113 / 199
第二十七章「クラン戦」(4)
しおりを挟む
4
「と、まぁ、大まかな作戦はこうだ」
「大まかすぎないか……」
僕の作戦案を聞いて、ヴェンツェルが言った。
「どのぐらい集まるかわかんないし、敵の数も未知数だし、ま、仕方ないよね」
「いや、そうは言ってもだな……」
「軍師殿は他にいい策はある?」
「そ、そう言われると何もないんだが、君ならもっといい策が……」
古今東西の軍師がおそらく一度も言ったことがないようなことを軍師が言った。
「前回と違って地形を選べないし、舗装された市街地だから工夫の仕様もないんだよう。ヴェンツェルの得意な落とし穴も掘れないし、落石もできないし……」
「軍師はとにかく落とし穴掘って石落とすみたいな偏見やめろ……」
「ヴェンツェルもさぁ、もっとこう、軍師っぽいことできないの? 祈祷して東南の風を吹かせるとかさぁ」
「……市街地に風を吹かせてどうするんだ?」
「戦ってる時、涼しい」
「はぁ……、君はいつも困難な課題をクリアしてきたが、側にいる僕はいつも君以上にヒヤヒヤさせられている。たまには余裕でクリアしてくれたって、バチは当たらないんじゃないか……」
「当たるよ」
僕はヴェンツェルに言った。
「ヴェンツェルはヒヤヒヤするのが仕事だよ。僕たちが負ける時があるとすれば、それは君が余裕をかますようになった時だと思うよ」
僕がそう言うと、ヴェンツェルはハッとした顔で僕を見上げた。
「……至言だな。肝に銘じよう」
「さて、と」
僕はヴェンツェルの右手を掴んで、五色のガラス玉をその上にのせた。
「そんな策のない軍師殿に仕事を授けよう」
「む、なんだ?」
「僕はこれから、いろいろ準備があるから、軍師殿はこのガラス玉を持って現地に行って、転がしてきてくれない?」
僕がそう言うと、ヴェンツェルが肩をぷるぷる震わせた。
「僕は退屈した猫か!! いくら策がないからといって、私にも他にやることが……」
「いやいや、これは重要なことなのだよ。ヴェンツェル君」
僕は机上に置いた、花京院が描いた地図を指差した。
「この花京院の地図によると、城に至るための道はすべて、用水路が幾重にも配置されているため、狭い幅の道がまるで迷路のように張り巡らされている」
「ああ、そうだ」
「で、花京院の地図を見る限り、段差のようなものや、橋のようなものはなく、すべて舗装された平坦な道が続いている」
「ああ。……それで?」
「完全に平坦な道というのはめったにない。きっと、少しだけ傾斜があるはずだ」
「……それはそうだろうが……、それがどうかしたのか?」
「そのガラス玉を転がして、それぞれの傾斜がどうなっているかを確認し、花京院の地図に矢印で書き記してきて欲しい」
僕はヴェンツェルに向かって、にっこりと笑った。
「最高に期待通りなら、市街地での戦闘はそれだけで決着が着く」
「殿ーっ!!」
「おー、おっつぁん達、よく来てくれたね」
ヴェンツェルとの会議を解散して、僕はキルヒシュラーガー邸の外でソリマチ隊長たち、ベルゲングリューン騎士団の面々を待っていた。
ちなみに、リザーディアン達にはすでにベルゲングリューン領で戦支度をしてもらっている。
「また戦争おっぱじめるって、ほんとけ?」
「ほんとほんと。ケンカ売っちゃったっていうか、買っちゃったっていうか……」
「ワシらの殿様は戦好きで困っちまーなー!」
「ほんま、ひいひいひいひいじいさんの頃から戦なんてしちょらんかったのに、殿に関わってからこっち、戦ばかりじゃけんのう!」
「「「わはははははは!」」」
ソリマチ隊長たちが陽気に笑った。
「それで、アレは間に合った?」
「おうおう、それよ。バッチリ間に合ったぞい!」
ソリマチ隊長が後ろの荷台を指差した。
鋼鉄製の尖った何かがぎっしり詰まったものと、大量の金網が露出している。
「でも、城攻めなんじゃろ? こんなもんがなんの役にたつんじゃろか」
「殿が言うちょるんじゃから、ワシらが考えつかんようなことを考えちょるんじゃろ」
「今回の戦いはね、防衛戦なんだよ」
僕はにんまりと笑った。
「攻城戦だけど、防衛戦なんだ」
「防衛戦? 何を守るんじゃ?」
「上手くいかなかった時に恥ずかしいから、今はナイショ」
僕は待機場所やその他の細かな打ち合わせをしてから、ソリマチ隊長たちと別れた。
『ベルゲングリューン伯、今、お時間はよろしいですかな』
キルヒシュラーガー邸の中庭に戻る途中、突然魔法伝達の通信が入った。
『お、ギュンターさん。……どうでした?』
『画商や画材商を巡って、なんとか三樽分ほどは確保できましたよ』
『さすがギュンターさん! 急なお願いだったのに……』
『ただ、少々値は張ります』
『ですよねー……』
具体的なコストを聞いて、僕は頭の中で計算した、
ここ最近、冒険やクラン設立で散財しまくっているので、なかなかの痛手だ。
今のところはどうにかやっていけるけど、そろそろなんとかしなければ。
「おかえりー」
「ただいま」
ユキに挨拶を返した。
プレゼントしたカランビットナイフに、椿油を塗り込んでいるようだ。
「忙しそうだな」
「キムはヒマそうだね」
「盾がもうちょいかかるらしくてなー。受け取りはクラン戦の直前になりそうだ」
「そっか」
僕が特注した盾はこだわりの逸品だから、時間がかかっているのだろう。
「なんかやることがあるなら言ってくれ。とりあえず準備は出来てる」
「おっけー。もうすぐ、エタン率いるベアール子爵家直属の重装騎士たちと合流するからさ、その時の打ち合わせに参加してくれればいいよ」
「おー、エタンが来るのか! 了解」
「あとは……、と」
僕がやらなければならないことを頭の中で優先順に並べ替えていると、ゾフィアが邸外からやってきた。
「殿、来客だ。 どうしても殿に目通りしたいとのことだ」
「目通りって……」
僕が苦笑してゾフィアの方を向くと、隣に見たことがない女性が立っていた。
鳥打帽を目深に被った、小さな丸メガネをかけた緑髪の女性。
エルフほどではないけど、耳が少し尖っている。
おそらくハーフエルフだろう。
「お初にお目にかかります、ベルゲングリューン伯。私は……ハッ?!」
ハーフエルフの女性は、挨拶の途中で眼鏡に手をかけて、ものすごい形相で僕の右上の方を凝視した。
「ふおっ!! 魔法情報票の内容がめちゃくちゃ増えているッ?!」
「あ、あの……」
「龍帝?! 龍帝ってナニ!? 学生なのに伯爵どころか帝! 帝を名乗っちゃってるよ!」
「え、えっと……」
「リザーディアンの統治者?! え、リザーディアンを統治しちゃったの!?って、えっ!? 混沌と破壊の魔女に愛されし者って……、いやいやいや!! 何をどうやったらこんな恐ろしすぎる称号がッ……! えええええぇぇぇっ!! 黒薔薇に愛されし者?! 黒薔薇のミスティ?! えっ、ゴシップ!! これ超ゴシップじゃない!? おまけに聖女に愛されし者って……、なにこの愛されし者シリーズ!!」
「おまけにって……」
ハーフエルフの女性が無邪気にアリサのプライドを傷つけた。
「べべべべべべりげんぐりゅー……」
「言えてないから!」
「ベルゲングリューン伯!! これは一体どういうことなんですかッッ!! 若獅子祭からそんなに日が経ってないのに、この短期間の間に何が……ハッ!? まさか、劣等生のフリして魔法学院に行って隕石群召喚魔法をぶっ放してグラウンドを穴だらけにしたっていうことと何か関係が……!!」
「フリじゃないから!!!」
僕は思わずツッコんだ。
すると、ハーフエルフの女性は、エサを投下されたハイエナのように食いついてきた。
「ほう、フリじゃないとおっしゃる?! つまり、ご自身は劣等生だと思っていたら、隕石群召喚魔法をぶっ放してしまったと! これは新解釈だわ……!!!」
「お、おい、誰かこいつをつまみだしてくれ……」
「ぷっ、その辺にしてあげてよ。メアリーさん」
ユキが言った。
「あれ、ユキの知り合い?」
「オレも知ってる」
キムまで?
「ふぅ、申し遅れました。私はこういうものです」
メアリーというハーフエルフの女性は、四角くカットした羊皮紙を貼り合わせたものを僕に手渡した。
そこには氏名と役職、連絡先が書かれていた。
「……イグニア新聞 新聞記者 メアリー・ボードレール。ベルゲングリューン伯専属番記者?! ん、人気漫画『爆笑伯爵ベルゲンくん』担当編集……お、おまえかー!!! 諸悪の根源はおまえかー!!!!」
「ま、待って! 伯爵!伯爵ッ!! わ、私は知る権利と報道の自由を……ぎゃあああああ」
僕は問答無用で、メアリーのこめかみを拳でぐりぐりした。
「アホみたいな顔で鼻水垂らした僕に机の上で脱糞させる漫画を売るのがおのれの報道の自由なのか!!」
「だ、だからって、うら若き乙女のこめかみをぐりぐりするなんて……っ」
「記事にすればいいだろ……、ベルゲングリューン伯は男女隔たりなく接する公明正大なお方でしたってなー!」
「ぎゃああああああ!!」
ユキとキムが彼女のことを知っていたのは、成績表とか、僕の話をリークしたからか。
僕が「爆笑王」なんていう称号を得ることになってしまったのも、このメアリーとかいう新聞記者のせいらしい。
「はぁ、はぁ……。権力者の圧力に屈せず、報道姿勢を貫く私……、グッジョブ」
「何がグッジョブだ」
心底げんなりした僕に、メアリーは右手の人差指を振りながら、チッチッチ、と口を鳴らした。
この表情、なんか腹たつなぁ……。
「伯爵ぅ、私にそんな態度を取っていいんですかぁ?」
「なんだ、逆らったら捏造記事を書くってのか? イグニアの子供たちに机の上で脱糞する奴だと思われた僕が、今さらそんなことを恐れるとでも……?」
僕が握りこぶしを作って、ハァーっと息を吹きかける動作をすると、メアリーが慌てたように手を振った。
「ち、違いますよう!! 私の情報力が、きっと貴方の役に立つということをですね……」
「机の上で脱糞するようなデマを流布する奴の情報力を、僕が信用するとでも……?」
「あれはデマではなく誇張です!! 花瓶を花瓶のまま描く画家がいますか!?」
「いるでしょう……」
「た、たしかにいますけど!!」
つ、疲れる。
この人と話してると、めっちゃ疲れる……。
「綿密な取材による人物像の投影が、リアリティのある誇張を生むんです!」
「ほう、つまり、君はこう言うわけだな? 僕が授業中に机の上で脱糞するのはリアリティがあると。僕ならやりかねないと」
「あ……」
メアリーが語るに落ちた、をまさに絵に描いたような顔をした。
が、すぐに違うことに関心が移ったように、目を輝かせた。
「ベルゲングリューン伯って、本当に頭がいいんですねぇ! そんな反応を返すってことは、私の説明を正しく理解していたってこと。やっぱり逸材だわ……」
現場に視察に向かったヴェンツェルとエレイン以外の、この場にいる周囲のみんなは、必死に笑いをこらえていた。
キムとルッ君と花京院、ジョセフィーヌは笑いすぎて涙を流している。
ユキはお腹をおさえたまま中庭の地面に転がっている。
ミヤザワくんは後ろを向いているけど肩が震えているし、ジルベールは本を読んでいて顔はわからないけど、本が小刻みに震えている。
ミスティ先輩とアリサ、メル、テレサは互いの肩を支え合うようにして笑いをこらえている。
「……ゾフィア、メアリーさんがお帰りみたいだから、入り口まで送ってあげてくれない?」
僕は唯一笑っていないゾフィアに声を掛けた。
やっぱり、ゾフィアは違うな。
僕がそんなことを考えていると、ゾフィアが顔を上げて、キリッとした表情で言った。
「了解した」
めっちゃ涙と鼻水を流していた。
「おまえも笑うんかい!!」
「個人的にはもう少し貴殿の話を聞いていたかったが……、殿は今ご多忙なのだ。さ、こちらへ……」
「ま、待って、まだ話が! ここからが、ここからが本題なのにぃぃ!!」
叫ぶメアリーを、ゾフィアがずるずると引きずって行く。
その時、メアリーが手に持っていた手帳から、はらりと一枚の羊皮紙が落ちた。
(ん?……)
僕はそれを何気なく拾い上げる。
「こ、これは……」
羊皮紙の一番上には、こう書かれていた。
「暁の明星 クラン戦 参加者リスト」と……。
その下に、各クランや参加者の名前がびっしりと書かれていた。
「ゾフィア、ごめん、ちょっと待って」
僕はメアリーを連行するゾフィアを呼び止めた。
「……詳しく話を聞こうか。メアリーさん」
「と、まぁ、大まかな作戦はこうだ」
「大まかすぎないか……」
僕の作戦案を聞いて、ヴェンツェルが言った。
「どのぐらい集まるかわかんないし、敵の数も未知数だし、ま、仕方ないよね」
「いや、そうは言ってもだな……」
「軍師殿は他にいい策はある?」
「そ、そう言われると何もないんだが、君ならもっといい策が……」
古今東西の軍師がおそらく一度も言ったことがないようなことを軍師が言った。
「前回と違って地形を選べないし、舗装された市街地だから工夫の仕様もないんだよう。ヴェンツェルの得意な落とし穴も掘れないし、落石もできないし……」
「軍師はとにかく落とし穴掘って石落とすみたいな偏見やめろ……」
「ヴェンツェルもさぁ、もっとこう、軍師っぽいことできないの? 祈祷して東南の風を吹かせるとかさぁ」
「……市街地に風を吹かせてどうするんだ?」
「戦ってる時、涼しい」
「はぁ……、君はいつも困難な課題をクリアしてきたが、側にいる僕はいつも君以上にヒヤヒヤさせられている。たまには余裕でクリアしてくれたって、バチは当たらないんじゃないか……」
「当たるよ」
僕はヴェンツェルに言った。
「ヴェンツェルはヒヤヒヤするのが仕事だよ。僕たちが負ける時があるとすれば、それは君が余裕をかますようになった時だと思うよ」
僕がそう言うと、ヴェンツェルはハッとした顔で僕を見上げた。
「……至言だな。肝に銘じよう」
「さて、と」
僕はヴェンツェルの右手を掴んで、五色のガラス玉をその上にのせた。
「そんな策のない軍師殿に仕事を授けよう」
「む、なんだ?」
「僕はこれから、いろいろ準備があるから、軍師殿はこのガラス玉を持って現地に行って、転がしてきてくれない?」
僕がそう言うと、ヴェンツェルが肩をぷるぷる震わせた。
「僕は退屈した猫か!! いくら策がないからといって、私にも他にやることが……」
「いやいや、これは重要なことなのだよ。ヴェンツェル君」
僕は机上に置いた、花京院が描いた地図を指差した。
「この花京院の地図によると、城に至るための道はすべて、用水路が幾重にも配置されているため、狭い幅の道がまるで迷路のように張り巡らされている」
「ああ、そうだ」
「で、花京院の地図を見る限り、段差のようなものや、橋のようなものはなく、すべて舗装された平坦な道が続いている」
「ああ。……それで?」
「完全に平坦な道というのはめったにない。きっと、少しだけ傾斜があるはずだ」
「……それはそうだろうが……、それがどうかしたのか?」
「そのガラス玉を転がして、それぞれの傾斜がどうなっているかを確認し、花京院の地図に矢印で書き記してきて欲しい」
僕はヴェンツェルに向かって、にっこりと笑った。
「最高に期待通りなら、市街地での戦闘はそれだけで決着が着く」
「殿ーっ!!」
「おー、おっつぁん達、よく来てくれたね」
ヴェンツェルとの会議を解散して、僕はキルヒシュラーガー邸の外でソリマチ隊長たち、ベルゲングリューン騎士団の面々を待っていた。
ちなみに、リザーディアン達にはすでにベルゲングリューン領で戦支度をしてもらっている。
「また戦争おっぱじめるって、ほんとけ?」
「ほんとほんと。ケンカ売っちゃったっていうか、買っちゃったっていうか……」
「ワシらの殿様は戦好きで困っちまーなー!」
「ほんま、ひいひいひいひいじいさんの頃から戦なんてしちょらんかったのに、殿に関わってからこっち、戦ばかりじゃけんのう!」
「「「わはははははは!」」」
ソリマチ隊長たちが陽気に笑った。
「それで、アレは間に合った?」
「おうおう、それよ。バッチリ間に合ったぞい!」
ソリマチ隊長が後ろの荷台を指差した。
鋼鉄製の尖った何かがぎっしり詰まったものと、大量の金網が露出している。
「でも、城攻めなんじゃろ? こんなもんがなんの役にたつんじゃろか」
「殿が言うちょるんじゃから、ワシらが考えつかんようなことを考えちょるんじゃろ」
「今回の戦いはね、防衛戦なんだよ」
僕はにんまりと笑った。
「攻城戦だけど、防衛戦なんだ」
「防衛戦? 何を守るんじゃ?」
「上手くいかなかった時に恥ずかしいから、今はナイショ」
僕は待機場所やその他の細かな打ち合わせをしてから、ソリマチ隊長たちと別れた。
『ベルゲングリューン伯、今、お時間はよろしいですかな』
キルヒシュラーガー邸の中庭に戻る途中、突然魔法伝達の通信が入った。
『お、ギュンターさん。……どうでした?』
『画商や画材商を巡って、なんとか三樽分ほどは確保できましたよ』
『さすがギュンターさん! 急なお願いだったのに……』
『ただ、少々値は張ります』
『ですよねー……』
具体的なコストを聞いて、僕は頭の中で計算した、
ここ最近、冒険やクラン設立で散財しまくっているので、なかなかの痛手だ。
今のところはどうにかやっていけるけど、そろそろなんとかしなければ。
「おかえりー」
「ただいま」
ユキに挨拶を返した。
プレゼントしたカランビットナイフに、椿油を塗り込んでいるようだ。
「忙しそうだな」
「キムはヒマそうだね」
「盾がもうちょいかかるらしくてなー。受け取りはクラン戦の直前になりそうだ」
「そっか」
僕が特注した盾はこだわりの逸品だから、時間がかかっているのだろう。
「なんかやることがあるなら言ってくれ。とりあえず準備は出来てる」
「おっけー。もうすぐ、エタン率いるベアール子爵家直属の重装騎士たちと合流するからさ、その時の打ち合わせに参加してくれればいいよ」
「おー、エタンが来るのか! 了解」
「あとは……、と」
僕がやらなければならないことを頭の中で優先順に並べ替えていると、ゾフィアが邸外からやってきた。
「殿、来客だ。 どうしても殿に目通りしたいとのことだ」
「目通りって……」
僕が苦笑してゾフィアの方を向くと、隣に見たことがない女性が立っていた。
鳥打帽を目深に被った、小さな丸メガネをかけた緑髪の女性。
エルフほどではないけど、耳が少し尖っている。
おそらくハーフエルフだろう。
「お初にお目にかかります、ベルゲングリューン伯。私は……ハッ?!」
ハーフエルフの女性は、挨拶の途中で眼鏡に手をかけて、ものすごい形相で僕の右上の方を凝視した。
「ふおっ!! 魔法情報票の内容がめちゃくちゃ増えているッ?!」
「あ、あの……」
「龍帝?! 龍帝ってナニ!? 学生なのに伯爵どころか帝! 帝を名乗っちゃってるよ!」
「え、えっと……」
「リザーディアンの統治者?! え、リザーディアンを統治しちゃったの!?って、えっ!? 混沌と破壊の魔女に愛されし者って……、いやいやいや!! 何をどうやったらこんな恐ろしすぎる称号がッ……! えええええぇぇぇっ!! 黒薔薇に愛されし者?! 黒薔薇のミスティ?! えっ、ゴシップ!! これ超ゴシップじゃない!? おまけに聖女に愛されし者って……、なにこの愛されし者シリーズ!!」
「おまけにって……」
ハーフエルフの女性が無邪気にアリサのプライドを傷つけた。
「べべべべべべりげんぐりゅー……」
「言えてないから!」
「ベルゲングリューン伯!! これは一体どういうことなんですかッッ!! 若獅子祭からそんなに日が経ってないのに、この短期間の間に何が……ハッ!? まさか、劣等生のフリして魔法学院に行って隕石群召喚魔法をぶっ放してグラウンドを穴だらけにしたっていうことと何か関係が……!!」
「フリじゃないから!!!」
僕は思わずツッコんだ。
すると、ハーフエルフの女性は、エサを投下されたハイエナのように食いついてきた。
「ほう、フリじゃないとおっしゃる?! つまり、ご自身は劣等生だと思っていたら、隕石群召喚魔法をぶっ放してしまったと! これは新解釈だわ……!!!」
「お、おい、誰かこいつをつまみだしてくれ……」
「ぷっ、その辺にしてあげてよ。メアリーさん」
ユキが言った。
「あれ、ユキの知り合い?」
「オレも知ってる」
キムまで?
「ふぅ、申し遅れました。私はこういうものです」
メアリーというハーフエルフの女性は、四角くカットした羊皮紙を貼り合わせたものを僕に手渡した。
そこには氏名と役職、連絡先が書かれていた。
「……イグニア新聞 新聞記者 メアリー・ボードレール。ベルゲングリューン伯専属番記者?! ん、人気漫画『爆笑伯爵ベルゲンくん』担当編集……お、おまえかー!!! 諸悪の根源はおまえかー!!!!」
「ま、待って! 伯爵!伯爵ッ!! わ、私は知る権利と報道の自由を……ぎゃあああああ」
僕は問答無用で、メアリーのこめかみを拳でぐりぐりした。
「アホみたいな顔で鼻水垂らした僕に机の上で脱糞させる漫画を売るのがおのれの報道の自由なのか!!」
「だ、だからって、うら若き乙女のこめかみをぐりぐりするなんて……っ」
「記事にすればいいだろ……、ベルゲングリューン伯は男女隔たりなく接する公明正大なお方でしたってなー!」
「ぎゃああああああ!!」
ユキとキムが彼女のことを知っていたのは、成績表とか、僕の話をリークしたからか。
僕が「爆笑王」なんていう称号を得ることになってしまったのも、このメアリーとかいう新聞記者のせいらしい。
「はぁ、はぁ……。権力者の圧力に屈せず、報道姿勢を貫く私……、グッジョブ」
「何がグッジョブだ」
心底げんなりした僕に、メアリーは右手の人差指を振りながら、チッチッチ、と口を鳴らした。
この表情、なんか腹たつなぁ……。
「伯爵ぅ、私にそんな態度を取っていいんですかぁ?」
「なんだ、逆らったら捏造記事を書くってのか? イグニアの子供たちに机の上で脱糞する奴だと思われた僕が、今さらそんなことを恐れるとでも……?」
僕が握りこぶしを作って、ハァーっと息を吹きかける動作をすると、メアリーが慌てたように手を振った。
「ち、違いますよう!! 私の情報力が、きっと貴方の役に立つということをですね……」
「机の上で脱糞するようなデマを流布する奴の情報力を、僕が信用するとでも……?」
「あれはデマではなく誇張です!! 花瓶を花瓶のまま描く画家がいますか!?」
「いるでしょう……」
「た、たしかにいますけど!!」
つ、疲れる。
この人と話してると、めっちゃ疲れる……。
「綿密な取材による人物像の投影が、リアリティのある誇張を生むんです!」
「ほう、つまり、君はこう言うわけだな? 僕が授業中に机の上で脱糞するのはリアリティがあると。僕ならやりかねないと」
「あ……」
メアリーが語るに落ちた、をまさに絵に描いたような顔をした。
が、すぐに違うことに関心が移ったように、目を輝かせた。
「ベルゲングリューン伯って、本当に頭がいいんですねぇ! そんな反応を返すってことは、私の説明を正しく理解していたってこと。やっぱり逸材だわ……」
現場に視察に向かったヴェンツェルとエレイン以外の、この場にいる周囲のみんなは、必死に笑いをこらえていた。
キムとルッ君と花京院、ジョセフィーヌは笑いすぎて涙を流している。
ユキはお腹をおさえたまま中庭の地面に転がっている。
ミヤザワくんは後ろを向いているけど肩が震えているし、ジルベールは本を読んでいて顔はわからないけど、本が小刻みに震えている。
ミスティ先輩とアリサ、メル、テレサは互いの肩を支え合うようにして笑いをこらえている。
「……ゾフィア、メアリーさんがお帰りみたいだから、入り口まで送ってあげてくれない?」
僕は唯一笑っていないゾフィアに声を掛けた。
やっぱり、ゾフィアは違うな。
僕がそんなことを考えていると、ゾフィアが顔を上げて、キリッとした表情で言った。
「了解した」
めっちゃ涙と鼻水を流していた。
「おまえも笑うんかい!!」
「個人的にはもう少し貴殿の話を聞いていたかったが……、殿は今ご多忙なのだ。さ、こちらへ……」
「ま、待って、まだ話が! ここからが、ここからが本題なのにぃぃ!!」
叫ぶメアリーを、ゾフィアがずるずると引きずって行く。
その時、メアリーが手に持っていた手帳から、はらりと一枚の羊皮紙が落ちた。
(ん?……)
僕はそれを何気なく拾い上げる。
「こ、これは……」
羊皮紙の一番上には、こう書かれていた。
「暁の明星 クラン戦 参加者リスト」と……。
その下に、各クランや参加者の名前がびっしりと書かれていた。
「ゾフィア、ごめん、ちょっと待って」
僕はメアリーを連行するゾフィアを呼び止めた。
「……詳しく話を聞こうか。メアリーさん」
0
お気に入りに追加
128
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる