『俺のマンガの原作者はかわいい浮遊霊小説家《ゴーストライター》』

M‐赤井翼

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「第1部「漫画ジェネシス」編」

「事故物件」

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「事故物件」

 悪びれることも無く、笑顔の店長はタブレットをタッチし、スワイプしながら物件情報を開くと羅須斗の前に置いた。「分亜里わけありマンション427号室」と銘打たれた12畳のリビングダイニングキッチンと6畳の洋室の2LDKで築3年の物件。家具家電付きでネット環境も水光熱費も込みで月額家賃は4万5千円。今まで見てきた物件と比べると半額以下であることは間違いない。引っ越し費用や家電製品の買い足しを考えると、金のない羅須斗には家電製品、家財付きはありがたい。
 入居初期資金も「保証金1か月」とあるだけで、これまで見てきた「敷金」、「礼金」や「解約引き」、「仲介手数料」、「保証会社保険料」の文字はない。「一時使用貸借扱い」の文字は初めて見る文字である

 「すみません。この立地でこの間取り、築3年でなんでこんなに安いんですか?」
羅須斗が店長に質問を投げかけると、慌てる様子も無く「事故物件ですから。」と笑顔で返してきた。(ゲロゲロ、凄い殺人事件とかあった部屋やったりするんやろか?)と悪い想像が先立ち、先に質問を連発した。
「あの、悪霊や地縛霊が取り付いてて夜な夜な「ポルターガイスト」で寝られへんとか、住むとすぐに呪われて体調を崩してしまうとか、入居者が連続して不審死してるとかいう物件とちゃいますよね。あんまりひどいものは困るんですけど…。」
 店長は紙のファイルを持ち出して来て、羅須斗に見えないようにページを開いた。
「お客様の心配には及びません。この物件で事故が起こったのはもう1年前です。28歳の女性が部屋の中で事故死されました。事件性はない、単独の事故でした。」

 「えっ、どんな事故だったんですか?殺人事件とか自殺じゃないんですか?」
店長は、ファイルのページを繰ると「周辺の部屋の住人には絶対に内緒にしてくださいよ。」と念を押して警察の現場検証の見解を話し始めた。
 事故が起こったのは、昨年12月末。マンションがオープン時から2年程入居していた一人暮らしの女性が荷物を届けに来た宅配便業者によって発見されたという。ドアのカギはかかっておらず、部屋が荒らされたり、女性の服装にも乱れはなかった。フローリングの床に、首の骨が折れた状態で倒れていたところを発見されたとのことで、死亡推定時間も宅配業者が来た2時間ほど前で、「腐乱死体とかじゃないので安心して下さい。」と追加でフォローにならない説明が付け加えられた。
 部屋の中央に転倒した椅子があり、天井のサークライトのカバーが取り外され、新品の蛍光灯が用意されていたことから女性が蛍光灯を交換している最中に、足を踏み外しフローリングの床に落下し、頚部骨折による死亡であったであろうことが伝えられた。

 「ちなみにその後、この部屋で何か問題は起こったんですか?」
の羅須斗の質問に店長は淡々と答えた。
「いえ、これといった事件は起こってません。入居者さんが亡くなられたり体調を崩されたということもありません。ただ…。」
「ただ…?」
「事故物件扱いでは一般的な賃貸借契約の重要事項説明義務が出てきますので、身寄りの居られなかった事故の入居者さんの家財をそのまま使って、ホテルやウイークリー契約といったいわゆる「一時使用貸借」契約にして初期費用を抑えて貸し出すことにしたんですね。
 その後3人続けて入居されたんですけど「何か」を感じて早期に退去されたんです。事故後、最初の入居者がそこそこのインフルエンサーで「事故物件かも」と物件名、部屋番号も入れて呟いちゃったもんですから、「大阪の事故物件」っていう「オカルトサイト」に取り上げられちゃったんですよ。それをわかって入居した人も短期で出ていっちゃいますんで困ってたんです。
 この物件は仲介手数料が利益になる仲介物件と違って、わが社の自社物件なので、空き部屋にしておくと物件建築に掛かった借入返済に負担がかかりますので、最低限の減価償却とローン支払いに足りる金額で客付けをしているんです。
 お客様は「事故物件」を希望されていたので、私どもにとっても「これ幸い」なんで、利益はあがらなくても最低経費でも住んでいただけることがメリットなんです。」
と包み隠さず話してくれた。
「まあ、「論より証拠」で物件を見てみますか?「何か」を感じられるようであれば、普通の・・・「仲介物件」もお探しさせていただきますので。」
と言われ、不動産屋の営業車に店長と一緒に乗り込んだ。

 車で走ること5分。「分亜里わけありマンション427号室」に到着した。商店街の道路に面した日当たりの良い部屋は、心配していた「澱んだ空気」感は無く、「霊の視線」を感じることも無かった。部屋の壁に怪しい「お札」も無かったし、「狛犬」や「四獣」の厄除けの置物も無かった。
 一通りの家具、家電は揃っており、女性が使っていたというだけに部屋は想像以上に綺麗だった。寝室に使っていたであろう6畳の部屋にはしっかりとしたベッドもあり、40インチのテレビとDVDレコーダーもあった。大きな本棚もあり資料の持ち込みにも十分対応できるものだった。設置された後付けのクローゼットは羅須斗には十分な大きさが確保されていた。
 店長は、12畳のLDKの中央に羅須斗を連れて行きそこに横たわらせ目をつぶらせた。手足のポーズを卍型に指定して言った。
「なにか感じるものはありますか?その場でそのポーズで女性は無くなっていたそうです。ただ、お客様と違うのは、亡くなられた女性は首が180度向きが変わって背中側に顔が向いていたそうですが…。」

 「がおっ!ガクブルやん。何させんねん!ふざけんとってくれや!」
羅須斗が少し怒り加減で言うと、
「いやいや、亡くなられた女性が「地縛霊」や「悪霊」になったとするなら、なにがしら「霊」からのコンタクトがあるでしょうからね。入居後にいろいろ言われるより、最初に試していただく方が良いでしょ。まあ、流血の無い死亡事故でしたから、フローリングも張り替え無しでそのままですしね。なんならお試しで今夜一晩、泊まってみてもらってもいいですよ。」
と悪意なく返してきた。(確かに、何も「悪い物」を感じることは無い。元々、霊感がある方や無いし、これだけ家財も揃ってたら、実質家賃と生活費だけで暮らせるもんな。金のない俺には助かるよな…。)と思い部屋中を見渡した。
 リビングに大きめのパソコンデスクと作業用デスクがあることに気づき尋ねた。
「あの、ちなみにここに住まわれてた女性は何の仕事をしていた人なんですか?」

 店長は紙のファイルを開き思い出したように言った。
「うーん「執筆業」…。確か、小説や脚本の下請けをやってられた方だったかと…。そうそう、いわゆる「ゴーストライター」ってやつですかね。自分の名前は出さずに、大御所の作家の文章を作るってやつですね。家賃滞納は一度も無かったことや、家財や調度品から見てそれなりの稼ぎはあったんじゃないですかね。」
とそこそこ高級な海外製ブランドのクッションが置かれたソファーや、80インチの液晶テレビや国産品で揃えられた家電製品を指さした。
 (確かに、これだけの家電や家具をそろえようと思えば最低ランクのものでも50万円は下らへんよな。水光熱費込みでネット環境も揃ってるから、今、契約すれば、保証金一か月分と来月の家賃だけやから9万円で、後は毎月4万5千円で済むってことやったよな。着替え一式と仕事道具と体一つで引っ越しはOKやな。)羅須斗は皮算用すると契約の方向で店長と話を進めた。
 1月1日からの入居を希望すると、その不動産屋の管理部門の仕事納めが12月27日の為、27日から31日までの5日分はサービスしてくれることとなった。契約に際しては、「「風評害」に繋がる行為は一切禁止」の一文だけが追加され、後はマンスリー契約とし、万一「何かあれば」即日、追加費用無しで退去できる契約となった。
「じゃあ、12月27日入居でお世話になります」
羅須斗は9万円の支払いを済ませると不動産屋を後にした。




今日は「礼ちゃんのお尻の下に「謎の手」が映り込む「心霊写真」(笑)。
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