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第五話 崩れ始める悪役令嬢

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「レイチェル様の寵愛を受けたく、体が勝手に動いてしまったのです。なにせ、レイチェル様はお美しいお方、きっと、蝶が蜜を求めるのと同じにございましょう」

 こ、この男は何を言っているの……。いえ、それ以前に、私にキス、だなんて。もぅ、ありえない、ありえない。胸がドキドキするのは、いきなりするから、だよ。

 トーマスの不意打ちで私の頭は大パニック。
 手の甲とはいえ、異性の唇が触れたのは初めてのこと。とはいえ、このままでは、せっかく生まれ変わったのが台無しになる。

 そこで私は、このトーマスという男を直属の下僕として、そばに置こうと考えた。私を惑わさぬよう、思う存分こき使い、二度とあのようなことをしないよう、しつけるため……。

「と、取り乱しましたわ。そうね、絶世の美女を前に、それが普通の反応ですわね。で、も、これは罰が必要なようね。トーマス、このレイチェルに、一生下僕として仕えなさいっ」

 これでバッチリですわ。少しでも断る素振りを見せれば、さらなる罰を与えてあげますから。

「分かりました。私は一生、レイチェル様のおそばで、下僕としてお仕えいたします」
「えっ……。そ、そうですの。このレイチェルに仕えることを光栄に思うがいいわ」
「もちろんです。それに、先ほど言った通り、身も心もレイチェル様に捧げましたので」
「そうね、そんなことを言ってまし……」


 ま、待って、冷静になるのよレイチェル。
 心は分かるの、だって、一生下僕としてなんだから。でも、『身も』とはどういうことかしら。はっ、まさか、そんな……。

 私の中で始まる妄想の数々。
 目の前にトーマスがいるのを忘れ、彼との妄想劇に私は悶えてしまう。いつの間にか、顔が真っ赤に染まり、体全体に熱を帯びていた。

「レイチェル様、どうかされましたか? 顔が赤いようですが……。まさか、どこか具合でもわるいのですかっ!」
「ふえっ!? か、顔が近い、近いですわ。そ、それ以上近づけるのは禁止、ぜ~たいにっ、禁止にしますわ」

 なんで顔を近づけるのよ。それに、この鼓動……違うから、この気持ちは絶対に違うのよ。だって、私はレイチェル、悪役令嬢になるって決めたのですから……。

 紅潮した顔は戻る気配がなく、鼓動は激しくなるばかり。体の熱は冷めるどころか、熱さが増していってしまう。この初めて経験する感覚に、私は戸惑いを隠せなかった。

「ダメ、なのですね。分かりました、レイチェル様へ近づくのは、ここまでの距離にいたします」
「分かればいいのよ、分かれば。セバスチャン、この者たちにも部屋を与えてちょうだい。くれぐれも、粗相のないようにね」

 あれ、私は今なんて言ったのよ。『粗相のないうに』とか、これじゃまるで……。違う、これは断じて違うの、ただの言葉のあやなだけだわ。そもそも、トーマスなんて私のタイプではありませんし。
 って、なんでそんな考えになるのよっ。そうですわ、深呼吸、深呼吸をするのですレイチェル。主導権を取られてはいけませんの。

 トーマスを特別扱いしようとする理由が分からない。私の中で何が目覚めようとする。が、強き心でそれを拒絶し、私は心の牢獄へ閉じ込めた。
 この地で君臨するため、人の心を捨てなければならない。だって、この国はそういう場所なのだから……。
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