『俺のマンガの原作者はかわいい浮遊霊小説家《ゴーストライター》』

M‐赤井翼

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「第1部「漫画ジェネシス」編」

「崖淵羅須斗《がけふち・らすと》」

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崖淵羅須斗がけふち・らすと
 
 崖淵羅須斗がけふち・らすとが自宅を出て1年間を過ごす部屋を探しだしたのは、2023年の年の瀬だった。生まれてから29年間を過ごした実家を出ることを決意したのは、2023年も残すところ2週間となった12月17日の日曜日の事だった。
 羅須斗の実家は門真市内の住宅地で小さなスーパー「崖淵屋」を羅須斗の3代前から営んでいる。駐車場は無く、道路にはみ出た客の自転車や原付バイクに対し、地元交番の警察官から「道路にはみ出さんように、店前の商品台を減らして駐輪スペース確保してくれな困るで。」としょっちゅう文句を言われる小さな店である。
 車で5分走れば、大型のスーパーや「一般人歓迎」の業務用販売店もあるが、車を持たない地元民にとっては重宝される昔ながらのスーパーマーケットである。

 周辺住宅は高齢者が多く、顧客の7割が高齢者で大手スーパーと比べると1割ほど高い価格であるにもかかわらず朝10時の開店から夜8時の閉店まで良く繁盛している。
 店は羅須斗の父母と高校卒業と同時に店を手伝っている5つ上の長男の3人で切り盛りをしている。「他人」に給与を払うことのない、いわゆる「3ちゃん商売」なのでそれなりに利益はあがっている。
 そんな崖淵家にあって、次男の羅須斗だけが家業を手伝うことなく、大阪の私立芸術大学を卒業し、「漫画家」を夢見ての青年誌に連載中の大阪在住の人気作家「大御所我儘おおごしょ・がま」のスタジオに週4日勤務の月収20万円ほどでアシスタントを勤め、残りの日は店の2階の自分の部屋で「独立デビュー」を夢見て「自作」活動を行っている。
 
 そんな崖淵家に12月17日午後7時、事故が起こった。羅須斗の父親が、なじみの客がインフルエンザにかかって買い物に行けないとの電話で、いつもはやっていないバイクでの配達に出かけ、出会い頭の事故に遭ったのだった。
 幸い、父親にケガはなく「大事」になることは無かったのだが、その日の夕飯時に長男が羅須斗に小言を漏らした。
「羅須斗、お前、いつまで「漫画なんか」描くんや。もう、大学卒業して7年…。デビューの「芽」は「無し」で、アルバイトみたいなアシスタントをいつまで続けるつもりやねん。幸い、今日の親父の事故は軽くて済んだけど、親父、おかん、俺の誰が欠けても「崖淵屋」はなりたてへんねんぞ。
 今日はイレギュラーな配達やったけど、この地区も「某協同組合」や「大手コンビニ」の個人宅宅配が始まるみたいやから、競争上うちも始めなあかん。「お遊びの漫画」はもうええやろ。来年からは、漫画を辞めてお前も店を手伝えよ。」

 長男の一言で、父親、母親も日ごろ溜まっていた羅須斗への不満が一気に噴出した。「大学、そしてこの7年で合わせて11年、羅須斗はもう十分「遊んだ」やろ。」、「せやせや、お父ちゃんも私ももう還暦過ぎてるし少しは楽させてや。来年はあんたも家に金入れへんねやったら「うちで仕事」するか「出ていく」かやで。」と父母にも詰められた。
 長男からの「漫画なんか」と「お遊びの漫画」の言葉に「カチン」ときたところに、父親の「もう十分「遊んだ」やろ。」と母親の「金入れへんねやったら出ていけ」の言葉に、正味、家には1円も入れず、食費、水光熱費、車の保険代、ガソリン代等を実家に「寄生」している自分の立場を忘れ、大げんかとなった。

 「売り言葉」に「買い言葉」の応酬となった。ついに「キレた」羅須斗が禁断の一言を発した。
「わかったわ!この1年でデビューしたる!来年の大晦日、俺が30歳になるまでに「一人前の漫画家」になれへんかったら、「こんなしょぼい店」やけどなんでも「やったる」わ!それまでの間は、俺のすることに一切「ケチ」つけんなよ!」
 (しもた、そこまできつく言うつもりはなかったんやけど…。)と反省したがもう遅かった。1年間家を出て、その間「崖淵家からの援助は無し」と3人に決められてしまい、事の流れで「30歳までにプロの漫画家になれなかった場合、今後は長男の言う事を聞きます。」と念書まで取られてしまった。
 部屋に戻ると、羅須斗は預金通帳を取り出しその残高を確認した。(7年働いて、150万円か…。住むとこ探して、一人暮らしするのに1年は持たへんよな…。今から、謝っても兄貴のいう事を聞かなあかんやろうし…。あー、早まってしもたけど、そこはしゃあない。とりあえず、安いアパートでも探さんとな…。)とスマホで「賃貸住宅サイト」の検索に入った。

 翌日はアシスタントの仕事はない日だったので、街の不動産屋をいくつか回った。
「家賃5万円以下で探してるねん。ネットに出てるこの物件見たいねんけど。」
 どの不動産屋でも、「あー、その物件は先日決まったとこですわ。もっといい物件ありまっせ。」と別物件を勧められた。その物件は、どれとも羅須斗の希望額より高い物件がほとんどで、希望額にあった物件はボロボロの文化住宅であったり、年寄りと外国人しか居ないような物件だった。
 (これが不動産屋漫画で出てきたの「推し物件」と「当て馬物件」いう奴やねんな…。)といくつかの不動産屋をはしごした後で、アシスタント仲間で最近引っ越した者がいたことを思い出し、電話で呼び出し話を聞くことにした。
 ファーストフード店で落ち会い、家での昨日の出来事を話した。アシスタント仲間は
「やれやれ」と言った顔で羅須斗に尋ねた。
「羅須斗、お前ほんまにデビューできるつもりなんかいな。ここ2年、「持ち込み」も「新人賞」も出したって聞いてないけどなんか描いてるんか?」
 仲間の厳しい問いに羅須斗は黙って首を横に振った。

 「最後に出したんは26(歳)の時や。ここ3年は、「落ちたり」、「ボツ喰らって」落ち込むのが嫌やから何も出してへん…。」と正直に話した。
「せやろな。俺は一発考えてることがあって引っ越したんやで。ここ数年、「事故物件住むよ芸人」や「事故物件ドキュメントユーチューバー」がブレイクしてるやろ。
 俺も一発当てたろうと思ってじじいが飢えて孤独死したっていう「事故物件」探して引っ越したんや。ただ、俺は「霊感」も「第六感」ももともと持ってへんから「心霊ドキュメンタリー漫画」のネタにはなれへんかったけどな…。まあ、俺は安く住めただけ得やったからそれでええねんけどな。カラカラカラ。」
と笑われた。

 その後、仲間の部屋を訪れると、それまでに見てきた部屋との家賃の差に驚いた。仲間が言うには、賃貸住宅では不動産業者は「前住人の退去理由」について問われたら、入居希望者に回答しなければいけないため、死亡事故物件や事件物件については「安く」なると説明を受け納得をした。
「年寄の孤独死があった物件に住んでるんやけど、幽霊も心霊現象もあれへん「割安物件」やと思ってるで。ちなみに羅須斗は「霊感」強いんか?」
「いや、生まれてこの方、幽霊もUFOもツチノコも見たことも会ったこともあれへん。」
「ふーん、せやったら「事故物件でもええよ」って部屋探ししてみたらどないや。」
の会話で部屋探しの方向性は決まった。

 「すんません。安い部屋探してまして…。「事故物件」でもかまへんので安い部屋ありますか?」
と不動産屋に飛び込むと「店長」と書かれたバッチをつけた中年の男が揉み手で出てきた。入居希望者カードに羅須斗が書き込むと正面の席から覗き込み、職業欄を見て尋ねた。
「へー、漫画家さんですか?実録オカルトネタでも描かはるんですか?ここ数年、映画でもタレントさんでもユーチューバーでも「体験型」がヒットしてますもんね。それやったら、ええ物件ありますよ!夏のホラーライブで有名な心霊体験タレントの「稲上純一いなじゅん」さんも去年の実録ポルターガイスト映画でブレイクした「「TONACAの角田総帥」もびっくりの格安物件がありますよ!」
と恵比須顔でタブレットを持ち出してきた。




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