冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

朽木昴

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第30話 決戦という名の文化祭が始まる

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 澄み渡る青い空が文化祭を祝福しているよう。
 生徒たちの気分が向上する中でさえ、誠也は普段と変わらず瑞希と一緒に登校していた。

「ねぇ誠也、絶対見に来てね」
「もちろん行くよ」
「それとさ、その、一緒に文化祭回らない? ほ、ほら、私たちって恋人同士でしょ? そうしないと不自然に思われるじゃない」

 建前はそうであるが、本音は誠也とイチャラブしたいだけ。
 せっかくの文化祭、しかも憧れのメイド服を着るのだから、デートするに決まっている。
 そう、デート……だが問題がひとつ。デート場所は学校なわけで、氷姫のまま誠也とデートしなければいけない。

 仮面を絶対外してはダメ。
 氷姫としてイチャつく必要がある。
 難しい、難易度マックスと言ってもいいくらい。
 だがこれくらい乗り越えなければ、誠也が自分を好きになるなど不可能なこと。

 決めた、完璧に氷姫としてデレてみせる。
 これは神が与えし試練、必ず乗り越えようと瑞希は誓いを立てた。

「そうだね、そこはきちんとしないと、偽りかもって疑われちゃうからね」
「う、うん……」

 偽りという言葉が瑞希の胸に突き刺さる。
 分かっている、そんなこと頭では分かりきっているのだが、心が理解してくれない。

 苦しい、息が詰まりそうなくらい苦しい。
 心が折れそうになるも、誓いを思い出し心を奮い立たせた。

「どうしたの瑞希? 体調でも悪かったりする?」
「ううん、平気ですわ。さっ、文化祭、楽しみましょうね」

 光り輝く笑顔を誠也に向ける瑞希。
 それはまるで天界から降臨した女神のよう。
 見入るような美しさが誠也の視線を釘付けにした。

「えっ、そ、そうだね、せっかくの文化祭だから楽しまなくちゃね」

 思考が回復していない誠也の手を取ると、瑞希は氷姫のまま学校へと急いで歩いていった。


 年に一度の文化祭の開演が校内放送で伝えられる。
 慌ただしく動き出す生徒たち。その中には誠也はもちろん、瑞希や瑠香、沙織も含まれる。
 学校外から参加する人が多く、実行委員は誘導やらで忙しそうであった。


「やっと休憩か、瑞希のクラスに行ってみるかな」

 誠也のクラスはお化け屋敷。
 ようやく休憩時間となり、誠也はひとりで瑞希が待つメイド喫茶へと向かう。
 もちろんそこには瑠香や沙織もいるのだが、今の誠也の頭に浮かんでいなかった。

「えっと、瑞希のクラスは──って、ここか。結構混んでるなぁ、メイド喫茶って人気あるんだ」

 誠也が驚くのも無理はない。
 目を疑いたくなるような長蛇の列。
 優先権とか便利なものなどないわけで、最後尾に並んで順番が来るのを静かに待つことにした。

「そろそろかな」

 待つこと十数分、思ったより早く自分の番となり、誘導されるがまま席に座った。

「おかえりなさいませ、ご主人様」
「み、瑞希!?」

 目を見開き驚く誠也。
 まさか直接会いに来るとは思っていなかったからだ。

 言葉を失うほどの美しさ──いや、可愛さの方が強い。
 メイドだからなのか、誠也がいつも見ている笑顔であった。

「どう? 似合ってるかしら?」
「凄い似合ってるよ、瑞希。なんだか、どこかのお姫様みたいだよ」
「ふぇっ!?」

 誠也からお姫様と言われるとは思っていなく、瑞希を意図も簡単に動揺させる。氷姫の仮面が剥がれ落ち、慌てて仮面を付け直した。

 表面上は氷姫に戻ったものの、内側は嬉しすぎて心臓が飛び出るほど。
 危ない、油断すると仮面が剥がれ落ちてしまう。
 瑞希は深呼吸で心を落ち着かせ、冷静さを保とうとしていた。

「どうしたの、瑞希?」
「な、なんでもない。それで誠也──ではなくて、ご主人様、ご注文は何になさいますか?」
「なんかご主人様って呼ばれるのって変な感じだね」
「し、仕方ないでしょ。──コホン、オススメはコーヒーとパンケーキのセットになってますわ」
「んー、それじゃ、それでお願いするね」
「かしこまりました、ご主人様」

 くるりとロングスカートを靡かせる姿は絵になるほど美しかった。

 その姿が誠也の頭から離れなくなる。
 心が忘れていた何かに反応し始める。
 いつもと服装が違うせいだろう──誠也はそう思い込み、反応した心を自ら封じ込めた。

「お待たせしました、ご主人様」
「あ、ありがとう……。って、どうして向かいに座ってるの?」
「いやですわ、ご主人様。今はアナタだけのご主人様ですから、傍にいるのが当たり前ですわ」

 両手で頬杖をつき瑞希は誠也の顔を見つめている。
 笑顔には違いないが、先ほど見た笑顔ではなく氷姫としての笑顔。
 初めて見るその笑顔に新鮮さを感じつつ、パンケーキを口の中に放り込んだ。

 きっと緊張しているのだろう、誠也の鼓動が激しいリズムを刻む。
 いつもと違う雰囲気の瑞希がどうしても気になっていた。

「なんだか照れくさいね」
「私の主人様はアナタだけですから──」

 職権乱用と言わんばかりにアピール全開な瑞希。
 普段言えない分、メイドという立場を利用し、想いを伝えようとしていると──。

「西園寺さん、何サボってるのかな?」
「あら、前原さん。サボってなんかいませんわよ。メイドという仕事をきちんとこなしているだけですわ」
「……そんな接客はないんですけどー?」

 メイド喫茶でメイド同士の戦いが始まろうとする。
 誠也と一緒にいたいだけだと思う瑠香、適当な理由をつけて誠也とイチャつきたいだけ。

 笑顔で衝突する互いの想い。
 瑠香に関しては嫉妬も混じっている。

 狙ったかのように接客をしていた瞬間に誠也が来た。
 お客対応で瑠香はまったく気づけなかった。
 そこへ運命に導かれたのか、真っ先に気がついた瑞希が誠也のもとへ歩いていく。

 違う、これは決して運命なんかではない。
 瑞希はずっと狙っていたのだ。誠也がいつ来てもいいように、塩対応で接客をすぐ終わらせていた。

 もちろん、瑞希ひとりだけの力ではなく、親衛隊という取り巻き達の協力なくしては実現不可能であった。

「それはですね、誠也がたまたま選ばれただけですわ」
「何に選ばれたって言うのよ」

 証拠にもなく適当な理由を言おうとする瑞希。
 当然、瑠香が怒るのも理解できる。

 だが、今いる場所はメイド喫茶の中、絶世の美女と美女が会話する姿に周囲から視線が注がれた。

 写真が撮れないことを悔やむ他校の男子生徒。
 目の保養と言わんばかりに、若い女性がその瞳に焼き付ける。

 とても言い争いが行われているとは思えず、絵になる光景は注目の的であった。

「そんなの私に選ばれたからに決まってますわ」

 瑠香は開いた口が塞がらなかった。
 冗談なんかではなくその瞳は真剣であり、怒るどころか呆れはて別世界に意識が旅立ってしまう。

 そんな心ここに在らずの瑠香を、現実世界へ引き戻したのは誠也だった。

「瑠香もメイド服似合ってるよね。お人形さんみたいに可愛いよ」
「ふぁっ!? 私が可愛い……?」

 メイドという立場を忘れ、瑠香の顔が真っ赤に染まる。
 破壊力がありすぎる誠也の言葉に、鼓動が早くなり動揺を隠せない。

 これは告白かもしれない。
 絶対にそう、普通はそんな褒め方などするわけがない。

 思考が暴走し都合のいい解釈をする瑠香。
 このまま勢いで──と思うも、現実は甘くはなかった。

「瑠香、こっち手伝ってよ。ほら、早くー」
「さ、沙織!? 今いいところなんだけどっ」
「はいはい、それはあとで聞くから今は接客よろしくね」

 無情にも親友の沙織に連れていかれてしまう。
 せっかくの雰囲気もこれでは台無し。
 運命は瑞希と誠也を選んでいるようにも見えた。

「さてと、そろそろ行きますか」
「行くってどこに?」
「そんなの誠也と文化祭を楽しむに決まってますわ」
「えっ、休憩時間はまだなんじゃ──」
「私のご主人様は誠也なんですから、ついて行くのは当たり前ですもの」

 これもすべて計画通り、あとは親衛隊が上手くやってくれるはず。
 困惑している誠也を強引に連れ出し、瑞希は笑顔でメイド喫茶をあとにした。
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