『俺のマンガの原作者はかわいい浮遊霊小説家《ゴーストライター》』

M‐赤井翼

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「第1部「漫画ジェネシス」編」

「作戦失敗」

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「作戦失敗」

 1月3日、4日と羅須斗の部屋を訪れたにもかかわらず、礼は5日に提出するというネームについて何も言えていなかった。元々、生前から「引っ込み思案」で「人見知り」だった礼は、「そのまま出すことは「即ボツ」を意味する」ことは十分わかっていたし、漫画ジェネシスの重鎮の担当者に「才能ない奴」の「烙印」を押されることが羅須斗にとって不利益をもたらすこともわかっていた。
 しかし、1年前の事故死以来、普通に話せるようになった羅須斗に「事実」を伝えることはせっかくできた人間の「友人」を失うことになるかもしれない恐怖もあり、何も言えずに5日の朝を迎えていた。(あぁ、私の意気地なし…。私が何も言えなかったせいで、羅須斗君が落ち込むことになってしまう…。こうなったら、この3日の「特訓」で身に着けた能力でアシスタント友達の口を借りて、ネーム提出前に羅須斗君に事実を告げるしかない。)とある覚悟を決めていた。

 「じゃあ、行ってくるわな。今日は、新年の「筆入れ式」みたいなもんで後は漫画ジェネシスの担当さんなんかも来て「新年会」になると思うから遅くなるしな。しっかりネームは見てもらってくるから期待しとってな。」
満面の笑顔で出かける羅須斗に作り笑顔で見送った礼は羅須斗を先回りして、大御所スタジオに亜空間を飛んで向かった。
 礼の立てた作戦はこうだった。漫画ジェネシスの担当が大御所スタジオに到着する前に、羅須斗が信頼しているアシスタント仲間の一人に「憑依」し、仲間として羅須斗のネームの「アラ」を指摘し、大御所の担当者に「くずネーム」を提出するのを阻止するというものだった。
 
 2日にこの作戦を思ついた礼は、街を飛び回り「憑依能力」を持った浮遊霊に弟子入りを申し出た。礼が「師匠」に選んだのは飲食店で客に憑依し、飲食を楽しんでいる「浮遊霊」だった。まず礼は師匠に正直に事情を話した。興味なさそうにしていた師匠であるが、5日の新年会では高級なケータリングと高級酒が振舞われることを伝えると「その場でわしが誰かの身体に憑依して飲み食いする事には目をつぶってくれよ」という師匠の言葉に礼は(ここは羅須斗君の為や。神様ごめんなさい!)と「憑依師匠」の願いを承諾し、共に「憑依」の特訓を積んだ。
 最初は、人に迷惑をかけないよう独り暮らしの老人に憑依することから始まった。一人の人間に憑依できる「霊」は一体であることがいくつもの実験憑依で発覚した。師匠が憑依中に同時に憑依できないことが分かったのだった。そして何度も憑依練習を繰り返す中で、憑依する「霊」と憑依される「人間」に相性があることも分かった。
 
 そこで礼は4日の夜に「憑依師匠」と一緒に羅須斗のアシ友の自宅を訪れた。
「師匠、5日の大御所スタジオの新年会で私の部屋の同居人の羅須斗君が出版社の担当者にネームを渡す前に憑依し、この友人さんの身体を借りて「ストップ」をかけられるかができるかの最終チェックをお願いします。」
と礼は言うと、師匠は
「わしは明日、旨い物食えて旨い酒が飲めるってとこだけ約束を守ってくれたらええねん。わしら浮遊霊単体では、飯と酒を楽しむにはそれしかあれへんねんからな。そこは絶対忘れんといてや。」
と言うと、先にアシ友に憑依して見せた。礼を前にして、アシ友の身体の自由を奪い、思い通りのセリフを吐かせて見せた。
 「よっしゃ、次はあんたの番や。変な拒絶感はあれへん憑依しやすい身体やから問題ないと思うで。話すときは「女言葉」にならんように、歩くときは「内股」にならんようにだけ気をつけるんやで。カラカラカラ。」
 礼はアシ友に憑依した。「がに股」で歩くのは恥ずかしかったが、思い通りしゃべらすことにも成功した。
「うん、問題ないんとちゃうか。じゃあ、明日の酒とオードブルを楽しみにしてるわな。」
と礼に話しかける師匠の言葉をクローゼットの陰で覗き見ている視線に二人が気づくことは無かった。

 5日、3LDKの高級マンションの一戸まるまるをスタジオにした羅須斗の職場に着くとちょうど始業前の「漫画ジェネシス」トップ作家の大御所我儘おおごしょ・がまの新年のあいさつが始まるところだった。スタジオの壁の書庫には大御所作品が数百冊並び、出版社からの「表彰状」やトロフィー、盾がいくつも並んでいることから、その「偉業」を礼は瞬時に感じた。
「じゃあ、今年もみんなにとって良い年になるよう、ひとりひとり「今年の抱負」を発表してもらおうか。」
 大御所が言うと、大御所の隣の席のチーフアシスタントと思われる男から立ち上がり「抱負」を述べている。職位順の席次になっているのか、「抱負」がスタジオ全体についてのものから徐々に個人的なものに「小さく」なっていく。

 6番目の羅須斗のアシ友が「今年は、自作デビューできるように頑張りたいと思います。春の新人賞にチャレンジします。」と言うと、大御所やチーフアシスタントから「がんばれよ!」の声が飛んだ。
 次に羅須斗の順が来た。
「あけましておめでとうございます。今年の大みそかで30(歳)になります。それまでに俺もプロデビューします。正月から6本ネームを作りました。応援してください。」
と宣言し再びスタジオに歓声が巻き上がった。

 「筆入れ式」と言われる、新年初日の「ペン入れ」、「仕上げ」作業が小一時間行われた。「じゃあ、みんな片づけたら、隣のリビングで新年会始めるぞー!あと20分程で出版社からも挨拶に来られるんで、各自、役割分担表にあるように準備に入ってくれ!」とチーフの掛け声で一斉にアシスタントたちは立ち上がり、仕事場を出た。
「今や!礼ちゃんの同居人は酒屋に行く役や。礼ちゃん、アシ友君に「憑依」しておいで。わしは、あの一番太った奴に憑依して後は食事と酒を楽しませてもらうわな。」
 ケータリングの料理を目の前にした師匠に言われ礼は羅須斗に見つからないようにアシ友の元に走った。礼は昨晩、試したように背中から憑依しようとするが何度チャレンジしても憑依できない。刻々と時間は過ぎ、酒を受け取りに行った羅須斗ももうすぐスタジオに帰ってくる時間になっていた。
 「半泣き」で慌てる礼の元に師匠」がやってきた。
「どないしたんや。早よ入らんと礼ちゃんの同居人の兄ちゃん帰ってきてしまうで。ん、なんや、先に別の「霊」が入ってんぞ!」
師匠がアシ友に憑依した霊に話しかけると、アシ友の部屋で飢えて孤独死した老人男性の浮遊霊が先に憑依していた。師匠が事情を話すも「わしはここで腹いっぱい旨いもの食って、酒を飲むんや。邪魔せんとってくれ!」と一喝された瞬間、部屋の入口に両肘にスパークリングワインの入ったコンビニ袋をかけた羅須斗の姿が見えた。
 オロオロする礼の肘をつかみ師匠が言った。
「あかん、いったん撤退や。礼ちゃん急げ!」

 やむを得ず、部屋を出た礼にはどうしようもなかった。出版社の副編集長と担当が到着し、乾杯の発声の後、パーティーが始まった。師匠が、アシ友に「憑依」している「霊」に交渉に入るが聞き入れられることは無く、アシ友はチーフアシスタントに叱責されるほど料理と酒をむさぼり続けていた。
 その様子を天井越しに見つめる礼の視界に、ほろ酔いの担当者に自信満々に6冊のノートを押し付ける羅須斗の姿が目に入った。あからさまに「ダメ出し」をくらい、担当者に声をかけられたチーフアシスタントにノートが手渡された。羅須斗の一番の自信作だった「女潜入捜査員」のネームのノートのページを繰るのが見えた。言葉は聞こえないが、チーフの言葉に羅須斗の視線は床を向き、6冊のノートを突き返されとぼとぼと部屋の隅の椅子に力なくへたり込んだ。その目に光るものを見て
「ごめん、羅須斗君。私が勇気をもって言ってあげるべきやったのに…。」
礼も天井の向こうでもらい泣きをした。



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