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第二十九章「士官学校ギルド」(4)

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「い、いるけど……」

 水晶龍の指輪を通して、ルッ君の戸惑いがちの返答があった。

「あ、もしかして、今立て込んでる?」
「い、いや、そういうわけでもないんだけど……」
「ちょっと、この古代迷宮の宝箱、トラップが多いみたいでさ、力を貸してもらおうかなって」
「それは構わないけど……、どうやって?」
「こないだのロドリゲス教官みたいに、召喚できないか試してみようかって。とりあえず、やってみるね」

 僕はそう言って、小鳥遊たかなしを地面に刺して、二本指で六芒星を描き始めた。

「ま、待って!! ちょっと待って!! 今ズボン履くからっ!!!」
「……え? ……何してたの?」
「い、いや、別に……」

 ルッ君……そこで言い淀むなよ……。

「そ、そう……、やっぱいいや。お取り込み中悪かったね。……それじゃ」
「ま、待てって!! そういうのじゃないから!! ただのうんこだから!!!」
「ククッ……クックック……」

 ルッ君が慌てたように言うと、誰かの忍び笑いが聞こえた。

「だ、誰?」
「閣下じゃないかな」
「ああ。卿らのおかげで、アデールと他のカフェの客に変な目で見られてしまった」 

 どうやらアデールとデート中らしいジルベールの返答だった。

「……も、もしかして、この会話って……」
「クランの指輪を使ってるからね。指輪を付けている全員に聞こえているよ」
「ぷぷっ、バッチリ聞こえてるわよーん」
「この指輪、めちゃくちゃおもしれーじゃん!!」
「花京院くん、悪用しちゃダメよ? ……それと、レディも聞いてるってことを忘れないでよね」

 ミスティ先輩が花京院とルッ君に釘を差した。

「そんなわけで、ルッ君、支度が終わったら教えて。……ちゃんと手を洗ってから来てね」
「洗うわ!! 勝手に呼び出されてこの扱い! ヒドくね? ヒドくね?」
「まぁまぁ……。すっげぇセクシーな先輩が三人もいるから来てよ」
「……わかった。すぐ支度する」

 セクシーな毒島ぶすじま先輩たちを楽しみにルッ君が急いで身支度をしている間に、僕はガンツさんと合流した。

「すまん、遅くなった。……そちらは問題ないか?」

 奥さんに事情を説明して、身支度をしてから来てくれたガンツさんと、僕はがっちり握手を交わした。

「いえ、問題ありまくりでしたけど、一応すべて対処済です」

 僕は事情を話しながら、ヒルダ先輩たちの場所に向かった。

「や、やれやれ……。普通の冒険者だったら叱り飛ばすところなんだが……王女殿下だしなぁ……。しかし、あのアホ三人組はともかく、ソリマチ殿まで一緒になってはしゃぐとは……」
「まぁ……たぶん、ガンツさんが叱らなくても、大丈夫だと思いますけどね……」

 そう言った僕の予感は的中していた。
 部屋に戻ると、毒島応援団とソリマチ隊長、ヴェンツェル。それにユリシール殿までが正座させられていて、ヒルダ先輩から説教されていた。

「「「さ、さーっせんっしたぁ!!!」」」
「ん? 『さーせん』とはなんだ? 私が知らぬ言葉だ」

 体育会系の謝罪をする毒島応援団を、ヒルダ先輩がてつくような目で一瞥いちべつしながら言った。

「ハ、ハイ! これは『すいません』という言葉を略したものでして!!」

 日頃から、質問にはハキハキ答えるよう毒島団長から鍛えられているらしい取り巻きの一人が、ビビリながらも大きな声で返答する。

「……ほう。貴様らは相手に謝罪するときに言葉を略すというのか……」

 ヒルダ先輩から絶対零度のオーラが一気に漂い、毒島先輩が小さく「ヒィッ」と声を上げた。

「「「す、すいませんでしたぁぁぁぁ!!!」」」
「たわけ共め!! ごめん、すいませんは友人知人に気安く言う言葉だ。本当に謝る時は『大変申し訳ございませんでした』だろうが!!!」
「「「た、た、大変申し訳ございませんでしたあああああ!!!」」」

 この短時間で、ヒルダ先輩は完全に毒島応援団の主導権を掌握してしまっていた。
 ……ヒルダ先輩も、なんだかんだ体育会系のノリの人な気がする。 

「お、おっかねぇねぇさんだな……。うちのかーちゃんがキレた時ぐらいやべぇぞ」
「え、ガンツさんとこの奥さん、めっちゃキレイで優しいじゃん」
「バカヤロウ。女ってのは、家の中と外じゃ人格が変わるんだよ……。オメェもいつかわかる時が来るさ……」

 ガンツさんが遠い目をしてそう言ってから、ハッとしたように僕の方を向いた。

「あ、で、でも、怒ってない時はすげぇ優しいんだぞ?! それに、いつも怒らせるようなことをしちまってる俺が悪いんだ!」
 
 ……どうやら、ガンツさんは奥様の教育が行き届いているらしい。
 慌てたように釈明するガンツさんに、僕は慈愛の眼差しを向けた。

「王女殿下、祖父はともかく、私からは冒険をお止めくださいとは申せませんし、申しません。ですが……」
「げぇっ……、お、王女殿下?!」
 
 今頃気付いた毒島先輩が驚きの声を上げる。

「ん? 発言を許した覚えのない虫がどこかで騒いでおるな……」
「も、申し訳ございませんでしたァァァァ!!!」

 ヒルダ先輩の一瞥で、毒島先輩が土下座したまま地面に三回頭を叩きつけた。
 
「ヒルデガルドよ。本当にすまんかった。いや、大変申し訳ござ……」
「いやいやいやいや!!! 王女殿下がそれやっちゃダメでしょ!!!」

 僕が慌ててスライディングして、ヴァイリスの至宝の土下座を阻止した。

「ううっ、まつおさんよ……、そなたはヴァイリスいちの忠臣だったのだな……」

 自分の孫娘が王女殿下を土下座させたと知ったら、きっとアルフォンス宰相閣下の心臓が止まってしまうに違いない。

 それにしても……、監督責任とはいえ、ヴェンツェルまで正座させられているのが可哀想でならない。

「まつおさん、準備できたぜ!!」

 超ハイテンションのルッ君から連絡が入った。

「セクシーな先輩三人って、生徒会の人たちなの? やっぱりあれかな、あのヒルデガルド生徒会長に許されている人たちだから、きっとどえらい感じの……」
「まぁ……、たしかにどえらい感じだね。そこは間違いない」
「おお……」
「それじゃ、やってみるね……。うまくいくといいけど」

 ルッ君が勝手に誤解してくれているうちに、僕はさっさと六芒星を三回描いて詠唱を行った。

「おお、うまくいった!! ……って、ナニ、そのカッコ……」
「……」

 およそ冒険に行くとは思えないような、ぶかぶかのタキシードに蝶ネクタイを付けたルッ君が魔法陣から姿を現した。

「……ベル、今のはなんだ? 彼は君の級友だと記憶しているが……」

 ヒルダ先輩が突然現れたルッ君を見てから、怪訝そうな顔で僕に尋ねた。

「何って……、召喚魔法ですけど……」
「いやぁ、クラン戦の時もたまげたけど、殿の魔法は大したもんじゃのう!!」
「こんなものが召喚魔法なわけがあるか! 貴様は魔法をナメているのか」
「みんなすぐそういうことを言う……」

 ヒルダ先輩の言葉に僕が口元を尖らせると、正座から解放されたヴェンツェルがくい、とノンフレームの眼鏡を押し上げながら解説をはじめた。

「召喚魔法とは、幻獣と呼ばれる、この物質世界とは別の次元にいる存在を精霊として呼び出す魔法だ。君のように、この世界に存在するものを召喚する召喚魔法など、私もこれまで聞いたことがない」

 幻獣といえば、ミヤザワくんが前に士官学校でもらった幼竜ドラゴンパピーみたいなやつは元気にしているかな?
 たしか、精霊として呼び出された幻獣の中で、ごくたまに物質世界を気に入って居残っちゃうのがいて、あの幼竜っぽい幻獣もそうだったとかなんとか。

「じゃ、僕の魔法は召喚魔法じゃないの?」
「違う、断じて違う」

 ヴェンツェルに聞いたのに、ヒルダ先輩が言ってきた。

「じゃ、僕のは一体なんなんだ……」
「……君の魔法については、僕は深く考えないようにした」

 ヴェンツェルが苦笑しながら言った。

「……」
 
 そんな中、ルッ君は無言のまま、周囲を見渡している。

 どうしたのだろうか?
 魔法の影響が変な風に作用しちゃったかな。
 
「ルッ君、大丈夫?」
「ぇか……」
「ん?」
「おっさんじゃねぇか!!!!!!」
「げふぅっ!!!」

 ルッ君が投げた革靴が僕のアゴにヒットした。

毒島ぶすじま力道山りきどうざん先輩はああ見えて三年生なんだぞ!!」
「五回も三年生やってたらただのおっさんじゃねぇか!!!!!!」
「うわっ!!」

 ルッ君が投げたもう片方の革靴が僕の顔をかすめた。

「団長。あの一年坊、さっきからめちゃくちゃ言うてまっせ……」
「今はヒルデガルド生徒会長様のありがたい訓話の途中じゃ……、我慢せぇ」

 大きな身体で正座を続ける足をぷるぷるさせながら、毒島先輩が取り巻きに言った。

「くそー!! セクシーな先輩3人って言うから、オレにもワンチャンあるかもって期待して来たのに!!」
「その服装ナリではいずれにせよノーチャンスだったと思うが……」

 ヒルデガルド先輩がぼそっと言った言葉は、ルッ君の耳に入らなかった。

「くそぉぉー!! こんなもん!!」

 ルッ君はぶかぶかのタキシードと蝶ネクタイを脱ぎ捨てると、地下迷宮の壁の裂け目から、真っ暗に広がる空間に投げ捨てて、その近くに落ちた革靴も怒りに任せて投げ捨てた。

「オレはもう、帰る!! まつおさん、ここから帰してくれ!!」
「へ?」

 ルッ君の言葉に、僕は顔を傾けた。

「へ? ってなに……お、おい、お前まさか……」
「帰し方とか、わかんないんだけど……」
「おまえええええええっ!!!!」

 ルッ君が僕に飛びかかった。

「わ、わかった、わかった!! そ、そうだ、ルッ君! 自殺すればいいんだ! そうすればほら、召喚体だから……実体は元に……」
「……それはやめておいたほうがよさそうだ」

 ヒルダ先輩が言った。

「召喚体特有の魔法反応がない。どうやら、そいつは……実体だぞ」
「へ?」

 今度はルッ君が首を傾けた。

「ヒルデガルドの申す通りだ。そなたは召喚体ではなく、実体だ。ここで死ねば、そのままこの世とおさらばじゃな」
「だから言ったのだ。お前のさっきのは召喚魔法などではない。……言わば強制遠隔テレポートだ」

 ヒルダ先輩とユリーシャ王女殿下の言葉に、ルッ君の顔がみるみる蒼白になった。
 
「おまえええええええっ!!! ど、どうやって帰るんだよ!!! タキシードは?! 召喚体だと思って靴も捨てちゃったじゃないか!!」
「それはルッ君が勝手にやったんだろー!? わ、わかった、僕のサンダルを貸してやるから……」
「サ、サンダル?! 古代迷宮をサンダルで過ごせっていうのか!?」
「古代迷宮に行くのにあんな革靴履いて来ておいて、どの口がそんなこと言ってるんだよ!」

 僕とルッ君がぎゃーぎゃー言ってると、ヒルダ先輩は、はぁ、というため息をついて、ぽつりとつぶやいた。

「……今日は、生きて帰れぬやもしれぬな……」
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