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第二章 高校三年生編

第114話 藤川虎徹は伝えたい

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「話って……何?」

 怯えているような若葉の様子に、開きかけていた虎徹の口が閉じる。

「若葉……」

 そう呟いただけで、虎徹は何も話せない。

 俺が虎徹の家に泊まった翌日、俺たちは若葉と双葉の部活が終わるのを待って、公園で話すこととなった。
 若葉も双葉も一度家に帰っているため、部活ジャージではないが。

 時刻は十九時半。場所はバスケコートのある近場の公園だ。
 少し前までは子どもたちが遊んでいたが、賑わっていた公園は暗くなるとともに一気に静かになっていた。

 そんな静寂の中で俺と花音と双葉は、少し離れたベンチに座って二人の様子を見守っている。

「ねえ颯太くん」

「どうした?」

「大丈夫……なの?」

 花音は心配そうに若葉を見つめている。
 虎徹の話を聞いたのは俺だけで、何も知らない花音からしたら不安が大きいのだろう。

 しかし、大丈夫かどうか、そう問われれると答えは難しい。

 この話は虎徹が気持ちを伝えるというだけでは終わらない。
 二人の望んでいることは全くと言っていいほど逆なのだ。
 どうすれば二人が納得できるのかということも検討が付かない。

「大丈夫かもしれないけど、大丈夫じゃないかもしれない。二人の気持ちの妥協点を見つけるしかないかな?」

 二人の考えが違う以上、どこかで割り切らなくてはいけない。
 虎徹にしろ、若葉にしろ、二人ともがお互いに全部を譲らないことはないと思っている。

 二人とも好き合っているのは間違いないのだ。
 ただ、虎徹の気持ちが強すぎるだけで。

 俺は二人のことを信頼していた。



 上手く言葉が出ない。
 いつもそうだが、俺は若葉といると調子を狂わされる。

 しかし、それが嫌だと思うこともない。
 行動を起こすことを面倒くさがる俺を若葉は引っ張ってくれる。
 俺にとって若葉はうざったいところもあっても、それ以上に俺の知らないことも教えてくれる憧れの存在なのだ。

 俺とは違う性格をして、俺とは違う世界を知っているからこそ、むしろ俺は若葉に惹かれている。
 それでいて若葉は可愛くて積極的で、調子に乗る子供っぽいところがありながらも姉というだけあってしっかりしていて、……俺と一緒にいてくれて、俺のことを受け入れてくれる。

 見た目だって気にしているところもある。
 最近は気にならなくなったが、中学時代は目つきが悪いことを怖がられたりもした。
 それを気にしなくなったのは、若葉がいてくれたことが一番の理由だ。

 俺はそんな若葉が好きだ。
 それでも自分の気持ちが重い自覚はあるからこそ、若葉の好意を受け取るわけにはいかない。
 まだ高校生で、簡単に『責任』なんて言葉は使えない。
 これからの将来の不安がどうしても拭えない俺は、簡単に付き合うなんてことは言えなかった。

 それに、高校生の恋愛がうまくいくことなんて稀だ。
 俺は今楽しい恋愛じゃなくて、将来のことを考えた恋愛をしたい。

「若葉……」

 そう小さく呟いてみたものの、上手く言葉がまとまらない。
 俺の言葉は宙に浮いたままだった。

「覚悟はできてるから。……言えるようになったら言ってくれればいいよ」

 考えがまとまっていない。
 それでも今言わなければいけないと思ってしまった。

 若葉の寂しそうな表情を見てしまったから。

「若葉。……俺は若葉のことが好きだ。前も言ったけど、その言葉は嘘じゃない」

「……うん」

「でも付き合えない。若葉が思っている以上に俺は若葉のことが好きで、その気持ちが重いんだ」

 花火の時とほとんど同じことだ。
 しかし、最後の一言を付け加えただけでも、明らかに若葉の反応は違った。

「どういうこと……?」

「……俺は普通の恋愛をできる自信がない。合わなかったら別れるなんてことはしたくないんだ」

 高校生のうちから遊びで付き合う人は少ないだろう。
 もちろんお互いの目的がはっきりしているならとりあえず付き合うというのもいいのかもしれない。
 しかし、俺は会わないからとすぐに別れたりしたくなかった。
 つまり……、

「付き合うなら、け、結婚したいってことだよ」

「結婚……」

 俺の言葉に若葉は神妙な顔つきになる。
 付き合いが長いと言っても、俺がそこまでのことを考えていることは知らないだろう。
 今まで突っ込んだ恋愛話というのはしてこなかったのだ。

「今ここで言うのはすごい恥ずかしいんだが……俺は若葉のことが好きだから、付き合ったら我慢できなくなりそうなんだ」

「が、我慢?」

「端的に言うと、求めたくなる」

「もっ!?」

 俺がそう言うと、若葉は湯気でも噴き出しそうなほど顔を赤くしている。
 多分俺も同じだろう。
 気温とはまた違った、体の芯から熱くなる感覚があった。

「高校生のうちから責任は取れない。年齢的な話とか、収入的な話とか。だから責任が取れないことはしたくないから、俺は若葉と付き合えない」

「そっか。……でもそれって、五年後とかになったらいいってことじゃないの?」

「いいけどだめだ。五年もあるなら、若葉は普通の恋愛ができるんだ。五年後にって約束をしてしまったら、その間、若葉を縛ることになってしまう」

「普通の恋愛って……他の人なんて考えられないし、五年待って付き合えるんなら私は待つよ。それに縛られるんじゃなくて、私が望んでいることだから」

「そうかもしれないけど、これからどうなるかなんてわからない。大学生になったら良い出会いがあるかもしれないし、社会人になったらそれもまたあるかもしれない。今は良くても、これからのことはわからないだろ?」

「わからないよ。……でもそれは、今の気持ちがずっと続いてもおかしくないってことじゃないの?」

「ああ、そうだ。でも不確定なら、今の関係を無理に変える必要はないと思ってる」

 俺は自分の考えがすべて正しいとは思っていない。
 そんなおこがましいことを考えられるはずもなかった。

 誰しも考え方は違うのだから。

「虎徹が私のことをそんなに好きでいてくれたことは嬉しいよ。でも、……なんて思ってない。さっきも言ったけど、私がそれを望んでいるんだから」

「……今はそうでも、いつはっきりと関係が変わるかなんてわからないんだぞ?」

「そんなの今更だよ。私がどれだけの間、虎徹のことを好きだったと思ってるの?」

「……知らない」

「もう十年以上だよ。気付いた時には好きだったから、多分物心がついた時には虎徹のことが好きだった」

 それは俺と同じだけ、若葉は長い間も俺のことを好きでいてくれたということだ。

「そ、その、求めてくれるのだって、責任がどうとかはあっても、私はいつでもいいんだよ? ウェルカムだよ」

「い、いや、それは……」

「わかってるけど、覚悟はできてるし、私だってそういうこと考えるんだから!」

 女の子に幻想を抱きすぎているというのは男子のあるあるだが、俺もその一人だったのだろう。
 そういう欲がないと、勝手に思い込んでいた。

「ねえ虎徹。……私たち、来月には十八歳だよ?」

「……そうだな」

「私の場合は十六歳からだけど、もう結婚できちゃう年齢だよ?」

 ――それは確かにそうだ。
 しかし、高校を卒業してすぐ……となったとしても、難しい話だ。
 お互いに大学進学を考えているのだから。

 そこまで考えていたが、俺の両親は俺が生まれたころは大学生と専業主婦だった。
 思っていたよりも障害はない気がするが、俺の気持ちがそうはさせてくれない。

「それはそうだが、まだ先の話だ」

「うん。それはそのつもり。でも付き合うのは問題ないんだよ? それとも虎徹は、十数年好きだった人を諦めて別の恋愛をしろって言うの?」

「うっ……」

 若葉にそう言われると、俺は言葉に詰まった。
 わかってはいたが、俺が若葉の告白を断ったのは、結局俺のエゴなのだと気付かされたからだ。

「もちろん好きじゃないとかの理由でフラれるのは納得……できるかはわからないにしても、仕方ないことだと思うよ? 将来のことを考えて今はって言いたいこともわからなくもない。でも、好きなのに付き合わないから普通の恋愛をしろって言われるのって私にとっては一番つらいことなんだよ。だって、積もり積もった気持ちを納得ができない理由で断られるんだから」

 どこか冷静でいられない自分がいた。
 若葉のことを考えると、若葉のためだと思って行動したことも裏目に出てしまう。
 それは若葉にとってつらいことだったのだと、ようやく心の底から理解できた気がした。

「それでもダメだって言われたら、納得はできなくてもこの話は終わらないと思う。だからこれでこの話は最後にするから聞かせて? ……私は虎徹の考えを聞いても、やっぱり虎徹のことが好きだから付き合いたい」

 若葉はそう言って何度か深呼吸をする。

 うるんだ瞳と真っすぐな視線。
 つややかな唇から言葉を吐き出した。

「虎徹はどうしたいの?」

 そう言われて、俺の気持ちはもう固まっていた。

 それは二人のどちらかの気持ちを優先するものではなく、妥協点を探した上での折衷案だった。
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