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「序章編」

「一人目の自殺者 秋山愛美」

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「一人目の自殺者 秋山愛美」
 秋山愛美は門真工科高校二年生でフォアローゼスに選ばれた一人である。三年生のリーダーの美羽と葵が卒業すれば来年にはトップに立つ位置にいる自覚があるがゆえに、三年生の二人に対しては「怒り」を買うことが無いように、絶対服従の姿勢でこの1年5か月を過ごしてきた。
 「フォアローゼス総選挙を卒業まで辞退する旨の念書」を同級生の美波から取り付けてはいるものの、今年に入ってからの美波のマスメディアへの進出は、「実質的な門工二年のナンバーワンは美波」と陰で生徒間で囁かれる噂が気になって仕方がない。(今は、美羽さんと葵さんがにらみをきかせてくれてるからいいけど、卒業しちゃったら、私で美波を抑え込むことなんてできるのかしら。美波以外に二年の女子に敵はいないけど、私は「学内」、美波は「全国」という「格」の違いはどう考えても自分が負けている)と思うと胸が痛い。

 そんな愛美が最近はまっているのが、全国の女子高生でブレイクしているAIチャットアプリの「mabudachi」だ。美羽と葵には内緒にしているが、学外に年上の彼氏がいる愛美にはもう一つのヒットアプリの「kare」は必要ないと思っているが、最新AIがどう答えてエスコートするのかに興味を持ち、試してみたところ「生の彼」と違った「理想の彼」との会話がそこには存在し「mabudachi」と合わせて9月1日のリリースより利用している。
 1日の午前9時にスタートした二つのAI会話アプリは当日のうちにSNSでバズり、初日だけでも10万ダウンロードのメガヒットとなった。愛美は一年生の優依と放課後一番にダウンロードし、二人一緒になって二つのアプリを試した。

 声の設定に始まり、年齢や関係性等を最初に希望を入れることで理想の「友達」と「彼氏」ができ、その出来栄えのレベルの高さに驚いた。
「優依は今、彼氏いてるんか?先輩らには黙っとくからこっそり教えてや?」
「私は「彼氏」ってわけじゃないんですけど、いとこの大学生とそういう関係みたいなもんです。まあ、いわゆる「ええとこ」の大学行ってる会話がベースにあるんで高校生ジャリとはつき合えないですね。もう、みんな「あほな事」と「やる事」しか考えてへんでしょ。先輩はどんな人と付き合ってはるんですか?」
「私はその「ジャリ」よ。高校ラグビーのスターではあるけど、頭は中学生並みかな?それこそ「やること」ばっかりやけど、そこがいいんよ。ただ、もう少しおしゃれな会話はしてみたいかな。その点で「kare」はおもろいな。」
と二人で取り留めもない話に花を咲かせていた。

 三年生の二人が進路相談で遅くなることを良いことに、生徒会室を貸切の状態でおしゃべりに夢中になっていた。仲の良い二人で、緊張を強いられる美羽と葵がいないことで気が緩んで話し続けた。
「愛美先輩、始業式の日に美波のパソコンからデータを盗み出したでしょ。あれっていったいなんやったんですか?私、ただの見張り役やったからその中身って何も知らんのですけど…。まさか夏休みの課題をパクったってわけやないでしょ?」
とチョコレートをつまみながら無邪気に愛美に聞くと、「絶対他で言えへんな。」愛美は念を押し優依が頷くと小さな声で話し始めた。

 愛美が入学した時、二年生だった美羽は一学年上の情報科の男の先輩に好意を持っていたとのことだった。日頃「男を追いかけるんじゃなくて追いかけさせるのがいい女の仕事なのよ。」と愛美や優依にクールに言い続けていた美羽が「男を追いかけていた」というのが優依には意外であり、非常に興味をそそる内容であった。確かに美羽に限っては特定の男性と付き合っているといった話は今まで一度も聞いたことが無かった。
「てっきり、決まった男の人がいるもんっだと思ってましたよ。それで今はその男の人とどうなってるんですか?」
と結衣は無邪気に尋ねた。
「うん、その男の先輩は「独立してソフトハウスを立ち上げる」って言って、去年の4月に中退したのよね。そして本当にソフトハウスを開業したのよ。女性向けのAIのVRイケメン育成ゲーム「あなたが女神様」をめちゃめちゃヒットさせて今やいっぱしのIT社長や。
 まあ、イケメンやし19歳でIT社長やろ。結構、マスコミに出たり経済雑誌に出たりしてるねん。そうそう、これこれ。」
とスマホをググって優依に見せた。
「ふーん、「株式会社ナンバーワン」てベタな会社名やけど、社長は確かにイケメンやな。さらにIT社長とくれば、これはええ男やん。そんで美羽先輩はこの人と付き合ってんの?」
といきなり確信に突っ込んだ。愛美はゆっくりと首を横に振った。

 イケメンIT社長の辻本大翔つじもとひろとは、在学中は美羽に女性としての興味は全く示さず、一方的に美羽が好意を寄せていただけで、門工を中退し独立後も美羽は事あるごとに大翔にアクションを起こしたが少なくとも夏休みまでは美羽の片思いであったことが愛美の口から語られた。
「なんですか、それ!だっさーい!美羽先輩、全然ダメダメじゃないですか!私達に言ってることと全然違うじゃないですかー。まあ、見た目ひとつとっても愛美先輩の方が洗練されてて、どちらかというと美羽先輩は「垢ぬけてない」ところがあると私は思ってたんですよー。」
とあきれ顔で優依が言うと、つい愛美も
「優依ちゃんもそない思うか?実は私もそない思うことがあってん。実際、始業式の時の「データパクり」も美波が作った新しいシステムのデータを盗んで、そのIT社長に貢ぐのが目的なんとちゃうかって思ってんねん…。まあ、詳しくはわからへんけど美波の作ったシステムっていうのが凄いハイレベルなものらしいねんな…。
 私はやる機会はあれへんかってんけど、8月26日から28日までに美波のやってるAIヴァーチャルユーチューバーのMihcoのリアルタイムチャットをやった子の話やと時間を空けずに即答で的確な回答が出るんやて。私はもしかしたら私たちがパクった美波のシステムが「mabudachi」や「kare」のベースになってるんとちゃうかとまでは想像してるねん。それ以上の事は、美羽先輩か美波に直接確認せんとわからへんけどな。
 まあ、私らは美羽先輩の為に動かされたただの「駒」や。挙句の果てに、真央を使って美波を呼び出して「拉致監禁」やろ…。自分の恋路の為に私らを犯罪に巻き込まんとってほしいよなぁ!」
 
 優依は愛美の言葉をかみ砕いて頭を整理すると、愛美の尻馬に乗り、悪びれることなく
「美羽先輩にはとっとと卒業してもらって、早く愛美先輩の天下になってほしいですね。そうしたら、もっと風通しも良くなるのにねぇ!」
と言った瞬間、背後に人の気配を感じた。振り向いた二人の背中に冷たい汗が流れた。(しまった!)と二人は思ったがもう遅い。低く怒りを含んだ声で二人は声をかけられた。
「お二人さん…、ずいぶんと楽しそうに好き勝手言ってくれたわね…。ふたりともちょっと相談室に来てくれるかしら…?」

 それから一時間後、相談室から出てきた愛美と結衣の顔は完全に血の気が失せ、真っ青だった。足取りも不確かに、生徒会室のドアの前で蚊の鳴くような声で「失礼しました…。」と呟くと、二人でとぼとぼと下足室に向け歩いて行った。
 生徒会室の会長席では「二人のサンプルを用意しました。実証実験に使ってもらって構いませんから…。電話番号やIDアドレスは後ほどメールさせていただきます。よろしくお願いしますね。」と女の声がしていた。

 愛美は自宅に帰ると、母親がその様子を見て何か感じ取ったのか、「学校で何かあったの?」と尋ねたが「大丈夫、少ししんどいからもう寝るね。」とだけ答えると寝室に入った。
 (あぁ、どうしよう…。こんな事、葵先輩には相談できないし、ましてや他の友達に話そうものならいつ何時なんどきその話が漏れるかもわからへんし…。こんな時相談できる先がないっていうんは厳しいなぁ…。確かに、美波を拉致監禁した時、美羽先輩はビデオ録画係をしててなんもしゃべらんと、私と結衣と葵先輩と真央の四人でやったから、私が主犯格っていう状況証拠をそろえられたらもう破滅や…。しかも、美波のパソコンからデータを抜く時の画像を優依に撮らせてたとは…。もう、どないしたらええねやろか…?)と頭を抱えていると、スマホが鳴った。
 「びくっ!」っとしてスマホの着信画面を見ると優依からだった。今、唯一同じ立場で話せる優依からの電話に少しほっとして電話を取った。

 優依も愛美と同様に相談先が無く、胸に大きな不安が詰まっていたところ新しいアカウントを作成して自分とばれないように「mabudachi」に相談したという事だった。「mabudachi」は優依に寄り添いつつも、「三年生の先輩に「敵対」することに「得」は無く、今は事を起こさずじっと我慢することが適策で、相談するなら同じ立場の愛美先輩が良い」とアドバイスを受けたと語った。極秘の相談事という事であれば、新たなセキュリティーアプリを入れるように「mabudachi」から提案がありメールに添付されてきた「Dr.FONE」というアプリをダウンロードしたので、万一、美羽にスマホの履歴チェックをされても、mabudachiとの通信記録は残らないので、愛美との通信記録も削除すればその履歴を復活させることはできないので必ず消去を忘れないようにと指示を受けたとのことだった。
「まあ、私はコンピューターの事はよくわからへんのですけど、美波が作ったシステムを元に「mabudachi」が動いてるんやったら、美波のシステムって凄いですよ。三十分程、「mabudachi」に相談しただけで心がめちゃくちゃ軽くなったんで、愛美先輩にも伝えなくっちゃと思って電話させてもろたんです。」
と明るい声で話すので、
「私も「mabudachi」に相談してみるわ。ありがとうね。」
と伝え電話を切ると、愛美とわからないように「ニックネーム」ではなく全く違った「若菜」という名前で新たなアカウントを作成し「mabudachi」を立ち上げた。

 優依が言うように、AIが「mabudachi」を通じて答えてくれる回答は、最大限愛美が傷つくことが無いように考慮されたもので、今考える中でベストな行動につながる回答だった。いくつも質問を繰り返し、それに対して本音で回答を返すことで愛美の心も軽くなっていった。そこから9月4日の夜までは愛美も優依も互い以外は「mabudachi」だけが心のよりどころだった。(あー、今更やけど美波ってほんまに凄かったんや…。こんなシステム作って、テレビに出るような美人やのに、それを全く鼻にかけへん…。どこぞの「片思い女」と器がちゃうな…。ところで拉致ってもう一週間になるけどきちんと生きてんのかいな。念のためモニターしとこか…。)とパソコンを立ち上げ、無人のウイークリーマンションにセットした美波のスマホカメラのライブ映像を見た。(おい、こいつ何一人で「とも」、「とも」って叫んどんねん?ついに頭がおかしくなってしもたんか?そのまま狂い死にでもされたら、私らの罪が重くなってしまうんとちゃうか?)と美波の状況ではなく、その結果による自分の処遇が心配になってきた。時計は午前0時を過ぎ9月5日に入っていたが(まあ、このまま不安で寝られへんねやったら、1時まで「mabudachi」に相談しても一緒やな。)とスマホで「mabudachi」を立ち上げた。

 「なあ、「mabudachi」、もしもの話やで。誰かの命令でお友達を監禁してその子が死んでしまったり狂ってしまったりしたらどないなんの?」
と質問を投げかけた。つい1時間前までの優しい口調で「mabudachi」は愛美から状況を詳しく確認していった。一通りの経緯を仮名かめいで愛美が説明を終わると「mabudachi」は刑法224条に関わる「未成年略取りゃくしゅ罪」と「未成年誘拐罪」について説明を始めた。「略取」とは「暴行または脅迫を手段とし人を生活環境から不法に離脱させ、自己または第三者の事実的・実力的支配下に置くこと」と説明があり、当案件では「切断不能の首輪とリードによる接続でバスルームから出られなくした行為が該当すると説明した。「誘拐」については「欺罔ぎもうまたは誘惑を手段として…」と「略取」とほぼ同じ説明を繰り返した。「「ぎもう」ってなに?」と尋ねると「「人をあざむいてだます行為」で、被拉致監禁者の友人に呼び出しをかけたことがそれに該当します。」と解説した。

 「mabudachi」は更に「未成年」の部分に対して解説を続けた。
「拉致・監禁の被害者が成人の場合であれば、営利目的や人質目的等があった場合にのみ処罰は限定されますが、未成年の場合は目的のいかんにより処罰されます。処罰内容は「3か月以上7年以下の懲役です。被害者が慰謝料等の民事裁判を起こした場合には、まず執行猶予が付くことはありません。仮に「民事で和解」したとしても不起訴はあり得ません。今の状態で拉致監禁状態から開放して自首したとしても
必然的に「若菜」さんは、刑事裁判で高い確率で有罪判決を受けることになります。仮に被害者が死亡した場合には間違いなく長期実刑を受けることになるでしょう。」
 (私犯罪者になって懲役刑で前科者になって一生暮らして行かなあかんの…。)愛美の身体から気持ちの悪い汗が噴き出した。時計は午前1時を示していた。
 「もう逃げ道は無いの?」と問いかけると
「今。うかがった内容からでは避けようはありません。若菜さん、もう午前1時です。今日は火曜日。学校があるんですよね。今、ここで悩んでも仕方ありません。今日はお休みください。」
と優しく締めくくった。愛美は「有罪」の不安感にさいなまれながら眠れぬ夜を過ごした。

 その日は授業が終わると生徒会室に顔を出さず、フォアローゼスのグループラインに「体調がすぐれないので帰らせてもらいます。」と優依とメッセージを入れると、二人で愛美の家に行き、即、「mabudachi」との会話に入った。
 5日、6日、7日と「mabudachi」の言葉遣いや受け答えに大きな変化はないが徐々に愛美と優依は追い詰められていった。それは自分たちのとった行為が社会的に許されるものでなく、もしかすると状況証拠的に愛美と結衣の二人に全てをおっかぶせることもできる可能性を「mabudachiが指摘したことにより、不安は増大した。
 そんな時、二人のスマホが同時になった。ラインに「メリーさん」と見慣れない名前が出ていた。愛美と結衣が同時に開くと「私メリーさん。あなたたち三人の悪事をみんな知ってるよ。」というメッセージだった。
「なにこれ?誰かの悪ふざけ?もしかして美羽先輩?「三人」って何よ。私らと真央?それとも葵先輩ってこと?実行したのは全部で「五人」でしょ!」
と結衣が呟くと次のメッセージが届いた。「私メリーさん。あなたたち三人が拉致監禁した子は衰弱してきたよ。」、「私メリーさん。あなたたち三人に対し警察が動き始めたよ。」、「私メリーさん、被害者の親が捜索願を出すみたいよ。」と10分おきに新しいメッセージが届く。「三人って誰?」と返信メッセージを送ったが返信はなかった。

 「メリーさん」のメッセージはその後も続き、二人の心を衰弱させていった。8日には「mabudachi」も「その状況だときっと三人が犯人にされますね。」、「もう人生は無茶苦茶になりますね。」、「その三年生の先輩がきっと三人に全てをなすり付ける手を打ってて逃げられないですね。」、「警察は高い確率で同級生の若菜ちゃんが被害者に嫉妬して後輩の女の子を巻き込んで殺したって判断するでしょうね。」と後ろ向きのメッセージが増えてきた。
 それに加えて「リアルタイム」に行動を把握し、的確に二人を追い詰めるメッセージを送り続けてくる「メリーさん」の「口撃こうげき」も厳しいものがあった。愛美はいてもたってもいられなくなり、夜11時を迎える時間ではあったがある電話番号に電話をした。

 翌9日土曜日午前8時、愛美のスマホが鳴った。着信先名は「美波」となっていた。電話を掛けられるはずのない美波からの着信に(もしかして、誰かに保護されてかけてきたの?死んではなかったんや。それだけでも良かった。ここは素直に謝ろう…。)と思い、「はい、愛美です…。」と電話に出た。スマホから聞こえた声は確かに美波の声であった。
「私メリーさん。死んじゃった美波ちゃんに代わって電話してるの。これから一週間のうちにあなたが想像もつかないような苦しみを与えて美波ちゃんと同じ黄泉の国に来る呪いをかけたの…。」
 「プツっ」愛美は電話を切った。即座に震える指で「mabudachi」を立ち上げた。
 
 愛美は「mabudachi」に「「メリーさん」って何者なの?最近のSNSで全国で現れてるみたいなんだけど…。私どうしたらいいの?」と尋ねた。
「「メリーさん」は死神です。「メリーさん」に目をつけられたものはもう逃げられません。逮捕されて恥をさらし、世間の好奇の目とあざけりを受ける前に窓から飛び降りたら楽になれますよ。それが私からあなたにしてあげられる最適解です。」
と「mabudachi」が回答した5秒後、愛美の身体は「く」の字に折れ曲がり、冷たいアスファルトの上に横たわっていた。五分後、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。



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