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「羽蘭《うー・らん》」

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羽蘭うー・らん

 2022年4月、世界的な新型ウイルスの蔓延で東アジア一の経済都市と言われる上海の街は3月末からの中国政府によるロックダウンが施行され全ての店が休業し、無人化した街中の様子からはかつての街の賑わいは全く見られない。
 中国の経済発展の象徴として、商業、金融、貿易の中心地として19世紀末から旧アメリカ合衆国租界として栄えた楊浦やんぷぅ区は市内中央部の東側に位置し、今も重工業の街であり、上海市内最多の120万人の人口を誇る高級住宅地でもある。
市内を流れる黄浦江をはさみ南側に「ノホテル・アトランティス上海」が見える超高級マンションの最上階の南向きの部屋の窓際に置かれた医療用ベッドに横たわるやせこけた男が若い女に呟いた。

らん、すまんな…。俺がこんな体になってしまったばっかりに、蘭にまた苦労をかけてしまうな…。げほっ、ごほっ。
 ロスを出たのがお前の20歳の誕生日の翌日だったから、それから2年と8カ月…。ボスに頼まれたにもかかわらず、蘭をひとりにしてしまうことになってしまうとは…。
 しかし、この街にいては命が危ない。俺が死んだあと、蘭がこの2年半の間に実行した「暗殺」や「仕事」が表に漏れると困る共産党や人民解放軍の奴らが蘭を消しに来るはずだ。もちろん、敵対組織の「青幇ちんばん」の連中も蘭のことを狙っていると考えるのが正しいだろう。
かと言って、ロスに戻ることはできないし…。ここでひとつ提案なんだが、蘭を「暗殺者」に仕立て上げた俺が言うのもおかしい話なんだが、次こそは「血」と「硝煙」の臭いのしない世界で暮らしてもらいたい。
 4度目の戸籍は元の…、とはいっても「万丈羽蘭」ではない別の「日本人」として生きていくのはどうだろうか?」
 点滴のラインが何本もぶら下がり、酸素マスク越しの言葉は弱々しく、聞き取りにくかったが女は頷き、男の耳元で語り掛けた。

 「哲生兄ちゃんがそう言うならそれに従うよ。本当のお父さん、2人目のお父さんにギャリソン教官を失い、哲生兄ちゃんがいなくなったらこの街にいる必要も必然もないからね。
 「万丈羽蘭ばんじょう・はらん」、「ウーラン・ダグラス」そしてここでの姓が「うー」、名が「らん」の名前も捨てて一からやり直せっていう哲生兄ちゃんの意見は十分理解してるつもり…。
 ただ、お兄ちゃんが生きてる限りは最後まで見守りたいんだけど、それもダメかな?」
と「蘭」と呼ばれる女が、「哲生兄ちゃん」と呼ぶ男に話しかけた後、インターホンが鳴ったので蘭が受信ボタンを押し、カメラの画面を確認すると50センチ角の段ボール箱を持った「宅配便」の制服を着た不織布マスクとフェイスシールドを着けた目じりに「泣きぼくろ」がある女が立っていた。

 「「羽蘭うー・らん」様宛のお荷物が届いております。受け取りお願いします。」
と「呉語」とも言われる「上海語」がスピーカーを通して響いた。
「玄関の前に置いておいてくれればいいです。」
 蘭が返事をすると、即時、返答があった。
「すみません。本人受け取り確認便ですので直接お渡ししたいのですが。」
「どちらからの荷物ですか?」
再度、蘭が尋ねると「戸籍上」の哲生、蘭「兄妹」の「叔父・・」にあたる名前が伝えられた。

 哲生は瞬時にスマホで叔父に「荷物を送ったか?」とメッセージアプリを送ると「否」の返事が速攻で戻ってきて、蘭にその画面を見せた。
「すみません、両方の掌をカメラに向けてもらえますか?」
と蘭が受話器越しに話と相手は荷物を一度下ろし何も持っていない両手をカメラに向けた。宅配便業者の両手を確認すると
「今、ロックを外しましたから、奥の南側の部屋に持ってきてください。ちょっと今手が離せないので…。」
と声をかけ、解錠ボタンを押し、ハンドバッグから愛銃のジグ・ザウエルP365の銃身バレルの先端のネジ部に「SilencerCo Omega9K専用サイレンサー」をねじ込んだ。

 十秒後、哲生の寝室のドアが3度ノックされた。
「はい、どうぞ。」
とドアが開き、段ボール箱を持った宅配便の女の姿が見えた瞬間、「プシュッ、プシュッ、プシュッ、プシュッ」と蘭は4度引き金を絞った。
 女は眉間に2発、心臓に2発9ミリ弾が撃ち込まれ、後ろに倒れ時に、中国製の軍用拳銃の「92式手槍QSZ-92」が「ゴトン」と大理石の床に落ちた。額からの出血はあるが、胸部からの出血は確認できない。どうやら「防弾チョッキボディーアーマー」を使用していたようである。

 「あぁ、やっぱり「青幇ちんぱん」の殺し屋やったな。ここも見つけられたってことは、ほんまに哲生兄ちゃんが言うように私がここにいることが漏れてしまってるんだ。
 私がここにいることで哲生兄ちゃんにも迷惑かけてしまうんだったら、寂しいけど私が身を隠すしかないのかなぁ…。くすん。
 とりあえず時間稼ぎのためにこいつのスマホを強制起動をかけパスワードを無力化して「課題成功」とメッセージを直前まで怪しい「隠語」で連絡を取り合ってた相手に送っておくわね。」
 蘭が暗殺者の遺体処理に入ると、哲生が不思議そうに尋ねた。
「有無を言わさず撃ったけど、確信があったのかい?もし、普通の配達員だったら大変なことになってるところだったぞ。」

 蘭は遺体の額の2つの穴にガーゼを詰め込み、ユニットバスまで担いでいき、女を裸にすると延髄を湯船の下にして、両足を洗濯ロープで釣り上げると水シャワーを流しながら左右両方の頸動脈と両手首の脈と両太ももの大動脈をタオルで包みナイフで切り裂いた。
 白いタオルは一気に赤く染まり、シャワーからの水にさらされ、赤い筋を排水溝に向けて流し始めた。塩素系漂白剤を水溶きし、ポリバケツに入れるとバスタオルを浸し、サイフォンの原理で自然にバスタブ内に流し込む簡易のシステムを作り上げると手を洗い哲生の寝室に戻ると説明に入った。
「まずは、「青幇」のたまり場に潜入捜査した時にこの女を見たことがあったってこと。まあ、目じりの泣きぼくろだけでは100%じゃないと思ったんで、両手をカメラに向けさせたの。しっかりと右手の人差し指の「銃タコ」と掌の「グリップダコ」を確認したわ。
 普通の宅配便屋に出来るはずのない「タコ」だからね。それに、インターホンの前で一度置いた荷物を持ち上げる前に「セーフティー」を解除するクリック音が聞こえたから…。」

 哲生は蘭の説明を冷静に判断し、続いてユニットバスで何をしてきたのかを尋ねた。蘭は悪びれる様子無く「血抜きよ。」と答えた。逆さにして、太い血管を切り裂くことで体内に残る血を抜き、下水配管が詰まらないように水と塩素系洗剤を流し続けることが必要とのことだった。
後工程で、肉は「フードプロセッサー」にかけて、500グラムずつトイレに流すという。骨は圧力鍋に入れて「リン」成分を多く含む「コーラ」で90度の温度でしっかりと煮込み、柔らかくなったらハンマーで砕き、肉と同様にフードプロセッサーにかければ半日で「人間ひとり」の存在を消すことができると語った。
「その知識ってギャリソン教官からの教えかい?」
 哲生が問いかけると、笑いながら答えた。
「いや、これは上海にきて「紅幇ほんぱん」の始末屋に教えてもらったんよ。ロサンゼルスみたいに「重し」をつけて海にドボンできたら楽なんだけど、上海でそれは難しいからね。
 まあ、「中華四千年の歴史」の知識ってやつやね。死体処理も郷に入れば郷に従えってね!ケラケラケラ。」


「おまけ」




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