冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

朽木昴

文字の大きさ
上 下
35 / 59

第34話 偽りの恋人関係は終わりを告げるのか

しおりを挟む
 告白よりも返事が難しいとは思わなかった。
 瑞希と別れた方が幸せなのか──。
 自分といると苦しんでいるのなら、別れた方がいいに決まっている。

 しかし……仮に別れた場合、また告白される地獄の日々が瑞希を襲うことになる。
 どっちを選んでも、瑞希にとってはマイナスにしかならない。
 自分の黒歴史がバレることもあるが、それは瑞希の事を考えると微々たるもの。

 ひとりでは答えが出ない──だが相談できる相手などいるのだろうか。
 いや、ひとりだけいる。きっと彼女なら相談に乗ってくれるはず。
 スマホを手に取ると、遅い時間にも関わらずさっそく連絡した。

『どうしたの誠也、こんな時間に……』

 電話の主は幼なじみの瑠香。
 お風呂上がりで髪を乾かしている最中だった。

 こんな時間に電話など初めてのこと。
 火照った体がさらに熱くなり、ドキドキが止まらなくなる。
 そもそも電話などいつ以来だろう──普段は緊張しないはずが、電話越しだと緊張してしまう。

 何の用事なのだろうか。
 まさか告白の返事をするのかも。いや、それはない、返事はいらないと言ったはず。それならばわざわざ電話してきた理由は……。

 考えても仕方がない、瑠香は誠也が何を話すか待とうと決めた。

『ちょっと相談したい事があるんだけどさ』
『相談……? 長くなりそうなら誠也の家に行こうか?』
『いいの?』
『うん、どうせ明日休みだし。今から行くからちょっと待っててね』

 電話を切った瑠香は、大急ぎで一番お気に入りの私服を用意する。
 誠也の前で変な服を着られるわけなく、ばっちりオシャレをしてから出かけていった。

「それで誠也、相談って何よ」
「えっとそれは──」

 相談しておいてどこまで話すべきか悩む誠也。
 包み隠さずすべて話した方がよいのか、それとも言葉を選んで話すべきか。
 いや、相談に乗ってもらうのだから、ありのままを話した方がいいはず。

 そこで誠也は、今日一日の出来事を瑠香にすべて語った。

「な、なるほどねー。西園寺さんを苦しめているから別れろというわけね。そのあとの『代わりに白石さんと付き合う』というのがよく分からないけど」
「それは義理のつもりで言ったんだと思うよ」

 これは願ってもない大チャンス到来。
 アドバイスを利用して瑞希から誠也を取り返せるのだ。

 そもそも偽りの恋人関係なのだから、別れるには絶好のタイミング。
 ただ気になるのは、なぜか萌絵と付き合うという一点のみ。
 誠也の言う通りで付き合うのが義理なら、本命である自分がその役目をした方がいいに決まっている。

 目標は固まった、あとは実践あるのみ。
 瑠香は嬉しさを隠しながら、誠也を上手く誘導しようとした。

「それならさ、無理に付き合う必要ってあるのかな? も、もちろん仮に西園寺さんと別れたらの話だからね」
「そうだよね、好きでないのに付き合うとか意味分からないし」
「そうそう、やっぱりさ、恋人関係になるならお互いが好きでないとね」

 あえて両想いという言葉を使わなかった。
 これならば、自分が誠也の恋人役になっても問題ない。
 両想いになるのはそれからでも遅くはないとの考えだ。

 布石のひとつはこれで完璧。
 もうひとつは萌絵に話をつけるだけ。
 彼女とは話したことはないが、誠也の恋人になれるのなら躊躇などしない。持てる勇気を振り絞れば必ず成功すると信じていた。

「そう、だよね。やっぱりあの事で苦しんでいるとしか考えられないし。瑞希とは別れた方がいいのかな……」

 あの事──誠也が原因だと思っているのはキスのこと。
 好きでもない相手とキスなど苦痛でしかないはず。
 誰にもその事を言えず、ずっとひとりで苦しんでいたのだと。

 なぜ気づいてあげられなかったのか。
 今さら後悔したところで、瑞希が苦しみから解放されるわけではない。
 誠也が取るべきことはたったひとつ、瑞希を今すぐにでも苦しみから解放してあげることだった。

「うん、その方が西園寺さんのためでもあると思うよ。頭では理解してても、心が拒絶することだってあるんだし」

 瑠香が言ってることはウソではないが、本当の事でもなかった。

 瑞希の事を考えるなら別れる必要があるのか──答えは分からないが正解。
 何をどう思っているかなど本人にしか分からず、他人が介入するのは無理である。
 それなのに瑠香は……まるで知っているかのように話していた。

「瑠香の言う通りかもしれないな。明日、瑞希に話してみるよ」
「うん、それがベストじゃないかな」
「ところでさ、瑠香の服……なんだか気合い入ってない?」
「ふぇっ!? そ、そんなことないよ」

 気づいてくれたのは嬉しいが、瑠香は返事に困ってしまう。
 誠也のためだから──など決して言えるはずもなく、真っ赤な顔で沈黙を貫いた。

 とにかくこれでお膳立ては完璧。
 あとは萌絵と話を合わせるだけ。
 そうすれば念願だった誠也の恋人になれるのだから……。

「そっか、それじゃ僕の気のせいだね」
「そうだよ、誠也の気のせいなんだからっ。私そろそろ戻るね。誠也、私はずっと誠也の味方だからね」

 逃げるように瑠香は誠也の部屋をあとにした。


 もう少し、もう少しで願いが叶えられる。
 心に突き刺さる痛みに耐え、瑠香は自分の部屋で喜びが奥底から溢れ出した。

 罪悪感はあるに決まっている。
 なにせ誠也を騙しているのは事実なのだから。

「これでいいのよ、これで……。だって誠也と西園寺さんは偽りの恋人関係なんだし。優しい誠也を利用してるのも事実なんだもん」

 後悔など微塵もしていない。
 これは正しい事であり、この選択こそ正しい道へと繋がっているはず。

 今は自分の行動を信じよう──みんなが幸せになるにはこれしかないのだ。

「大丈夫、悪い事なんてしてないんだから。この胸の痛みも明日には治ってるはずよ」

 心に巣食う罪悪感が容赦なく瑠香を攻撃してくる。

 痛い、痛すぎる、だけどこの痛みの先には幸せが待っているはず。
 そう信じていれば、この程度の痛みはなんてことない。
 最高の幸福を掴むには、試練を乗り越える必要がある。

 瑠香はそう自分に言い聞かせ、少しでも罪悪感を薄めようとしていた。


 今日ほど気が重い日はない。
 しかし日常はいつもと変わらず動き始める。

 日課となりつつある瑞希のお迎え、それは当然のようにこの日も誠也の家にやってきた。

「おはよ、誠也。今日のお弁当は期待してていいわよ」
「う、うん……」

 その笑顔の裏では苦しんでいる。そう思うと誠也は素直に喜べなかった。
 きっとお弁当を作るのだって、苦しみを紛らわす手段にすぎない。
 決して表には出さず、瑞希がひとりで苦しむ姿を想像すると、心にポッカリ穴が開いた感じになった。

 瑞希を苦しみから少しでも早く解放したい。
 別れの言葉はいつ言えばいいのか。
 そんな事ばかり考えており、誠也はどことなく上の空だった。

「誠也……? どうしたの、元気がないように見えるけど。もしかして体調でも悪かったりする?」

 気遣う瑞希の姿が痛々しい。
 こんな瑞希を見ていられない──覚悟を決めた誠也は、ついに重い口を開こうとした。

「あのさ、瑞希、大切な話があるんだけど……」
「どうしたの、そんなに改まって。もしかして何かのサプライズかしら」
「そうじゃないんだ、その、僕と別れよっか。その方が瑞希のためだと思うし。僕の黒歴史ノートは好きにしていいからさ」

 瑞希の時間が止まった。
 何を言っているのか、悪い冗談ではないのか、頭の中がぐちゃぐちゃになり、言葉が喉を通らなくなる。

 どうして、意味が分からない。
 瑞希自身のためというのは建前で、本当は一緒にいるのが辛かったのだろうか。

 清々しい青空の下、頭の中が真っ白になった瑞希はその場で固まってしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

処理中です...