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「序章編」

「鈴木真央《すずきまお》」

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鈴木真央すずきまお
 9月1日午前8時45分。門工の二年一組のホームルーム教室では、数人の女生徒が昨日の夕方に先行配信が始まった新アプリの「mabudachi」と「kare」の話題でいっぱいだった。
「どう、あんた「mabudachi」試してみた?」
「うん、凄く丁寧に相談にのってくれて、ほんとの「親友マブ」みたいやったで。発声音声を選んだり、性格設定や年齢設定なんかあるから、私は「優しい声」の「面倒見のいい」、「一つ上の先輩」を選んでん。進路選択の相談したら、「焦ることは必要ないけど、しっかりと考えるようにしなよ。」って言われたで。」
「へーえ、私は「kare」の方を試してみてん。ビジュアルは「アイドルの高天原たかまがはら君」風のアバターにして、ちょっとツンデレのキャラ設定にしたんよ。「デート行こうよ」って言ったら、「ちょっと忙しいんだけど…、でもお前が行きたいなら時間作るぜ。どこに行きたい?」ってね。結構はまって三時間ほどやってしもたわ。あんたも「リアル彼氏」おれへんねんから一度試してみたらええと思うで。」
と各グループ毎で盛り上がっている。

 そんな教室の前列の廊下側の席で鈴木真央すずきまおは一人で黙って座っていた。隣の席は空席になっていて、机の中にはこの3日分の連絡物や授業のプリントが溜まっている。机の横には「本田美波」と書かれた体育館履きの布袋がかかっているだけで通学カバン側のフックは空いている。
 チャイムが鳴り、クラス担任の男性教師が入ってきた。出席を取り、最後に
「本田美波は今日も休みか?昨日も一昨日も連絡したんやけど電話が繋がれへんねや。だれか本田のこと知らんか?鈴木、お前、本田と仲良かったやろ。テレビの撮影とかロケとかなんか聞いてへんか?」
と真央を指名して聞いてきた。「あの…。」と応えようと立ち上がった瞬間、斜め後ろの席のクラスメイトの秋山愛美あきやままなみからの冷たい視線に気づいた。「何もしゃべるな」と語る眼に負け「私も連絡取れてません。」と言い、だまって坐り直した。
「誰か本田と連絡が取れたものが居ったら、職員室まで教えに来てくれな。本田の家、親父さん海外に単身出張中やから学校に問い合わせがあったら説明せなあかんから頼むで。」
と言い残すとホームルームを終えて担任は教室を出ていった。

 担任が出ていくと同時に、愛美が真央の席の横の空席になっている美波の席に座り真央の耳元で「何も余計なことは言うなよ。もし、あの場所で美波がくたばりでもしたら、お前も「拉致監禁」と「殺人」の犯人になるんやからな…。」とシャーペンの先で真央の首筋を軽く突いた。「は、はい…。」と震えながら答えると、愛美は再び別の女生徒と「mabudachi」と「kare」の話題に戻っていた。(「mabudachi」も「kare」も元は美波ちゃんが作ったアプリやんか…。それやのになんでこんなことになってしもたん…。)と考えると、自然と涙が溢れ、、先日の自分のとった行動がそのきっかけになったことを悔いた。

 8月25日金曜日、長かった夏休みが終わり門工は二学期の始業式を迎えていた。ひと月ぶりの友達との再会を喜ぶ生徒たちが体育館に次々と入っていく。二年一組の真央は、靴箱の前で美波が来るのを待っていた。始業式開始のチャイムが鳴る直前の8時44分、息を切らせて美波が走ってきた。
「美波ちゃーん、早く早く!もうチャイムなってしまうでー!」
「ごめーん、ちょっと寝過ごしてしもた。ラスト一分、ギリギリセーフやろ?」
と笑顔で抱き合うとダッシュで体育館に飛び込んでいった。クラスの列に並ぶと同時にチャイムが鳴った。
 生活指導の先生が「遅刻」に関しての「お叱り」と夏休み中の「補導」と「車・バイクの事故」についての報告があった、それに続いて、校長の眠くなる話が始まった。
 真央は後ろを振り返って、背後の美波に尋ねた。
「初日から寝坊って何なん?気合が足らんのとちゃうの?それとも、夏休み最後やと思って夜遊びしてたん?」
「寝坊はついうっかり。寝たんが午前4時やったから、ついつい目覚まし自分で止めてしもて…。マネージャーが起こしてくれへんかったらやばかったわ。」
と頭を掻きながら小さな声で返した。
「午前4時って一体、何してたん?もしかして美波ちゃん、夏休みの間に彼氏でもできたん?」
「いや、彼氏なんかよりももっとええもんと遊んでてん。」
「えっ?なにそれ?あとで教えてな!絶対やで!」
と言ってると、「そこ!うるさいぞ!」と担任に怒られて真央は首をすくめて前を向いた。

 始業式が終わり、二時間目は教室で通信簿の回収、三時間目は各科ごとの夏休みの課題提出があった。建築科の真央は測量実習の現場レポートと図面提出だけだったのですぐに終わった。情報科の美波は各自のデータ受け入れの学校のパソコンがフリーズし再起動に時間がかかったために、四時間目に食い込むことになってしまっていた。
 三時間目の終わりの休み時間に情報科の教室に真央が顔を出した。
「美波ちゃーん、まだ終わらへんの?」
「うん、パソコンがトラブってまだ課題提出ができてないんよ。四時間目いっぱいかかってしまうんとちゃうかな。」
「ふーん、情報科は大変やな。ところで始業式の時に言ってた「彼氏よりええもん」って何なん?教えてや。」
と真央が尋ねると、「こっちおいで。」と美波は手招きするとカバンからの真新しいノートパソコンを取り出した。
「「彼氏よりええもん」って新しいパソコンってこと?」
と真央は「期待外れ」感いっぱいの顔で美波に問い直した。
「いやいや、私の新作ソフトのこと。そのソフト開発の為にパソコンは新しいのにしただけ。ただ、高スペックの最新モデルに入れ替えたからめっちゃ快適やで!」
と説明をしながらパソコンを取り出した。

 美波は新しいパソコンについてどや顔で説明しだした。テレビ局の企画で知り合った門工出身の二学年上のソフトハウスでVRゲームのクリエイターの社長と意気投合し、ソフトについての意見交換をした。美波のバーチャルキャラクターの動きとAIによるチャット機能に非常に興味を示し、卒業後の就職または業務提携等を見込んでその会社で使用しているプロクリエイター用ハイスペックカスタムパソコンを貸与してくれたとのことだった。
 最新のCPUに128GBのメモリーに本体だけで1TBテラバイトのストレージは一昔前の業務用スパコンのスペックであり、今まで使っていた美波のパソコンだとチャットの返事をするのに十数秒かかっていたのが、このパソコンだと一秒未満でAIは返答を選択し音声で返答できるようになったという。
 今まで美波が行っていたV-tuberの返答をAIが自立して行うことができるシステムを制作し「TOMO」と名付け、21日から試験運用し始めていてその最終調整に今朝方までかかっていたとのことだった。

 「そんで、そのハイスペックパソコンで何をするようになったん?美波のことやから動画視聴やゲームに使うってもんやないねやろ?」
といまいち美波の自慢するパソコンのスペックや美波の組んだシステムがどれだけすごいものかわかってない様子で真央は尋ねた。
「だーかーらー、私の組んだ「TOMO」っていうシステムで完全にコンピューターが自立した形でチャットが成り立つのよ。そこで私が組み込んだのは「悪口」や「悪意のある言葉」に対しては「いさめる」機能を持たせたのよ。まあ、いわゆる「良心回路」ってなもんね。
 今やってる「Mihco」の質問コーナーでも回答するのが嫌になるような案件があるのよね。それをコンピューターがすべて処理してくれることになったら、みんなぎすぎすしないですっきりするじゃない!そんな「友達」みたいな「チャットシステム」を世に出せるとこまで来たのよ。オッケー?」
と言われよくわからない表情のまま、
「私あほやからよくわからんから、論より証拠でやって見せてくれへん?」
と頼むと「オッケー!」と美波はパソコンの画面を開け、起動ボタンを押した。(美波、ごめんね…)と真央は痛む胸を抑えつつ、美波の打つ起動パスワードを背後からしっかりとチェックして記憶した。

 美波は快適に立ち上がったパソコンのデスクトップに張り付けた「TOMO」のアイコンをクリックすると待ち時間3秒でソフトが立ち上がった。カバンからヘッドセットマイクを取り出すと、いくつか設定すると真央の頭に被せ「好きに話していいよ」と言った。
 真央が「あなたの名前は?」、「私を見てどう思う。」といった質問をすると間髪開けず回答を文字と音声で回答をしていく様子に真央は驚いた。美波が「試しに架空の友達の悪口を言ってごらん。」と言うので「私の友達にすごく性格が悪い子がいて何とか仕返ししたいんだけどどうしたらいい?」と「TOMO」に尋ねると丁寧な口調で「仕返しは次の遺恨に繋がる」、「相手の良いところを考えてみて」と柔らかい口調で的確に返事をもらううちに「架空の怒り」が薄らいでいくことに気づいた。(凄い、こんなすごい発明を私は美波から奪わなきゃいけないの…)と思うと涙が出そうになったので、「ごめん、もう四時間目始まっちゃうよね。じゃあ、食堂で待ってるからね。」と言い残しそそくさと廊下に出ていった。

 四時間目が始まっても「情報科」クラスのデータ提出は遅々として進まなかった。十分ほどすると美波のスマホに真央からラインが入った。「ごめん、食堂でジュース買おうとしたんだけど、お財布持ってくるの忘れてたみたい。提出までに時間があるなら食堂まで150円持ってきてくれない?」とのメッセージだった。美波は課題提出まで二十分以上かかることを担当教師に確認し、「了解」と返答し、財布を持って食堂に向かった。
 美波が教室を出たのを確認して、教室にいた愛美はポケットから512GBのUSBメモリーを取り出すと美波のカバンを開けノートパソコンを取り出した。
「はい、起動パスワードは…。」
と独り言を言いながらパソコンを立ち上げるとUSBメモリーを差し込み、空きホルダに「TOMO」のアイコンをドラッグアンドドロップした。ファイルコピーのウインドウが開くと、スマホを取り出し「5分程時間稼げよ」とラインメッセージを入力し送信した。
 
 美波が食堂に着きレジに向かったが真央の姿が見当たらない。美波は真央に電話を掛けた。十コール目で繋がった。
「もしもし、今、食堂についたんやけどどこにおるん?私今レジの前に居るねんけど…。」
「ごめん、ちょうど建築科の子がおって五百円借りられてん。今、お腹痛くなっておトイレ。ごめんね。お詫びにジュース奢るからちょっと待っててな。」
と言い電話が切れた。
 五分ほどして、真っ青な顔をして真央が美波の前に現れた。
「真央ちゃん、大丈夫か?えらい顔色悪いで。なんやったら一緒に保健室行こか?」
と優しく声を掛けると、真央は美波から目をそらせて
「大丈夫…。美波ちゃん、面倒かけてごめんね、これでジュースでも飲んで…。ちょっと悪いけど、ちょっと休んだら今日は先に帰らせてもらうわな…。」
と言い200円を美波の手に握らせ、食堂の椅子に座りテーブルに突っ伏した。「真央ちゃん、ほんまに大丈夫か?」と再度尋ねるとうつぶせのまま真央は頷いた。
「私、課題提出したらすぐ戻ってくるから、動かれへんようやったらここで待っとってな。先に帰るんやったら、またラインちょうだいな。じゃあ、一回教室に戻るわな…。」
と言葉を残し、美波は食堂を後にした。

 美波が食堂を出るとフォアローゼスの三年生の春田美羽はるたみう夏木葵なつきあおいが真央に近づき
「お疲れさん。このことは誰にも話すんやないで。もしちょっとでも漏らすようなことがあったら、月曜日からあんたはもうこの学校に居られへんからな。」
「そうそう、あんたを卒業まで「透明人間」にすることなんか、私らにとってはあくびするより簡単やねんからな。」
と語り掛けている間に愛美がUSBメモリを持って帰ってきた。
 その時、美羽のスマホが鳴った。
「今、美波が帰ってきたことを確認しました。何も気づかず席に着きました。私もそっちに戻ったらいいですか?」
と一年生の冬川優依ふゆかわゆいからの電話だった。
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