『俺のマンガの原作者はかわいい浮遊霊小説家《ゴーストライター》』

M‐赤井翼

文字の大きさ
上 下
14 / 59
「第1部「漫画ジェネシス」編」

「土下座」

しおりを挟む
「土下座」

 1月5日午後10時。大御所スタジオの新年会は門真市駅東商店街の行きつけのカラオケスナックに出向き3次会に入っていた。スタッフの殆どが笑顔でカラオケを楽しむ中、羅須斗は一人「中座」をチーフアシスタントに申し出て、一人とぼとぼと6冊の大学ノートが入った紙袋を持って分亜里わけありマンション「427号室」に帰ってきた。
 「ただいま…。」と元気なく部屋に戻った羅須斗はドアを開けた瞬間固まった。玄関を入った廊下で礼が「土下座」をして待っていたのだった。
「ごめんなさい。羅須斗君、本当にごめんなさい。うわーん。」
と土下座をしたまま、礼が泣きじゃくっている。

 「どないしたんや。礼ちゃん、泣いてたらわからへん。いったい何があったんや?」
状況がわからず、土下座して泣き続ける礼の体を起こそうと、羅須斗が礼の肩に手を添えようとするが両手は礼の両肩を「すーっ」とすり抜けて抱き起こすことはできない。礼の正面で玄関の「たたき」に正座する体勢で羅須斗は
「礼ちゃん、何を謝ってるんか知らんけどここではゆっくり話もできへん。とりあえずリビングで話を聞くからお願いやから頭を上げてくれへんか。」
と優しく声をかけた。
 
 リビングの照明をつけ、「まあ、落ち着こうや。ホットブランデーでええかな?香りだけでも落ち着くやろ?」と電気ポットのお湯を耐熱グラスに6分目程入れると、2リットルのペットボトルのブランデーを注いだ。
 ソファー前のテーブルに2つのグラスを並べ、ソファーに腰掛け隣の席に座るように礼に促した。玄関からリビングに移動した後、ソファーの横に正座して項垂れてる礼に
「礼ちゃん、隣に座ってや…。俺も飲むから、付き合ってんか。いやー、1月2日から3日間かけて描いた自信のネームやけど6本ともぼろくそ言われたわ。俺も落ち込んでるから、ちょっと「やけ酒」に付き合ってや。」
と言うとさらに大声を上げて「ごめんなさい、ごめんなさい。」と泣き始めた。

 礼が泣き止むまで約10分、仕方なく羅須斗は一人でホットブランデーを口にしながら、紙袋の中のネームノートを1冊ずつ読み返した。
「あぁ、ほんまや…。このキャラ、途中で設定が変わってしもてるわ。このキャラはエンディングまで出てけえへんかったな。完全に存在そのものを忘れてしまってたな…。あー、「ナイフの名手」が「拳銃」撃ちまくってるわ。こりゃ全然あかんわな…。俺の「独りよがり」の漫画…。いや、「漫画」の体を為してない「いたずら書き」やな…。なんで、こんな「クソ」みたいなもんを「最高」やと思い込んでたんやろか…。くそっ、やっぱり俺には「大御所先生」みたいな「才能」はあれへんねんな…。一生、人の指示に従って、指示された通りの「絵」を描くだけの人間なんやな…。」
と呟く羅須斗のグラスに水滴の落ちた波紋が広がった。大粒の涙が次から次へグラスの中に落ちて行った。
「こ、こんな俺が漫画家デビューなんて、ゆ、「夢」どころか「戯言ざれごと」やな…。もう、「潮時」かな…。」

 羅須斗は瞼を閉じ、幼稚園の時に「アンパンマン」のキャラクターをお絵描きの時間に描いて先生に褒められたことを思い出した。小学生の時に「ポケモン」キャラを友人のノートに描いてやって喜ばれたことを思い出した。
 中学生、高校生と人気漫画やアニメキャラを休み時間に描いてはクラスのみんなが羅須斗の机の周りに集まったことを思い出した。大学生になり、同人誌サークルで出店した「コミケ」で漫画本を完売し、SNSでファンレターをもらい、ネットにアップしたイラストにたくさんの「いいね」がついたことを思い出した。
 ふと感触的なものはないが、温かいものを感じた。瞼を開けると、さっきまで正座して泣きじゃくってた礼が羅須斗を抱きしめていたことに気が付いた。
 羅須斗と目が合った、礼が耳元で囁いた。
「羅須斗君の「絵」は凄く素敵だよ。すごく活き活きとした躍動感があるし、線も繊細ですごく綺麗。今、足りないものを注ぎ足せたらきっとうまくいくよ…。私、勇気が無くて、羅須斗君に言えなかったの…。今日のネームを出す前に言えなかったことがいくつかあるの。ごめんなさい。
 私は「漫画」は素人だけど、少なくとも「ゴーストライター」の世界でいくつもの作品を作ってきた…。「浮遊霊の分際」でおこがましいけど、少し意見させてもらってもいいかな…?」

 1月6日午前2時、ソファーの上にはすっかり冷めた「ホットブランデー」のグラスが二つ並んでいる。
「はい、私の創作方法はこんな流れ。羅須斗君の考えとはだいぶ違うかもしれへんけど、きちんとしたストーリーがあってこそ、羅須斗君の「絵」が活きてくると思うんよ。後、女の私から見ると羅須斗君に足りてないのはキャラクターの「服」のセンスやね。
特に女性キャラ…。せっかくの「美人キャラ」がいつもパンツスーツと白ブラウスだけって言うのはもったいなさすぎるよ。」
 丁寧に羅須斗に説明をする礼の言葉を一つずつ確認しながらノートにメモしていった。
「そうやな…。俺、彼女できたことあれへんし…、男兄弟でおかんは店のポロシャツとエプロンしか着いへんし、お客さんも地元のおばちゃん中心やったから…。「おしゃれ」とは「縁」が無かったもんな…。そこのアドバイスは頼むわな。
 礼ちゃんに言われて、俺に足らんもんがわかってきたわ。一度、「礼ちゃん式」でストーリー作りからやり直してみるわな。
 あと、「大御所先生」と「俺」は別もんやもんな。真似したって敵う訳あれへんわな。「俺」らしい作品を考えてみるから、またいろいろと意見してな。俺は礼ちゃんの事、「浮遊霊」じゃなく「普通の人間」の「友達」と一緒やと思ってるで。
 あーそれにしても、俺…、この部屋選んでよかったわ。人生の転換点として最高の引っ越しやったんとちゃうかな。頼んない「漫画家志望」の「才能なし」やけど、これからも仲良くしてな。ところでなんで俺が「ボツ」喰らったんを礼ちゃんが知ってんの?」

 礼は羅須斗に正直にこの4日間の事を話した。「ごめんね。勝手なことしちゃって。」と素直に謝ると、羅須斗は掴めない礼の手の上に自分の手を添わせて呟いた。
「謝ることなんかあれへんよ。逆に俺からするとこんな俺の為にそこまでしてくれたことに「ありがとう」やな。」
 礼は恐縮して、結局は何もできなかったことを再度詫びた。羅須斗は
「アシ友の部屋の「霊」が「孤独死したおじいちゃん」やったことは絶対に言われへんな。俺の「同居霊」はこんなに優しくてかわいい「礼ちゃん」って差がありすぎるもんな。カラカラカラ。」
と笑った。
「ちなみに、そのじいちゃんの「霊」はどないなったん?」
尋ねる羅須斗に礼は真面目な顔で答えた。
「うん、思いっきり「飲んで」、「食べて」して見えへんようになってしもた。師匠が言うには、死ぬ前の「悔い」もとい「喰い」を今回の憑依で満足できて「成仏」できたんとちゃうかって言うてたで。
 アシ友さんに迷惑をかけてしもたけど、その点だけは、一人の「浮遊霊」が「成仏」できたんやったらよかったと思うわ。」 

 「ふーん、「成仏」できたんやったらよかったな。礼ちゃんと師匠の浮遊霊のおかげで「憑依」できることを知って、うちのスタジオのパーティーで満足できたんやな。ちなみに変なこと聞くけど、礼ちゃんは何か未練があって「この世」に残ってんの?」
と尋ねる羅須斗に礼は照れながら答えた。
「もう絶対に実現不可能やけど、私の名前で「本」を出したかったことと、「彼氏歴ゼロ」で死んでしもたから…。恋愛小説の「主人公」になってみたかったかな…。」



しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私の神様は〇〇〇〇さん~不思議な太ったおじさんと難病宣告を受けた女の子の1週間の物語~

あらお☆ひろ
現代文学
白血病の診断を受けた20歳の大学生「本田望《ほんだ・のぞみ》」と偶然出会ったちょっと変わった太ったおじさん「備里健《そなえざと・けん」》の1週間の物語です。 「劇脚本」用に大人の絵本(※「H」なものではありません)的に準備したものです。 マニアな読者(笑)を抱えてる「赤井翼」氏の原案をもとに加筆しました。 「病気」を取り扱っていますが、重くならないようにしています。 希と健が「B級グルメ」を楽しみながら、「病気平癒」の神様(※諸説あり)をめぐる話です。 わかりやすいように、極力写真を入れるようにしていますが、撮り忘れやピンボケでアップできないところもあるのはご愛敬としてください。 基本的には、「ハッピーエンド」なので「ゆるーく」お読みください。 全31チャプターなのでひと月くらいお付き合いいただきたいと思います。 よろしくお願いしまーす!(⋈◍>◡<◍)。✧♡

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

処理中です...