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「羽藤蘭《はとう・らん》」

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羽藤蘭はとう・らん

 蘭は病室に戻ると、先ほど見たこと聞いたことをありのままに哲生に話した。哲生は、少し考えこんで蘭に「上海」を離れ、身を隠すことも考えておく必要があると告げると、車いすの手配と変装用の小道具の準備を依頼した。
「普通に携帯から電話やメールをすると「党」や「軍」に盗聴される可能性がある。病院外の公衆電話まで連れて行ってくれるか?
いざという時に備えて、ロスにいた時の「伝手つて」で新たな蘭の戸籍を準備しておく必要がありそうだな。」
と呟く哲生の表情に、蘭の背中に冷たいものが走った。

 10分後、哲生には大きめのマスクとフェイスシールドを着け、病院近くのメンズショップで購入した地味目のジャンバーとニット帽とサングラスで変装すると、蘭もマスクと伊達メガネを身につけると、女医用の白衣を着こみ哲生の乗る車いすを押して病院の外に出た。
 病院のはずれにある、人気ひとけのない公衆電話に到着すると、哲生はロサンゼルス時代の戸籍売買の知り合いに電話をかけると単刀直入に申し入れをした。
「義妹の羽蘭うー・らん」の戸籍を買った時と同じように、「入国履歴を持たない「不法入国者」の日本人で、本国で身寄りのいないものを探しておいてくれ。もし該当者がいなければ、日本で死亡届の出ていない「行方不明扱い」の戸籍でも構わん。」
と蘭の新たな「戸籍」を探ってもらえるよう依頼をかけた。
「携帯は、盗聴される可能性が高いので、1週間後、こちらからまた連絡をする。面倒かけるが頼むぜ。」
と電話を切ると、哲生は大きく咳込み、つけたマスクが赤く染まった。

 その後、哲生の病状は良くなること無く、改善も期待できないことから「自宅マンション」での「緩和治療」に切り替え、身の回りの世話を蘭が行うことにした。
 蘭は外出時に、「視線」を感じることが増えたように感じていたが、哲生に不安を与えてはいけないと思い、最低限のことしか伝えずにいた。
 マンションの管理会社から、火災報知機の点検や水回りの検査等で業者が入った後、蘭がチェックを入れると「盗聴器」や「隠しカメラ」が見つかることが数回にわたり合った。
(あぁ、本格的に私を「排除」するための「事前行動」に入ってるんやなぁ…。「党」に「軍」に「青幇」か…。確かに、私と哲生兄ちゃんがこの2年半で「消した」事件が表に出れば、「死刑」確実な幹部がたくさんおるもんな…。あぁ、「敵」も「味方」も全部「敵」ってか…。でも哲生兄ちゃんを連れて、身を隠すことなんかできへんし、いったいどないしたらええんやろか?)蘭が心が休まる時間は、哲生のケアをして「兄妹」としての会話を交わすわずかな時間だけになっていた。

そして、4月。マンションを女殺し屋に襲撃されたことで哲生は、遺体処理を済ませた蘭に一通の分厚い封筒を手渡し、一つの結論を伝えた。
「蘭、お前と別れることは辛いがここまでだ。今日は拳銃を持った殺し屋を蘭が適切に排除してくれ九死に一生を得たが、次は、部屋ごと爆破って事も考えられる。
 ボスから任されたお前の命をこんな街で不用意に終わらせるわけにはいかない。蘭、お前は今から日本人の「羽藤蘭はとう・らん」だ。「万丈羽蘭ばんじょう・はらん」でもなく「ユーラン・ダグラス」でもなく「羽蘭うー・らん」でもない、新たな人生を日本で過ごすんだ。
 「羽藤蘭」の戸籍関係の書類と、免許と日本の通信キャリアのスマホと5000万円をいくつかに分割した日本の銀行の通帳を入れてある。上海港に小型のクルーザーを用意してある。名義人は存在しない日本法人のものだ。今晩にでも上海を出て、日本の五島列島まで行き、クルーザーは乗り捨てろ。
 そこからは観光客として本土に渡れ。当座は、ホテル暮らしになるだろうが、ゆっくりと居つける場所を探すんだ。お前の生まれた街「大阪」に戻るもよし、新たな街で生活するもよし。
 もう、蘭は自由だ。渡したスマホに「兄貴」と登録している番号は、蘭の携帯と同様に日本の通信キャリアなので盗聴の心配なしにローミング通話はできる。この5年10ケ月、蘭と一緒の生活は楽しかったぜ。元気で暮らすんだぞ。
 蘭の「お供」は「無可働実銃」のコレクションとして落ち着き先が決まれば送ってやるが、この先二度と「実弾」を込めることが無いことを祈ってるよ。」

 哲生は優しく涙を流す蘭を抱きしめると「元気でな…。」と囁いた。蘭も「哲生兄ちゃんも「元気・・」でね…。」と返すと、精一杯のカラ元気で哲生は蘭に微笑みかけ、顔を見ての最後の言葉を贈った。
「死にかけの俺に「元気・・」でっていうのは酷な話を最後にしてくれるよな。カラカラカラ。「羽藤蘭はとう・らん」幸せになるんだぜ。じゃあ、行け。」
 
 蘭は、常日頃から急な「出張」に備え、予め準備しているスーツケース一つをクローゼットから取り出すと、最後に哲生の頬にキスすると
「今までありがとう。哲生兄ちゃん、大好きだよ。サヨナラは言わずに行くわ。「再会さいつぇん」…。」
と言葉を残し部屋を出ていく姿を哲生は無言で見送った。

 上海港から東へ680キロ。蘭はGPSを頼りに1人で毎時10ノットでクルーザーを40時間走らせた。日の出前の五島列島の西端に到着した蘭は錨を降ろさず、桜の花をわずかに残す葉桜の樹が迎える日本の土地を9年半ぶりに踏みしめた。久しぶりの日本の風に身をゆだね、「ただいま。」と心の中で呟いた。
 クルーザーは、対馬海流と南風に煽られ、徐々に北東へと岸を離れていくのを確認すると、スマホで福江港行きの最寄りのバスの始発ダイヤと長崎港行きのジェットホイルの時刻を調べ、バス停のベンチで夜明けを待った。



「おまけ」






※ちょっとおふざけ②


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