冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

朽木昴

文字の大きさ
上 下
59 / 59

最終話 氷姫と冴えない男子

しおりを挟む
 視線が交差した気がした。
 二度と会わないと決めたはずなのに、嬉しさが心の内側から込み上げてくる。

 なぜだろう……いや、答えは分かりきっている。どんなに偽ったところで、心の奥にある誠也への想いは本物なのだから。

『まったく……誠也はずるいんだからっ。いいわ、私の本心を部屋で話してあげる。ですから──迎えにいくからそこで待ってなさいね』

 心を揺さぶられたまま誠也のもとへ向かっていく瑞希。
 思い浮かべているのは、顔など見たりしたらどんな行動してしまうかということ。

 素直な気持ちで接しられるのだろうか?
 それとも天邪鬼な一面が飛び出してしまうのか?
 いや、きっと氷姫の仮面をつけたままになるであろう。

 とにかく、これ以上動揺しないようしなければ──瑞希はその言葉を心に刻みつけた。

「お待たせしましたわ。まったく……実家まで来るだなんて、誠也は何を考えてるのかしら。とりあえず、私の部屋に案内するわね」

 懐かしき瑞希の生声に、思わず誠也から笑みがこぼれる。
 氷姫に相応しい冷たさだが、直接話せるのは嬉しいもの。
 以前のように瑞希の隣を歩いていないものの、誠也は心の底から喜んでいた。

「さぁ、着きましたわよ。ここが私の部屋ですわ」

 部屋というには大きすぎる。
 それが誠也にとっての第一印象だった。

 綺麗に整理整頓された部屋は瑞希のような美しさで、自然と見入ってしまうほど。
 言い換えれば、お姫様が住むような気品が漂っていた。

「な、何よ、ジロジロ部屋なんか眺めて……」
「いや、なんていうか、その……お姫様の部屋ってこんな感じなのかなって」
「そんなの知らないわよっ。それでさっそくですけど、誠也とは偽りの恋人関係なだけで、それ以上でもそれ以下でもありませんわ。これが私の本心ですの」

 まるで何かから逃げるように、瑞希はさっそく本題である本心を話し出した。
 まったくブレない真っ直ぐな言葉。
 今は氷姫であり続けなければならない──それが瑞希の選んだ道であった。

 揺らいでいる心を悟られてはいけない。
 隙など絶対に見せず、主導権を誠也に渡さないようにする。
 でなければきっと……自分という存在が制御不能に陥るのは間違いなかった。

「それはウソだね、実際に会って見て分かったよ。瑞希、どうしてそんなウソをつくの?」
「私はウソなんて──」
「それじゃ、どうして泣いてるんだい?」

 誠也に言われるまで気づかなかった。
 氷姫でいるはずなのに、温かいモノが頬を伝わって床に落ちていく。

 どうしてなのか分からない。
 氷姫の仮面をつけているはずなのに、こぼれ落ちる涙が止まらない。
 せっかく築き上げた心の壁が、いとも簡単に崩壊してしまう。

 どれだけ偽ろうとも、冷たく突き放そうとも、瑞希にとって誠也という存在は特別すぎたのだ。

「こ、これは……違うのよ、きっと何かの間違いですわ」
「瑞希! もう一度聞くよ? 本当はどう思っているの?」

 誠也に力強い手で両肩を掴まれ、瑞希は完全に逃げ道を塞がれた。
 いや、それだけではない、真っ直ぐな瞳を向ける誠也の顔を見られない。

 顔が紅潮し封じていた感情が浮かび上がってくる。
 ダメ、もうこれ以上は──湧き上がりそうな感情を堰き止めようとするも、大きな力によって為す術なく本当の瑞希が姿を現してしまった。

「私は……本当の私は……。だって、こうするしかなかったのですわ! これが最善の選択なんですもの……」
「最善の選択ってどういう事なの?」
「あの日、クリスマスパーティーの日に見たのよ。誠也と萌絵がキスしてるところを……。だからよ! だから私さえいなければ、みんなが幸せになれるのよっ!」

 苦しさは自分が背追い込めばいい。
 偽りの恋人でもなく、ましてや幼なじみでもない萌絵とのキスは、瑞希にとって両想いとしか考えられなかった。

 それなのに──目の前にはいるはずのない誠也がいた。

「そっか、それでだったんだね」
「そうよ! なのにどうして誠也がここにいるんですのっ!」
「それはね、僕にとって瑞希が特別だって気がついたからだよ」

 特別とはどういう事なのか、瑞希には最初それが分からなかった。
 徐々に冷静さを取り戻していくと、誠也が言おうとしている事が何か理解する。

 そう、自分は他の人とは違い、誠也にとって特別な存在。
 それは偽りなんかではなく本物の関係になれること。
 嬉しい──それ以外の言葉が浮かばないほど舞い上がってしまう。

 が……萌絵とキスをした事実は消え去ったわけではない。
 すぐに氷姫へと戻ると、瑞希はどうしてそうなったのかを誠也に問い詰めようとした。

「ねぇ、誠也、私がその……特別というのでしたら、萌絵とキスしたのはどう説明するつもりかしら?」
「そ、それは……」

 冷たい視線ではあるものの、どことなく親近感が湧く。
 しかしいくら親近感があるとはいえ、萌絵とキスした理由をそう簡単に話せるはずない。

 誤魔化すのだけは避ける必要がある。
 誠意を見せなければ──それならばと、誠也は事実こそ伝えるが、自分が悪者になるよう少し脚色しようとしていた。

「話の流れと言うか、その場の雰囲気に飲まれて魔が差したと言いますか……」
「ふぅーん、誠也はその場の雰囲気で誰とでもキスするんだ」
「ち、違うよ。誰とでもじゃないからっ」

 自分で決めた事とはいえ、改めて追求されると胸に痛みを覚えるもの。

 誰とでもキスをするわけではない。
 あの時は逃げ場がなかっただけ。
 そう、逃げ場が……つまり、逃げ場がなければ誰とでもキスをする、という原点回帰となってしまった。

「何が違うのか説明してもらえますの?」
「ごめん、瑞希。萌絵さんから告白されて僕は舞い上がってたんだ。それで、その……本当にごめん。許してもらえるかな?」

 言い訳などせず誠也は本気で瑞希に謝った。
 罵倒されてももいい、それぐらいの覚悟を持って頭を深々と下げた。

「どうましょうかしらね。このどこにも行けない怒りをぶつけさせてくれれば、許してあげますわ」
「……わ、分かったよ」
「ものすごく怒ってますからね。ですから、目を閉じて覚悟してくださいまし?」

 瑞希を傷つけたのだから、誠也は素直に言われた通り目を瞑る。
 きっと特大のビンタが飛んでくるだろう──誠也は痛みに耐える心構えで静かに待っていた。

 長い、時間にしたらほんの一瞬のはずが、数分にも感じてしまう。
 これは瑞希を傷つけた罰であり、いつ来るのかという不安が誠也の心を疲弊させるのもそのひとつ。
 周囲が静寂に包まれ、誠也は審判がくだるのを静かに待っていた。

 ──チュッ。

 微かな音とともに何かが唇に触れた。甘い香りも漂い、自分の身に何が起こっているのか分からなくなる。
 暗闇の中で心拍数だけが跳ね上がる中、一向に来ない痛みを不思議に思い、誠也は瑞希との約束を破ってゆっくりと目を開けた。

「────!?」

 その瞳に映りこんだ光景に驚きを隠せない。
 なぜなら、瑞希の顔がすぐ目の前にある。
 瞳は閉じられ唇が重なり合っている。

 これは誰がどう見てもキス──とても罰とは思えないが、誠也は黙って従うしかできなかった。
 ふたりだけの世界、ふたりだけの時間、頭が真っ白になりどれくらい経ったのかすら分からない。

 ただ言えるのは、罰にしてはチョコレートのように甘く、そして溶けそうなほど気持ちがよいものであった。

「これで許してあげますわよ」
「瑞希……」
「何も言わないでね、誠也。私、転校するのやめにするわ。フィアンセも解消してもらうようお母様に話してみます。ですから、私を信じて待っててくれないかしら?」
「分かったよ、僕は瑞希を信じるから。きっと戻ってくるまで待ち続けるからねっ」

 瑞希と交わした約束を信じ誠也は屋敷をあとにする。
 絶対に帰ってくるはず──たとえどんなに困難な道であろうとも、瑞希なら達成できると信じながら……。


 あれから何日経っただろう。
 それでも誠也は、瑞希の言葉を信じて待ち続けた。

 ──ピンポーン。

 平日の朝に鳴り響くチャイム音。
 瑞希が来なくなってから、代理と言わんばかりに瑠香が来るのが日課になっていた。

「ちょっと待ってて、今行くからさ」

 いつも通り玄関を開け外に出ると、そこにはいたのは──。

「おはよ、誠也。さっ、学校に行きますわよ」
「み、瑞希!?」

 一瞬、夢かとも思った。頬っぺをつねるも、その痛みが現実だと教えてくれる。
 幻なんかでもない、あの瑞希が約束通り誠也のもとへ帰ってきたのだ。

「何をボーッとしてますの? それとも転校初日から私を遅刻させる気?」
「い、いや、あまりにも突然で驚いちゃって……」
「ねぇ、誠也、私の恋人になってくださいまし。でないと──黒歴史ノートを学校でみんなに公開しますわよ?」
「えっと、そ、それは、偽りの恋人? それとも……本物の……」
「ふふふふふ、さぁどっちかしらね。とにかく学校へ行きますわよ」

 懐かしい声に誠也の瞳はほんの少しだけ潤んでしまう。
 あの日常が戻ってきた──ふたりは恋人繋ぎで学校へと歩き始めたのであった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

君の瞳に乾杯

 恋に限らず、人生とは争奪戦です。目標を定めたら、躊躇なくそれに向かって努力・行動出来る人が勝ちます。
 後になって「私の方が…出来たのに」とか言っても遅いのです。
 ヘタった思考や無駄なプライドなど、ドブに捨てましょう。世界とは、前進する人が勝つようになっています。
 と、棺桶に片足突っ込んだおじさんは考えますが、若いうちはそれがわからないんだ。

解除

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。