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第二章 高校三年生編
第98話 綾瀬碧ははっきりしない
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「今日はありがとね」
「こちらこそ、ありがとう」
観覧車を降りると、綾瀬はその思いを置いてきたかのように涙は止まっていた。
そしてすぐに切り替えると、笑顔を見せていた。
もう涙は流れていない。
バス、電車と乗り継いで、家の最寄り駅まで向かう。
電車で帰宅中、綾瀬は今までとあまり変わらない様子で話しかけてきた。
そして家が近づくと、終わりが近づいてきたことを知らせるように綾瀬はお礼を言い、俺はそれに返事をした。
ただ、今日で最後というわけではない。
また遊ぼうと思えば、いつでも遊べるのだ。
俺は様子を窺うようにして、綾瀬に問いかけた。
「……もしよかったらだけど、また出かけない?」
「うんっ! また出かけたいな!」
笑顔を見せる綾瀬の表情や目の奥には、一切の濁りもない。
多少の気まずさはあるのかもしれないが、綾瀬の表情からは全く読み取れなかった。
そのため、本当にそう思ってくれているのだろう。
もしこれが社交辞令なんかであれば、綾瀬は女優にでもなった方がいい。
そう感じさせられるほど、綾瀬の表情からは戸惑いが感じられなかったのだ。
どうやら俺の方が遠慮をしていたらしい。
綾瀬は気を使ってくれたのか、笑い飛ばしていってくれる。
「青木くんに好きな人ができたら、相談に乗るからね」
若干の悪戯心が混じっているのだろう。綾瀬は微かに意地悪な表情を浮かべていた。
どうやら俺は、からかわれるのが得意らしい。
「できたとして、言えると思うか?」
「まあ、気まずいよね。でも、教えてほしいなぁ……なんて」
逆に辛くなるだけなのではないのだろうか。
そう思っていても、俺の口からはそんなことを聞けるはずもない。
しかし、綾瀬はそのことに勘付いたのか、たまたまなのか、その答えを言ってくれた。
「私のわがままなんだけど、青木くんに好きな人ができて、その人が誰なのかによっては納得ができない気がするんだ。……なんて、彼女でもないし元カノでもないのに言える立場じゃないけどさ」
綾瀬は申し訳なさそうな表情を浮かべて「たはは……」と笑う。
確かに言う義理はないが、無理に隠す理由も思い当たらなかった。
それに、女子から意見をもらえるのなら、もし俺に好きな人ができた時には心強いだろう。
「……状況によるけど、言えるなら言うかな」
「うん、それでもいいよ」
そんな曖昧な言葉でも、綾瀬は納得してくれているようだ。
……いや、納得しようとしてくれているのだ。
わかっていても、その気持ちに甘えるしかなかった。
俺と仲良くしたいというのは本心からの言葉なのだろう。
しかし、好きな人ができれば聞きたい気持ちもあれば、聞きたくない気持ちもある。
そのわからない感情がせめぎ合っていて、綾瀬の言葉は本心でもあり、本心ではなかった。
少なくとも、今日は綾瀬の心も整理がついていない。
それは俺もそうだった。
今日のところは、雑談混じりに軽く話すだけだ。
いつもと同じように話しながらも……同じように話しているが、どこかが微妙に違う。
中途半端なまま、俺たちは会話をし、駅前で解散をする。
家まで送っていけば、綾瀬が頭の中を整理する時間は取れないと考えたからだ。
初恋。
私にとっての初恋は、はっきりとしないまま終わった。
いや、はっきりと好きだとは思っていて、それは伝えたけど、離れることを恐れて強引にいくことはできなかった。
「陸上でもそうだったなぁ……」
私は残暑の中、一人で帰路を辿りながらそう呟いていた。
前々から気が付いていたけど、私はどこか遠慮をしてしまうらしい。
陸上でも100メートルや200メートルを走っていたけど、最後に足が回らなくなることを怖がって、最初は少し加減をしていた。
それが必ずしも悪いこととは限らない。
いい方向に働くことだって、もちろんあるのだから。
ただ、試しに最初から全力で走ってみようとしても、本番直前には躊躇して、心のどこかでブレーキをかけてしまっている。
今日も同じこと。
陸上と恋愛という違いはあっても、自分の癖……悪癖が出てしまった。
でも、後悔はしていない。
ちゃんと気持ちは伝えられた。
心のどこかで、完全にフラれるのが怖かったのかもしれないけど、無理に私の気持ちを押し付けて、青木くんに拒絶されていれば、それこそ後悔していたと思う。
それに、もし青木くんが付き合いたいと思っていてくれたのなら、私が『友達でいたい』と言っても、付き合うという方向になっていたと思う。
その時はそんなつもりで言ったわけじゃないけど、多分そうなっていた。
卑怯な言い方だったかもしれないけど、そこまで考えていったわけじゃないし、そこまで頭が回るほど冷静じゃなかった。
だから許してほしい。
私にとっての初恋で、初めての告白だったから。
誰に対していっているのかもわからない懺悔を頭の中でしながら、私の目頭は熱くなる。
「本当に、好きだったんだよ……」
恋愛経験がない私。
周りから見れば、ちょっと優しくされただけで好きになってしまう単純な子なのかもしれない。
それでも、好きになってしまったものは、好きになってしまったんだからしょうがない。
もしチャンスがあるのなら――。
そう考えながらも、私はこれから友達として仲良くなることを望んでもいた。
とにかくこの中途半端な気持ちを整理するために、私は帰って温かいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、温かい布団で寝よう。
――夏だけど。
このもやもやとした気持ちをすっきりさせるため、私は家に向かって走り出していた。
「こちらこそ、ありがとう」
観覧車を降りると、綾瀬はその思いを置いてきたかのように涙は止まっていた。
そしてすぐに切り替えると、笑顔を見せていた。
もう涙は流れていない。
バス、電車と乗り継いで、家の最寄り駅まで向かう。
電車で帰宅中、綾瀬は今までとあまり変わらない様子で話しかけてきた。
そして家が近づくと、終わりが近づいてきたことを知らせるように綾瀬はお礼を言い、俺はそれに返事をした。
ただ、今日で最後というわけではない。
また遊ぼうと思えば、いつでも遊べるのだ。
俺は様子を窺うようにして、綾瀬に問いかけた。
「……もしよかったらだけど、また出かけない?」
「うんっ! また出かけたいな!」
笑顔を見せる綾瀬の表情や目の奥には、一切の濁りもない。
多少の気まずさはあるのかもしれないが、綾瀬の表情からは全く読み取れなかった。
そのため、本当にそう思ってくれているのだろう。
もしこれが社交辞令なんかであれば、綾瀬は女優にでもなった方がいい。
そう感じさせられるほど、綾瀬の表情からは戸惑いが感じられなかったのだ。
どうやら俺の方が遠慮をしていたらしい。
綾瀬は気を使ってくれたのか、笑い飛ばしていってくれる。
「青木くんに好きな人ができたら、相談に乗るからね」
若干の悪戯心が混じっているのだろう。綾瀬は微かに意地悪な表情を浮かべていた。
どうやら俺は、からかわれるのが得意らしい。
「できたとして、言えると思うか?」
「まあ、気まずいよね。でも、教えてほしいなぁ……なんて」
逆に辛くなるだけなのではないのだろうか。
そう思っていても、俺の口からはそんなことを聞けるはずもない。
しかし、綾瀬はそのことに勘付いたのか、たまたまなのか、その答えを言ってくれた。
「私のわがままなんだけど、青木くんに好きな人ができて、その人が誰なのかによっては納得ができない気がするんだ。……なんて、彼女でもないし元カノでもないのに言える立場じゃないけどさ」
綾瀬は申し訳なさそうな表情を浮かべて「たはは……」と笑う。
確かに言う義理はないが、無理に隠す理由も思い当たらなかった。
それに、女子から意見をもらえるのなら、もし俺に好きな人ができた時には心強いだろう。
「……状況によるけど、言えるなら言うかな」
「うん、それでもいいよ」
そんな曖昧な言葉でも、綾瀬は納得してくれているようだ。
……いや、納得しようとしてくれているのだ。
わかっていても、その気持ちに甘えるしかなかった。
俺と仲良くしたいというのは本心からの言葉なのだろう。
しかし、好きな人ができれば聞きたい気持ちもあれば、聞きたくない気持ちもある。
そのわからない感情がせめぎ合っていて、綾瀬の言葉は本心でもあり、本心ではなかった。
少なくとも、今日は綾瀬の心も整理がついていない。
それは俺もそうだった。
今日のところは、雑談混じりに軽く話すだけだ。
いつもと同じように話しながらも……同じように話しているが、どこかが微妙に違う。
中途半端なまま、俺たちは会話をし、駅前で解散をする。
家まで送っていけば、綾瀬が頭の中を整理する時間は取れないと考えたからだ。
初恋。
私にとっての初恋は、はっきりとしないまま終わった。
いや、はっきりと好きだとは思っていて、それは伝えたけど、離れることを恐れて強引にいくことはできなかった。
「陸上でもそうだったなぁ……」
私は残暑の中、一人で帰路を辿りながらそう呟いていた。
前々から気が付いていたけど、私はどこか遠慮をしてしまうらしい。
陸上でも100メートルや200メートルを走っていたけど、最後に足が回らなくなることを怖がって、最初は少し加減をしていた。
それが必ずしも悪いこととは限らない。
いい方向に働くことだって、もちろんあるのだから。
ただ、試しに最初から全力で走ってみようとしても、本番直前には躊躇して、心のどこかでブレーキをかけてしまっている。
今日も同じこと。
陸上と恋愛という違いはあっても、自分の癖……悪癖が出てしまった。
でも、後悔はしていない。
ちゃんと気持ちは伝えられた。
心のどこかで、完全にフラれるのが怖かったのかもしれないけど、無理に私の気持ちを押し付けて、青木くんに拒絶されていれば、それこそ後悔していたと思う。
それに、もし青木くんが付き合いたいと思っていてくれたのなら、私が『友達でいたい』と言っても、付き合うという方向になっていたと思う。
その時はそんなつもりで言ったわけじゃないけど、多分そうなっていた。
卑怯な言い方だったかもしれないけど、そこまで考えていったわけじゃないし、そこまで頭が回るほど冷静じゃなかった。
だから許してほしい。
私にとっての初恋で、初めての告白だったから。
誰に対していっているのかもわからない懺悔を頭の中でしながら、私の目頭は熱くなる。
「本当に、好きだったんだよ……」
恋愛経験がない私。
周りから見れば、ちょっと優しくされただけで好きになってしまう単純な子なのかもしれない。
それでも、好きになってしまったものは、好きになってしまったんだからしょうがない。
もしチャンスがあるのなら――。
そう考えながらも、私はこれから友達として仲良くなることを望んでもいた。
とにかくこの中途半端な気持ちを整理するために、私は帰って温かいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、温かい布団で寝よう。
――夏だけど。
このもやもやとした気持ちをすっきりさせるため、私は家に向かって走り出していた。
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