上 下
20 / 150

三年生と一年生③

しおりを挟む
 チェンジアップが未完成ということはわかっていてもそれだけで脅威だった。二番の晴はショートゴロに打ち取られ、三番の夜空はライト前に運んだものの、四番の智佳は三振に打ち取られた。

 純粋な打撃力であれば黒絵を打ち崩すことは容易だが、チェンジアップに惑わされているのは間違いない。すでに神代先生の術中に嵌っているのは自覚していた。

 まずは我慢比べだ。点を取られなければ負けることはない。勝つためにはまず失点を避けることだ。

「二回表、お願いしますね」

「了解」

 ピッチャーの秀は完全にエンジンがかかっている。このまま何イニングか投げさせたいところだが、二年生との対決のことを考えると長くは投げさせられない。

 二回表、五番の咲良には粘られたものの、六番の黒絵、七番の白雪と三者凡退に抑えた。

「ナイスピッチングです」

 巧が秀に声をかけると、秀はグラブを上げて返事をする。

 二回裏は五番の秀からだ。秀はバッティングも良い。期待はできる。

「さて、次の準備もしておきましょう」

 三回からはピッチャーを代え、晴が登板する。そのために巧はキャッチャーミットを持って晴の肩を温めるためにキャッチボールから始める。

「出来るだけ長い回を投げてもらいたいので、よろしくお願いしますね」

「任せて」

 晴のポジションはショートだが、夜空のようにピッチャーもできる。二試合目の先発は夜空と決めており、一試合目に秀を先発させたのは勢いに乗るためという思惑があった。秀は無事に二回を無失点と抑えることができたため、序盤のうちに得点してさらに勢いに乗りたいところだ。

 五番の秀の打席。初球から来たチェンジアップは外角高めに外れてボールとなる。二球目の内角低めのストレートはタイミングがずれて空振りだ。

「全く、厄介だなぁ」

 チェンジアップとストレートの球速差が激しい。スピードガンで測っているわけではないが、三十キロくらいは差があるのではないだろうか。ただ、この未完成のチェンジアップでもこれだけの威力があるのだ、完成した時が楽しみだ。

 三球目はストレート。外角低めへの直球に秀は反応し、バットを振るが、ボールはバットの先に当たり鈍い音を立ててファウルゾーンへと転がる。

 四球目、黒絵から放たれたボールは琥珀の構えたミットに目掛けて一直線に向かう。低めだが真ん中の絶好球だ。秀もそう直感し、バットに振るものの一、二塁間への際どい当たりだ。

「抜けろ!」

 秀はそう叫んだが、セカンドの柚葉は横に飛び、捕球。難しい体制ながら、そのまま一塁へ送球しセカンドゴロとなった。

 惜しい。そう見えるが、真ん中低めに来たことで甘くなったと直感し、手を出してしまったところが打ち取られた要因だ。事実、二球目、三球目のボールよりもやや低いボール球だ。打ちづらい低めを意識させられたところで甘くなったと直感したただのボール球に手を出してしまったのだ。

「立花さんもすごいけど、その要求に応える豊川さんもなかなかだね」

 晴はキャッチボールを一旦止め、こちらに近づいてくる。肩を作るためにキャッチボールを始めたものの、巧は試合が気になってあまり進んでいない。

「あ、すいません」

「いいよいいよ。緊急登板とか多いから肩作るの早いんだ。もうちょっとだけ投げたいけど私も試合気になるし、ちょっと見よっか」

 気を遣われているのはわかったが、今はお言葉に甘えておこう。

「立花さんのリードも普通にいいし、要求したコースに投げれている豊川さんもすごいね」

 確かにここは晴の言う通りだった。黒絵は元々コントロールが良くない。今でも荒れることはあるが、それでも以前に比べると格段にコントロールは上がっている。

「筋トレと体幹トレーニングの成果ですかね?」

「それはあるだろうね。でもここまで成果が出るって、今までどんなトレーニングをしてきたの?」

 晴に指摘されて巧は思い返す。筋トレも体幹トレーニングも普段の練習で取り入れてきた。確かにこの合宿で普段よりも多いトレーニング量ではあるが、それだけが劇的に変わる理由とは思えない。

「あっ」

 一つだけ心当たりがあった。巧はそれを晴に話す。

「黒絵、中学時代は公式戦に出れないほど人数の少ない部だったらしいです。なので、練習も自分たちでほとんどしてたみたいで……」

「あー、なるほどね」

 それだけ言うと晴もピンと来たようだ。

 多少でもスポーツに携わったことのある顧問がいれば筋トレや体幹トレーニングの大切さは理解しているだろう。しかし、自分たちで練習をするとなると、一見地味なトレーニングよりもボールやバットを使った練習をしたがるものだ。

「基礎ができてないままずっとやってたから、高校でちゃんとしたトレーニングを少ししただけでも結果が出てきてると」

「そうですね。それで、今日まで一カ月弱トレーニングを続けた結果、この合宿で効果が出始めたってところでしょうか」

 合宿の効果ももちろんあるだろうが、中学時代にできていなかった基礎を取り入れたことで以前に比べて安定感が増したということだ。それを踏まえて投球を見てみると、ストレートもキレが増している。

 今は六番の実里はフォアボールで出塁し、七番の景の打席だ。そろそろ晴の準備も再開した方がいいし、巧も九番に入っているため打席が回る可能性もある。

「じゃあ、夜空呼んでくるので、俺はそろそろ行きますね」

「ん、了解」

 七番の景が凡退に倒れ、続くは八番の珠姫だ。巧は夜空に晴の準備に付き合うように言い、ネクストバッターズサークルに向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

怪談あつめ ― 怪奇譚 四十四物語 ―

ろうでい
ホラー
怖い話ってね、沢山あつめると、怖いことが起きるんだって。 それも、ただの怖い話じゃない。 アナタの近く、アナタの身の回り、そして……アナタ自身に起きたこと。 そういう怖い話を、四十四あつめると……とても怖いことが、起きるんだって。 ……そう。アナタは、それを望んでいるのね。 それならば、たくさんあつめてみて。 四十四の怪談。 それをあつめた時、きっとアナタの望みは、叶うから。

処理中です...