上 下
99 / 135
第二章 高校三年生編

第98話 綾瀬碧ははっきりしない

しおりを挟む
「今日はありがとね」

「こちらこそ、ありがとう」

 観覧車を降りると、綾瀬はその思いを置いてきたかのように涙は止まっていた。
 そしてすぐに切り替えると、笑顔を見せていた。

 もう涙は流れていない。

 バス、電車と乗り継いで、家の最寄り駅まで向かう。

 電車で帰宅中、綾瀬は今までとあまり変わらない様子で話しかけてきた。
 そして家が近づくと、終わりが近づいてきたことを知らせるように綾瀬はお礼を言い、俺はそれに返事をした。

 ただ、今日で最後というわけではない。
 また遊ぼうと思えば、いつでも遊べるのだ。
 俺は様子を窺うようにして、綾瀬に問いかけた。

「……もしよかったらだけど、また出かけない?」

「うんっ! また出かけたいな!」

 笑顔を見せる綾瀬の表情や目の奥には、一切の濁りもない。
 多少の気まずさはあるのかもしれないが、綾瀬の表情からは全く読み取れなかった。
 そのため、本当にそう思ってくれているのだろう。

 もしこれが社交辞令なんかであれば、綾瀬は女優にでもなった方がいい。
 そう感じさせられるほど、綾瀬の表情からは戸惑いが感じられなかったのだ。

 どうやら俺の方が遠慮をしていたらしい。
 綾瀬は気を使ってくれたのか、笑い飛ばしていってくれる。

「青木くんに好きな人ができたら、相談に乗るからね」

 若干の悪戯心が混じっているのだろう。綾瀬は微かに意地悪な表情を浮かべていた。

 どうやら俺は、からかわれるのが得意らしい。

「できたとして、言えると思うか?」

「まあ、気まずいよね。でも、教えてほしいなぁ……なんて」

 逆に辛くなるだけなのではないのだろうか。
 そう思っていても、俺の口からはそんなことを聞けるはずもない。

 しかし、綾瀬はそのことに勘付いたのか、たまたまなのか、その答えを言ってくれた。

「私のわがままなんだけど、青木くんに好きな人ができて、その人が誰なのかによっては納得ができない気がするんだ。……なんて、彼女でもないし元カノでもないのに言える立場じゃないけどさ」

 綾瀬は申し訳なさそうな表情を浮かべて「たはは……」と笑う。

 確かに言う義理はないが、無理に隠す理由も思い当たらなかった。
 それに、女子から意見をもらえるのなら、もし俺に好きな人ができた時には心強いだろう。

「……状況によるけど、言えるなら言うかな」

「うん、それでもいいよ」

 そんな曖昧な言葉でも、綾瀬は納得してくれているようだ。

 ……いや、納得しようとしてくれているのだ。

 わかっていても、その気持ちに甘えるしかなかった。

 俺と仲良くしたいというのは本心からの言葉なのだろう。
 しかし、好きな人ができれば聞きたい気持ちもあれば、聞きたくない気持ちもある。
 そのわからない感情がせめぎ合っていて、綾瀬の言葉は本心でもあり、本心ではなかった。

 少なくとも、今日は綾瀬の心も整理がついていない。
 それは俺もそうだった。

 今日のところは、雑談混じりに軽く話すだけだ。
 いつもと同じように話しながらも……同じように話しているが、どこかが微妙に違う。
 中途半端なまま、俺たちは会話をし、駅前で解散をする。

 家まで送っていけば、綾瀬が頭の中を整理する時間は取れないと考えたからだ。



 初恋。
 私にとっての初恋は、はっきりとしないまま終わった。

 いや、はっきりと好きだとは思っていて、それは伝えたけど、離れることを恐れて強引にいくことはできなかった。

「陸上でもそうだったなぁ……」

 私は残暑の中、一人で帰路を辿りながらそう呟いていた。

 前々から気が付いていたけど、私はどこか遠慮をしてしまうらしい。
 陸上でも100メートルや200メートルを走っていたけど、最後に足が回らなくなることを怖がって、最初は少し加減をしていた。

 それが必ずしも悪いこととは限らない。
 いい方向に働くことだって、もちろんあるのだから。

 ただ、試しに最初から全力で走ってみようとしても、本番直前には躊躇して、心のどこかでブレーキをかけてしまっている。

 今日も同じこと。
 陸上と恋愛という違いはあっても、自分の癖……悪癖が出てしまった。

 でも、後悔はしていない。
 ちゃんと気持ちは伝えられた。

 心のどこかで、完全にフラれるのが怖かったのかもしれないけど、無理に私の気持ちを押し付けて、青木くんに拒絶されていれば、それこそ後悔していたと思う。
 それに、もし青木くんが付き合いたいと思っていてくれたのなら、私が『友達でいたい』と言っても、付き合うという方向になっていたと思う。
 その時はそんなつもりで言ったわけじゃないけど、多分そうなっていた。

 卑怯な言い方だったかもしれないけど、そこまで考えていったわけじゃないし、そこまで頭が回るほど冷静じゃなかった。
 だから許してほしい。

 私にとっての初恋で、初めての告白だったから。

 誰に対していっているのかもわからない懺悔を頭の中でしながら、私の目頭は熱くなる。

「本当に、好きだったんだよ……」

 恋愛経験がない私。
 周りから見れば、ちょっと優しくされただけで好きになってしまう単純な子なのかもしれない。
 それでも、好きになってしまったものは、好きになってしまったんだからしょうがない。

 もしチャンスがあるのなら――。

 そう考えながらも、私はこれから友達として仲良くなることを望んでもいた。

 とにかくこの中途半端な気持ちを整理するために、私は帰って温かいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、温かい布団で寝よう。
 ――夏だけど。

 このもやもやとした気持ちをすっきりさせるため、私は家に向かって走り出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜アソコ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとエッチなショートショートつめあわせ♡

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

歩みだした男の娘

かきこき太郎
ライト文芸
男子大学生の君島海人は日々悩んでいた。変わりたい一心で上京してきたにもかかわらず、変わらない生活を送り続けていた。そんなある日、とある動画サイトで見た動画で彼の心に触れるものが生まれる。 それは、女装だった。男である自分が女性のふりをすることに変化ができるとかすかに希望を感じていた。 女装を続けある日、外出女装に出てみた深夜、一人の女子高生と出会う。彼女との出会いは運命なのか、まだわからないが彼女は女装をする人が大好物なのであった。

チート生産魔法使いによる復讐譚 ~国に散々尽くしてきたのに処分されました。今後は敵対国で存分に腕を振るいます~

クロン
ファンタジー
俺は異世界の一般兵であるリーズという少年に転生した。 だが元々の身体の持ち主の心が生きていたので、俺はずっと彼の視点から世界を見続けることしかできなかった。 リーズは俺の転生特典である生産魔術【クラフター】のチートを持っていて、かつ聖人のような人間だった。 だが……その性格を逆手にとられて、同僚や上司に散々利用された。 あげく罠にはめられて精神が壊れて死んでしまった。 そして身体の所有権が俺に移る。 リーズをはめた者たちは盗んだ手柄で昇進し、そいつらのせいで帝国は暴虐非道で最低な存在となった。 よくも俺と一心同体だったリーズをやってくれたな。 お前たちがリーズを絞って得た繁栄は全部ぶっ壊してやるよ。 お前らが歯牙にもかけないような小国の配下になって、クラフターの力を存分に使わせてもらう! 味方の物資を万全にして、更にドーピングや全兵士にプレートアーマーの配布など……。 絶望的な国力差をチート生産魔術で全てを覆すのだ! そして俺を利用した奴らに復讐を遂げる!

拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~

荒井竜馬
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。 ========================= <<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>> 参加時325位 → 現在5位! 応援よろしくお願いします!(´▽`) =========================  S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。  ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。  崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。  そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。  今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。  そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。  それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。  ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。  他サイトでも掲載しています。

処理中です...