111 / 199
第二十七章「クラン戦」(2)
しおりを挟む
2
「ご、ごめん……。さっき戻ってきてたんだけど、仲間たちの雰囲気を邪魔しちゃ悪いと思って、つい……」
ミスティ先輩が気まずそうに笑って、そそくさとその場を退散しようとする。
「待って、ミスティ先輩」
「ううん、私はいいから、続けて」
ミスティ先輩がそう言って、足早にその場を離れようとする。
「ゾフィア、確保」
「心得た」
僕がそう言うや否や、ゾフィアが音もなく樹木の間をかき分け、ミスティ先輩の進路に立ちはだかると、御免、と一言だけ言って先輩を抱きかかえてこちらに戻ってきた。
「さ、さすが『森の死神』……」
キムがうめいた。
「……ミスティ先輩、もしかして泣いてる?」
僕がびっくりしてミスティ先輩を見上げる。
「……」
いつも元気いっぱい、余裕たっぷりのミスティ先輩に、いつもの生気がない。
「どうしたんですか?」
「私……、自分が情けなくて……」
ミスティ先輩がぽつりと言った。
「私、昔から宝具のことになると何も見えなくなっちゃうの……。今回の水晶龍の盾の件だって、調査不足でリザーディアンの集落ではみんなを危険な目に遭わせちゃって……、冒険者の先輩だから、私が守らなきゃって思ってたのに、何もできなくて……、まっちー君がいなければ、みんな死んでたかもしれないのに……」
ミスティ先輩は必死に涙をこらえているけど、次から次へと涙が溢れ出した。
「私、そんなことも気づかずに浮かれちゃって、水晶龍の盾を試したくて、夜中にこっそりまっちー君と対決して……、みんなを抜け駆けして、まっちー君にあんな称号がついて……」
「たしかに、あれはひどい抜け駆けでしたね……」
テレーゼがきっぱりと言った。
そこは許せないらしい。
「それで、クラン戦の話を聞いて……。その後にまっちー君のプレゼントで喜んでいるみんなを見ていたら、ああ、私はすごく大切なものを見落としていたんだなって気付いて……。みんなあってのまっちー君で、まっちー君あってのみんななんだなって思って。そうしたら、そんなみんなを置いてけぼりにしてはしゃいでた自分が情けなくて、なんか、悲しくなっちゃって……」
僕は何も言わず、ミスティ先輩の話を聞いていた。
「私、暁の明星に戻る。それで、クラン戦の話はナシにしてもらうから。だから……」
「ところで先輩、その手に持っているのは何なんですか?」
僕はミスティ先輩に言った。
「これは……」
ミスティ先輩は、大事そうに抱えている大きな道具袋をぎゅっと握った。
「よかったら、見せてくれませんか?」
ミスティ先輩は、僕に言われるままに、袋から中身を取り出した。
「これは……、紋章旗?」
「うん。『水晶の龍』の紋章旗を、知り合いのドワーフ職人に頼んでたの。今日の仕上がりだって聞いていたから、さっき帰りに受け取ってきて……」
「きれい……」
メルがつぶやいた。
アウローラ装備と同じ、黒地に金の刺繍が施された旗の中央に、美しい水晶の龍がとぐろを巻いて、大きく口を開けている威容が描かれている、実に見事な紋章旗だった。
「こんなカッコいい紋章旗、見たことないわよ……」
ユキがつぶやく。
「それと、これがクランの指輪。人数分作ってもらったの」
白袱紗に|包まれた、十五個の銀の三連リング。
蛇のように絡まり合う指輪の中央のリングは、水晶の龍を象った繊細で美しい彫刻ときらびやかなダイヤが埋め込まれている。
これがクランの証であるリングか……。
これを身に着けていると、魔法伝達を使わなくても、身につけた者全員と会話ができるという……。
「一つ余っちゃうから、新しく来た人に……」
「……先輩、まだ入っているみたいですけど、それは?」
ミスティ先輩の言葉を遮って、僕は尋ねた。
ミスティ先輩の道具袋で、明らかに別格の存在感を放っている大きく細長い包みが、さっきから気になっていた。
「今日はね、朝からこれを取りに行っていたんだ」
ミスティ先輩は、細長い包みを取り出した。
それは、アヴァロニア大陸ではとても珍しい……。
「銃、ですか? にしてはずいぶんと大きい……」
「殿、これは螺旋銃だ……」
ゾフィアがぽつりと言った。
「銃身に螺旋の溝を入れることで弾丸を回転させ、命中精度を上げた銃でな。300年前、古代の文献を元にジェルディク帝国が開発・研究をしていたのだが、量産体制に入る前に戦争が終結した。当時の物を父上が一丁所蔵しているが……」
明らかに魔法武器とわかる、黒光りする銃身に施された繊細な彫刻と美しいフォルム。
赤褐色の光沢が美しい木製のストックは、無骨さよりもむしろ雅やかさを感じさせる。
「これはね、普通の人にはとても扱えない武器なの」
ミスティ先輩が言った。
「弾丸に神聖魔法を込めて撃つ宝具なんだけど、その辺の神職ではとても扱えない。生まれ持った神聖さと、敵を倒すという強い意志を兼ね備えた人じゃないと扱えないのよ。そう、『聖女』であるあなたのような……」
「私?!」
アリサが目を丸くする。
ミスティ先輩は何も言わず、美しい螺旋銃と弾薬を手渡した。
「使ってみて」
「……ええ」
アリサはほんの少し背筋を緩め、両肩をすぼめるようにしてから、妙に慣れた手付きでストックを肩に当て、頬を上に乗せながら螺旋銃を構える。
「アリサってもしかして、使ったことあるの?」
「おもちゃだけどね。昔、ジェルディク帰りの父にせがんで買ってもらったの」
アリサはそう言って微笑んだ。
聖女である娘に銃のおもちゃを買って帰る司祭。
なかなかシュールだ。
アリサは螺旋銃の上部にあるボルトを上に上げてから後方にスライドさせ、上部にあるマガジン部に弾薬を押し込むように一発ずつ、計5発を装填すると、今度はボルトを前方にスライドさせ、弾丸を薬室に送り込み、ボルトを下に下げた。
男物の外套をひるがえらせ、螺旋銃を構える聖女。
紫に近い藍色のゆるいショートボブの髪を揺らし、目標を定める凛々しい姿は、見惚れてしまいそうなぐらいカッコいい。
「いくわよ……」
「ごくっ」
ダァァァァァン――ッ!!!!
耳をつんざくような音と共に、薬莢が飛び、神聖魔法を帯びた青白い弾丸が真っ直ぐに飛んでいく。
ダァァァァァン――ッ!!!!
ダァァァァァン――ッ!!!!
ダァァァァァン――ッ!!!!
ダァァァァァン――ッ!!!!
轟音と共に続けざまに放たれた弾丸は、五発目でキルヒシュラーガー邸外のリンゴの木の実に命中し、リンゴが跡形もなく砕け散った。
「やっぱり、おもちゃのようにはいかないわね……」
ボルトを開けて、薬室に弾丸が残ってないことを確認してからアリサが苦笑した。
「いやいやいや、すげーじゃん!! めちゃくちゃカッコよかったぞ!!」
ルッ君が叫んだ。
「ふふ、ありがと」
アリサはルッ君に答えて、ミスティ先輩に銃を返そうとする。
先輩は微笑んで、それをアリサの手元に返した。
「これは、あなたのものよ」
「えっ?」
「宝具の話を聞いた時に、これだって思ったの。若獅子祭でみんなが戦っている中、本当は攻撃に参加したいのに回復役役に徹して悔しそうにしているあなたを見てたから」
「そんなところまで……、見ていたんですか」
アリサは呆然とした顔でミスティ先輩を見上げて、少し目をうるませてから、頭を下げた。
「ありがとうございます。……大切にします」
「弾薬も渡しておくわね。これは弾薬が買えるお店のリスト」
「弾薬自体は普通の弾薬なんですか?」
「そうなの。もちろん、弾薬自体が今はレアだから、取り扱っているお店は限られるんだけどね」
ミスティ先輩が静かに笑った。
「ユキ、さっき言ってたガーディアンって、これで倒せるかしら。聖属性なら通るのよね?」
「アリサ……?」
僕は思わず、アリサの顔を見上げる。
ユキがくすくす笑ってから、アリサに答えた。
「頭に核があるの。そこに命中したら、たぶん、一発かな」
「そう」
アリサはミスティ先輩の方を向いて、言った。
「先輩、あとで、この螺旋銃で練習をしたいんですけど、付き合ってもらえませんか?」
「えっ?」
「クラン戦で、きっとコレが必要になると思うので」
「そ、それって……」
アリサはくす、と悪戯っぽく笑ってから、テレーゼの方を向いた。
「テレーゼも手伝ってくれないかしら? 森の奥で、人が通らないところで練習したいから」
「もちろんです、アンナリーザ様、ミスティ様」
テレーゼもにっこりと笑った。
なんだ、テレーゼもちょっと泣いてるじゃないか。
「さて……、渡しそびれちゃいましたけど、これ」
僕はミスティ先輩に花を手渡した。
先輩に渡す花は、これしか思いつかなかった。
一輪挿しの、気高く、凛とした、真紅の薔薇。
「わ、私……、私……」
嬉しい気持ちと、本当に受け取っていいのかどうか迷っているミスティ先輩のマントに、僕は薔薇を差した。
「それから、これもプレゼントです」
「……すごくきれい……、ヘアピン?」
僕は何も言わず、ミスティ先輩の黒いショートカットの髪に触れると、左目にかかった髪を、ワンポイントで小さなダイアが輝く銀色のヘアピンで留めた。
「この間の試合で、水晶龍の盾が光った時、先輩の左目はすぐにそれを察知して目を閉じたんです。でも、前髪が邪魔で僕の突きが見えてなかった。……それがなかったら、僕は勝ててなかったと思います」
「そんなとこまで、見てたんだ……」
「ええ」
「それじゃ、どのみち勝ててないわよ……ぐすっ」
「……先輩?」
「ううっ、ぐすっ、ぐすっ……、泣かないって決めてたのに……っ」
とうとう泣きじゃくってしまったミスティ先輩の頭を、僕は優しく撫でた。
「おかえりなさい。ミスティ先輩」
「ご、ごめん……。さっき戻ってきてたんだけど、仲間たちの雰囲気を邪魔しちゃ悪いと思って、つい……」
ミスティ先輩が気まずそうに笑って、そそくさとその場を退散しようとする。
「待って、ミスティ先輩」
「ううん、私はいいから、続けて」
ミスティ先輩がそう言って、足早にその場を離れようとする。
「ゾフィア、確保」
「心得た」
僕がそう言うや否や、ゾフィアが音もなく樹木の間をかき分け、ミスティ先輩の進路に立ちはだかると、御免、と一言だけ言って先輩を抱きかかえてこちらに戻ってきた。
「さ、さすが『森の死神』……」
キムがうめいた。
「……ミスティ先輩、もしかして泣いてる?」
僕がびっくりしてミスティ先輩を見上げる。
「……」
いつも元気いっぱい、余裕たっぷりのミスティ先輩に、いつもの生気がない。
「どうしたんですか?」
「私……、自分が情けなくて……」
ミスティ先輩がぽつりと言った。
「私、昔から宝具のことになると何も見えなくなっちゃうの……。今回の水晶龍の盾の件だって、調査不足でリザーディアンの集落ではみんなを危険な目に遭わせちゃって……、冒険者の先輩だから、私が守らなきゃって思ってたのに、何もできなくて……、まっちー君がいなければ、みんな死んでたかもしれないのに……」
ミスティ先輩は必死に涙をこらえているけど、次から次へと涙が溢れ出した。
「私、そんなことも気づかずに浮かれちゃって、水晶龍の盾を試したくて、夜中にこっそりまっちー君と対決して……、みんなを抜け駆けして、まっちー君にあんな称号がついて……」
「たしかに、あれはひどい抜け駆けでしたね……」
テレーゼがきっぱりと言った。
そこは許せないらしい。
「それで、クラン戦の話を聞いて……。その後にまっちー君のプレゼントで喜んでいるみんなを見ていたら、ああ、私はすごく大切なものを見落としていたんだなって気付いて……。みんなあってのまっちー君で、まっちー君あってのみんななんだなって思って。そうしたら、そんなみんなを置いてけぼりにしてはしゃいでた自分が情けなくて、なんか、悲しくなっちゃって……」
僕は何も言わず、ミスティ先輩の話を聞いていた。
「私、暁の明星に戻る。それで、クラン戦の話はナシにしてもらうから。だから……」
「ところで先輩、その手に持っているのは何なんですか?」
僕はミスティ先輩に言った。
「これは……」
ミスティ先輩は、大事そうに抱えている大きな道具袋をぎゅっと握った。
「よかったら、見せてくれませんか?」
ミスティ先輩は、僕に言われるままに、袋から中身を取り出した。
「これは……、紋章旗?」
「うん。『水晶の龍』の紋章旗を、知り合いのドワーフ職人に頼んでたの。今日の仕上がりだって聞いていたから、さっき帰りに受け取ってきて……」
「きれい……」
メルがつぶやいた。
アウローラ装備と同じ、黒地に金の刺繍が施された旗の中央に、美しい水晶の龍がとぐろを巻いて、大きく口を開けている威容が描かれている、実に見事な紋章旗だった。
「こんなカッコいい紋章旗、見たことないわよ……」
ユキがつぶやく。
「それと、これがクランの指輪。人数分作ってもらったの」
白袱紗に|包まれた、十五個の銀の三連リング。
蛇のように絡まり合う指輪の中央のリングは、水晶の龍を象った繊細で美しい彫刻ときらびやかなダイヤが埋め込まれている。
これがクランの証であるリングか……。
これを身に着けていると、魔法伝達を使わなくても、身につけた者全員と会話ができるという……。
「一つ余っちゃうから、新しく来た人に……」
「……先輩、まだ入っているみたいですけど、それは?」
ミスティ先輩の言葉を遮って、僕は尋ねた。
ミスティ先輩の道具袋で、明らかに別格の存在感を放っている大きく細長い包みが、さっきから気になっていた。
「今日はね、朝からこれを取りに行っていたんだ」
ミスティ先輩は、細長い包みを取り出した。
それは、アヴァロニア大陸ではとても珍しい……。
「銃、ですか? にしてはずいぶんと大きい……」
「殿、これは螺旋銃だ……」
ゾフィアがぽつりと言った。
「銃身に螺旋の溝を入れることで弾丸を回転させ、命中精度を上げた銃でな。300年前、古代の文献を元にジェルディク帝国が開発・研究をしていたのだが、量産体制に入る前に戦争が終結した。当時の物を父上が一丁所蔵しているが……」
明らかに魔法武器とわかる、黒光りする銃身に施された繊細な彫刻と美しいフォルム。
赤褐色の光沢が美しい木製のストックは、無骨さよりもむしろ雅やかさを感じさせる。
「これはね、普通の人にはとても扱えない武器なの」
ミスティ先輩が言った。
「弾丸に神聖魔法を込めて撃つ宝具なんだけど、その辺の神職ではとても扱えない。生まれ持った神聖さと、敵を倒すという強い意志を兼ね備えた人じゃないと扱えないのよ。そう、『聖女』であるあなたのような……」
「私?!」
アリサが目を丸くする。
ミスティ先輩は何も言わず、美しい螺旋銃と弾薬を手渡した。
「使ってみて」
「……ええ」
アリサはほんの少し背筋を緩め、両肩をすぼめるようにしてから、妙に慣れた手付きでストックを肩に当て、頬を上に乗せながら螺旋銃を構える。
「アリサってもしかして、使ったことあるの?」
「おもちゃだけどね。昔、ジェルディク帰りの父にせがんで買ってもらったの」
アリサはそう言って微笑んだ。
聖女である娘に銃のおもちゃを買って帰る司祭。
なかなかシュールだ。
アリサは螺旋銃の上部にあるボルトを上に上げてから後方にスライドさせ、上部にあるマガジン部に弾薬を押し込むように一発ずつ、計5発を装填すると、今度はボルトを前方にスライドさせ、弾丸を薬室に送り込み、ボルトを下に下げた。
男物の外套をひるがえらせ、螺旋銃を構える聖女。
紫に近い藍色のゆるいショートボブの髪を揺らし、目標を定める凛々しい姿は、見惚れてしまいそうなぐらいカッコいい。
「いくわよ……」
「ごくっ」
ダァァァァァン――ッ!!!!
耳をつんざくような音と共に、薬莢が飛び、神聖魔法を帯びた青白い弾丸が真っ直ぐに飛んでいく。
ダァァァァァン――ッ!!!!
ダァァァァァン――ッ!!!!
ダァァァァァン――ッ!!!!
ダァァァァァン――ッ!!!!
轟音と共に続けざまに放たれた弾丸は、五発目でキルヒシュラーガー邸外のリンゴの木の実に命中し、リンゴが跡形もなく砕け散った。
「やっぱり、おもちゃのようにはいかないわね……」
ボルトを開けて、薬室に弾丸が残ってないことを確認してからアリサが苦笑した。
「いやいやいや、すげーじゃん!! めちゃくちゃカッコよかったぞ!!」
ルッ君が叫んだ。
「ふふ、ありがと」
アリサはルッ君に答えて、ミスティ先輩に銃を返そうとする。
先輩は微笑んで、それをアリサの手元に返した。
「これは、あなたのものよ」
「えっ?」
「宝具の話を聞いた時に、これだって思ったの。若獅子祭でみんなが戦っている中、本当は攻撃に参加したいのに回復役役に徹して悔しそうにしているあなたを見てたから」
「そんなところまで……、見ていたんですか」
アリサは呆然とした顔でミスティ先輩を見上げて、少し目をうるませてから、頭を下げた。
「ありがとうございます。……大切にします」
「弾薬も渡しておくわね。これは弾薬が買えるお店のリスト」
「弾薬自体は普通の弾薬なんですか?」
「そうなの。もちろん、弾薬自体が今はレアだから、取り扱っているお店は限られるんだけどね」
ミスティ先輩が静かに笑った。
「ユキ、さっき言ってたガーディアンって、これで倒せるかしら。聖属性なら通るのよね?」
「アリサ……?」
僕は思わず、アリサの顔を見上げる。
ユキがくすくす笑ってから、アリサに答えた。
「頭に核があるの。そこに命中したら、たぶん、一発かな」
「そう」
アリサはミスティ先輩の方を向いて、言った。
「先輩、あとで、この螺旋銃で練習をしたいんですけど、付き合ってもらえませんか?」
「えっ?」
「クラン戦で、きっとコレが必要になると思うので」
「そ、それって……」
アリサはくす、と悪戯っぽく笑ってから、テレーゼの方を向いた。
「テレーゼも手伝ってくれないかしら? 森の奥で、人が通らないところで練習したいから」
「もちろんです、アンナリーザ様、ミスティ様」
テレーゼもにっこりと笑った。
なんだ、テレーゼもちょっと泣いてるじゃないか。
「さて……、渡しそびれちゃいましたけど、これ」
僕はミスティ先輩に花を手渡した。
先輩に渡す花は、これしか思いつかなかった。
一輪挿しの、気高く、凛とした、真紅の薔薇。
「わ、私……、私……」
嬉しい気持ちと、本当に受け取っていいのかどうか迷っているミスティ先輩のマントに、僕は薔薇を差した。
「それから、これもプレゼントです」
「……すごくきれい……、ヘアピン?」
僕は何も言わず、ミスティ先輩の黒いショートカットの髪に触れると、左目にかかった髪を、ワンポイントで小さなダイアが輝く銀色のヘアピンで留めた。
「この間の試合で、水晶龍の盾が光った時、先輩の左目はすぐにそれを察知して目を閉じたんです。でも、前髪が邪魔で僕の突きが見えてなかった。……それがなかったら、僕は勝ててなかったと思います」
「そんなとこまで、見てたんだ……」
「ええ」
「それじゃ、どのみち勝ててないわよ……ぐすっ」
「……先輩?」
「ううっ、ぐすっ、ぐすっ……、泣かないって決めてたのに……っ」
とうとう泣きじゃくってしまったミスティ先輩の頭を、僕は優しく撫でた。
「おかえりなさい。ミスティ先輩」
0
お気に入りに追加
127
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる