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第二部 ミシェルとの同棲生活

その2

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 ミシェルはカレシなんかじゃないのに。
 流れで助けた人なだけなのに……どうして、私の心がこんなにも乱れているの。私なんかがカレシとか作れるわけないんだから……。

「琴音、さっき店員さんが言ってたのは、どういうことでーすか?」
「そ、それは……」

 ミシェルになんて説明したらいいの。
 『カレシ』と間違えられたと言ったら、どんな反応するんだろ。やっぱり嬉しいのかな、それともイヤがれるのかな。

 うぅ、困ったなぁ。こういうとき、どう誤魔化せばいいか全然わからないよぉ。誤魔化しきれずにボロを出すくらいなら、素直に話すしかないよね。

 絶対にそれが一番いいよね。

「あのね、ミシェル。あの店員さんはね、お似合いのカップルって言ったのよ」
「そうだったんですかー。それは嬉しいでーす」
「嬉しいって……。だって、私となんだよ!?」

 ミシェルは本当に嬉しいと思ってるの?
 もしそうだったら、私はいったいどうしたら……。

 そんなことは、考えるまでもないね。私は誰も好きにならないって決めたんだから。だって私は、愛したくも愛されたくもないのよ。ひとりが一番楽に決まってるもん。

 これまでもそうだったし、これからも変わらずにずっと……。

「もちろんでーす。むしろー、琴音と恋人に間違われるなんてー、僕の方が恐縮しちゃいまーす」
「ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」

 これはきっとミシェルのお世辞。
 そう自分に言い聞かせないと、せっかく立てた誓いが崩れちゃう。
 平常心よ、心を乱されないように強くならないといけないの。だってそうでもしないと、私が私でなくるから……。

「今はその返事で満足でーす」
「ミシェル、それってどいう──」
「お客様、こちらの服はどうでしょう? きっとカレシさんにお似合いですよ」
「えっと、ミシェルはカレシなんかじゃ──」

 誰かにせき止められ、喉の辺りに言葉が詰まってしまう。
 これは、自分の意思ではどうすることも出来ない。
 私は『カレシ』という言葉の否定を阻止され、仕方なく店員さんに合わせるしかなかった。

 これは私の本心じゃないけど、否定したあとの説明も面倒だよね。それなら誤解されたままでいいかな。その方が早く帰れるし。うん、それがベストな選択に決まってる。

 私がそれを望んでるわけじゃないんだから……。

「いえ、なんでもありません。選んでいただき、ありがとうございます。ミシェル、これを買ったら家に帰りましょう」
「了解でーす。琴音のアパートがどういうところか、僕は楽しみでーす」
「期待するじゃないよ。だから、失望とかしないでね?」
「僕は失望なんてしませーんよ」
「ありがとう……」

 私はレジで会計をさくっと済ませ、ミシェルと一緒に自分のアパートへ戻っていく。ここからアパートまではさほど遠くなく、二十分くらいで到着した。
 帰り道でミシェルが何か質問してたけど、どういう言葉を返したのかまったく覚えていなかった。

「ここが琴音が住んでるアパートですねー。風情があっていい場所でーす」
「中はしっかりしてるから安心してね。では改めて、ようこそミシェル、私はアナタを歓迎するよ」
「こちらこそ、しばらくお世話になりまーす」

 『歓迎』に深い意味なんてないんだから。
 単なる社交辞令で、それ以外の意味なんてあるわけない。

 でも、一時的とはいえ、異性と一緒に暮らすってことは同棲になるよね。そう思ったら心臓がドキドキしてきちゃったよ。うぅ、これは緊張であって恋なんかじゃないもん。絶対にそんなはずないんだから……。

 胸の高鳴りが収まらない中、私は初めて異性を自分のアパートへ招き入れた。

「お邪魔しまーす。これが日本のアパートでーすね。僕はこういう雰囲気が好きなんでーす」
「日本のと言われると、微妙だけどね。使ってない部屋があるから、ミシェルはそこを使ってね」
「感謝しかありませーん。この恩に報いるため、バイトしながら知り合いを探すことにしまーす」
「無理だけはしないでね? でも、何もない外国の人を雇ってくれるとこってあるのかな」
「大丈夫でーす。日本人は優しいので、どこかにいると思いまーす」

 ポジティブすぎて羨ましく思えるよ。私もあんな風になれたなら、こんな高校生活なんて送ってなかったよね。ううん、夢なんて見たら絶対にダメ。

 私の心は恐怖が支配し、失敗を恥じるべきモノだと認識してる。あの男が私の心をそう変えたのよ。だから私は、愛することも愛されることも望まない。

 ただ平穏に生きるだけ、本当にそれだけなのよ。

「遅くなっちゃったけど、夕食作るね。ミシェルは嫌いなモノとかあるの?」
「僕に嫌いなモノなんてありませーん。それより、僕も手伝いまーすよ」
「えっ、それじゃ、お願いしよう、かな」

 ミシェルって料理が得意なのかな。
 ちょっと意外な感じだよ。って、そんなこと思ったら失礼だよね。
 二人で料理するなんて新鮮だし、これはまるで──。

 何を想像してるのよっ、私ったら。平常心を保つって決めたのに……。だいたい、ミシェルが手伝うのは当たり前なんだし、私が気にしすぎるのがいけないよね。

「琴音、調味料はどこにあーるのですかー?」
「ふぇっ!? いきなりはビックリするよ」
「驚かせてごめんでーす」
「えっと、調味料よね、そこの棚に──きゃぁぁぁっ」

 トビラを開けた途端、雪崩が私に襲いかかり、私は咄嗟に目を瞑り激しい衝撃に備えた。だけど、体はまったく痛みを感じず、かわりに優しい温もりが私の全身を包み込んでいた。

「琴音、ケガはないですかー?」
「ミシェル……。うん、ケガはないよ」

 ミシェルが私を守ってくれたんだ。
 それに、これが男の人の胸なのね。温かくて、なんだか安心するよ。

 あの男からはこんな温かさは感じられなかった。だって、私を殴る拳はいつも冷たかったのだから……。

 このまましばらく、私の体を預けててもいいよね。
 少しだけ、ほんの少しだけでいいの。
 私が絶対手に入らないこの安らぎを味わいたいだけ。

 心臓の音がハッキリ聞こえるけど、ミシェルには届いてないかな、伝わってたりしてないかな。でも、もしミシェルが私の心音を聞いてたら、どんな顔すればいいのかわからないよ。

「それはよかったでーす。琴音にケガなくて、僕は安心しましーた」
「ミシェルの、おかげだよ。って、ミシェル、ケガしてるじゃないのっ」
「これくらい平気でーす。ナイトとして姫をまもれたんですかーら、名誉の勲章なのでーす」
「そういう問題じゃないよっ。ほら、こっちに来なさい。手当て、してあげるから」

 ミシェルの体から離れると、少し寂しさを感じちゃうね。ううん、もう夢の時間は終わったのよ。私はこの冷たい現実世界の住人なんだから、このぬるま湯に甘えてはいけないの。

 だってミシェルは──いつか私の前からいなくなる存在なのだから……。
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