冴えない男子は学校一の美少女氷姫と恋人になる

朽木昴

文字の大きさ
上 下
14 / 59

第13話 偽りの恋人は意外と鋭いのか

しおりを挟む
 昨日の夜の出来事が嘘のような清々しい朝。
 あれは現実だったのか、それとも夢だったのか、不思議な感覚を抱きながら誠也は目覚めた。

 なんで瑠香を抱きしめたのだろう。
 偽りとはいえ恋人がいるのに、これでは浮気しているようで黒いモヤが心に湧いてくる。

 違う、断じて浮気なんかではない。
 幼なじみとして慰めただけ。
 誠也は何度も繰り返し、黒いモヤを振り払おうとした。

「おはよう……」
「誠也おはよう、昨日はよく眠れた?」

 普段と変わらない瑠香。
 昨日とはまったく別人のようなオーラが漂っていた。

「それじゃ、さくっと朝食食べて学校へ──って、誠也は西園寺さんと待ち合わせしてるんだっけ。安心していいよ、邪魔なんてしないからねっ。少なくとも学校ではさっ」

 何かが吹っ切れたのかもしれない。
 それが何か誠也には分からないが、最後のひと言が頭の中で妙に引っかかる。
 なぜなら、その言葉を真に受けると──。

「ほら、そんなゆっくりじゃ遅刻しちゃうよ」
「あ、う、うん。すぐ準備するから」

 ドタバタの朝は毎度のことで、それは瑠香の家でも同じ。
 慌てて制服に着替えると、誠也は瑠香より先に家を出ていった。


 いつもの待ち合わせ場所。
 ここから偽りの恋人がスタートする。そう、学校という舞台で恋人を演じるのが日常の1ページだ。

「おはよう、誠也。今日はいつもより遅かったじゃない」
「お、おはよう。ちょっと寝坊しちゃって……」
「まったく、この私を待たせるなんて、誠也だけなんだからね」

 自分の気持ちに気がつくも、中々素直になれない瑞希。
 さりげなく許するのが今は限界なようで。
 怒るどころか、実は照れくさくて誠也の顔を直視できなかったのだが──。

「本当にごめん、機嫌直してくれないかな」

 怒ってなんかいない。むしろ嬉しいくらいだ。
 それなのに誤解されるなど不本意極まりない。

 かといって、ここで小顔を膨らませれば怒っているのが確定してしまう。それはそれでイヤであり、ここは無理やりにでも笑顔を作ろうとした。

「別に怒ってないんだから、謝らないでちょうだいね」

 怪しい笑顔──誰が見てもそう思うだろう。
 不自然すぎるその笑顔は逆効果。
 それは誠也を恐怖のどん底へと突き落とすほど。

 もちろん瑞希本人にそのような意図はない。
 無自覚ほどタチが悪く、しかもこういうときに、どういう顔をすればいいのか分からない、と言うのが真実。

 理由はいつも仮面をつけていたから。
 素顔が何か忘れてしまい、瑞希は必死でそれを思い出そうとする。

 何年も前からずっとつけていた仮面。
 その内側がどうなっているのか本人ですら知らない。
 そう、忘れるほど長い時間が経っていたのだから……。

「う、うん……。でも、なんか顔がいつもより怖い気がするけど」
「そ、そんなことないわよ。それより早くしないと本当に──って、このシャンプーの匂い……。ねぇ、誠也、ひょっとしてシャンプー変えたの?」

 いつもと違う匂いが瑞希に冷静さを取り戻させる。
 鋭いというべきか、女のカンというべきか、その言葉は誠也に冷や汗をかかせた。

 瑞希の中で浮かぶキーワードは寝坊と匂いの違い。
 何かしら関係があるのか。
 突如頭に湧いてくる疑問が気になり始める。

 別に疑うわけではないが、一度気になると知りたくなるのが人の性。
 そこに悪意などまったく存在せず、軽い気持ちで誠也に聞いただけだった。

「あっ……。え、えっと、シャンプーがきれててさ、昨日は瑠香に借りたんだよ」
「へぇー、前原さんとはそういう仲なんだ」
「そういう仲っていうか、ほら、幼なじみだし、夜遅かったから買いにもいけなかったから……」
「ふぅーん、幼なじみって色々と有利ですわね」
「何か言った?」
「なーんでもないですわ」

 幼なじみという強者の前では偽りの恋人など無力。
 悔しさが心の奥底から湧き上がり、涙がこぼれ落ちそうになる。

 ダメ、こんなことぐらいで泣いてはダメに決まっている。幼なじみというのはアドバンテージなだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 今は偽りの恋人である自分の方が有利なはず。 
 瑞希は何度もそう言い聞かせ心を落ち着かせた。

「でーもー、そういうときは私を頼って欲しいですわ。だって、偽りとはいえ恋人なんですもの」
「あのー、僕は瑞希の家も知らないし、借りるなら近い方が──」
「そこはウソでも私を選んでよねっ。そ、れ、と、今度……うちに遊びに来ない? ほ、ほら、偽りの恋人だけど家に呼ぶくらいは普通だと思うから」

 負けず嫌いなのか、それとも他の女の匂いがするのを許せないのか。
 どちらにせよ、本格的に誠也を振り向かせるためには必要なこと。

 異性を家に呼ぶなど瑞希にとって初体験。
 男嫌いなのだからそれは仕方のないことで。
 誠也に自分の気持ちを気づいて欲しい──1回ではダメでも何回か繰り返せばいつか気づいてくれるはず。

 本当の告白をすれば手っ取り早いが、瑞希にそんな勇気などあるわけなく、誠也から告白してもらおうと考えていた。

「瑞希の家に……? 僕が……?」
「イヤなの? 幼なじみじゃないとダメとか言わないわよね?」
「そ、そんなことないけど……」

 何か隠しているような態度が気になる。
 幼なじみなら、当然お互いの家には行き来しているはず。
 それは分かっているのだが、瑞希の心を占有するのは違和感という言葉。

 もしかして──いや、それは考えすぎだろう。いくら幼なじみとはいえ、幼い頃ならいざ知らず、一緒に一夜を過ごすなどありえない。偽りだろうと恋人がいるのだから、そんなことするはずないと瑞希は信じていた。

「それなら決まりね」
「分かったよ。あっ、そうだ、瑞希に聞きたいことがあるんだけど」
「しょうがないわね。誠也の頼みだからなんでも答えてあげるわよ」

 誠也が家に来ることが決まり瑞希は上機嫌となる。
 半ば強引にではあるが、こうでもしないと誠也が家に来ることは永久にない。

 内心は心臓が破裂しそうなくらい緊張していたが、同じ音でも今度は心地よさを感じる。それこそ心の中でガッツポーズを決め、誠也の質問になんでも答えようとするくらいであった。

「あのさ、あのこと瑠香に話したの?」
「前原さんに……?」

 思い当たるのは屋上での出来事。
 口がすべって瑠香に偽りの恋人だと話してしまったことだ。

 ふたりだけの秘密のはずが、他の人に知られてしまうという大失態を犯す。これでは約束を破ったも同然で、罪悪感が瑞希の中で膨れ上がる。

 決してわざとではない。
 素直に謝れば誠也ならきっと許してくれるだろう。
 そう、素直に謝れば……。

「あれは……。べ、別にあれくらい話しても問題ないわよ。前原さんは他言しないように約束してくれましたし」
「瑠香が言ってたのは本当だったんだ……」
「前原さん以外は知らないんだからいいじゃない」

 素直とはかけ離れた開き直りとも取れる発言。
 どうやらこれが瑞希流の素直さらしく、少なくとも本人はそう思っている。

 男どもにさえバレなければいい。
 話したと言っても、誠也の幼なじみなにだから影響はないはず。
 過去を後悔するよりも未来へ目を向けよう。心の中では謝っているのは確かで、きっと誠也になら伝わっていると思う瑞希であった。

「それはそうだけど……。あんなこと、僕は初めてだったし」
「私だって初めてですわ。むしろ相手が誠也だから良かったって思ってますの。それとも……私じゃイヤなの?」
「イヤじゃないけど、瑞希がいいなら僕はこれ以上何も言わないよ」

 イヤではない──何気ない言葉でも、好きな人からとなると嬉しいもの。
 舞い上がる気持ちを押さえつけ、今までに見せたことのない笑顔を誠也に向ける。

 それは魔法の笑顔、瞬時に誠也の顔を真っ赤に染まらせる。
 瑞希の周囲から光り輝くオーラが放たれ、圧倒される誠也の手を掴むと爽快な気分で学校へと歩いていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...