリングを囲む4面の5列目までの約500席のロイヤルシートを筆頭に6列目以降の1階アリーナ席、その後方で段差がつけられた1階ひな壇席、2階特別席、2階指定席で約5000席が特設された合計約8000席が満員になっている。

ロイヤルシートのチケットは国内男性プロレスの最メジャー団体でつけられる15500円を大きく上回る25000円にも関わらず、多くの女子プロレスファンや大阪万博跡地に「カジノ誘致」を推進している国会議員や府議会議員やその関係者が来場している。スーツ姿の招待客等が前方の席に陣取っている為、いつものプロレス会場と違和感をかもし出している。

 日本のプロレス団体と違い、興行主がアメリカ企業と言う事もあり試合開始5時間前に開場され、多くのエンターテイメントが行われ退屈することは全くない。本来は、館内は飲み物の自動販売機があるだけなのだが、今大会期間中は多目的ホールで飲食ができる店も複数出店されており、早くに来た観客はお気に入りのレスラーのグッズを購入したり、多種多様なアメリカンジャンクフードの飲食を楽しむこともできる。
 それ以外にも観客を喜ばせているものがある。
 その一つがリング上に設置された大型モニターによる、過去12試合のダイジェスト映像の放映である。昨日までの12試合の熱戦が映し出されたモニターに観客が声援や歓声を送っている。

 通常の格闘技興行と違うのは、モニタ―の試合シーンの右側に別ウインドウが開かれ、画面3分の1の最上部に大きなQRコードが映され、その下に「賭け率表」が表示されているところである。
 第1試合の「WWEランジェリーマッチチャンピオン「サイキッカー粋華」対「オールジャパン女子プロレスきらめきチャンピオン「西城レイカ」」の勝敗オッズは、「サイキッカー粋華」2.6に対し「西城レイカ」1.4と表示されている。
 その下の第2試合の「WWE2023年女子新人王「マチルダ・ルーク」対「元関西インディーズ統一チャンピオン「安稀世」の表示の下に示されているオッズは、圧倒的格上と見られる「元全米女子柔道高校王座」で昨年アメリカ最大のプロレス団体「WWE」デビューのスーパーディーバ(※現在のWWEでは女子レスラーも「スーパースター」と表現することもある。)で無敗の新人王「マチルダ・ルーク」の2.9倍に対し、一年前に膝を壊し「引退」を余儀なくされ、今大会で復帰してまだこの試合が3戦目の大阪インディーズチャンピオンの「安稀世」は1.7倍とオッズ上は「安稀世」勝利を予想した賭け率になっている。

 大型モニターの過去マッチの映像がひと試合終わる都度、今日の試合の賭けに参加する方法がCM的に流れる。「CUWW大会のスポーツ賭博はアメリカ「ルメイ社」による合法な「スポーツ賭博」です。「ルメイ社」は大阪カジノ構想に賛成しており、「スポーツ賭博」のカテゴリーでの参加を検討しています。」のテロップと一緒に、1回戦、準々決勝で「賭け」に勝った客の喜びのコメントが入る。
「好きな選手に賭けて勝ったらもちろん嬉しいし、応援にも力が入るよね。負けてもその掛け金が参加選手のファイトマネーになるんだったら全然OKだよね!「西城レイカ」選手、今日もあなたへ100口投票します!チャンピオン目指して頑張ってくださーい!」
と「スポーツ賭博」への参加意識を盛り上げる。
 
 午前11時40分。午後1時からの準決勝オープニングセレモニー前、準決勝出場選手控室では各選手が準備に入っている。
 会場の喧騒から離れた第3会議室を控室とする、地元大阪の門真市にある女子プロレスインディーズ団体「大阪ニコニコプロレス」の元エースレスラーの「安稀世やす・きよ」がマッサージベッドにうつぶせになり、マッサージを受けている。
 稀世の左側に立ち、背中から腰にかけて大阪ニコニコプロレス代表でヒールレスラーの「デンジャラスまりあ」こと「岩井まりあ」がゆっくりと筋肉を揉み解していると、横から顔を出した大阪ニコニコプロレスの所在地であり、稀世が暮らす京阪電車の「門真市駅」の東にある「門真市駅東商店街」、通称「ニコニコ商店街」の会長を務める70歳にして元気溌剌の合気道の名手「菅野直かんの・なお」が稀世の身体をチェックしている。

 そこに差し入れの寿司桶を持って入ってきた稀世が現役時代からの大ファンで、今も「こども食堂」などで付き合いがあるニコニコ商店街青年部長の「長井三朗ながい・さぶろう」が稀世の背や腕、足を見て驚いた。
「ぎょへー、稀世さん、太腿ふとももも腕も背中も「青タン」だらけやないですか!こんな体で今日の試合出場は大丈夫なんですか?」
と驚いた声を上げる三朗に稀世がうつぶせのまま答えた。
「サブちゃん、変に心配かけてごめんな。一昨日の初戦にあたった日本人アイドルレスラーなんかは投票集めの「モブ」キャラやったけど、2回戦のマスクマンは「ガチ」やったんよ…。反則ありありで…。」

 言葉を濁す稀世に三朗は優しく尋ね直した。
「あの、「反則」って何ですか?僕、第2試合は店があったんでテレビで応援させてもろてたんですけどクリーンなファイトやったやないですか。まあ、100キロ以上のレスラーでしたから凄い打撃戦で稀世さんも苦戦されてたとは思いましたけど…。まさかこんなことになってるとは思いもしませんでした…。無理されない方がいいんじゃないですか?」
 稀世は気遣う三朗に心配をかけないように、あえて明るく返事をした。
「クリーンファイトか…。「見た目」的にはそうやったかもしれへんな…。でもマスクの「おでこ」やリストバンドにエルボーガード、ニーパッドにブーツのすね側に「鉄板」入れてきよったんよ。おまけに相手選手は「」やったみたいやしな。まさか、「彼氏歴ゼロ」の私がリングの上とは言え「知らん男」と「組んずほぐれず」することになるとはな。ケラケラケラ。」

 思い切り自分が殴られたように顔をしかめたまま言葉が出ない三朗を前に直が口を挟んだ。
「稀世ちゃんが引退後復帰第1戦にも関わらず1回戦で大手「スターガールズ」の売り出し中の人気アイドルレスラーを「瞬殺」してしまうもんやから「目」をつけられたんやろ。今日なんかWWEの新人王相手に稀世ちゃんの賭け率の方が低いねんからなぁ。
まあ、三朗からしたら気になってんのは「賭け率」よりも稀世ちゃんをどつきまくった奴が「男」やったってところなんやろうけどな。まあ、「ドM」の三朗は稀世ちゃんに「技」かけられて「いじめられたい」方やろうけどな。カラカラカラ。」

「も、もう、直さん、き、稀世さんの前で何言うてくれてるんですか!稀世さん、ぼ、僕、「ドM」とかちゃいますしね。し、信じてください…。」
とどもりながら必死に言い訳をする三朗に稀世が悪戯っぽく聞いた。
「サブちゃん、私に何の技をかけてもらいたいの?」
「はい、「コブラツイスト」とか「まんじ固め」とか「サマーソルトドロップ」とかがいいですね!って僕、何言うてんねん。試合前の大事な時間にごめんなさい!スタンドで応援してますから頑張ってくださいね!良かったら、稀世さんの好きな「たけのこご飯のいなり寿司」を持って来てるんで食べてくださいね!試合後には「特上握りフルコース」を準備してますから!では稀世さん、準決勝も「ぱにゃにゃんだー!」です。」
と真っ赤になって三朗は部屋を出ていった。

 三朗と入れ替わりでニコニコプロレス研修生の「北浜唯きたはま・ゆい」が通う門真工科高校の上級生の「仲川夏子なかがわ・なつこ」と「仲田陽菜なかた・ひな」が控室に入ってきた。
「稀世姉さん、おじゃましまーす!今日も「勝って」儲けさせてくださいねー!」
と夏子と陽菜が満面の「えびす顔」で稀世の元に駆け寄ってくる。
「お前ら、試合前の大事な時間やねんから「ほんまに邪魔」って自覚して、とっとと観戦席に行っとけや!」
 直が夏子と陽菜に「あっち行け」とばかりに手で追い払うが、夏子と陽菜は気にせずドカドカと遠慮なしに入ってきた。

 夏子はサイドテーブルに置かれた花束やプレゼントの横に置かれた「究極苑」の「焼肉弁当」の重箱を見つけた。「安稀世選手のファンより」と「のし」がついている。
「稀世姉さん、この「究極苑」の「超高級A5ランクステーキ弁当」食べはらへんのですか?松阪牛100%の超高級ロースステーキと魚沼産コシヒカリに無農薬有機栽培のサラダの組み合わせで「5000円」は下らへんってテレビでやってた憧れのお弁当ですよ!温かいうちに食べんともったいないですよ!」
と二人が騒ぎまくっていると
「試合前に「重たいもの」は食べへんのがプロやねん。リングの上で「ゲロ」吐くのはレスラーの「恥」やからな。食べたいんやったら、食べてええで。」
と稀世が言うと夏子は陽菜を誘って速攻で「焼肉弁当」の蓋を開けた。
「食べる食べる!稀世姉さん、後で「今の無し!」って言うてもダメですからね!陽菜ちゃん、稀世姉さんからの「天の授かりもの」いただこうや!」

 弁当を「がっつく」夏子と陽菜の横でまりあのマッサージを受けながら、タブレットで対戦相手の「マチルダ・ルーク」の過去の試合を見ている稀世に直が言った。
「さすがに柔道チャンピオンやな。今日は打撃系と跳躍系の技で距離を取ることやな。固め技、締め技、投げ技には気をつけなあかんで。まあ、柔道には蹴り技や打撃技、ましてや跳躍技はあれへんから「捕まり」さえせえへんかったら稀世ちゃんが有利な部分もあるでなぁ。」
「せやね。締め技、固め技、投げ技に気をつけて、距離を取るってことやな。」
 稀世が答えて、ふと夏子と陽菜に目を向けると二人とも額から大粒の汗を浮かべてお腹を抱えて苦しんでいる。

 「あかん、お腹がぎゅるぎゅるや!「鶴田ピーンチ」!稀世姉さん、この部屋にトイレありますか?」
夏子と陽菜がニコニコ商店街のオヤジ連中に教えられた昭和のプロレスファンの隠語で「ジャンボ鶴田」がピンチになるとタッグパートナーの「ジャイアント馬場」がでることから「お腹が痛い時は「鶴田ピンチ」(=「馬場ばばが出る」)って言うんがプロレスファンの腹痛の時の合言葉や!」と仕込まれたネタをもんどりうちながら発し、必死の形相で稀世に尋ねた。
「いや、あれへんで。トイレはこの部屋出て左の大分奥の方やな。どないしたん?お腹痛いんか?」
尋ねる稀世に何も答えず、二人は弁当箱をひっくり返して慌てて控室を飛び出した。
 3分後、唯のスマホに陽菜から電話がかかってきた。うっかり「スピーカーホン」で受信したため二人の泣き声が控室に響いた。
「唯ちゃん、ごめん…。私もなっちゃんもおトイレまで間に合えへんかってん。悪いけど、表のファミマでショーツ2枚買って、トイレまで届けてくれへん。くすん。」
「ごめん、唯ちゃん、私はスカートも汚してしもたからユニクロも寄ってきてくれる?ぴえん。」

 「あぁ、貧乏人が食べなれへん「高級肉」にがっつくから「腹」がびっくりしよったんやろ!」
 泣き声で話す陽菜の声に呆れつつ、直が床にひっくり返ったままの「究極苑」の弁当箱を拾い上げると、ご飯が床にこぼれ落ちた弁当箱の底に「次は「命」を落とさないようにね!」と書かれた紙が貼りつけられていた。
 その書き置きを稀世とまりあに見せると直は呟いた。
「稀世ちゃん、ほんまにこのままやるんか…?2回戦の「反則野郎」といい、今日の下剤入りの差し入れ弁当…。この大会の「闇」は深いぞ…。」



「おまけ」
今日は初回を読んでいただきありがとうございました。
今作もできるだけイラストとちょっとした解説を書けたときは入れるようにしますねー!









※なっちゃん、陽菜ちゃん、こんな役でごめん。
(。-人-。) ゴメンネ
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