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第53話 フィアンセの存在と氷姫
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聞いてしまった。見てしまった。
激しく動揺し瑞希は足早に会場へと戻っていく。
心の中でドス黒いモノが湧き、悔しさと悲しさでその瞳から雫がこぼれ落ちた。どうしもっとて早く誠也に想いを伝えられなかったのか──今さら後悔しても遅すぎる。
心はすでに崩壊寸前で、瑠香のもとへ戻った時には、瑞希から光が失われていた。
「西園寺さん暗い顔してどうしたの?」
「べ、別に何もありませんわ」
「そっか。ところで誠也は見つかったの?」
何気ない瑠香の言葉に瑞希の眉がピクリと動く。
夢であって欲しい、悪夢からはやく目覚めたい。受け入れ難い事実に言葉さえ失うほどであった。
「い、いえ、見つからなかったですわ……」
「誠也なら心配しなくても大丈夫だよ。あんなんでも、しっかりしてるからねっ」
心配なのはそこではない。
問題は誠也が萌絵をどう思ってるかだ。
すべての会話は聞こえなかったものの、告白とキスという言葉はハッキリと脳裏に焼き付いている。しかもこっそり覗いた瞬間に、二人がキスしているところを目撃してしまった。
自分とは偽りの恋人だからしてもらった。
だが萌絵は偽りの恋人でも、ましてや幼なじみでもない。
それなのにキスをした──その事実が瑞希の心に重くのしかかっていた。
「そう……ね。誠也なら心配しなくても平気ですわよね」
「そうそう、何事もポジティブに考えないとねっ」
あの出来事をポジティブに捉えるのは無理。
心が拒絶反応を起こし、ネガティブの沼に為す術なく沈んでいく。
考えなくても答えは出ている。
所詮自分は偽りの恋人──それ以上でもそれ以下でもないのだから……。
「ただいま、遅くなっちゃったけど」
「もぅ、西園寺さんが心配して探しに行ってたんだよー」
「そうだったんだ。瑞希、ごめんね」
「少しだけよ、心配してたのは……」
誠也とどう接すればいいのか分からない。
ついさっきまでは普通に会話出来たはず。
それなのに今は──どことなく不自然さが目立ってしまう。
動揺しているのは事実。
胸が強く締め付けられ、瑞希から落ち着きが失われる。
苦しい──誠也に何があったのか問い詰めたいが、勇気がまったく湧いてこない。
誠也と萌絵のキスシーンが頭から離れず、前へ進む事が出来なくなっていた。
「こんなところにいたのね、ミズキ」
「お母様……」
失意のどん底に沈んでいる最中、瑞希に声をかけたのは瑞希の母親。
放たれるオーラが一般人とはまるで違う。
近寄り難いというのが第一印象であった。
「こちらの方々がお友達ね。初めまして、わたくし、ミズキの母親にございます。どうかクリスマスパーティーを楽しんでくださいまし」
「十分に楽しんでます」
「それならよかった。ところでミズキ、風の噂で聞いたんですけど、なんでも恋人が出来たとか。だいたいアナタにはフィアンセがいるでしょう。本当の事を教えてちょうだい」
いつかこんな日が来るとは思っていた。
誰にも話した事のない秘密。それは絶対に知られたくないものだ。
フィアンセという存在を認めたくない。
元々男嫌いな上に、顔しか知らない人と結婚の約束など納得できなかった。
驚いている誠也達から一気に視線を集めるも、瑞希は俯いて無言を貫いた。
「そ、それは……」
数秒の時間差で母親に説明しようとする瑞希。
一瞬だけ視線を誠也へと向け、どう答えればいいか悩み出す。
偽りの恋人だと言うべきか、それとも事前に口裏を合わせた通りにするのか。
フィアンセを認めたくない気持ちと、萌絵とのキスが脳内でぶつかり合っていると──。
「あ、あの、僕は鈴木誠也と言います。瑞希とは本当の──」
誠也が何かを伝えようとするが、瑞希はそれを躊躇なく遮った。
「確かに恋人はいますが、それは偽りにすぎませんの。学校で言い寄られるのがイヤなので、虫除け程度の扱いですわ」
心が痛い、痛すぎて今にも倒れそうなほど。
だがこれは、誠也の気持ちが萌絵に傾いているからこその決断。
でなければキスなどしない。それが瑞希のたどり着いた答えだった。
目を丸くして驚いている誠也が視界に入るも、平静を装って完全スルーする。
イヤだ、本当は誠也を誰にも渡したくない。
あのキスシーンが瑞希の心を打ち砕き、自ら望まない未来へと歩み始めた。
「そう、なら問題ないわね。でも、わざわざ偽りの恋人なんて作らなくとも、フィアンセがいるからとでも言っておけばよかったじゃない」
母親の言うことはもっともで、まさか『フィアンセを認めたくなかったから』など口が裂けても言えない。
何か理由を考えなければならない──刹那の時間で思考をフル回転させ、なんとかして答えを導き出そうとする。
たったひとつだけ、母親を納得させる理由が浮かび上がった。
だがそれは、きっと誠也を傷つけることになるだろう。
怖い、嫌われたくない、様々な感情が入り交じり、瑞希の精神は限界に達しようとしていた。
「そんなの決まってますわ。恋人ごっこをしてみたかっただけですのよ」
そんなわけがない、最初は確かに虫除けになればと思っていたのは事実。
しかし今の瑞希は本気で誠也に恋をしている。
それなのに──真逆な事を言わなければいけない辛さ。
臆病風に吹かれ行動しなかった自分を何度も責める。
いくら責めても心の傷は瘉える事なく、むしろ広がっていってしまう。
どうすればいいのか分からない、本当にフィアンセと結ばれなければならないのか。瑞希の心は大粒の涙が降り注いでいた。
「それを聞いて安心したわ。そうそう、フィアンセも来ているの。挨拶ぐらいしなさいよね」
「分かりましたわ」
この暴走を誰か止めて欲しい──願いとは裏腹に体が勝手に動き出す。
制御不能に陥り心と体が分離してしまう。
誰にも気づかれないまま、本当の氷姫へと戻っていく。
もはや止める術などなく、温かかった心は凍てつき何も受け付けなくなる。
これこそが本来の瑞希であり、誠也達と出会う前は感情が隠れたままであった。
「み、瑞希、それってどういう事なの!? ちゃんと説明してよっ!」
「……」
事態を飲み込めない誠也が必死に声を上げるも、今の瑞希にはまったく届いていない。いや、聞こえこそするが体が反応しないだけ。
手を差し伸べてくれるのが遅かった。
こうなる前に──萌絵とキスする前にもっと気にかけて欲しかった。
違う、そうではない、萌絵よりも早く告白すればよかったのだ。
そうすればきっと結果が違っていたはず。
今さらそんな事を考えても無駄な事。誠也と萌絵の関係を見てしまった以上、積極的に自ら動くなど出来るはずないのだから……。
「誠也、それではわたしは行きますね。今までありがとうですわ。……クリスマスパーティー、楽しんでくださいまし」
堪えきれない涙が舞う中、瑞希は母親とともに誠也達のもとから離れていく。
その後ろ姿は凛としたものではあったが、どことなく寂しそうにも見えた。
あまりにも突然の出来事に、萌絵や瑠香だけでなく誠也ですら事態を把握できなかった。瑞希の放った『今までありがとう』という言葉だけが、誠也の頭の中で繰り返し流れる。
きっと母親を騙すだけの軽い言葉に違いない──。
何かが心に引っかかるも、誠也は深く考えもしなかった。
激しく動揺し瑞希は足早に会場へと戻っていく。
心の中でドス黒いモノが湧き、悔しさと悲しさでその瞳から雫がこぼれ落ちた。どうしもっとて早く誠也に想いを伝えられなかったのか──今さら後悔しても遅すぎる。
心はすでに崩壊寸前で、瑠香のもとへ戻った時には、瑞希から光が失われていた。
「西園寺さん暗い顔してどうしたの?」
「べ、別に何もありませんわ」
「そっか。ところで誠也は見つかったの?」
何気ない瑠香の言葉に瑞希の眉がピクリと動く。
夢であって欲しい、悪夢からはやく目覚めたい。受け入れ難い事実に言葉さえ失うほどであった。
「い、いえ、見つからなかったですわ……」
「誠也なら心配しなくても大丈夫だよ。あんなんでも、しっかりしてるからねっ」
心配なのはそこではない。
問題は誠也が萌絵をどう思ってるかだ。
すべての会話は聞こえなかったものの、告白とキスという言葉はハッキリと脳裏に焼き付いている。しかもこっそり覗いた瞬間に、二人がキスしているところを目撃してしまった。
自分とは偽りの恋人だからしてもらった。
だが萌絵は偽りの恋人でも、ましてや幼なじみでもない。
それなのにキスをした──その事実が瑞希の心に重くのしかかっていた。
「そう……ね。誠也なら心配しなくても平気ですわよね」
「そうそう、何事もポジティブに考えないとねっ」
あの出来事をポジティブに捉えるのは無理。
心が拒絶反応を起こし、ネガティブの沼に為す術なく沈んでいく。
考えなくても答えは出ている。
所詮自分は偽りの恋人──それ以上でもそれ以下でもないのだから……。
「ただいま、遅くなっちゃったけど」
「もぅ、西園寺さんが心配して探しに行ってたんだよー」
「そうだったんだ。瑞希、ごめんね」
「少しだけよ、心配してたのは……」
誠也とどう接すればいいのか分からない。
ついさっきまでは普通に会話出来たはず。
それなのに今は──どことなく不自然さが目立ってしまう。
動揺しているのは事実。
胸が強く締め付けられ、瑞希から落ち着きが失われる。
苦しい──誠也に何があったのか問い詰めたいが、勇気がまったく湧いてこない。
誠也と萌絵のキスシーンが頭から離れず、前へ進む事が出来なくなっていた。
「こんなところにいたのね、ミズキ」
「お母様……」
失意のどん底に沈んでいる最中、瑞希に声をかけたのは瑞希の母親。
放たれるオーラが一般人とはまるで違う。
近寄り難いというのが第一印象であった。
「こちらの方々がお友達ね。初めまして、わたくし、ミズキの母親にございます。どうかクリスマスパーティーを楽しんでくださいまし」
「十分に楽しんでます」
「それならよかった。ところでミズキ、風の噂で聞いたんですけど、なんでも恋人が出来たとか。だいたいアナタにはフィアンセがいるでしょう。本当の事を教えてちょうだい」
いつかこんな日が来るとは思っていた。
誰にも話した事のない秘密。それは絶対に知られたくないものだ。
フィアンセという存在を認めたくない。
元々男嫌いな上に、顔しか知らない人と結婚の約束など納得できなかった。
驚いている誠也達から一気に視線を集めるも、瑞希は俯いて無言を貫いた。
「そ、それは……」
数秒の時間差で母親に説明しようとする瑞希。
一瞬だけ視線を誠也へと向け、どう答えればいいか悩み出す。
偽りの恋人だと言うべきか、それとも事前に口裏を合わせた通りにするのか。
フィアンセを認めたくない気持ちと、萌絵とのキスが脳内でぶつかり合っていると──。
「あ、あの、僕は鈴木誠也と言います。瑞希とは本当の──」
誠也が何かを伝えようとするが、瑞希はそれを躊躇なく遮った。
「確かに恋人はいますが、それは偽りにすぎませんの。学校で言い寄られるのがイヤなので、虫除け程度の扱いですわ」
心が痛い、痛すぎて今にも倒れそうなほど。
だがこれは、誠也の気持ちが萌絵に傾いているからこその決断。
でなければキスなどしない。それが瑞希のたどり着いた答えだった。
目を丸くして驚いている誠也が視界に入るも、平静を装って完全スルーする。
イヤだ、本当は誠也を誰にも渡したくない。
あのキスシーンが瑞希の心を打ち砕き、自ら望まない未来へと歩み始めた。
「そう、なら問題ないわね。でも、わざわざ偽りの恋人なんて作らなくとも、フィアンセがいるからとでも言っておけばよかったじゃない」
母親の言うことはもっともで、まさか『フィアンセを認めたくなかったから』など口が裂けても言えない。
何か理由を考えなければならない──刹那の時間で思考をフル回転させ、なんとかして答えを導き出そうとする。
たったひとつだけ、母親を納得させる理由が浮かび上がった。
だがそれは、きっと誠也を傷つけることになるだろう。
怖い、嫌われたくない、様々な感情が入り交じり、瑞希の精神は限界に達しようとしていた。
「そんなの決まってますわ。恋人ごっこをしてみたかっただけですのよ」
そんなわけがない、最初は確かに虫除けになればと思っていたのは事実。
しかし今の瑞希は本気で誠也に恋をしている。
それなのに──真逆な事を言わなければいけない辛さ。
臆病風に吹かれ行動しなかった自分を何度も責める。
いくら責めても心の傷は瘉える事なく、むしろ広がっていってしまう。
どうすればいいのか分からない、本当にフィアンセと結ばれなければならないのか。瑞希の心は大粒の涙が降り注いでいた。
「それを聞いて安心したわ。そうそう、フィアンセも来ているの。挨拶ぐらいしなさいよね」
「分かりましたわ」
この暴走を誰か止めて欲しい──願いとは裏腹に体が勝手に動き出す。
制御不能に陥り心と体が分離してしまう。
誰にも気づかれないまま、本当の氷姫へと戻っていく。
もはや止める術などなく、温かかった心は凍てつき何も受け付けなくなる。
これこそが本来の瑞希であり、誠也達と出会う前は感情が隠れたままであった。
「み、瑞希、それってどういう事なの!? ちゃんと説明してよっ!」
「……」
事態を飲み込めない誠也が必死に声を上げるも、今の瑞希にはまったく届いていない。いや、聞こえこそするが体が反応しないだけ。
手を差し伸べてくれるのが遅かった。
こうなる前に──萌絵とキスする前にもっと気にかけて欲しかった。
違う、そうではない、萌絵よりも早く告白すればよかったのだ。
そうすればきっと結果が違っていたはず。
今さらそんな事を考えても無駄な事。誠也と萌絵の関係を見てしまった以上、積極的に自ら動くなど出来るはずないのだから……。
「誠也、それではわたしは行きますね。今までありがとうですわ。……クリスマスパーティー、楽しんでくださいまし」
堪えきれない涙が舞う中、瑞希は母親とともに誠也達のもとから離れていく。
その後ろ姿は凛としたものではあったが、どことなく寂しそうにも見えた。
あまりにも突然の出来事に、萌絵や瑠香だけでなく誠也ですら事態を把握できなかった。瑞希の放った『今までありがとう』という言葉だけが、誠也の頭の中で繰り返し流れる。
きっと母親を騙すだけの軽い言葉に違いない──。
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