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第三部 ミシェルの目的と素性

その1

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 ダンスパーティーから数日、私は自分の気持ちと戦っていた。わがままはあの日で最後だって決めたはずなのに、運命の人にミシェルを譲るって自分に言い聞かせたはずなのに……。

 私の心はミシェルの愛に飢えていた。

 胸が締めつけられる感覚に苦しさを感じる。
 なんで心がこんなにも乾いているの。
 私がミシェルを好きなのは確かだけど、諦めるって誓ったじゃないのよ。なんで、簡単にミシェルを諦められないのよっ。

 私はずっと何年もひとりで生きてきたじゃない。ミシェルがそばにいなくても、全然平気だったじゃないの。それなのにどうして……。

 そうよ、ミシェルへの想いを忘れてしまえばいいのよ。そうすればこの苦しみから解放される。なのに──忘れようとすると涙が止まらなくなるのよ……。

「琴音、どうして泣いているのでーすか?」
「み、ミシェル!? いつ帰ってきたのよ」
「今帰ったばかりでーすよ。琴音に涙は似合いませーん。ですからー、どうして泣いているのか、僕に教えてくれまーすか?」

 そんなこと言えるわけないよ。
 ミシェルがどうしようもなく好きで、忘れようとしても忘れられないだなんて、口が裂けても言えるわけないもん。

 それに、ミシェルは運命の人が好きなんだし、私の気持ちを素直に伝えたところで、フラれるのは間違いないよ。ミシェルの口からハッキリと言われたら、私はきっと二度と立ち直れないんだから……。

「別に理由なんてないよ。ちょっと目にゴミが入っただだから」
「それはウソでーすね。僕はもう一度琴音に聞きまーす。どうして泣いているのでーす?」

 なんで引き下がってくれないの。
 その優しさが今の私には辛いのよ。
 もう私のことは放っておいてっ、これ以上、私を苦しめないでよっ。でないと私……私は……。

「だからウソじゃないよ。本当に目にゴミが入っただけ──」
「ならどうして、そんなに悲しい顔をしてるんだい? 僕には琴音が苦しんでいるようにしか見えない。それなのに、琴音を放っておくなんて僕にはできないよ」

 ずるい、ミシェルは本当にずるいよ。
 どうして、こんなときだけ口調を変えるのよ。
 そんなに私の心を乱したいと思ってるのっ!

 違う、ミシェルはそんなこと思ってもないよね。いつも優しくて、どんなときでも私のそばにいてくれて……。
 でも、本当のことは絶対に言えない。だってミシェルを困らせたくないもん。だいたい、これは私のわがままなんだし。

 だからねミシェル、私はウソを突き通すことにするよ。
 それが原因でミシェルに嫌われてもいいの。だって私は……運命の人じゃないんだから。

 そうよ、まだ見つかってない運命の人のためにも、上手く誤魔化してこの場を乗り切らないと。ここで私の本音なんか言っちゃったら──七年間の想いが無駄になるのよ。
 悲しい想いをするのは、私だけで十分なんだから……。

「わかったよ、ミシェル。本当のことを言うね、私は──」

 ちゃんと言わなくちゃ、誤魔化せるような何かをミシェルに──そうだ、この涙は『運命の人のもとへ去ってしまうから泣い』から、つい流しちゃったと言えばいいのよ。
 これなら、ウソをついたことにならないよね。だって私は、ミシェルにウソをつきたくないから……。

「私はミシェルのことが、好きなの。ずっと優しくしてくれて、いつも助けてくれて……。だけどね、ミシェルには運命の人がいて、私は──私の気持ちはどこへ向かったらいいのか、わからなくなって……」

 えっ、なんで、私は本音で話してるの。
 『運命の人のもとへ去ってしまうから泣いた』って言うつもりだったのにっ。
 どうして、さっき考えたことを口に出せないのよ。

 これじゃまるで──私がミシェルに告白してるのと変わらないじゃない。私は本当の気持ちをミシェルに伝えるつもりはなかったんだよ? なのに、勝手に言葉が出てきちゃうなんて……。

 私の本音を聞いて、ミシェルはどう思ってるのかな。
 絶対に困ったりしてるよね? だってミシェルは、運命の人を探したいだろうし。私からこんなこと言われたら、迷惑してるに決まってるもん。

 言ってしまったという後悔の念に駆られ、私は恐怖と恥ずかしさから、ミシェルの顔を直視出来なくなってしまった。

「琴音……。やっぱりキミは、あのときの約束を覚えて──」
『夕方のニュースです。ロドピス王国の第一王子ミシェル・ロドピスが数日前から行方不明となっている事件についてお伝えします。ミシェル王子は来日してすぐに──』

 えっ、今、テレビで流れたニュースってどういうことなの?
 今確か『ミシェル王子』って言ってたよね。しかも行方不明って……。まさか、そんな偶然があるわけ──あっ、今チラッと映ったのって、間違いなくミシェルの写真だよ。

 それじゃミシェルって本当は──。

「ミシェルってまさか、本当の王子様だったの?」
「なんのことでーすか? 僕はただのミシェルでーす、ロドピスの王子ではあーりません」
「だって、テレビに映ってる写真は、ミシェルとそっくりじゃない」

 ミシェルは絶対にとぼけてるよね。
 あんなにそっくりなんだもん、ミシェル本人に決まってるじゃないのっ。それとも、他人の空似とかで誤魔化そうとするつもりかな。

 ううん、なんて言われても、私は絶対に誤魔化されないもん。私の直感がミシェルは王子様だって言ってるんだからっ。

 でも、ミシェルが王子様ってことは──どうして、あの日ひとりで行動してたんだろう。
 ゆっくり日本を観光したかったため?
 それとも、他に目的があったからかな。

 うーん、目的……あっ、運命の人よ、その人を探そうとひとりで行動してたんだよ。だから、スマホとか連絡手段を持たずに、その情報を持ってる人──つまり、知り合いということにしておいて、こっそり会おうとしてたんだね。

 それじゃ、私はもう、ミシェルとは会えなくなるってことだよね。ニュースになってるぐらいだから、ここに居ることなんて、すぐにわかっちゃうだろうし。

 ……イヤだよ、そんなの絶対にイヤだもん。
 ミシェルと離れたくなんかないよ。だって、私は心の奥で──知り合いが見つからなくていいって、ずっと願っていたんだもん。

 そうよ、今なら素直になれる。
 本当はミシェルと初めて会ったときから惹かれていた。
 それなのに、私は自分の気持ちを否定し続けてたの。

 なのに……やっと素直な自分になれて、ミシェルと一緒にいることが楽しいと思うようになって、これからってときに──どうして私は、いつも幸せを失ってしまうのよっ!

 いつの間にか私の瞳からは、大粒の涙が床にこぼれ落ちていた。頭の中がぐしゃぐしゃとなり、甘えるようにミシェルの胸元に顔を埋めてしまう。

 絶対にこの温もりを離したくない。
 誰にも渡したくなんてない。
 たとえ、運命の人から奪うことになっても構わないと、心に立てたはずの誓いを自らの手で破壊してしまった。

「ミシェル、私、私はどうしたらいいのよっ。だって私はミシェルのことが──」

 ミシェルが王子様かどうかなんて、私には関係ない。大切なのは、ミシェルという人間とずっと一緒にいたい、ただそれだけなの。

 お母さんは私への愛をお父さんに切り替えた。
 愛を奪われた私は、誰からも愛されず心が冷たくなったの。

 それは、負の連鎖の始まりだった……中学校でも孤立し、私の心はそこで完全に死を迎えた。居場所がなく地獄のような三年間を耐え抜いて、逃げるように遠く離れた高校似通うも、結果はほとんど変わらなかった。

 そんな生きているかわからないときに、ミシェルが現れたのよ。
 暗い絶望の道を歩んでる私に、光を照らしてくれた。
 こんな卑屈な私のそばに、ずっといてくれた。
 やっと手に入れた小さな幸せだったのに──私は誰からも愛されず、幸せになってはダメなのねっ。そういう星の下に生まれたって諦めるしかないのね!

 絶望の波に飲み込まれた私は、再び暗い道を歩こうとしていた。
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