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第二十七章「クラン戦」(5)
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5
僕たちはキルヒシュラーガー邸のログハウスでメアリーの話を聞くことにした。
(落ち着いて話を聞く時は、珈琲がいちばん)
僕はみんなにメアリーの応対を任せて、お湯を湧かしてポットに移し、お湯を少しだけ冷ました。
色々試してみて、深煎りのコーヒーはこうした方がスモーキーさが出過ぎず、イガイガした感じにならなくなって美味しくなることがわかったのだ。
逆に浅煎りの場合はなるべく高温の方が後味まで甘くなって美味しいと思う。
お湯を冷ましている間にフィルターを湯通ししておく。
お湯が適温になったら豆を挽いた粉を入れ、全体が濡れるようにお湯をかけて、30秒から1分ぐらい蒸らすと、粉が「もこもこ」っとしたドーム状になる。
あとは『の』の字を描くようにゆっくりとお湯を注いでいって、フィルターの中のお湯がなくなる頃にまた注いでいく。
ハッキリ味を出したい時は少し強めに注いで、穏やかな味わいにしたい時は静かに注ぐ。
素人感覚だけど、こうやって淹れると自分好みの珈琲に調節しやすかった。
「テレサ、いるかい?」
「はい、お兄様。……あぁ、いい薫りですね!」
「ありがと」
僕はにっこり笑って、一組のお皿とコーヒーカップをテレサに手渡した。
「これ、お屋敷にいる元帥閣下にお渡ししてくれる? たしか朝から書類作業をされていたと思うから」
「まぁ、お父様を気にかけてくださっていたんですね。ありがとうございます」
テレサが受け取って、屋敷の方へ向かった。
「でも、こんなのをオレたちに見せていいのか? ウチの陣営に肩入れするってことだろ?」
人数分の珈琲を淹れていると、キムがメアリーに聞いていた。
「ええ、そうですよ。城持ちクラン相手にクラン設立間もないベルゲングリューン伯が負けても、それは当たり前。記事にはならないですけど、逆なら……これはスクープです!!」
「報道ってのは公正中立が基本なのかと思ってたんだが……、そうでもないんだな」
「キム、公正中立な報道なんてものは存在しないよ」
僕は珈琲を淹れながらキムに言った。
「人間という生き物が公正中立でない以上、公正中立な記者なんているはずがないし、公正中立な記者がいないなら公正中立な報道なんてあるはずがない。公正中立を謳う記者なんて、僕は絶対に信用しない。それは『自分が公正中立である』という思い込みが強いだけだということだからね」
「おおっ……記者である私の前でまさかの報道批判……」
「批判じゃないよ。あなたが公正中立を謳う記者じゃないとわかったから、こうして僕は珈琲を淹れているんだよ」
僕はにっこり笑って、トレイに載せたコーヒーカップをメアリーの前に置いた。
「おいしい……」
銀縁の眼鏡を湯気で少し曇らせながら、メルがつぶやく。
メルはミルク入りだ。
「これが、ベル君が淹れた珈琲かぁ……」
ミスティ先輩が言った。
っていうか、いつの間にか呼び方が「まっちー君」じゃなくなっとる……。
「腕を上げたわね……、もう私が淹れるより美味しくなってる……」
嬉しそうに、でもちょっぴり悔しそうにアリサが言った。
「にっがっ!! にっが!!!」
花京院が大声で言ってぶち壊した。
「ええ……、そんなに苦くないと思うけど……」
「ミヤザワ君、花京院はまだ舌が子供なのだ」
ジルベールが珈琲をシブく味わいながら言った。
ジルベールがミヤザワくんのことを「ミヤザワ君」って呼ぶの、僕はちょっと気に入っている。
「お、俺はブラックでも全然平気だぜ」
「ルッ君は砂糖とミルクをお皿に置いてあるから、みんなが見てない時に使ってね」
「……そうだ、俺はヘンにカッコつけず、大人になるって決めたんだった。……でもさ、この場合、素直に砂糖とミルクを使うのと、無理してブラックを飲むの、どっちが大人だと思う?」
「そんなこと気にしないのが一番の大人よ」
メルがきっぱりと言いながら、ミルクコーヒーを口にした。
大人だ……。
「ほわぁぁ……、ほのかな酸味に深いコク、後からくる甘み……、ベルゲングリューン伯はえっちですねぇ……」
「あらアナタ、わかってるじゃない! しっかり味わいなさい! これがまつおちゃんの味なのよ!」
「だ、だからジョセフィーヌ! 飲めなくなっちゃうでしょ!! メアリーさんもちょっと自重してくれる?」
メアリーとジョセフィーヌにユキがツッコんだ。
「……それで、このリストの◎、◯、△というのと、横の数字は何?」
僕はカップを右手に、左手にリストを見ながら、メアリーに尋ねた。
それぞれの組織と主要兵科がまとめられたリストの横には、◎、◯、△の記号と、「3ー5」といった数字が振られていた。
「◎は同盟クラン、◯は参戦確定、△は参戦予定です! 数字の方は、兵数と強さを10段階評価にしています。たとえば「1-10」なら兵数は少ないけどメチャ強いってことで、「10-10」は兵数も多いしメチャ強いってことです!」
「へぇ……、メアリーって有能なんだねー」
「えへへ、わかっちゃいましたか!!」
メアリーがもんのすごいドヤ顔をしたので、僕は思わず顔をそらした。
「この『月光の魔術師団』というのが同盟クランか。兵科は魔導師で、3-7。厄介だな……」
「リーダーがメンバー唯一の大魔導師で大魔法が使えます。得意技は範囲魔法の雷嵐魔法」
「そんなことまで調べてるの?!」
「えへへー」
あ、しまった。うっかり褒めてしまった。
褒めるたびにこんなえげつないドヤ顔さえしなければ、いくらでも褒めるのに。
「うーん、多いし、どの組織も兵数、強さともに評価が高めだなぁ……。メアリーはさ、なんかこう、それぞれのヤバいスキャンダルとか握ってないの?」
「へっ……?」
メアリーがびっくりしたような顔で僕を見る。
「スキャンダルで相手を蹴落とすとか、ベルゲングリューン伯って、そんなエグいこともしちゃうんですか?」
「当たり前でしょ。手段なんて選んでられないんだから」
僕はきっぱりと言った。
「うわー、その若さで英雄じゃなくて奸雄タイプとは、恐れ入りました……」
「ふふ、僕はむしろ、君のそういう素質に期待をしているんだけどな」
僕はそう言って、わざと邪悪な顔を作ってメアリーに笑った。
「ユ、ユ、ユキちゃん……、ベルゲングリューン伯って、今まで聞いてた話よりおっかない人なんだけど!! めっちゃ腹黒いよ!! この人!!」
僕に聞こえないように小声で隣のユキに話しているんだろうけど、地声が大きいので全部聞こえている。
「まっちゃんは元からこういう奴よ、メアリーさん。策士策におぼれるっていうか、腹黒いことばっかり考えすぎて、目の前の穴に頭からずっぽりハマっちゃうタイプね」
(……ひどい言われようだ)
「で、どうなの? 君なら何か情報を握っているんじゃない?」
「え、えっと……、月光の魔術師団には、『いくみん』という名の魔導師がいるんです。魔導師としての実力は大したことないのですが、その、なんというか、男だらけのクランの『姫』的な存在で。クランメンバー同士で彼女を取り合っている状態です。リーダーもその一人で、結構泥沼入ってます」
「うわぁ……」
アリサがうめいた。
「そんなクラン、私だったらすぐ辞めちゃうな」
「それが、『いくみん』さんはまんざらでもないみたいで、自己陶酔しながら言う、『わたしのために争わないで……』が口癖になっています」
「そういうコに限って、大して可愛くなかったりするのよねェ~」
ジョセフィーヌが言った。
ジョセフィーヌは基本的にブリッ娘ちゃんしている女性に辛辣だ。
「まだ、メンバーの誰とも付き合ってないの?」
「そのようです。実は既婚で、旦那さんは南のエスパダ王国に単身赴任中という噂も……」
メアリーの生々しい情報提供に、みんながドン引きしている。
「……なるほど。よし、ルッ君が大活躍する時が来たようだ」
「へっ、俺?!」
急に名指しされて、ルッ君が目を丸くした。
「『暁の明星』のリーダーから『いくみん』への偽ラブレターを作って、花束と一緒に送る。内容は、『君がメンバーに隠れて『月光の魔術師団』のリーダーと関係があるのは知っているが、私はあの時の夜のことがどうしても忘れられない。今回のクラン戦が終わった時には私の勇名にも箔が付くだろう。その暁には、今のクランを抜け、私の元に来てくれないだろうか。あの情熱的な夜の続きがしたい』」
「「「「「「「う、うわぁ……」」」」」」」
みんながドン引きしている声が聞こえるが、僕はあえて続けた。
「で、それをいくみんでも、月光の魔術師団のリーダーでもなく、いくみんに横恋慕していて、かつ、一番血の気が多そうな奴が偶然拾っちゃった体にする。その人選はメアリーがして、ルッ君はそいつが拾い上げる場所に設置する担当。手紙はやっぱりジョセフィーヌに書いてもらおうかな」
「べ、ベルゲングリューン伯、じょ、冗談ですよね? まさかクラン戦でそんな権謀術数を……」
「何を言うんだ。僕のことを奸雄と言ったのは君ではないか」
ドン引きするメアリーさんに僕は言った。
ジルベールが爆笑しているのが見える。
「まず、月光の魔術師団のメンバー内に亀裂が走る。で、リーダーが手紙を見て、今度は暁の明星との間に決定的な亀裂が生じる、と。『姫』を取り合うようなクランだ。元から一枚岩じゃないだろう」
「……クズ作戦すぎません?」
メアリーがかすれた声で僕に言った。
「メアリー君。真の戦いとは、始まった時にはすでに勝敗が決まっているものなのだよ」
『あっはっは! 『はじまりの勇者』がそなたのようであれば、私も助力は惜しまなかっただろうにな』
アウローラは上機嫌だった。
「くっくっく……、月光の魔術師団とやらも、卿を敵に回しさえしなければ、のんびり恋愛ごっこをやっていられたものを……」
「メアリーちゃん、ゴメンね……、ワタシ、そのお手紙書くの、ちょっとわくわくしちゃうかも……」
ジルベールとジョセフィーヌも意外とノリノリだった。
「あのね、私、思うんだけど……。メアリーさんって、ベルくんに絶対に引き合わせちゃいけない人だったんじゃ……」
アリサがぼそっと言った。
「私もそう思う。人喰鮫に大海原を与えちゃったみたいな……」
メルがぼそっと言った。
ひどい……。
「で、大海原を与えちゃった人のことも食べちゃって、その人が死にながら「なんで食べたの?」って聞いたら、きっとこう言うのよ。『え? 僕が人喰鮫だってことは知ってたんでしょう?』って……」
「こわっ! こっわ!!」
ミスティ先輩とユキが言った。
「まぁまぁ、うまくいくとは限らないでしょ?」
「本当にそう思ってるなら、なぜ今、リストの『月光の魔術師団』に斜線を入れたですか……」
メアリーが力なく僕にツッコんだ。
「戦わずに勝てたなら、敵も味方もハッピーでしょ。こういうのを上策というんだ。ヴェンツェルもきっとそう言うさ」
「絶対言わないと思う……」
ユキが言った。
「……みんなをドン引きさせちゃったところで、ちょっとだけ、真面目な話をするよ」
僕はメアリーに言った。
「連中は、僕らみたいな駆け出しのクランを大手ギルドで寄ってたかって総叩きにしようっていうんだ。野良犬をいじめた奴らが噛み返されて狂犬病になってしまったとしても、僕はそいつらに同情なんてしない」
「ごくっ……」
メアリーが息を呑む音が聞こえる。
「もし君が書きたいなら、僕の今回の作戦も記事にしちゃっていいよ。僕に下手なケンカを売ったらこういう目に遭うんだってわかれば、もう少し賢く立ち回ろうとする人が増えるだろから」
「はわわ、そんな恐ろしいことできませんよ……。ベルゲングリューン伯って……、もう奸雄っていうか魔王なんじゃ……」
メアリーが小声で言った。
「たぶんだけど……、ベル、実はすごく怒ってるんだと思う」
メルが言った。
「普段はさすがに、ここまではやらないもの……」
「ありがと、メル」
擁護してくれたメルに、僕はにっこり笑った。
「実はそうなんだ。勝手に僕の領内に立ち入って怒鳴り込んできたのも腹が立つけど、一番許せないのは、ここまで話を大きくしたことで、ミスティ先輩がめちゃくちゃ負い目を感じていることだ」
「ベル君……」
「暁の明星のクラン募集のチラシをもらってきたんだ。『退会自由! まずは気軽に入会申請を!』って大きく書いてあった。つまり、ミスティ先輩が何かを気にすることも、僕が連中から難癖つけられる筋合いもない」
「たしかに、そうだな」
キムがうなずいた。
「だからさ、今回の戦いって、勝つのは難しいだろうけど、絶対勝ちたいんだよね。そのための手段を、選ばないとは言わない。僕はいつだって、目的のために手段を選ぶ」
僕はみんなを見渡してから言った。
「でも、こんなのは『手段を選ばない』とは言わない。せっかくメルが擁護してくれたのにあれなんだけどさ、今後も、僕と戦う相手にこのぐらいのことは平気でするよ」
「あはは! よく考えたらそうかも」
メルが笑った。
「若獅子祭の時の戦乙女騎士団も、すっごく怒ってたもんね」
「ジルベール大公に『お手』、させてたし……」
「俺の姉ちゃんといつの間にか仲良くなって、俺の弱みを聞き出してたし……」
「自分の手に付いた鳩のフンを、ロドリゲス教官のマントで拭いてたしな……」
「廃屋敷に籠もった正体不明の連中を閉じ込め、野犬などのフンを焼いて燻した時点で、私は卿に一般人の道徳観念は期待しておらん」
「しかもこいつ、クソを焼くのに俺が大事にしていた盾を使ったんだぞ? 信じられるか?」
僕の過去の罪状を思い出して、みんなが妙に納得しはじめた。
「ところで、こっちの『弓手愛好会』っていう同盟クランなんだけど……」
「えっ、ほ、他にもやるんですか?!」
メアリーがびっくりしたように顔を上げる。
「……だって、僕たちが勝って、君にいい記事をかいてもらわないとでしょ?」
僕はメアリーに向かってにっこりと笑った。
僕たちはキルヒシュラーガー邸のログハウスでメアリーの話を聞くことにした。
(落ち着いて話を聞く時は、珈琲がいちばん)
僕はみんなにメアリーの応対を任せて、お湯を湧かしてポットに移し、お湯を少しだけ冷ました。
色々試してみて、深煎りのコーヒーはこうした方がスモーキーさが出過ぎず、イガイガした感じにならなくなって美味しくなることがわかったのだ。
逆に浅煎りの場合はなるべく高温の方が後味まで甘くなって美味しいと思う。
お湯を冷ましている間にフィルターを湯通ししておく。
お湯が適温になったら豆を挽いた粉を入れ、全体が濡れるようにお湯をかけて、30秒から1分ぐらい蒸らすと、粉が「もこもこ」っとしたドーム状になる。
あとは『の』の字を描くようにゆっくりとお湯を注いでいって、フィルターの中のお湯がなくなる頃にまた注いでいく。
ハッキリ味を出したい時は少し強めに注いで、穏やかな味わいにしたい時は静かに注ぐ。
素人感覚だけど、こうやって淹れると自分好みの珈琲に調節しやすかった。
「テレサ、いるかい?」
「はい、お兄様。……あぁ、いい薫りですね!」
「ありがと」
僕はにっこり笑って、一組のお皿とコーヒーカップをテレサに手渡した。
「これ、お屋敷にいる元帥閣下にお渡ししてくれる? たしか朝から書類作業をされていたと思うから」
「まぁ、お父様を気にかけてくださっていたんですね。ありがとうございます」
テレサが受け取って、屋敷の方へ向かった。
「でも、こんなのをオレたちに見せていいのか? ウチの陣営に肩入れするってことだろ?」
人数分の珈琲を淹れていると、キムがメアリーに聞いていた。
「ええ、そうですよ。城持ちクラン相手にクラン設立間もないベルゲングリューン伯が負けても、それは当たり前。記事にはならないですけど、逆なら……これはスクープです!!」
「報道ってのは公正中立が基本なのかと思ってたんだが……、そうでもないんだな」
「キム、公正中立な報道なんてものは存在しないよ」
僕は珈琲を淹れながらキムに言った。
「人間という生き物が公正中立でない以上、公正中立な記者なんているはずがないし、公正中立な記者がいないなら公正中立な報道なんてあるはずがない。公正中立を謳う記者なんて、僕は絶対に信用しない。それは『自分が公正中立である』という思い込みが強いだけだということだからね」
「おおっ……記者である私の前でまさかの報道批判……」
「批判じゃないよ。あなたが公正中立を謳う記者じゃないとわかったから、こうして僕は珈琲を淹れているんだよ」
僕はにっこり笑って、トレイに載せたコーヒーカップをメアリーの前に置いた。
「おいしい……」
銀縁の眼鏡を湯気で少し曇らせながら、メルがつぶやく。
メルはミルク入りだ。
「これが、ベル君が淹れた珈琲かぁ……」
ミスティ先輩が言った。
っていうか、いつの間にか呼び方が「まっちー君」じゃなくなっとる……。
「腕を上げたわね……、もう私が淹れるより美味しくなってる……」
嬉しそうに、でもちょっぴり悔しそうにアリサが言った。
「にっがっ!! にっが!!!」
花京院が大声で言ってぶち壊した。
「ええ……、そんなに苦くないと思うけど……」
「ミヤザワ君、花京院はまだ舌が子供なのだ」
ジルベールが珈琲をシブく味わいながら言った。
ジルベールがミヤザワくんのことを「ミヤザワ君」って呼ぶの、僕はちょっと気に入っている。
「お、俺はブラックでも全然平気だぜ」
「ルッ君は砂糖とミルクをお皿に置いてあるから、みんなが見てない時に使ってね」
「……そうだ、俺はヘンにカッコつけず、大人になるって決めたんだった。……でもさ、この場合、素直に砂糖とミルクを使うのと、無理してブラックを飲むの、どっちが大人だと思う?」
「そんなこと気にしないのが一番の大人よ」
メルがきっぱりと言いながら、ミルクコーヒーを口にした。
大人だ……。
「ほわぁぁ……、ほのかな酸味に深いコク、後からくる甘み……、ベルゲングリューン伯はえっちですねぇ……」
「あらアナタ、わかってるじゃない! しっかり味わいなさい! これがまつおちゃんの味なのよ!」
「だ、だからジョセフィーヌ! 飲めなくなっちゃうでしょ!! メアリーさんもちょっと自重してくれる?」
メアリーとジョセフィーヌにユキがツッコんだ。
「……それで、このリストの◎、◯、△というのと、横の数字は何?」
僕はカップを右手に、左手にリストを見ながら、メアリーに尋ねた。
それぞれの組織と主要兵科がまとめられたリストの横には、◎、◯、△の記号と、「3ー5」といった数字が振られていた。
「◎は同盟クラン、◯は参戦確定、△は参戦予定です! 数字の方は、兵数と強さを10段階評価にしています。たとえば「1-10」なら兵数は少ないけどメチャ強いってことで、「10-10」は兵数も多いしメチャ強いってことです!」
「へぇ……、メアリーって有能なんだねー」
「えへへ、わかっちゃいましたか!!」
メアリーがもんのすごいドヤ顔をしたので、僕は思わず顔をそらした。
「この『月光の魔術師団』というのが同盟クランか。兵科は魔導師で、3-7。厄介だな……」
「リーダーがメンバー唯一の大魔導師で大魔法が使えます。得意技は範囲魔法の雷嵐魔法」
「そんなことまで調べてるの?!」
「えへへー」
あ、しまった。うっかり褒めてしまった。
褒めるたびにこんなえげつないドヤ顔さえしなければ、いくらでも褒めるのに。
「うーん、多いし、どの組織も兵数、強さともに評価が高めだなぁ……。メアリーはさ、なんかこう、それぞれのヤバいスキャンダルとか握ってないの?」
「へっ……?」
メアリーがびっくりしたような顔で僕を見る。
「スキャンダルで相手を蹴落とすとか、ベルゲングリューン伯って、そんなエグいこともしちゃうんですか?」
「当たり前でしょ。手段なんて選んでられないんだから」
僕はきっぱりと言った。
「うわー、その若さで英雄じゃなくて奸雄タイプとは、恐れ入りました……」
「ふふ、僕はむしろ、君のそういう素質に期待をしているんだけどな」
僕はそう言って、わざと邪悪な顔を作ってメアリーに笑った。
「ユ、ユ、ユキちゃん……、ベルゲングリューン伯って、今まで聞いてた話よりおっかない人なんだけど!! めっちゃ腹黒いよ!! この人!!」
僕に聞こえないように小声で隣のユキに話しているんだろうけど、地声が大きいので全部聞こえている。
「まっちゃんは元からこういう奴よ、メアリーさん。策士策におぼれるっていうか、腹黒いことばっかり考えすぎて、目の前の穴に頭からずっぽりハマっちゃうタイプね」
(……ひどい言われようだ)
「で、どうなの? 君なら何か情報を握っているんじゃない?」
「え、えっと……、月光の魔術師団には、『いくみん』という名の魔導師がいるんです。魔導師としての実力は大したことないのですが、その、なんというか、男だらけのクランの『姫』的な存在で。クランメンバー同士で彼女を取り合っている状態です。リーダーもその一人で、結構泥沼入ってます」
「うわぁ……」
アリサがうめいた。
「そんなクラン、私だったらすぐ辞めちゃうな」
「それが、『いくみん』さんはまんざらでもないみたいで、自己陶酔しながら言う、『わたしのために争わないで……』が口癖になっています」
「そういうコに限って、大して可愛くなかったりするのよねェ~」
ジョセフィーヌが言った。
ジョセフィーヌは基本的にブリッ娘ちゃんしている女性に辛辣だ。
「まだ、メンバーの誰とも付き合ってないの?」
「そのようです。実は既婚で、旦那さんは南のエスパダ王国に単身赴任中という噂も……」
メアリーの生々しい情報提供に、みんながドン引きしている。
「……なるほど。よし、ルッ君が大活躍する時が来たようだ」
「へっ、俺?!」
急に名指しされて、ルッ君が目を丸くした。
「『暁の明星』のリーダーから『いくみん』への偽ラブレターを作って、花束と一緒に送る。内容は、『君がメンバーに隠れて『月光の魔術師団』のリーダーと関係があるのは知っているが、私はあの時の夜のことがどうしても忘れられない。今回のクラン戦が終わった時には私の勇名にも箔が付くだろう。その暁には、今のクランを抜け、私の元に来てくれないだろうか。あの情熱的な夜の続きがしたい』」
「「「「「「「う、うわぁ……」」」」」」」
みんながドン引きしている声が聞こえるが、僕はあえて続けた。
「で、それをいくみんでも、月光の魔術師団のリーダーでもなく、いくみんに横恋慕していて、かつ、一番血の気が多そうな奴が偶然拾っちゃった体にする。その人選はメアリーがして、ルッ君はそいつが拾い上げる場所に設置する担当。手紙はやっぱりジョセフィーヌに書いてもらおうかな」
「べ、ベルゲングリューン伯、じょ、冗談ですよね? まさかクラン戦でそんな権謀術数を……」
「何を言うんだ。僕のことを奸雄と言ったのは君ではないか」
ドン引きするメアリーさんに僕は言った。
ジルベールが爆笑しているのが見える。
「まず、月光の魔術師団のメンバー内に亀裂が走る。で、リーダーが手紙を見て、今度は暁の明星との間に決定的な亀裂が生じる、と。『姫』を取り合うようなクランだ。元から一枚岩じゃないだろう」
「……クズ作戦すぎません?」
メアリーがかすれた声で僕に言った。
「メアリー君。真の戦いとは、始まった時にはすでに勝敗が決まっているものなのだよ」
『あっはっは! 『はじまりの勇者』がそなたのようであれば、私も助力は惜しまなかっただろうにな』
アウローラは上機嫌だった。
「くっくっく……、月光の魔術師団とやらも、卿を敵に回しさえしなければ、のんびり恋愛ごっこをやっていられたものを……」
「メアリーちゃん、ゴメンね……、ワタシ、そのお手紙書くの、ちょっとわくわくしちゃうかも……」
ジルベールとジョセフィーヌも意外とノリノリだった。
「あのね、私、思うんだけど……。メアリーさんって、ベルくんに絶対に引き合わせちゃいけない人だったんじゃ……」
アリサがぼそっと言った。
「私もそう思う。人喰鮫に大海原を与えちゃったみたいな……」
メルがぼそっと言った。
ひどい……。
「で、大海原を与えちゃった人のことも食べちゃって、その人が死にながら「なんで食べたの?」って聞いたら、きっとこう言うのよ。『え? 僕が人喰鮫だってことは知ってたんでしょう?』って……」
「こわっ! こっわ!!」
ミスティ先輩とユキが言った。
「まぁまぁ、うまくいくとは限らないでしょ?」
「本当にそう思ってるなら、なぜ今、リストの『月光の魔術師団』に斜線を入れたですか……」
メアリーが力なく僕にツッコんだ。
「戦わずに勝てたなら、敵も味方もハッピーでしょ。こういうのを上策というんだ。ヴェンツェルもきっとそう言うさ」
「絶対言わないと思う……」
ユキが言った。
「……みんなをドン引きさせちゃったところで、ちょっとだけ、真面目な話をするよ」
僕はメアリーに言った。
「連中は、僕らみたいな駆け出しのクランを大手ギルドで寄ってたかって総叩きにしようっていうんだ。野良犬をいじめた奴らが噛み返されて狂犬病になってしまったとしても、僕はそいつらに同情なんてしない」
「ごくっ……」
メアリーが息を呑む音が聞こえる。
「もし君が書きたいなら、僕の今回の作戦も記事にしちゃっていいよ。僕に下手なケンカを売ったらこういう目に遭うんだってわかれば、もう少し賢く立ち回ろうとする人が増えるだろから」
「はわわ、そんな恐ろしいことできませんよ……。ベルゲングリューン伯って……、もう奸雄っていうか魔王なんじゃ……」
メアリーが小声で言った。
「たぶんだけど……、ベル、実はすごく怒ってるんだと思う」
メルが言った。
「普段はさすがに、ここまではやらないもの……」
「ありがと、メル」
擁護してくれたメルに、僕はにっこり笑った。
「実はそうなんだ。勝手に僕の領内に立ち入って怒鳴り込んできたのも腹が立つけど、一番許せないのは、ここまで話を大きくしたことで、ミスティ先輩がめちゃくちゃ負い目を感じていることだ」
「ベル君……」
「暁の明星のクラン募集のチラシをもらってきたんだ。『退会自由! まずは気軽に入会申請を!』って大きく書いてあった。つまり、ミスティ先輩が何かを気にすることも、僕が連中から難癖つけられる筋合いもない」
「たしかに、そうだな」
キムがうなずいた。
「だからさ、今回の戦いって、勝つのは難しいだろうけど、絶対勝ちたいんだよね。そのための手段を、選ばないとは言わない。僕はいつだって、目的のために手段を選ぶ」
僕はみんなを見渡してから言った。
「でも、こんなのは『手段を選ばない』とは言わない。せっかくメルが擁護してくれたのにあれなんだけどさ、今後も、僕と戦う相手にこのぐらいのことは平気でするよ」
「あはは! よく考えたらそうかも」
メルが笑った。
「若獅子祭の時の戦乙女騎士団も、すっごく怒ってたもんね」
「ジルベール大公に『お手』、させてたし……」
「俺の姉ちゃんといつの間にか仲良くなって、俺の弱みを聞き出してたし……」
「自分の手に付いた鳩のフンを、ロドリゲス教官のマントで拭いてたしな……」
「廃屋敷に籠もった正体不明の連中を閉じ込め、野犬などのフンを焼いて燻した時点で、私は卿に一般人の道徳観念は期待しておらん」
「しかもこいつ、クソを焼くのに俺が大事にしていた盾を使ったんだぞ? 信じられるか?」
僕の過去の罪状を思い出して、みんなが妙に納得しはじめた。
「ところで、こっちの『弓手愛好会』っていう同盟クランなんだけど……」
「えっ、ほ、他にもやるんですか?!」
メアリーがびっくりしたように顔を上げる。
「……だって、僕たちが勝って、君にいい記事をかいてもらわないとでしょ?」
僕はメアリーに向かってにっこりと笑った。
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異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
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公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
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