『俺のマンガの原作者はかわいい浮遊霊小説家《ゴーストライター》』

M‐赤井翼

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「第2部「ヤングレボリューション」編」

「謎の行動」

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「謎の行動」

 11月に入り羅須斗の仕事のペースはあがっていった。「余命半年~」のシーズン1はすべて入稿し、シーズン2も5週分ほど先行して原稿は仕上がっている。別冊月刊の「アルティメットバトル!」の原稿も年内入稿分は描きあがり、スケジュール的にはほぼひと月の余裕がある。そんな中、羅須斗が礼と幸に
「ごめん、急な話やけど2週間程、俺、旅に出てくるわ。」
と言い出したのだった。礼も幸も寝耳に水の話だったのでどこに何をしに行くのか問い詰めたが、「自分自身を見つめ直しに行って来るだけやから。「旅」と言うより「修行」と言った方が近いかな?」とはぐらかしてそれ以上は答えない。
 二人にはいつぞやの「ヘミシンク」という「瞑想」に使うと言った怪しいCDが思い出された。
「崖淵先生、忙しすぎて何か悩んだりしてるんでしたら言ってください。編集長には私がかけあいますから。」
「羅須斗君、変な宗教の集会とかとちゃうやろな?今はコミックス化の直前で大事な時やねんから、変なことに関わってる時とちゃうで。」
と二人が諭したり、聞き出そうとするのだが何も聞けないまま、羅須斗の出発の日を迎えた。

 「見送りはいらんからな。じゃあ2週間後に帰ってくるし、心配せんと待っとって。」
と言い、部屋に礼と幸を残しデイパックひとつ背負って羅須斗は部屋を出た。すると「やっぱり心配ですから、この間、こっそり崖淵先生のスマホに「GPSアプリ」仕込んで置いたんですよ!」とどや顔で言う幸に「ナイス!薄井さん!」と礼がサムアップしてウインクした。
 幸がアプリを立ち上げた。礼も顔を寄せて幸のスマホの画面に注目する。羅須斗がマンションを出て15分。電車に乗るにしてもバスに乗るにしても移動している方向は掴めるはずだったが、ふたりの予想は大きく裏切られた。
 羅須斗の居場所を示す輝点マークは現在地から全く動いていないのだった。
「えっ、アプリか先生のスマホのGPSが壊れてるんやろか?電話はするなって言われてるけど、「急ぎの用事が。」ってかけてみますね。」
 頷く礼の横で幸は羅須斗の携帯番号に発信をかけた。「プルルルル」部屋の中で呼び出し音が鳴った。音源は羅須斗の作業デスクの引き出しの中のようだった。
 幸が引き出しを開けると、見慣れた羅須斗のスマホの画面に「薄井さん」と表示されたスマホが鳴り続けるだけだった。

 「これは、「忘れていった」っていうよりか明らかに「置いていった」って感じよね。今の世の中スマホなしでどうするのよ。…も、もしかして、私達の知らないところに「女」がいて、そいつと旅行に行ってるとか…?」
「えー、羅須斗君に限ってそんなことはあれへんよ。もしそうやとしたら、私よりも羅須斗君と一緒にいろんな人と会ってる薄井さんの方が思いつくところがあるんとちゃうの?プロレス関係者やマスコミ関係者とか羅須斗君と懇意にしてる人いない?」
 二人で「あーでもない」、「こーでもない」と悩んだが、思いつく「女」の影は思い当たらなかった。
「礼ちゃん、空飛んで探してくることできへんの?」
と真剣に問う幸に「それは無理。」と答え、羅須斗捜索はすべての手を封じられた。

 14日後の昼、羅須斗の生死を気にした幸が羅須斗のマンションを訪れた。
「礼お姉さま、崖淵先生はお戻りになられてないですか?何かご連絡は?」
と尋ねるが、礼は首を横に振るだけだった。玄関に羅須斗の靴が無いことは明確だし、羅須斗のスリッパはスリッパ置きに掛かったままである。
 礼しかいない部屋の留守番電話とポストはたまり放題だったが、幸が見返してもセールス電話とDMと公共料金の請求書以外他には何もない。留守番電話に警察からの問い合わせ電話が入ってないだけ良しとするしかなかった。
 幸と礼は「今日には帰ってくるんでしたよね。」、「うん、2週間以上になるとは聞いてへんから帰ってきてくれるはずやねんけど…。ごめんね、私も何も聞かされてへんねん。」と答えるしかなかった。気になる言葉としては、羅須斗が幸とホテルで一夜を共にした後の「礼ちゃん、俺、今日の朝で一皮むけてん。礼ちゃんの「夢」実現のための「サプライズ」に向けて頑張るからもう少し待っててな。」の言葉だけであるが、「意味不明」であるし、「頑張る」の言葉は礼に向けてのものであり、幸あてではないことを感じているので言葉にすることは避けた。
 
 待っている間、仕方ないので「余命半年~」のシーズン2の後半のストーリー立てと、シリーズ化する前提作品での「長期」にわたる「フラグ建て」の打ち合わせに入った。羅須斗の事は気になるものの、ストーリーの打ち合わせの間は集中して二人で話すことができた。
 ふと、幸のお腹が「グーっ」となった。顔を上げると午後7時を過ぎていた。
「先生まだ戻らないですね…。もし仮に12時過ぎて戻らなかったら警察に「捜索願」出しましょうか…?」
と礼にむかって幸が提案した瞬間に玄関のドアが開いた。一瞬身構えて、二人が玄関に視線を向けると、無精ひげが伸びた「レゲエ風」の男が手提げ袋を肘に下げて立っていた。

 「誰?」と幸は思ったが、礼は直感的に羅須斗であることを感じ取り「お帰りなさーい!」と玄関に走った瞬間、大きな声で叫んだ。
「羅須斗君、超臭―い!今すぐお風呂入って、しっかり頭と身体を洗ってや!そのままやったら薄井さんに嫌われてしまうで!」
 羅須斗はぼさぼさの頭をかきながら「おみやげは、奈良の「柿の葉寿司」と、乾物の京都の「八つ橋」やから」と浴室の前に手提げ袋を置くと、そそくさと寝室から下着とスウェットを取ると浴室に入っていった。
「崖淵先生、いったい2週間もどこに言ってたんですか?」
と幸が浴室のドアノブを回すがロックがかかっていてどうしようもない。
「ごめん、2週間ぶりの風呂やから小一時間は浸からせて。薄井さんは冷蔵庫のビールでもチューハイでも飲んでてくれたらええで。あー、礼ちゃんも今から1時間は絶対に「覗き禁止」やからな!」
と声がかけられた1分後にはシャワーの音が浴室のドアの向こうから響きだした。

 「いったい何があったっていうの?あの不肖髭にぼさぼさの頭。どこかジャングルにでも行ってたっていうの?礼お姉さまも何か言ってやってくださいよ。私たちがどれだけ先生のことを心配してたか。「柿の葉寿司」と「八つ橋」くらいじゃ納得できないですよ!」
と憤慨する幸を前に、(羅須斗君のオーラが変わってる…。これは…、)と礼は何かを感じていた。風呂の中から「5分でいけるやん!」と羅須斗の声が聞こえた気がした。
 
 約1時間後、風呂をあがった羅須斗は髭を剃り、髪はオールバックにして幾分、小綺麗になったスウェット姿でタオルで頭をこすりながら出てくると、「失礼」と一言ふたりに断って冷蔵庫からビールのロング缶を取り出し、ステイオンタブを開けると一気に500㏄のビールを喉に流し込んだ。
「ぷはーっ!五臓六腑に染み渡るってやつやな!美女二人を前に冷たいビール飲んで地獄から戻ってきて天国に来た気がするわ。」
と心底思っているように叫んだ。

 羅須斗に「2週間も連絡も無しに何してたんですか!私めちゃくちゃ心配してたんですよ!」と憤慨する幸に対して(無事に帰ってきてくれただけでも良かった。)と思う礼は羅須斗から「何かわからない自信」をもった優しい視線を受けた気がした。風呂上がりの羅須斗は「瞑想の修行で2週間いろんな山に籠っててん。「新シリーズ」も「個人的」にもばっちりやから安心してや!」と自信満々に二人に答えた。





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