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「刑事」

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「刑事」

 2023年元日。世間は年末から晴天が続き、真冬とは思えない高めの気温の穏やかな正月を迎えていたが「まかせ店門真西店」の万丈洋孝はその対極の絶望の極致状況にあった。
 1月1日午後1時、蘭は疲れ切った顔の洋孝と寝屋川市の成田山にお参りに来ていた。年間参拝者の3分の1とも噂される70万人超という関西トップクラスの正月三が日の参拝客を誇る成田山境内の人混みをゆっくりと本殿に向かい進みながら蘭が洋孝に声をかけた。

「社長、そんなしょぼい顔してたら、成田の神様もそっぽ向いてしまいますよ。お正月くらい笑顔でおらんと。「一年の計は元旦にあり。」って言うやないですか。しょぼい顔してたらこの1年がしょぼいもんになってしまいますよ。」
 洋孝はぎこちない作り笑いを向けてくるのが痛々しいが、あえて蘭はカラ元気を出して
「はいはい、お賽銭は奮発して「諭吉(※当時)」にしますよ!紙飛行機に折ってきてますんで、社長が飛ばしてください。お賽銭箱に入れば願いが叶うってね!」
と賽銭箱の最前列に着くと、1万円札の紙飛行機を渡した。
 幸い、蘭の折った諭吉紙飛行機はまっすぐ飛び、賽銭箱に飛び込んだ。蘭は「パンパン」と柏手を打ち二礼すると隣の洋孝に聞こえるようにお願い事をした。
「成田山の神様、今年も「まかせ店門真西店」が良いお客様に恵まれ、発展しますように!」
 蘭が黙っている洋孝のわきを突くと
「何とか、犯罪者にならずに過ごせますようにして下さい…。お願いします…。」
と蚊の鳴くような声で呟いた。

 「社長、次はおみくじですよ!「大吉」ひいて幸運を呼び寄せんで!さあ、元気出してくださいよ!」
蘭は賽銭箱の前から洋孝の肘を引き、社務所の方に抜けていった。六角形のおみくじをガシャガシャと振り、出た竹棒の番号を覚えた。続いて洋孝にも無理やりひかせると蘭が番号を確認した。
 蘭のおみくじは「大吉」で「仕事運」は「新たな仕事に挑戦するが吉」とあり、洋孝のおみくじは「吉」で全体運に「まっすぐ生きよ。困難は乗り越えられる。」と出た。
「ほら、社長、いいメッセージやないですか!まっすぐ生きよ!困難は乗り越えられる。」って吉兆やないですか。」
と励ますと
「蘭ちゃんの「新たな仕事」っていうのは、うちが訴えられて潰れたら「新しい仕事」を探せっていう意味やろ…。短い付き合いやったけど、蘭ちゃんと仕事できて良かったで。俺は、刑務所の中で一生「二ポポ人形・・・・・」を掘りながら「人殺し」の罪を償っていくわ…。」
とうつむいた。

 時は2022年12月25日に遡る。クリスマスイブまで、12月に入ってから休み無しで仕事の依頼が途切れなかった「まかせ店門真西営業所」は、昼前から大掃除に入っていた。
 蘭が来てから、日頃の清掃もしっかりとしているので、大した時間はかからずに大掃除は終えた。ご機嫌な蘭に洋孝が尋ねた。
「蘭ちゃん、ほんまに忘年会店でやらんでよかったんか?蘭ちゃんのおかげで店の売り上げも上がって、高級焼肉でも回らへん寿司でもうちはかまへんかったんやで。
それを「事務所飲み」で良いっていうからケーキとオードブルとシャンパンくらいはええもんを用意させてもらったけど…。まあ、そんなところが蘭ちゃんのええところやけどな。」

 会議テーブルに白いテーブルクロスを敷きながら蘭が嬉しそうに返事をした。
「事務所飲み上等やないですか!わざわざ高いお金払って、うるさい店で飲み食いするんやったら、ここでこの8カ月を顧みながらゆっくり飲む方が私には「贅沢」ってなもんですよ。ケラケラケラ。」
 その瞬間、事務所の電話が鳴った。蘭が電話を取ると、顔色が変わるのを洋孝は見逃さなかった。
「蘭ちゃん、誰からや?」
と洋孝が尋ねると、蘭は震える声で答えた。
「大阪府警やて…。大阪市内のアパートの中毒事件で聞きたいことがあって、今から、ここに来るから社長に居ってくれって…。」

 宅配オードブルが届く前にパトカーが到着した。ロングコートの刑事が大阪府警証を提示すると、会議席に腰掛けた。そこにオードブルを届けに来たウーバーイーツの配達員は気まずそうに商品をテーブルに置くと、集金を済ませてさっさと事務所を出ていった。
「あの、中毒事件って何ですか?「大阪市内」のアパートって言うてはったみたいですけど、うちは元々門真の西部がエリアなんで大阪市内は営業範囲じゃないんですけど…。」
と洋孝が刑事に話しかけると、刑事はコートの内ポケットから厚みからすると10数枚あると思われるA4のPPC用紙を縦に二つ折りにしたホッチキスで閉じられたものをテーブルの上に置いた。
 
 テーブルの上でPPC用紙の束はゆっくりと開いていき、表紙の文字が見えた。「室内死亡案件の「特殊清掃」について」、「まかせ店グループ」と書かれた身に覚えのない印刷物に洋孝は戸惑いながらも尋ねた。
「これなんですか?うちの本部の発行物みたいですけど…?」」
 蘭は刑事に熱いお茶を出し、目をやったテーブル上の印刷物がが10月末にこの店の事業用口座に本部から振り込まれた20万円の「元」であることを即時に理解した。

 刑事は湯呑を口につけるとゆっくりと話し出した。3日前、孤独死案件が発生した大阪市内の古い文化住宅で多くの中毒患者が住人に出たことが語られた。それが何を意味するのか理解できない洋孝と違い、これから刑事が話そうとすることを先読みした蘭の背中に冷たいものが流れた。
「あの、死亡事故なんですか?」
と蘭が恐る恐る尋ねると、刑事は湯呑をテーブルに置くと蘭に視線は向けることなく蘭の質問を無視して、印刷物の最後のページを開き、洋孝に低い声で問いた。
「これ、あんたやわな。まかせ店門真西営業所 代表万丈洋孝…。あんたの監修ってことになってるけど、これ作ったんあんたか?」

 「まかせ店」のホームページで門真西営業所の紹介ページで使われている写真がそのまま印刷されているページを見せられても洋孝はまだ「ピン」と来ていない。
 反応の無い洋孝の態度に業を煮やした刑事は声を荒げた。
「おい、万丈さんよ、孤独死物件の「消毒」、「消臭」のマニュアルを作ったんはあんたかって聞いてるんや!とぼけるとろくなことにはならんぞ。本部の方で、あんたが作ったものっていう「裏」は取れてるんやからな!」
と凄まれ、洋孝は真っ青になった。
 蘭が洋孝の後ろに回り、刑事に怪しまれないようにフォローを入れた。
「社長、これ、10月末に営業開発部長が社長との電話での会話を元に勝手に作ったっていう「特殊清掃マニュアル」とちゃいますか?社長が「使ったらあかん」って言うたのにやっぱり「勝手」に作ってたんとちゃいます?
 もしかして、木造住宅では「オゾン消臭」したらあかんって社長が何度も言ったのに、今の刑事さんの話やと古い文化住宅での中毒事故っていうから、もしかして市内の営業店さんが誤って気密性の低い木造アパートで業務用のオゾン燻蒸機を使ったんとちゃうやろか…。」

 刑事は、蘭に視線を向けると小さく頷いた。大阪市内の2階建て文化住宅の2階で「まかせ店住吉営業所」がオゾン消臭を行った結果、下階と両サイドの部屋など5人の住人が「中毒症状」を訴え、その原因が「オゾン燻蒸機」にあるとわかったという。現在も2名が「重篤」な状況で命の危険性があると説明を受け、洋孝の震えが止まらなくなった。
 府警は作業を行った「住吉営業所」のスタッフからマニュアルを手に入れ、本部に問い合わせたところ、営業開発部長から「門真西店」の監修により作成されたものであるとの証言を得て、事情聴取に来たとの事だった。
 
 何も言えなくなった、洋孝に代わり蘭が「門真西店」としてはマニュアルの印刷、および配布に関しては関与していない旨を主張し、本部部長に対し「木造住宅での使用はできない旨」の注意喚起は行ったことを述べた。
「まあ、ええわ。本部さんと言い分が違うってことはよくあることや。まあ、どっちが嘘をついてるかってことやわな。
少なくとも、俺が読んだ中では「木造住宅では使うな」という文言は一切あれへんかったで。そのうちまた顔出させてもらうか、府警まで来てもらうことがあるかもしれへんな。
万丈さん、年末年始は旅行は控えてや。場合によっては、2人死んだら即時出頭してもらわなあかんからな。「業務上過失傷害」の間は俺らもゆっくりしてるけど、「業務上過失致死」となったら話は別やからな。じゃあ、また…。お邪魔さんやったな。料理がすっかり冷めてしもて悪かったな。」
の言葉を残し、刑事は去っていった。

 パトカーが居なくなったのを確認して、蘭が「まかせ店本部」に電話を入れ、営業開発部長を呼び出したが、今日から年始まで海外旅行に行っていて連絡の取りようがないとの返事でそれ以上動けることはなくなった。
 そんな中、「まかし店本部」の顧問弁護士名で、「事件について、弊社に損害が発生した場合には、損害賠償を請求します。」という趣旨の内容証明が届き、洋孝は食事に手を付けることなく、テーブルに突っ伏して何も話さなくなった。

 「俺が「業務上過失致死」っていったい何なんだよ…。悪いけど今日は帰らせてくれ。」
と呟くと事務所をふらふらと出ていった。それから年末までの業務は、蘭ともう一人のスタッフでこなさざるを得なかった。



「おまけ」

今日も「カムフラージュスパイパー」です。
個人的には…。









うーん、「RBFC女子部」のウケがいいので…。
まあ、喜んでもらえてるなら「あり」ですね。
( ̄▽ ̄;)
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