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積極的な失敗 vs伊賀皇桜学園

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『ファーストランナー諏訪亜澄さんに代わりまして、佐久間由衣さん。ファーストランナーは佐久間由衣さん。背番号15』

 アナウンスされ、由衣が一塁へと向かう。そして交代に亜澄が戻ってきた。

 人数が少ないというのは言い訳にはならない。マネージャーである由衣を代走に送った。これは自分の選手の起用が下手だったいう証拠に他ならない。
 光を代走に出すタイミングが早かった。それ故に守備固め要員である煌や鈴里が候補に上がってしまい、結果的に由衣を出すこととなった。
 そうでなくとも、光以外にもう少し走塁練習をさせておくべきだったのだ。

 自分の失敗を元に、次の課題も見えてきた。

 失敗したことは後で全力で後悔する。今後悔して試合影響でも出れば、それこそ選手にとって望まないことだ。
 巧は溢れ出る後悔をグッと堪えた。

 しかし、実のところ由衣の代走というものは悪い起用ではなかった。

 由衣は現在マネージャーとはいえ、野球未経験者ではない。姉の由真が野球をしていることもあり、由衣も小学生の頃は軟式チームでプレーしていた。

 ただ、球技に圧倒的に向いていなかった。打撃や守備はあまり上達せずに、唯一ボールを使わない走塁だけは由真と同様にこなせていた。

 中学時代は部活に所属しなければいけなかったことから陸上部に入部しており、単純な足の速さだけを言えば明鈴の走塁のスペシャリストである由真や光にやや劣る程度だ。

 それもあって、ランナーを想定して行うシートノックでランナーとして入ることもある。
 もちろん盗塁は行わずに帰塁もないとはいえ、走塁技術だけを言えば現役野球部員とさほど変わらない。場数は少ないとはいえ、守備にプレッシャーを与えるような走塁練習だけを徹底的にしてきたのだから。

 球技が苦手というだけで、走ることに関しては十分。そのままピッチャーへと交代することもあり、守備を行う心配もない。
 選手登録している以上、万が一の場合に備えて少しばかりは練習してある。

 元々僅かながらとはいえ、出場する可能性があるということは伝えてあったこともあり、由衣はチームのためにと代走を引き受けてくれた。

 リードは牽制をされても戻れる範囲で普通よりもやや小さく、アウトにならなければなんでもいい。
 外から試合を見ていた由衣であれば、むしろ状況把握も得意だ。
 球技が苦手でも、野球が好きだからこそ由衣はマネージャーをしていた。

 由衣が登場すると、相手は警戒をする。
 今まで登場しなかった選手でありながら、他の選手を押しのけて登場していることに疑問を抱かないはずがない。
 そして、『佐久間』の姓を持つため、由真の妹だということは想像に難くない。
 盗塁を狙わずに走塁をするだけで、普段はマネージャーだということにも気がついていないのかもしれない。

 伊澄が打席に入ると、初球を投じる前に二球ほど牽制が入る。
 由衣を無駄に警戒しているのだろうが、由衣は盗塁をする素振りもなく帰塁している。広いリードを刺しにいくものではなく、スタートをさせないためや、我慢できずに飛び出したところをあわよくば刺すためのもののため、盗塁する気のない由衣にとっては容易に戻れるものだった。

 そんなやり取りが行われると、由衣に盗塁する気がないとわかったのか、初球を投じる。

「ストライク!」

 外角低めの針を通すようなストレート。そんな球に初球から手を出した伊澄だが、バットは空を切る。
 際どいところとはいえ、内野を抜ければもちろんヒット、外角低めであれば一塁側に転がせられる可能性が高く、転がれば進塁打が望める上にゲッツーのリスクは低い。
 得点圏で調子の良い司に繋げるというのは良い選択肢ではあったが、残念ながらそう上手くはいかない。

 マウンドに立つ柳生はエースなのだ。
 伊澄もエースで立場としては同等だが、その番号の重みも今までの積み重ねも違う。

 柳生は三年間戦い手にした強豪のエースナンバーであり、伊澄はそもそも競争相手も少ない無名校のエースだ。だからこそ容易に勝てる相手ではないということを、伊澄自身が一番よくわかっているのだろう。
 フォアボールで出塁する、ヒットを放つといった明確な勝ちではなく、次に繋げるためのバッティングという負けないための選択肢を取ろうとしていた。

 それでも伊澄よりも、柳生が勝っていた。

 試合経験だけで言えば、伊澄は柳生に勝るとも劣らない。中学時代に勝ち続けて来たのだから、それだけ試合経験は豊富だ。
 ただ、高校野球の経験は、伊澄と柳生とでは圧倒的な差があった。

 そのマウンド捌きは圧巻だ。

 二球目は内角に入れていくカットボールだ。
 これは流石に厳しく、伊澄が見送るとボール球だ。しかし、ストライクとも取れるような際どいところを狙って来ている。

 徐々に本来の調子に上げて来ているようだ。

 柳生は夜空とほとんど同じ変化球を投げる。しかし、一つだけ違う球種を持っていた。それは……、

「ファウルボール!」

 タイミングも合っていない、フォームを崩され当てただけのバッティングだが、なんとかファウルにすることができただけでまだ良かった。
 これがフェアゾーンに飛んでいれば、ゲッツーコースまっしぐらだ。

 その球はカーブ。練習試合でも投げていたこの変化球は、タイミングを外す緩い変化球だ。
 この一球を投げられるかどうか、それだけでも夜空と柳生の差は歴然としていた。

 ストレートはもちろん、カットボール、シュート、縦スライダーは速い球だ。それに加えて柳生はカーブを投げられる。緩急差がつけられる球を投げられるかどうかだけでも、投球の幅は広がる。

 そして伊澄はそのカーブに翻弄されていた。

 たった二球で追い込まれている。これでどんな球を投げようとも、柳生の有利は変わらない。

 セットポジション。柳生の指先から白球が放たれる。

「ストライク! バッターアウト!」

 空振りの三振。
 三球三振。

 内角高めのストレートに、伊澄のバットは空を切った。

 力でねじ伏せる柳生の投球は、強豪のエースというものを誇示するような投球だ。

 エース対決。伊澄は柳生に一歩も、二歩も届かない。圧倒的な実力差を見せつけられる戦いだった。



 ツーアウトランナー一塁。ここで打席に入るのは、一つ殻を破った司だった。
 そうでなくともここ最近の成績を見る限り、好調を維持している。そして巧が監督として就任して以来、成長が著しい。司と光は、中学までの実績以上に期待のできる選手だ。

 チャンスを作るためにも、司にはじっくり攻めて打てる球を打ってもらいたい。

 その思惑が通じているのか、初球の内角低め、厳しいコースのストレートに司のバットは反応しながらもスイングする前に止まった。

「……ストライク!」

 判定はストライク。しかし、難しい球を打ちにいって初球から凡退となるよりはまだ全然良い。
 打てる球を狙いながら、打てない球は見逃すか追い込まれていればカットして凌いでいけばいいのだ。

 二球目も司は見送る。
 またもや内角低めだが、打たせるような逃げるシュートに、司のバットは動かない。

 獲物を捕らえるようなその見送り方は、珠姫のそれとよく似ている。

 この打席は期待できるかもしれない。
 そんなことを思っていた三球目、司のバットが快音を響かせた。

「センタァー!」

 打球はセカンド頭上を越える弾丸ライナー。
 吉高の声に応えるように早瀬は打球へと一直線に向かうが、鋭い打球に飛び込む隙すらなく追いつけない。打球は右中間を破り、フェンスへと到達した。

 司は打球を確認すると即座に一塁を回り、二塁へと向かう。この完璧な当たりでアウトとなることはないだろう。

 しかし、ライトの溝脇が打球処理のカバーをしているところ、司が一塁を回ったタイミングで由衣は二、三塁の中間地点だ。
 柳生から連打は容易にできない。巧は思わず叫んでいた。

「回せっー!」

 その声に反応し、三塁ランナーコーチをしていた煌が大きく腕を回す。
 それを見た由衣は三塁を蹴った。

「バックホーム!」

 由衣が三塁を回ったタイミングで、ボールは中継に入っていた的場が捕球しようとしていた。

 的場は吉高の声に反応し、捕球するとすぐさま本塁へと送球した。

 際どいタイミング。

 由衣が頭から滑り込むと、送球を受けた吉高がタッチを試みた。

 スライディングの勢いで砂埃が舞い上がる。
 状況は確認できない。

 巧はベンチから見守り、セカンドベース上の司も本塁の様子を伺っている。

 やがて砂埃が晴れる。

 由衣の指先がホームベースを掠めていた。
 しかし、吉高のミットも確かに由衣の肩に触れている。

 どちらが早いのか。
 それは審判によって宣告された。

「…………アウトォ!」

 僅かにタッチの方が早かった。それが審判の判定だ。

 由衣の指先がベースに触れているとはいえ、指先がほんの少し触れているだけだ。
 スライディングをして止まった後にタッチをされたというよりも、タッチの勢いもあってスライディングが止まったという可能性が高そうだ。由衣は確かに勢いよくホームに突っ込んだのだから。

 マネージャーである由衣の果敢なプレーも、本塁憤死。それも肩の強い溝脇から守備の上手い的場へと中継するバックホームだ。誰も責められるはずがない。

 責められるとしたら、巧の判断ミスということだ。
 後に続く陽依を信頼しきれず、由衣を回すように言ったのだから。

 さらに点差を広げられるチャンスだったものの、これで攻撃終了。
 セカンドまで到達していた司も、残塁という形でチャンスへと繋げられなかった。

 ただ、これからはリリーフエースの棗と好調を維持している黒絵が継投として出せる。

 二点のリードを守り切り、次に勝ち進む。
 巧はそのことだけを考えていた。
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