士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第二十七章「クラン戦」(19)

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19

 じゅうううっ、と肉を焼く音が城内に響き渡った。

「今日はもう店は閉めてきたぞ!! まだまだ肉はあるから、じゃんじゃん焼いてくれ!!」

 トーマスのお父さんの言葉に、味方陣営から歓声が上がった。

「おわ……すっげ……、めっちゃサシが入ってるぞ……。こんな肉食ったことねぇぞ!」
「うおおお!!肉!肉!! 本当に食っていいのかこれ?!」

 花京院とキムがものすごい勢いで飛び込んできた。

「その前に、脱落したメンバーにお肉持っていってあげてくれる? つまみ食いしながらでいいからさ」
「おお、そうだな!」

 僕はギルドホールで待機している脱落組、つまりクラン戦で召喚体が戦死したメンバーの分のお肉を乗せた皿を花京院とキムたちに手渡した。
 クラン戦のルールは割と自由だが、戦死して召喚体から戻された者はクラン戦が終わるまで戦場には入れない。

「ねぇ……。なんかあの人、すごい形相で何か言ってるんだけど……」

 ユキが僕に話しかけた。
 僕らの後方、大広間の玉座で、暁の明星のリーダーが激昂した様子で何かを叫んでいるが、みんなの盛り上がる声がうるさくて、何も聞こえてこない。 

「ほっとけばいいよ。制限時間が切れるまであそこで時間稼ぎするって言ってるんだから、僕らが肉を焼いているところを、好きなだけ座って見てればいいじゃん」
「あんたって……本当に人を怒らせる天才よね……」
「ユキの言う通りだ。相手が動けないのをいいことに、勝手に居城に上がり込み、肉を焼いて宴会を始めようというのだからな……クックック!!」

 ジルベールが愉快そうに笑った。
 あれ、いつの間にかユキのことを小娘って言わなくなってる。

 
「まつおさんって、最初からここまで考えて、とーちゃんをジェルディクに呼んでたの?」
「いやいや、まさか!」

 トーマスの問いに、僕は答える。
 暁の明星のリーダーがあんな切り札を持っていると知ったのは、城内に入ってからだ。

「最初は普通に、勝った後に宴会をするつもりだったんだよ。今回のクラン戦に無償で参加してくれた人たちばかりだからね」
「でも……、君の力でも、大手クランにはやっぱり勝つことはできなかったんだね……」

 隣にいたエタンが、残念そうにつぶやいた。

「暁の明星のリーダーが座っているあの玉座がさ、座った者とその周囲を完全防御する一点物だっていうんだから、まぁ、仕方ないよね。一世一代の切り札をここで使われちゃったんだから」
「でも……、それでも、君ならなんとかしてくれるんじゃないかって、僕は心のどこかで……」

 そう言って俯くエタンの口に、僕は美味しそうな丘バッファローのハラミを放り込んだ。

「あぶぶっ! あ、あつっ……、う、うまっ……、ほーまふんひのおひくっへ、ほんなに……」
「……ちゃんと食べ終わってからお話なさいな。……あなたそれでも貴族家の嫡子ですの?」
「ほ、ほへんっ……、あまりにほいひくて、つひ……」
「ぷっ……、だから、何を仰っているのかわからないですわよ……」

 アーデルハイドが一瞬笑ったのを、僕は見逃さなかった。
 なかなか良い兆候だ。

「ごくっ、トーマスんちのお肉って、こんなにおいしいんだね!」
「……それ、食べ終わる前に言わなくちゃいけないことでしたの……?」

 そう言うアーデルハイドもバーベキューというのは初めての経験らしく、ミヤザワくんに「これはもう食べても大丈夫なんですの?」とか、「このいびつな形のお肉は、いったいどこの部位なんですの?」とかしつこく聞いていた。

 ちなみに、商家の若旦那であるギュンターさんに頼んで、肉が苦手なミヤザワくんのために魚や野菜もたくさん用意してもらっている。

「エタン、悔しがるのはもう少し後だよ」
「えっ?」
「今はアイツをイラつかせて、怒らせて、ひたすら耐えさせるターンだ」
「ど、どういうこと?」
「……まだ戦いは終わってない。そういうことだろ?」

 キムが後ろから僕に話しかけた。
 
 ……戻ってくるの早くない?
 どんだけ肉が食いたかったんだ。

「すごいね、キムくん。まつおさんの考えていることがわかるんだ?」
「いや、トーマス、詳しくはわかんねぇけど、今までさんざん振り回されてきたから、また何か企んでるんだろうなってことぐらいはな……。とにかく、これはただの宴会じゃない。戦いなんだ。だから、エタンもガンガン肉を食っていけよ!」
「わ、わかった!」

 エタンがキムと競い合うように肉を焼き始めた。
 カフェテラスで二人が言い合いになっていた頃のことを思い出して、僕は思わず微笑んだ。
 あの時、エタンが謝った時のキムのさっぱりした態度はカッコよかったな。
 本人には言わないけど、「ああ、コイツと友達でよかった」って思ったものだった。
 
「メル、食べてる?」
「うん。トーマスん家のお肉って、すっごくおいしいのね」

 メルが銀縁シルバーフレームの眼鏡を湯気で曇らせながら、小さな口ではふはふとお肉を頬張っていた。

「この白い模様がすごく綺麗なお肉は、おいしい?」
「あ……、それは品種改良した丘バッファローの霜降り肉ですから、大変美味ですが、女性が召し上がるには少々脂っこいかもしれません」
「お、ギュンターさん! 今回は色々お世話になりました」

 メルにアドバイスをした片眼鏡の若旦那に、僕は頭を下げる。

「いやいや、伯の素晴らしい戦いを直に目にすることができて、胸が躍るひとときでしたよ。策に采配、勇戦っぷり! どれもおとぎ話の英雄のようでした」

 僕とギュンターさんがそうやって話している間も、メルは霜降りのお肉が気になるのか、じーっと、焼ける様子を眺めていた。

「食べてみたら?」
「うん……、でも、もしかしたら食べきれないかもしれないし……」
「ふっふっふ、しょうがないなぁ……。僕がこの間思い付いた食べ方を伝授してあげよう」

 僕はいい感じに焼けた丘バッファローの霜降り肉を、ナイフを使ってメルが食べやすい大きさに切り分けると、まだほんのり赤い部分が残っているお肉に岩塩をぱらぱらと振り掛ける。

「ギュンターさん、こないだ僕が買い付けたアレ、まだ残ってます? 緑色の辛いやつ」
山葵わさびですか? ありますけど……、あれは魚介類などに……」
「いいからいいから」

 僕はギュンターさんから山葵わさびとおろし金を受け取って、手早くすりおろすと、それを岩塩を振りかけたお肉の上にちょこん、と乗せた。

「はい、召し上がれ。緑のはちょっとぴりっとするから、気をつけてね」
「う、うん」

 メルはおそるおそる山葵わさびの乗った霜降り肉を取って、小さな口の中に入れた。

「~~~~~~っ!!!!」

 メルはもぐ、もぐと少し噛んだ途端、口を押さえ、目をつぶってジタバタとその場で足踏みをしはじめた。

「メ、メルさん、だ、大丈夫ですか?!」

 ギュンターさんが心配そうにメルの顔を見上げる。

「お、おいしいっ……!! お、おいしいいいっ!!!!」
「えっ?! おいしいんですか?!」

 メルがジタバタしながら大きく目を見開いて、僕の両肩を掴んで、おいしいを連呼していた。
 すごく珍しいものを見た気がする。
 ……当然ながらめちゃくちゃかわいい。

「べ、ベルゲングリューン伯、わ、私も頂戴してもよろしいですか?!」
「どうぞどうぞ!」

 好奇心に抗えない様子のギュンターさんが、岩塩を振って山葵わさびをかけた霜降り肉を頬張った。

「……!!!」

 思わず片眼鏡を取り落しそうになりながら、ギュンターさんが肉の味わいに集中している。

「脂身の多い肉がなんと上品な味わいに……! 伯! こ、これなら貴族の御婦人方にも喜ばれますよ!!」
「トーマスのお店で買ってみて、色々試したんだけど、これが一番美味しいかなって」
「こ、これは、トーマスさんに知らせなくては!!」
「トーマス? お父さんじゃなくて?」
「おや、ご存じなかったのですね。トーマスくんのお父様も、トーマスというお名前なんですよ」
「へ?」
「息子さんのトーマスくんの正式な名前は、トーマス・ジュニアです」
「ジュニア……」

 そうか、それでお店の名前が「肉のトーマス」って名前なのか。
 勝手に父親から自分の名前を看板にされて恥ずかしいんじゃないかと心配していたんだけど、お父さんの名前なら仕方がない。
 
(ああ、それでトーマスは常連のお客さんから『二代目』って呼ばれてるんだな)

 冷静に考えたらクラン戦の終盤にかなりどうでもいい情報だと思うんだけど、僕は妙に感心してしまった。

「これは、肉。食うと、美味い」

 向こうは、ガンツさんたち冒険者とリザーディアン、エレインの面白い組み合わせだ。

「ニク、クウ、ウマイ……」
「がはは!! そうそう! リザーディアンってのは飲み込みが早えんだなぁ!」
「キョウシュク、デ、ゴザル」

 どうやら、リザーディアンたちはガンツさんからヴァイリス語を習いながら肉を食べているらしかった。

「肉、食う、美味い」
「い、いやいや、エレインはそこから習わなくていいでしょ……」

 僕が思わずツッコむと、エレインはにっこりと笑いながら、答えた。

「きょうしゅくで、ござる」
「ガ、ガンツさん! これ以上ウチのエレインに変な言葉教えたらお肉没収だかんね!?」
「がはははは!!」

 僕は割と真面目に言ったつもりだったんだけど、ガンツさんも他の冒険者たちも朗らかに笑った。
 さすが、ガンツさんとつるむだけあって、みんな強面こわもてだけど気のいい連中ばかりだった。

「あ、お兄様。さっきはその、申し訳ありま……むぐっ!?」
「はいはいストップー!」

 僕は気まずそうに謝ろうとしたテレサの口にブドウの実を放り込んだ。

「そういうのはいいから。せっかくの宴会を楽しんで」
「……」

 テレサは一瞬、ぽかん、と呆けたように僕の顔を見上げると、再び僕に一歩近付いた。

「で、ですが……、私の子供じみた態度のせいで、お兄様が構築しようとした聖天馬……ひゃうっ?! んむっ……」

 さすがゾフィアの妹。
 なかなかに強情だ。
 さらに謝ろうとしたテレサの口の中に、今度は少し大きめにカットしてある桃の実を放り込む。

「……はぁ……、ふぅ……」
「そういうわけだから、もう謝らなくていいからね?」
「……、いえ、そういうわけには……! 私が、私があんなことをはぅっ……!?」

 さらに食い下がるテレサの口の中に、今度はカットしたオレンジを放り込んでから、ふと気付いた。
 テレサの顔がちっとも反省していない。

(ま、まさか……、わざとやってないか……?)

 こんなうっとりした顔で謝りにくる奴がどこにいるんだ……。

「ハイ、連行ー!!」

 ミスティ先輩がテレサの身柄を後ろから確保した。

「貴様!! まだ懲りておらぬようじゃな!!」

 ユリシール殿……、いや、肉を食べるために半分以上甲冑から顔を出して、もうほとんどユリーシャ王女殿下になってしまっている人がテレサをミスティ先輩から受け取って、ずるずると引きずっていった。

「殿!! 今私の妹にしたやつを、私にもやってくれないか!!」
 
 ゾフィアがものすごい圧で僕に言ってきた。

「い、いや、改めてそう言われると、ちょっと恥ずかしいというか……」
「わかった! それでは、私が段取りを組もう!」
「だ、段取りって」

 ゾフィアはそそくさとお皿を用意して、タレをかけ、鉄板で焼き上がった肉を適当にのせて僕に手渡した。

「これで頼む!!」
「い、いや、いいけど……、これを食べさせるの?!」

 ゾフィアが持ってきたのは、内壁に幾重にもヒダ状の突起物が付いた、四つある丘バッファローの胃袋の第三部分……、いわゆる「黒センマイ」という部位だった。

 独特の歯ごたえがあって、あっさりしていて、外見のインパクトさえ乗り越えれば、実はお肉好きの女性にも人気がある部位なんだけど……、見た目はわりと黒々としていて、生々しいというか、なんというか……。

 これを食べさせるのって、ロマンティックなんだろうか……。
 ま、まぁいいや……。

「はい、あーん」
「あ、あーん……」

 目を閉じたゾフィアの整った顔立ちに近付く、グロテスクな黒センマイ。
 艶めかしい唇がゆっくりと開いて、ヒダ状の黒っぽくてつやつやした肉が入っていく光景は、なぜだかものすごく背徳的で、とてつもなくいかがわしいことをしているような気分になった。

「と、とのっ……ふぁたしはっ、かんげき……む、むぐっ……く、この肉……なかなか……っ」
「……よく噛んでお食べなさい」

 予想以上の歯ごたえに苦戦しているゾフィアに僕は慈愛の眼差しを向けた。
 いつも振り回されっぱなしだけど、なんて可愛らしい女性なんだと思う。
 ……戦闘力はえげつないけど。

「ぎゃはははは! せんせぇ、さすがにそれは盛りすぎなんじゃねぇの?!」
「本当なんだってばぁ! 面白がった生徒たちがベルちゃんの真似をして、そうしたら本当に火球魔法ファイアーボールが校舎で出ちゃったもんだから、あやうくボヤ騒ぎになったんだから!」
「まっちゃんって、本当、ロクなことしないわよね……」
「本当にすいません、ジルヴィア先生。私が奴を魔法学院に向かわせたばっかりに……」
「とんでもないですわ、メッコリン先生。そりゃ、最初は胃薬を飲んでばかりの毎日でしたけど……」

 深々と頭を下げるメッコリン先生の頭頂部をなるべく見ないようにして、ジルヴィア先生が答えた。

「それでね? 事態を重く見た学長先生が全校生徒を緊急招集して、朝礼で『最近、正規の詠唱を使わず、『ウン・コー』なる詠唱で火球魔法ファイアーボールを放つのが流行はやっているようだが、これを校内で使用することを禁止します。大変危険です』って!」
「ぷっ……、まっちゃん、ほんっとサイッテー!」
「うぷぷぷぷっ!! まつおちゃんったら……」
「しかし、未だに解らないんだ。彼が授業中に『ウン・コー』と唱え、それが教壇にあった教師の教本を燃やしてからというもの、生徒たちは当たり前のように『ウン・コー』で火球魔法ファイアーボールを撃てるようになったのだ」
「……ヴェンツェルくん?」
「ところが、彼の理論に従って他の生徒が他の言葉を作って詠唱しても、一切魔法は出なかった。生徒たちの間で議論になったものだ。なぜ『ウン・コー』なんだと。『シッコー』ではダメなんだと。仮に『ウン・コー』が……」
「ヴ・ェ・ン・ツ・ェ・ル・く・ん?」
「ん? どうした? アンナリーザ」
「私、食事中なんだけど……」
「もう、ダメでしょ! ヴェン! デリカシーがないのはメッ、よ!」
「……り、理不尽だ……、食事中に言い出したのは姉上なのに……」

 ようやく古代魔法発動の反動から復帰したジルヴィア先生を囲んで、メッコリン先生、花京院、ユキ、ジョセフィーヌ、アリサ、ヴェンツェルが談笑していた。

「コレハ、龍帝陛下、ホンジツモ、ゴキゲンウルワシュウ」
「へ、長老! ヴァイリス語上手くなってる!!」
「ハハハ、コヤツカラ少シズツ勉強中デシテナ……」

 長老と側近が、ソリマチ隊長たちと食事中だった。

「いやー、ガンツさんとこで食べてた連中といい、リザーディアンってすごいんだねぇ」
「我らリザーディアンは水晶龍たる龍帝陛下の末裔でございますから。古代の我々は竜語を用いていたと言われております」
「へぇー。竜語が話せたなら、ヴァイリス語なんてお手の物ってわけかぁ」

 リザーディアンに化けた学長先生も言ってたもんな。
 口の中にエラがたくさんあって、ちゃんと学習すればヴァイリス語どころかジェルディク語もいけるんじゃないかって。

「殿! この方々の鍛造技術はすげぇもんじゃったぞ! 鍛冶や装飾品などの一点物をこさえる技はドワーフ職人にゃかなわんかもしれんけど、大量生産するようなモンを作らせりゃ、ヴァイリスの金物屋はみんな失業しちまうんと違うか」

 ソリマチ隊長が興奮したように言った。
 ベルゲングリューン騎士団としてリザーディアンと合流して以降、様々な分野での技術交流で、ベルゲングリューン市での開拓事業はかなり順調に推移していた。
 ソリマチ隊長たちの穏やかで朗らかな人柄もあって、当初心配していたようなリザーディアンたちとの軋轢あつれきやトラブルもまったくなかった。

「あ、そうそう! すっかり忘れてた! おっつぁんの息子って人がそっちに行かなかった?」
「おうおう、そげそげ! そげだわ!!」

 ソリマチ隊長が僕に駆け寄った。

「その節は、ウチのタケシが大変ご迷惑をおかけしちょったみてぇでよ!!」
「いや、それはいいんだけど、大丈夫だった?」
「あの阿呆、血相変えてワシらんとこに来て、言うに事欠いて、殿に全員皆殺しにされるって言い出しよってな!」
「わはははは!! あん時は傑作じゃったのう!!」

 あの人、タケシっていうのか。
 魔法学院の特別講習初日に守衛室に連行された時のことを思い出した。

「入学初日に遅刻しちゃうところだったから、ちょっと強めに脅かしちゃったんだよね。こちらこそ申し訳ない」
「いやぁ、根はまっすぐなんじゃが、誰に似たんだか融通の効かんバカ息子でよ。今日も参加しろ言うたんじゃが、今のままじゃとても殿に顔向けできんちゅうて、南のエスパダちゅう国に出かけて行きよったわ」
「アンタんとこの息子は変わっちょるけんのう~!」
「いつも家でゴロゴロして屁ばっかこいとるおめぇんとこの息子よりはナンボかましじゃろ」
「わはは! そりゃそうだわ! リザーディアンの長老さんとこで、いっちょ鍛え直してもらっちゃろうかな」
「おお、それがええわい!」
「ハッハッハ、若キ戦士ノ育成ハ我々ガ最モ重ンジルトコロ。イツデモ歓迎イタシマスゾ」
「い、いや……、ワシんとこの息子、今年で40なんじゃが……」
「……」
「……」

 少し空気がおかしくなったところで、僕は退散した。

「おい、ちゃんと肉も食えよ。さっきから野菜ばっかり食いやがって」
「なぜ私が食べるものに君が口出しするんだ」

 生野菜を上品に食べているギルサナスに、リョーマが悪態をいていた。

「こう、ひと仕事終えた仲間たちと肉と酒、女を分かち合うのが戦士ってもんだろうが!」
「……君のその価値観は旧世代の因習だな。肉と酒はともかく、女性は女性が望む場所に居るべきだ」
「けっ、D組の級長みてぇなことを言いやがる」

 D組の級長って、ああ、アデールか。

「そんなことより、ギルサナス。こいつ今、『仲間』って言ったよね?」
「そういえば、そうだな」
「……そんなこと言ってねぇよ」
「いいや、言った」
「言ったな」

 僕とギルサナスが言うと、リョーマがぼりぼりと頭をかいた。

「ちっ、なんだよ爆笑王。向こうで女どもとイチャイチャしてろよ」
「もう十分イチャイチャしてきたよ。それよりさ、どうやって僕らより先に城内に侵入できたの?」
「へへっ、そうか、いいぜ。そこまで知りたいなら教えてやろう」

 ちょっとメンドくさいドヤ顔をはじめたので、僕が口を挟んだ。

「ギルドホールからじゃなくて、暁の明星のアジトに忍び込んで、向こうの転送陣から入ったっていう作戦以外だったら、聞いてみたいなーと思ってさ」
「……お前、本当に性格悪いよな……。わかってんなら聞くなよ……」

 リョーマが途端にテンションを落として言った。

「僕も最初、その手も考えたからね……。ただ、クラン戦のルール上は問題ないけど、他クランのアジトってのは相手から何をされても文句言えない場所なのと、僕らは面が割れすぎちゃってるからね」
「その点、俺や死神グリムリーパーの奴らは紛れるすべってやつを知ってるからな。何しろ、こちらの野菜好きの貴族様と違って育ちが悪ぃもんでよ」

 リョーマが食べ終わった骨で、澄まし顔で野菜を食べるギルサナスを指差した。

「そしたらよ、向こうの陣営の中で紛れもせずに堂々と立ってるコイツがいたってわけだ。……まったく、ぶったまげたぜ……」
「私とベルに確執があったことは若獅子祭で有名になっていたからな。堂々としていれば誰も話しかけてこなかった」

 いつの間にかギルサナスが僕のことをベルと呼んでいた。
 いじると二度と呼んでくれなそうだから、そっとしておこう。

「そりゃそうだろ。泣く子も黙る暗黒騎士ダークナイトに気安く声を掛けるような冒険者は、冒険者辞めたほうがいいぜ」

 リョーマが言った。

「で、お前らが外で暴れまくったせいで奴らの本軍がどんどん城から出ていってよ。そろそろ暴れようかなって時に、こいつがいきなり暗黒魔法で剣をヒュンヒュンヒュンってよ。そこからはもう、血の雨よ」
「うわぁ、想像したくないけど、目に浮かぶなぁ……」

 城内でいきなり虚空から無数の暗黒剣で貫かれる味方たち。
 驚愕して振り返ると、そこにはいたのは暗黒騎士ダークナイトと、全身を黒いフードで身を包み、髑髏どくろのようなフェイスペイントを施した、元犯罪者だけで編成された傭兵集団「死神グリムリーパー」の一団。

 戦場での恐怖や混乱を武器にすることにかけて、あの連中の右に出る者はいないだろう。
 扉や窓を閉ざし、燭台の炎を消された城内での惨劇が敵陣営にとってどれほどのものだったか、想像にかたくない。

 そして暗黒騎士ダークナイトの出血と自己回復のえげつなさ。
 暗黒魔法による範囲攻撃と剣技によって複数相手の冒険者にも遅れを取ることはなく、しかも、闇属性への耐性を備えている冒険者は数少ない……。

「あ、そうだ! そういや、ガーディアンは?! 城内にも一体いるって聞いてたんだけど……」
「ああ、こいつがソッコーで仕留めてたぜ。可哀想に、ダミシアン砂漠のサボテンみてぇに剣が刺さってたわ……」
「そ、そう……」

 僕は呆れたようにギルサナスとリョーマを見た。

「で、敵もいなくなり、僕らも来ない。暁の明星のリーダーはあの通り時間稼ぎを決め込んでいて、二人で話す話題もないし、あそこでチャンバラやってたってわけね」
「……あのな、身も蓋もない言い方をするなよ。男のロマンってやつだろうが。おい、お前も何か言ってやれよ」
「ベル、この野菜がとても美味しいんだが、なんという野菜なのだろうか」
「ああ、それはロマネスコっていうらしい。ジェルディクの野菜だよ。ギュンターさんからいっぱい買ったから、帰りに持って帰るといいよ」
「本当か? ありがたい」
「やれやれ、若きヴァイリス男子共がこのていたらくとは。世の行く末が心配だよ、オレは」
「……リョーマはヴァイリス出身じゃないんじゃないの?」

 しばらくそんなやり取りを続けて。
 なんだかんだ気があってそうな二人を置いて、僕は外に出た。


「ふぅ……」

 僕は持ち込んだワインボトルをグラスに注いで、高台に出た。
 脱落した召喚体やその装備、血痕は跡形もなく消え去り、つるつるした石畳と水路が沈み始めた夕陽に照らされた美しい風景が広がっている。
 戦っている時は気付かなかったけど、とてもキレイな場所だったんだな。
 そんな景色を眺めながら、僕はワインを口にした。
 
「楽しんでるかい? アウローラ」
『ああ。長く生きたが、こんな酒宴をしたことはなかったからな』
「貴族の退屈な晩餐会とか?」
『ふっ、そんなところだ』

 アウローラが静かに言った。

『わざわざ、私と話すためにここに来たのか?』
「うん。別に、特に話す用事があったわけじゃないんだけど……」
『フフ、意外とマメな男だな、そなたは』

 そう言いながら、アウローラは上機嫌だった。

『なぁ、少しうるさいことを言っても良いか?』
「なぁに?」
『そのワインは長期熟成されたエスパダ南方のワインだ。そのようにスワリングをすると繊細な味わいが損なわれる』
「スワリングって、このグラスをくるくる回すやつ? こうした方が美味しいって聞いたんだけど」
『ワインによるのだ。酸味や苦味、渋みが強いものなら、そうすることで空気に触れて酸化させた方が味わいや香りが開くのだが、このワインに適した飲み方ではない』
「へぇ……」
『飲み比べてみるといい。次は私の言った通りに注いでみろ』
「うん」

 高台の下から吹き上げる心地よい風に当たりながら、僕はしばらく、アウローラと食後のワインをたのしんだ。


『……ベル、あと30分ほどだ』

 高台でついウトウトしていると、ヴェンツェルから魔法伝達テレパシーで通信が入った。
 
『わかった、今行く』

 僕はヴェンツェルにそう答えると、城内に戻った。
 
 そう、30分。
 それは、僕たちの敗北が確定するまでの時間だ。
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