『俺のマンガの原作者はかわいい浮遊霊小説家《ゴーストライター》』

M‐赤井翼

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「第2部「ヤングレボリューション」編」

「ヘミシンク」

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「ヘミシンク」

 プロレス好きのインフルエンサーに応援された羅須斗は、取材で女子プロレス団体を訪れる機会が増えた。レスラーには、試合や練習で「失神」を通り越し「臨死体験」や「幽体離脱」を経験した者も多く、礼の姿に気づくものが多数いることが分かった。必然的に、礼は部屋に残り、羅須斗は幸と2人で行動を共にする機会が増えた。
 時として、大阪、東京の団体だけでなく「地方団体」の取材もあり、宿泊を伴う仕事が増えた。礼は「羅須斗君をお願いね。なんなら押し倒しちゃってもいいからね。ケラケラケラ。」と迎えに来た幸を笑顔で送り出した。
 取材旅行中の羅須斗は幸に対して非常に紳士で「セクハラ」どころか荷物一つ持たせることも無く、取材先で幸が「性的な発言」や「不当なボディータッチ」を受けた時には毅然たる態度で相手に接し、幸のことを護った。
 取材後の打ち合わせでは、ホテルの喫茶室やロビーを使い、羅須斗の部屋に幸を入れることは全く無かった為、幸と羅須斗の男女の距離が縮まることは無かった。
 
 ヤングレボリューションのホームページでは「稀世の部屋」という「特設ページ」が設置され、「余命半年~」と「アルティメットバトル!」の予告ページが先行で掲載され、読者との交流の場となった。登場希望の女子レスラーは後を絶たず、「悪者側で登場させてほしい。」とヒール役のレスラーが編集部を「急襲」した事もおもしろおかしく綴られている。
 そんな中、「余命半年~」のシーズン2の展望について若干のネタバレ回があり、稀世がWWEに参戦するというネタが公開されると、羅須斗を応援してくれているインフルエンサーが「「リアル安稀世」を「WWE」に送り込もう!」と旗を振ったのをきっかけに、「女子プロレス版「ロッキー」!」とマスコミに取り上げられ、羅須斗の顔が全国ニュースで流された。
 
 さすがの多忙さに、いささか疲れた顔を見せる機会が増えた羅須斗のことを礼も幸も心配した。ある日、取材旅行からマンションに戻るとその日に届いた宅配メール便の封筒を開けないまま手に持つと
「礼ちゃん、今日はちょっと疲れたからもう寝るわ。絶対に覗かんといてな。」
と6畳の寝室に入っていった。
 (今、持っていった封筒ってCDかDVDよね。羅須斗君も男の子やから…。薄井さんとは「何もない」ようやからねぇ…。でも浮遊霊の私じゃどうしようもしてあげられへんしなぁ…。)と思いながら見送る礼の視線を気にすることなく羅須斗は部屋に入ると、暫く何の物音もしなかったが、30分ほどすると「畜生!なんでうまくいかへんねや!」との声が壁越しに漏れてくる。「あかん!何度やってもあかん!」、「あー、俺には…の才能があれへんねやろか…。」と20分から30分毎に「後ろ向き」な羅須斗の声が聞こえた。(ん、「H」なビデオ関係や無さそうやけど、いったい何してんねやろか?)6畳の寝室の中の羅須斗のことが非常に気になったが、礼は「覗くな」と言われた手前、部屋に入り込むことは避けてリビングで心配するだけだった。
 その後、日常業務、出張に関わらず、仕事が終わると「今日もそっとしといてな。」と言ってそそくさと部屋に閉じこもり、同じようなことが続いた。

 打ち合わせに来た幸に、羅須斗が用事で出かけた時を見計らって何気なしにそのことを相談すると
「あー、そういえば、ふすま一枚隔てた和室に泊まったことがあったんですけど、そんな崖淵先生の声を聞いたことがあります。なにか、悩んでいることでもあるんでしょうか?」
と幸も心配そうな顔をして答えた。
「薄井さんとの「夜」もそうなんや。うーん、私、「彼氏歴ゼロ」の女やから、こんな時、羅須斗君にどう接したらええのかわからへん。薄井さん何とかしてあげてや…。」
「いや、私も「きちんとした彼氏」は持ったこと無いから、礼お姉さまと一緒ですよ。ただ、昼間は精力的に仕事をこなしてますから、疲れがたまってるって感じでもないと思うんですけど…。」
と二人とも羅須斗がどうなっているのか、何をしているのかわからないままだった。
 
 ある日、出張が終わり、幸が羅須斗をマンションまで送ってきた際、羅須斗がリビングで足をもつれさせ、トランクをひっくり返し荷物をぶちまけたことがあった。
「内なるガイドに繋がる」、「ミディアムシップ・パワーを高める」などと書かれた抽象的なイラストの複数枚のCDが床に散らばった。
「崖淵先生、何ですかこれ?先生、音楽なんか聞きましたっけ?」
と尋ねながら、幸がCDを拾い上げる。どのCDにも「ヘミシンク」の文字が見えた。
「何でもない!瞑想用や!」
といつになくきつい口調で幸の手からCDを奪い取ると、「もう疲れたから寝るわ。薄井さんもご苦労さん。」と言うと、寝室に入り出てこなかった。

 幸は、スマホで「ヘミシンク」と検索をかけた。「リラクゼーション、瞑想、ヒーリング、創造力、直観力、知覚拡大、集中力、記憶力、免疫力、ストレス解放、安眠等に機能する人間意識の可能性を拡大してくれる画期的な音響技術」と表示された画面を礼にも見せた。
「なんか、悩みでもあるんやろか?変な宗教とかにはまってへんかったらええねんけど、大丈夫やろか?少なくとも、寝室から聞こえてくる羅須斗君の呟き声は、「後ろ向き」なものばっかりやあもんな。」
「えっ、そうなんですか?ここのところ、執筆と取材で無茶させ過ぎちゃいましたから、知らず知らずのうちにストレスが溜まってしまって、崖淵先生おかしくなっちゃったんでしょうか?」
 二人で羅須斗について話し合うが、これと言った解決策が出てくるわけではない。そんな話の途中で、羅須斗のノートパソコンがひっくり返ったままのトランクの中に見え隠れしているのに幸が気が付いた。

 「礼お姉さま、担当作家の健康管理も私の務めですので、今からすることに目をつぶっていただきたいのですが…。」
真剣な顔をして、礼に呟く幸に「いったい何するの?」と尋ねた。
「崖淵先生のパソコンの検索履歴を見てみましょう。悩みがあるなら、きっとなにがしら検索履歴が重なって出てくるはずです。ひょんなことで、起動パスワードは「0903」ってわかってますから。」
 (「0903」って…。人のパソコンを勝手に覗き見ることは「人」としてやっちゃいけないことやけど、羅須斗君の悩みにそれで少しでも手助けができるなら…。)と礼は悩んだが、幸に「羅須斗君の為や。やろか。」と同意した。
 幸は、ノートパソコンをソファーテーブルに置くと電源スイッチを入れた。ウインドウズが立ち上がり、起動パスワードの入力画面で幸は「0903」と数字を打ち込んだ。
「崖淵先生は、マイクロソフトエッジやから…。はい、立ち上がりオッケー!「設定」ボタンから「履歴」ボタンをクリックと…。
 えっ、なにこれ?TONACAの角田由紀恵総裁のページとユーチューブばっかりですね。今日はパソコン使う機会は無かったです、昨晩だけでこれを見てたってこと?」

 閲覧履歴を下にスクロールしても「角田由紀恵」の文字がずっと続いている。最終閲覧履歴を開くと、幸によく似たオカルト界のアイドルと言われる「TONACA角田総裁」のショートカットに眼鏡の美人顔が画面に映し出された。その瞬間「ガチャ」っと羅須斗の寝室のドアノブが回る音がした。幸は慌ててノートパソコンを閉じた。
「薄井さん、ごめん。俺の仕事用のノートパソコン出してくれるかな。」
と言う羅須斗に、幸は慌てて「先生、電源落とさずにパソコン閉めてたんじゃないですか。さっき、片付けようと思ってトランクから出したら、スリープモードの通電ランプがついてましたよ。朝一からそのままだとしたら、電源コードに繋いだ方がいいですよ。」
としらばっくれて、電源ケーブルと一緒にノートパソコンを羅須斗に手渡した。「さよか。朝一まで使ってたから寝ぼけてたんやな。今後は気をつけるわ。」と受け取った。







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